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Loose Leaf Room(1)

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短編小説集です。1話完結のものが中心になると思います
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記事一覧

【短編小説】セピアの車窓

【短編小説】セピアの車窓

「もうすぐ着くよ」
そう言って向かい側に腰掛けるキミの肩を軽く揺する。何度目かの試みで目を明けたと思ったのも束の間、キミはまた船を漕ぎ始めた。

僕がもう一度キミの肩を揺すろうと、軽く座席から腰を浮かせた時だった。

─発車します。閉まるドアにご注意ください。

そんなアナウンスが聞こえた直後、出入口のドアは閉じ、乗っていた電車が次の駅に向かい走り出した。

ああ、また降り損ねた…。

心の中でそ

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【短編小説】恋を知らない

【短編小説】恋を知らない

「佐倉ちゃん、おはよー」

佐倉水野(さくら みずの)。名字のようだが、『水野』は名前である。私個人、名前についていじり倒されるのは好きではない。
初対面の人にはよく「どっちが名字?」と訊かれたりいじられたりするので、ここで先手を打っておく。

そして周りのクラスメイトや友達や幼なじみ達は、何故か私のことを名字プラスちゃん付けで呼ぶ。

ある一人を除いては。

「おはようございます。高野さん」

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【短編小説】癖

【短編小説】癖

黙り込んで上体を左右にゆっくり揺らす。それが、僕が思考を巡らせている時の、学生時代から自覚しだした癖なんだ。

もしかしたら自覚する前から、ずっとある癖なのかもしれないね。何せ、友人から指摘されて初めて気付いたんだもの。
キミは余裕がなくなってくると、爪を噛む癖があるよね。あはは、そりゃあ知ってるよ。ここんとこ、僕はキミしか見てなかったのだからね。

でもさあ…、僕個人としてはやっぱり惜しいと思っ

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【短編小説】敵わない

【短編小説】敵わない

「はい!また私の勝ちー!!」
言いながらあいつは、手に持っていた番号の揃ったトランプを、こちらにわざとらしく開示してみせた。
「ホント分かりやすいよねーキミ。ぜーんぶ顔に出るんだもん」
「そんなにか…?」
「だってさ?ババを引いた時はすんごい苦い顔するし、私がババに手をかけると口元緩むし。真剣にやってキミに負ける方が難しいよ」

「これでもポーカーフェイスで何考えてるか分からないって言われる方なん

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【短編小説】空耳

【短編小説】空耳

幼い頃から、よく空耳で知らない人の声を聞いた。毎回決まって女の人の声で、僕の名前を呼んでいるのだ。

最近はその現象も多くなってきた気がする。一日に一度だけならば、まだマシだと感じる程には聞くようになってきた。
そんな状態でまともな生活が出来る訳もなく、今や週に一回は心療内科にお世話になっている。

けれど状況は全く改善されず、それどころか何だか空耳が増えてきたようにすら感じる。

意味がないと分

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【短編小説】ある家の或るあの子

【短編小説】ある家の或るあの子

「うわー暑いー…」

それ何回言うのよ。でもまあ最近は、猛暑というより酷暑な時もあるもんね。

「なーんでこんな時に限ってエアコン壊れるかなーもー…」
本当にそうだよね…。必要な時に必要なものが見つからなかったり、必需品なのに稼動させようとしたら今回みたく壊れちゃったり。それが世の常みたいに私は諦めているけれど。

ん?あれって…。

「あ!ちょっと!
そっぽ向かないでよー!」
ああ、ごめんごめん

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【短編小説】悪党

【短編小説】悪党

もし。そこの人。
今からどちらへ行かれるので?

