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賢い常連さんがデート商法にひっかかった話。【詐欺の思い出②】

わたしがバイトしていた喫茶店には、強烈に記憶に焼き付いた常連さんが何人かいた。

今回の思い出は、オレオレ詐欺に騙された奈良さんに次いで発生した悲劇……また別の常連さんが、デート商法に騙された話である。

その常連さんは、港町にはめずらしい、色白で華奢な男性だった。オトナになったのび太くんに似てなくもないので、ここでは野比さんと呼ぼう。

眼鏡をかけていて、わたしの目にはなんとなく幼い感じのある受験生や大学生みたいに見えていたので、中年にさしかかるくらいの年齢と知ったときは驚いた。

野比さんは、週に2回、いつも文庫本を携えて来店する。が、だいたい1ページも読むことなく帰っていく

食事よりも日替わりケーキセットを頼むことが多かった。ひと口がめちゃめちゃ小さくて、1ピースを20分割くらいして口に運ぶ。コーヒーはいつも少し飲み残していた。

まずいもんね、分かる。

野比さんは博識だった。
計算が速くて、妙なパズルやルービックキューブを即座に解く、理数系タイプというのだろうか。おそらく職種は経理とか税務関係だったと思うけれど、趣味としては文学が好きだとよく言っていた。

店長はよく、経営のことや保険やら税金やら、小難しいことを野比さんに相談していた。

野比さんは、ああそれはですね、と言って理路整然と、ときにはメモ帳にきれいな字で計算式を書いて、分かりやすく解説してくれる。
店長の「な〜るほど!!!」を引き出すことにかけては野比さんは天才的だった。

野比さんは特待生だか推薦だかでいい大学に入ったものの、文学に携わりたくてなんやかんやあり、地元に帰ってきたのだという。
知識をひけらかすでもなく、鼻につくようなことも言わない、謙虚な人だった。

しかしながら、野比さんは壊滅的に女性が苦手だった

女性と話すと声が上ずってあからさまに挙動不審になってしまうタイプで、店長と話すときは自然なのに、わたしが話しかけると2、3回は足を組みなおし、小指と親指でめがねをクイックイッとやってみたり、分かりやすく挙動不審になる。

親に結婚を急かされるのだと愚痴をこぼしていたことがあるが、1度も女性と付き合ったことはないという。

挙動からもそれは容易に想像できたし、例え機会があっても「いい人なんだけど」で終わるタイプだろうな、と思ったけれど、なんせ本当に、分かりやすくて、いい人なのだ。

守りたい、この生き物を。
野比さんを傷付けるやつは許さないぞ!!

本領発揮したときのジャイアンのように、わたしは野比さんを人間としてとても好ましく思っていて、傷つけられたりしないでほしいな、と、一方的に見守っていた。

そんな野比さんが、ある日、薬指に指輪をつけてきたのだ。

アクセサリーなどに一切興味のなさそうな野比さんが、3連リングみたいな、明らかに邪魔そうな、あまり見たことのないタイプの指輪を、

右手の薬指に。


こんな感じのやつ。



ソワソワと指輪をつけては外し、外してはつけ、両手でカチャカチャいじっている。

知恵の輪か?と思うくらい、いじくりまわしていた。

「あれれえ、どうしたの、ついに彼女できた!?」と店長が突っ込んだところで、やはり指輪なのだとわたしも確信したが、野比さんは、「いや、いやいや、できてないですよぉ!!」と、そそくさとそれをポケットにしまった。

なんなんだ、一体。

深く追求せずに観察していたが、すぐに取り出してカチャカチャ……やはり知恵の輪なのか??

野比さんは、指輪のことについて触れてほしい、触れないでほしい、のはざまで超高速で揺れているようだった。

「高そうな指輪だね〜」と店長が言うと、野比さんが「んんっ、そうですね、まぁね……」とまんざらでもなさそうな顔をしたので、わたしはすかさず会話に加わった。

「ええっ!高いんですか、そんなカチャカチャしてたらこすれて傷ついちゃいますよ!大切に扱わないと〜」

野比さんは、「アアッ、確カニ、ソウデスネェ!」とカタコトで言いながら、カチャカチャをやめて指輪をススス……スス……と、撫で始めた。

撫でてどうする……

テーブル席のマダム2人が席を立つと、お客様は野比さんだけになった。
店長もなんとなく異変を察しているのか、いつものように話題をふることもなく、しばしの沈黙が訪れる。

すると、野比さんが思い切ったような顔をして超高速まばたきをし始め、

「ヨッン……ジュマンデスッ……!!」と言った。

40万です。

わたしは耳を疑った。

「「えっ?」」
店長とわたしがシンクロした初めての瞬間である。奮発した婚約指輪とか……?

野比さんはヘラッと笑いながら「あのぉ、自分への…ご褒美みたいな、そういうやつです」と言った。

野比さんらしくない言葉だった。

40万の指輪がご褒美になるような人とは思えない。世界で最高難易度の知恵の輪だと言われたほうが納得できる。

「えぇ……自分で?なに、なんか好きなブランドなの?どこで買ったのよ?ドコの店?一括で?なんで急に〜?」と店長が訝しげに尋ねた。

いいぞ店長、もっと詰めろ。

野比さんは「いや……ブランドとかはわからないんですけど、いいやつで。カタログみたいなのを見せてくれて、俺に合うやつをオススメしてもらったので……」

くれて。
もらって。

自分に言い聞かせるみたいにぽつぽつと話しながら、野比さんは、わたしたちが抱いているであろう感想を想像でもしたのか、少しずつ表情を曇らせはじめた。

「高いと言っても、月3000円だから……払えないことは全然、ないんです……」

何年支払うつもりだ、その指輪に!!!

