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[OldCityBoy的「アート」鑑賞] 雛人形って、本当に女の子は喜ぶんでしたっけ? 実は、購入する大人を喜ばせるためじゃない?

静嘉堂文庫美術館の"岩﨑家のお雛さま"展に行ってきました。

目的は、"曜変天目茶碗!"、と言いたいところですが、実は野々村仁清のツボです。"曜変天目茶碗"は学生時代に、曜変天目をめぐる旅、を敢行しており、実はかなりコンプリートしています。よって、それほど新鮮味はなく、それより野々村仁清の"黒"は見たことがないので、それが目的でした。

曜変天目はかなり見飽きている
今回の目的、素晴らしい~

野々村仁清自体はまたどこかで語るとして、今回は、展覧会の主旨である"雛人形"に関してです。

というか、"雛人形"というか日本人形って、なんでちょっと気持ち悪い顔なんですかね?、を考えたいと思いますが、その前に。

自身は田舎の長男、かつ父方・母方の中でも一番初めにできた孫のため、かなり豪華な"こいのぼり・五月人形"を買ってもらったそうなのですが、当然のことながら記憶はなく、写真で一緒に写っている姿しか目にしたことはありません。

ありがたいことに大変かわいがられたんだな~、と思いはしますが、"こいのぼり・五月人形"自体がうれしかったことはなく…

実は、女子勢にとって雛人形ってこの感覚と近いのでは?、と妻・娘に
「雛人形って飾ってもらってうれしかった?」、
聞いてみたところ、
「いや、あまり…」、
との回答が。

と言うことは、"雛人形"は子供を喜ばせるためではなく、購入するじーじ・ばーばを意図して作られている、と考えるのがどうも妥当な気がします。

上記を意識して、展示されていた作品を見てみます。

可愛いかどうかは分からないが、非常にお上品な顔であることは分かる
可愛いかどうかは分からないが、非常に精緻に顔が作られていることは分かる
男前かどうかは分からないが、非常に精緻に顔が作られていることは分かる
可愛いかどうが分からないが、非常に精緻に表情が作られていることは分かる(その1)
可愛いかどうが分からないが、非常に精緻に表情が作られていることは分かる(その2)
可愛いかどうが分からないが、非常に精緻に表情が作られていることは分かる(その3)

これらの人形を見ると、どうも、工芸品として非常に精緻に作られている気がします。よって、やはり雛人形は大人向け鑑賞用に作られたもの、という仮説は当たっているような気がしてきました。

が、まだ確信に至らないのは、下記の存在のためです…

どう表現していいか分からない顔
可愛くないこともないが…

これらの人形って鑑賞用になるんですかね…。というか、何故こんな顔にしたの?と不思議でしょうがなかったのですが、理由が分かりました!

この人形の前で上記を考えながら首をかしげていると、赤ちゃんを抱いたお父さん・お母さんがこの人形の前で赤ちゃんの写真を撮っており、その赤ちゃん(4か月ぐらいかな)の顔が、この人形そっくり!

つまり、この顔はまさに"赤ちゃん"の顔を模したものなのです!

いや、「赤ちゃんはもっとかわいい顔のはずだ!」、と聞こえてきそうですが、"曇りなきまなこ”で冷静に・客観的に見てみましょう。首が座ったばかりの赤ちゃんって、こんな顔なのです。我が子だと可愛くて全くそうは見えないのですが、実はそうなのです。

実際、自身も我が子が赤ちゃんだったころの写真を見返してみましたが、やっぱりこんな顔でした。

ということは、この顔は写実性を重視した工芸品であり、そしてそんなことを考えていると、だんだん赤ちゃんを彷彿とさせてきて、なんだか愛くるしくなってきました。

ただ、まだ幼い女の子がこのような人形をもらってうれしいわけもなく、よって、これらは購入する大人向けに作られた鑑賞用工芸品である、という自身の説に自信が持ててきました。

で、自身の説に自信が持てたことで気分が良くなった状態でパンフレットをよく見ると、
三菱第四代社長・岩﨑小彌太(1879~1945)が孝子夫人(1888~1975)のために京都の人形司・丸平大木人形店(丸平)で誂えた「岩﨑家雛人形」
と"子供ではなく夫人のため"と書いてあるじゃありませんか…

誰向けの人形か書いてあった…

というわけで、展示会のパンフレットで意外と重要な情報が記載されているのでちゃんと読まなきゃな、と思った展示会でした~。







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