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『パワハラっていわないで!』〜社会人3年目の体当たり新人研修日記〜 #2

note #創作大賞2024
#ビジネス部門 参加作

【前回はこちらから】

前回、そんなこんなで社会人3年目にしていきなり鬼の「マナー研修」講師に選ばれた私。イメージトレーニングだけは積み重ねたもの、やはりどうしても自分が「あの鬼の研修を教える立場になるとは思えない」とほとほと困っていた。

ただ、三年前に自分が新人として研修で教わった時は、まあ挨拶の形というか姿勢に関しては人よりも優れている自信があった。なので、鏡を見ながら自分の姿勢が褒められたもんかどうかだけしっかり検証し、心の準備をしていた。できることといえばそれぐらいのもんで、結局こっちがどれほど頭の中でシミュレーションを重ねても「新人の前に出てみないとどうなるかは分からない」のである。

なんやかんやあり、あっという間に研修初日を迎えてしまった。四月一日、全国の一般的な企業様と同じく、弊社でも入社式が盛大に執り行われた。ところが。私のコンディションは初日から最悪だった。

「瑞野君なんか顔色悪くない?」
「いや、ちょっと前夜悪い夢を見まして」
「…悪い夢?うなされたってこと?」

なんと私は、初日の前夜にして既に悪い夢を見てうなされていたのだ。その夜は車にスマホが轢かれて両面がバッキバキに割れる夢で、それを手で拾ったところで目が覚めたのだった。

「だいぶ追い込まれてるねぇ」
「…ちょっと想像以上に来てますね、ハハハ。」

半分笑いながらも、正直体には結構来ていた。頭が全く冴えず、あんだけシミュレーションしてこういうことを言ってあげようという自分のプランがほとんどぶっ飛んでいた。しかし時間は待ってくれず、あっけなくマナー研修の時間がやってきた。直前まで新人たちのリストを見ながら、講師陣で綿密な打ち合わせを重ねた。今回の講師は6人。私を含む男性3人・女性3人だ。

本社にある一番大きな会議室へ足を踏み入れる。
そこには既に、独特の緊張感が漂っていた。

ずらりと並ぶ100人は居ようか
という新人たち。


その光景は圧巻そのものだった。一応腐っても弊社は全国企業。毎年このレベルの人数が新人として入社してくるのだ。まあそりゃね、こっちも多少はたじろぎますよ。まだ何回か講師をやってるなら話は別だが、なんせこっちも初めての身。とりあえず「自分変な風に見られてないかなぁ」とじんわり不安を抱いた。

3年前、俺は教わる側に居たのになぁ。
後輩のB子もまた同じ気持ちを抱いているのか
なんとなく緊張した面持ちをしていた。

「ではこれから、マナー研修を始めます。皆さんにこれから、この会社で最も大事な挨拶。お客さまに接する姿勢というものを教えていきます。少し大変な場面もあるかもしれませんが、皆さんが社会人としての自覚を持ってもらうための訓練です。頑張ってついてきてください。」

そう。あくまでこれは強制ではない。

もちろん体の調子が悪かったり、こんなことをするのは嫌だという人を無理やり続けさせるようなこともしない。彼らが自身の頭でこの研修に意義を見出してもらい、成長してもらうことが一番だからである。

弊社のマナー研修は厳しいといえば確かに厳しい。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の声出しや「よろしくお願い致します」と挨拶する時の姿勢を鍛える時間である。いわゆる背中を45度に曲げ、相手への敬意を伝えるというマナーの大定番。これを研修の中で新人たちには完璧に身につけてもらい、先輩や上司へ見せても恥ずかしくない姿勢に育てる。これが私たちのミッションだ。

一日目はとにかく形を覚えてもらうため
時間が許す限り、挨拶を繰り返し練習する。

「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」

私は新人たちを一人一人見回りながら、その姿勢をチェックしていく。手に持っているのは、ほうき。これはやる気のない新人をぶっ叩くためもの・・・では当然ない。僕はパワハラなんてしたくない。挨拶の時に下げた背中が曲がっていないか、美しい姿勢であるかを測るためのものである。できていない新人にはほうきを背中に当て、正しい位置を感覚的に覚えさせるのである。

「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」


じわりとした不安が脳裏をめぐる。
やはり、というべきなのか
おかしい、と思うべきなのか。

真剣に取り組んでいる子はみるみるうちに姿勢が整う。こっちが「もっと姿勢は真っ直ぐ美しく」と言えば、すぐに美しくなる。なぜなら言われたことに対する吸収力が優れているから。でも中にはまあ当然だが、あんまり真剣モードになれていない子が居たりする。その比率がどうも多い気がするというか、まだヘラヘラした心持ちの子が多かったりする。

「皆さんはもう、社会人です」

そう言うだけではやはり脳裏に突き刺さらない。どうにか彼らに奮起してもらう必要がある。だが、そこは百戦錬磨の講師陣。社会人としての心構えを解くための「伝家の宝刀」をちゃんと持ち合わせているのである。

「皆さんはもう社会人です。もっと端的に言えば。皆さんは、お金をもらってここにいます」「この研修をしている間にも常に皆さんには時給が発生しているんです」「楽だなぁと思いますよ。でも裏を返せば、これも立派な仕事なんです」


お金。

彼らはこれまではお金に支えられて生きてきた側の人。だが今度は、自分が会社に利益をもたらし、自分の取り分=給料を掴み取っていかなければいけない。故に半端な気持ちで居てもらっては困るのだ。そのことをまず初めに突きつける。

「危機感」というべきなのか。彼らが「本意気でこの研修をやってやろう」という気持ち、熱量、そんなものが感じられないのだ。まあまだ初日だから焦ることはない、と思うかもしれないが、それにしては何か緩い空気感というか新人たちのやる気にもエンジンが掛かっていないような気がするのである。

初日が終わり、僕はその不安を隠せず
同じ講師役のC先輩と立ち話をした。

「先輩、今年の雰囲気ってどうですかね」
「…ちょっと、空気感が心配だな」
「…そうですよね」

僕が抱いた不安は、的中する。



ー第3回へつづくー

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