ことのあらましはこうだ。

野比さんに会いたいという、見知らぬ女性からお誘いの電話が来た。
カフェでコーヒーを奢ってくれて、楽しくお話した。上司と名乗る人が現れて、悩みを聞いてくれて、いろいろオススメされ、納得した上で指輪を買った。

デート商法、いわゆるアポイントメントセールスである。

わたしは愕然とした。
実際にデート商法の現場を目の当たりにしたことはない。

いつも理路整然としていて、問題のひとつひとつを紐解いて分かりやすく解説してくれる賢い野比さんが、たやすくまるめこまれるというのは一体どういうからくりなんだろう?

おそらく、女性の誘いに乗った時点で、ワンチャンあるかも……という下心が野比さんには確かにあったんだろう。その負い目がのちに自分の首を絞めるわけだ。

何度もつっぱねたらしいが、なぜか女性の上司と名乗る男性も登場し、土下座されたり叱責されたりを繰り返し、最終的に納得(?)してしまったという。

来てくれたということは、ほんの少しでも興味があったからですよね。こうやって話をしてくれるあなたは、理解力があり、聡明な人だ。くすぶっているのはおかしい。

その原因は、自分に自信がないからですね。能力はあるのに、自信がない。もったいないことです。

自信をつけるために、アクセサリーを買いましょう。アクセサリーを身につけると、気持ちが上がる。いいものを身につけると、それにふさわしい自分であろうという意識がはたらくし、自信も湧いてくる。

無理にとは言いません、押し売りのような真似はしたくない。

でも、今日こうして関わりあえたのはすばらしい機会で、高いものが無理だと思うなら、高いものはやめましょう!
身の丈から少し背伸びしたくらいでいい。だから、お手頃な40万の指輪をおすすめしたい。

ローンも組めるし月々の負担は少ない。しかも、何年と払い続けることで毎月、自信が実感できるし、あなたを強くしていく。
指輪の価値は下がることはないので、何も損はしない。お金が形を変えてあなたと共にあるだけだ。
あなたに時間も使ったし、奢ってあげた。譲歩してあげた。成果なしで帰ると、叱責される。

そんな感じの流れだった。

彼らの言い分に、あからさまな嘘などないのだ。論理的な野比さんは、正論に納得してしまったのだ。彼らは決して、嘘をついて騙そうとしているのではない。

野比さんは納得しようとする。

自分の意志で赴き、自分の意志でアクセサリーを買ったのだ、と。

人間は、何かしてもらったらお返しをせずにはいられない。これを返報性という。真面目な、ごく一般的な人は、借りを作りっぱなしの状況が苦手なのだ。手をわずらわせている、というシチュエーションが苦痛なのである。
だから、借りを返そうとしてしまう。負い目をなくしたいと思うし、言動の一貫性を保とうとしてしまう。

悪質商法は、厳密には詐欺とは言えない。
でも、カモにされたのは確かだ。

「それ、クーリングオフとかできないのかねぇ」
店長が言った。

野比さんは「あぁ……期間過ぎちゃってるんで……もうねぇ……」と煮え切らない返事をした。

野比さんのことだから、とっくにクーリングオフについては調べたんだろう。その上で、自分で納得したのだから、と、クーリングオフしないことを選んだ。

それでも結局、わたしたちのような友達でも家族でもない人間の反応を伺ってみたくてここへ来たんだ。

わたしは店長に加勢した。

「クーリングオフの期間過ぎてても、事情によっては返金や解約できるはずですよ!相談も乗ってくれるでしょうし。野比さん、納得して買ったっていうけどそれフツーに悪質商法ですよ、カモにされたんですよ、客観的に見れば!」

さしでがましいことだから、言うべきか言わざるべきか迷ったけれど、店長が止めてこなかったのでわたしは発言を許されたものと思い、続けた。

「問い合わせだけでもしてみたほうがいいですって、全額は返ってこないかもですけど」

野比さんは「うーん……そうかぁ……」とうなだれた。

「自分で決めたことを覆すのって、嫌だなって思うかもしれませんけど、その指輪は野比さんにふさわしくないというか、そんな指輪必要ないというか……」

野比さんは「はは、似合ってないよね……」と笑った。

続けて店長が、「じゃあ今かけてみよう!店の電話使っていいからさ。家だと嫌でしょ?今連絡してみたほうが気が楽になるって。ダメだったらさ、まあ、勉強代だと思えばいいんだし。深く考えないでさ」と言うと、野比さんは、何度か小さく頷いた。

結局、その日だけでは解決しなかったものの、契約書類などが残っていたこともあり、最終的には業者側があっさり引いてくれたそうで、野比さんはクーリングオフすることができた

本当によかった。

あのまま指輪の代金を払い続けていたら、野比さんはどんな心境になっただろうかと想像すると、なんとも嫌な気持ちになる。今ではマッチングアプリのような手軽なツールもあるし、デート商法はより巧妙になっていて、決してなくなりはしないだろう。

詐欺と聞くと、「嘘に騙される」と思いがちだけれど、「つけこまれる」というグレーなセールスは、思ったよりも身近にあるのだ。


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