仕事帰りで真っ直ぐお家へ向かわれるのですね。なるほどなるほど…。
一つだけ忠告しておきましょうか…今日は帰られない方が宜しいかと。

いいえ、私は霊能者でも占い師でも御座いません。しがない浮浪者です。

浮気がバレそうだからと今夜は家族のご機嫌窺いをしようと思っておられるようですが、今更なことですよ。何故って、あなたの心に既に家族の居着く場所はない

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【短編小説】涼

【短編小説】涼

「風鈴の音ってさ、何で聞こえるだけで涼しく感じるんだろうな?」
用を済ませた後にコンビニで鉢合わせ、それぞれの自宅への道のりがほとんど同じ友人と共に歩いていた時、ふとその彼が零した。

「うーん…。そう言われると気になってきた」
僕は先程コンビニで購入した棒付きアイスの角をかじりつつ、友人の疑問に応えられるような仮説を頭の中で構築しようと歩きながら考え込む。

「ちょっ…急に黙るなよ。まるで俺が、

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【短編小説】会釈

【短編小説】会釈

少し前、隣町で通り魔による連続殺傷事件が起きた。生き残った被害者は、口を揃えて犯人はフルフェイスで顔は目撃出来ていなかったと証言していたので、そのまま事件の捜査は難航していたらしい。

そんな事件が起こって久しいある日、僕は隣町まで出掛けることになった。
僕の住んでいる町はそこまで栄えておらず、大きなショッピングモールなんかもなかったので、足りない日用品などはその町まで買いに出なければならなかった

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【短編小説】エゴ

【短編小説】エゴ

嗚呼、あったかいなぁ。

知ってる?人間の流す涙って、血液とほとんど同じ成分なんだって。
だから今、ボクもキミも同じようなものを体から垂れ流しているってことだよね。

本当にあったかい。

キミがボクの元へきてくれた時は、夢かと思った。ようやく分かってくれたんだって、喜びすら覚えたんだよ?
なのにさぁ...。

ふふふ、あったかいね。

ねぇ、いつからこうなったのだろうね。一体ボクは、どこで選択を

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【短編小説】青い春にさようならを

【短編小説】青い春にさようならを

大きな音が店内に響いた。

目の前の彼女が思いきり机を叩いた為に出た音だ。
「僕は本気だよ」
彼女の目を真っ直ぐ見つめて言った。彼女が我に返り席に座り直したところで、僕は改めて、ゆっくりと告げた。

「別れよう」

まさか自分からこの関係の終わりを宣言する日がくるとは。人生、何が起こるか分かったもんじゃないな。
彼女が店を出た後、再び静けさが戻った喫茶店内で1人、そんなことをぼんやり考える。

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【短編小説】魔王様のおしごと

【短編小説】魔王様のおしごと

「ふふふ…よくぞここまでたどり着いた。勇者よ」
お決まりの台詞にお決まりの動き。俺達は所詮、プログラミングされたデータでしかない。

「魔王…!今度こそ貴様を倒してやる!覚悟しろ!!」
声高々に宣言し、目の前の女勇者は俺に飛びかかる。この戦闘シーンもきっと、誰か別の世界の住人が組み込んだものなのだろう。

それに気付かない彼女は幸せ者だな。
そう思いつつ、俺は女勇者に照準を合わせ、雷の魔法を撃ち込

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【短編小説】顔

【短編小説】顔

友人と喫茶店でお茶している時、こんなことを言われた。
「あんたって食べてる時、すごく幸せそうな顔するよね」

「そう?」
「うん。なんていうか、『今この幸福を味わえるなら、次の瞬間世界が滅んでもいいわぁ…』みたいな顔」

どんな顔だそれは。
更に続けて、友人は言う。

「携帯とか見てる時なんて正直、時々ひどいもんだよ。眉間にこーんなシワ寄ってたりさ」

どんな顔だそれは。
友人の仏頂面を見て、心の

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【短編小説】嫌悪

【短編小説】嫌悪

「おめでとう!!」
誰もいなかったはずの実家のドアを開けるなり、そう言われクラッカーを鳴らされた。

「ささ、早く入って!」
以前に合鍵を渡しておいた幼馴染に促されるままリビングへと足を踏み入れると、そこは手作り感満載の、ちょっとしたパーティ会場になっていた。

ところで、おめでとうって…何が?
そう周りに訊くと、友人である彼らはにんまりと笑ってみせた。

「やっぱり忘れてたんだねー」
「ま、お前

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