現代語訳『伽婢子』 幽霊諸将を評す(10)

「ところで、お前は三河国の牛窪《うしくぼ》を出た後に、武道修行と称して諸国を巡り、四国で尾形某《なにがし》と出会って軍法を伝授され、城の縄張りに関する秘事を得たという。しかし、お前が縄張りを築いた城が今のどこにあるというのか。今川家に嫌われて甲府をさまよい、信玄に召し抱えられて知行をもらい、これを自慢するためにわざわざ駿河に行ったのは若輩者の所業で、世の笑い種《ぐさ》であろう。幸いにも武田家に用いられ、軍法師範の名を盗んで星霜《せいそう》を重ねたが、信玄はいまだに大業を成し遂げていない。さすれば、お前に何の勲功があろうか。なお、お前は我が一族の敵《かたき》であり、目の前にして許すのは冥土《めいど》の大帝も許さぬ故、此度《こたび》の非礼はやむを得ぬことであると理解し給《たま》え」
 勘助は一言も反論できず、黙って座を退いて長野業正《なりまさ》に譲った。
「この場には諸家の名臣だった方が多くいらっしゃるが、わたしは一城を預かっていた身であるため、一の座に座らせてもらう。この無礼をどうかお許しいただきたい」
(続く)

 長野業正《なりまさ》は先に山本勘助の三つの罪を指摘しましたが、そこで追及の手を緩めることはなく、ダメ押しに幾つも問題点を並べた結果、勘助は白旗を揚げて上座から退きました。
 なお、山本勘助については長年、伝説上の人物として扱われてきましたが、最近になって名前が記載された史料が見つかり、実在人物の可能性が高まっています。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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