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授業で見た映画の話⑤「ばしゃ馬さんとビッグマウス」

大学の授業で一年間映画を見続けていたその備忘録として、これまで見てきた映画について複数回に渡って語る『授業で観た映画の話』シリーズ。5回目の今回は2013年公開の映画「ばしゃ馬さんとビッグマウス」である。

主人公は、34歳独身シナリオライター志望の馬淵みち代(演:麻生久美子)。学生時代からまるで”ばしゃ馬”のようにシナリオを書き続けているが、一度も賞を受賞したことがない。ある時、彼女は通っているシナリオスクールで天童義美(演:安田章大)という青年に出会う。彼は、スクールに通っていながら毎回作品を提出せず、そのわりにビッグマウスな発言を繰り返す変人だった。そんな天童をうっとおしく思う馬淵。しかし、二人は周囲で起きる数々の出来事をきっかけに、少しずつ向き合い出す。ある時は、自分の現実に。ある時は、追いかけてきた夢への素直な想いに。

全体的にコメディ調に仕上げられていて、クスっと笑えるような小ネタも随所にある。それと、天童のビッグマウスさ加減、お気楽さというのがまた妙に滑稽で、馬淵の真剣にシナリオと向き合っている姿とはとてつもなく対極にあるのがエッセンスとして非常に効いている。なんか、こういうビッグマウスばかり披露している奴、俺の友達にもいそうだな・・・っていうぐらいの絶妙なリアリティがあるのだ。


その一方、急に心を抉られるかのような
重たい現実に直面することもあった。

馬淵は物語の中盤で、介護施設を舞台にした作品を書くことを思い立ち、その取材のために元恋人が働く老人ホームへと赴くことになる。始めこそ慣れないながらも一生懸命に老人たちに向き合っていた馬淵。だが、思わぬアクシデントによって彼女の心は一気に打ちのめされる。

現実世界にシナリオ程感動できる話はそうそう転がっていない。あるのは、過酷で、どれだけ辛くとも続いていく毎日の生活。くしくも、この作品を観たとき、私はちょうどシナリオを書く魅力に憑りつかれ始めていた頃だった。ひょっとしたら、私にも何か大きなモノを生み出せるかもしれない。そう思っていた矢先、この作品を観て私はあまりにも冷静でありのままの現実を直視することになった。


物書きは、フルーツジュースを作るのと似ている。とれたての林檎やオレンジをジューサーにかけてたっぷり絞り出すのと同じように、自分が体験してきた出来事、見たもの聞いたこと感じたことを全部絞り出して、しっかり味わいのある作品にしなければお客は付いてこない。馬淵の作品には、そんな瑞々しさが無かったのかもしれない。

いつの間にか人は、夢を叶えることが目的になってしまって、いいものを作りたい、いいものを読んでもらいたいという一番大事にしなきゃいけないところを忘れてしまう。そのひたむきさだけは、失ってはいけない。そのことをばしゃ馬さんの日々が教えてくれた気がする。

今も私は、脚本や小説を書いて生きていくことを決してあきらめてはいない。むしろ、それを実現させることに賭けて日々暮らしているところがある。でももしかしたら馬淵のように、全く芽も出ず花も咲かせず途方に暮れて、物書きを続けることに迷いを感じる日が来るかもしれない。

でも、それでもいいから今は書き続けたい。
こうして、何か形として少しずつ
作品を積み重ねてきた、という勲章がもう既にあるから。



おしまい。



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