現代語訳『伽婢子』 伊勢兵庫仙境に到る(3)

 その屋敷は金を散りばめ、宝玉を飾り、家財は雑具に至るまですべてこの世のものとは思えない。
 床の間に一辺が約二尺の石がある。「松風石《しょうふうせき》」という石で、内も外も透き通って宝石のようで、青色や黄色をしている。七宝《しっぽう》の盆に七宝の砂を敷き、その上に載せてある。石には谷や峰があり、流れ落ちる滝の水が白玉のように飛び散るように見えるものの、実際には水の音がしないことから石の紋《もん》だと分かる。他に類を見ない、見事な盆山《ぼんさん》である。石の腰から一本の松が生えている。木の高さが一尺七、八寸もあり、年月を経たその枝振《ぶ》りは千年の春秋を幾度も経験したように見え、古《いにしえ》の出来事を尋ねてみたくなるほどである。枝の間から涼風が吹いて座敷の中を満たし、枝が傾き、葉が揺れる颯然《さつぜん》とした様を眺めているだけで、夏で最も暑い時期の暑気《しょき》もおのずから払われるようだ。
 また、玳瑁《たいまい》(べっ甲)の帳台《ちょうだい》に、瑪瑙《めのう》でできた唐櫃《からひつ》が置いてある。大きさは三尺ほどで、茜《あかね》色に近く、鳥獣や草木の様々な図案が彫刻してあるが、とても人間業とは思えない技巧である。その隣に一石ほどの容積の甕《かめ》が一つある。紫色で光り輝き、まるで水晶のように透き通り、厚みは一寸ほどで鴻《おおとり》の毛のように軽い。中は銘酒《めいしゅ》で満たされ、「上清珍歓醴《しょうせいちんかんれい》」という札が貼ってある。そのそばに二斗《と》ほどの大きさの壺《つぼ》がある。白色で光り輝き、名香《めいこう》が入れてあり、「竜火降真香《りゅうかこうしんこう》」という札が貼ってある。
 屋敷の壁は百宝の磨《す》り屑《くず》を突き砕き、ふるいに掛けたものを塗り込め、柱は美しい石でできている。帳《とばり》は黄金で、銀の欄干《らんかん》の高い楼《ろう》があり、「降真台《こうしんだい》」という額が掲げられている。
(続く)

 伊勢兵庫頭《ひょうごのかみ》が招待された屋敷の様子が描かれています。やや難しい用語が並んでいますが、「これまで見たことのない、珍しく美しいものばかりだった」という程度の認識でいいかと思います。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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