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ママちゃんと俺の5年愛戦争(仮) 7

デイケアマジック!

嫌々ながらもデイケアに通い続けて早2ヶ月。
段々と元気も出てきて笑顔も頻繁に見られる様になった。
躁鬱が激しかったのにいつの間にか安定してきた。
「今日は何々をした」とか「何々をして面白かった」とかイキイキしててこっちまで嬉しくなった

まぁ一方病いはと言うと、安定はしてるみたいだが、今さっき起きた出来事を覚えにくいらしく「お友達出来たんでしょ?名前は?」「んーと、忘れちゃった」
「今日のお昼は何食べた?」「んーと、なんだっけ?ご飯と‥‥忘れちゃった」
みたいな感じ。
でも完全に覚えられない訳ではなくて、一緒にアニメを観てた時も意外と主人公の名前とか覚えてたりして「○○○○くんでしょ?」「○○○ちゃんね!」とかしっかり覚えてたりもしてちょっと驚いた。
所謂頭に記憶として刻まれていても、それを上手に引き出せない状態らしい。
短期記憶と長期記憶というらしく、「今何時?」とか「そこのアレ取って」とか今起こった事しようとした事など(短期記憶)が瞬時に引き出さなくなってる状態らしい。
でも繰り返し繰り返し体験して凄く面白いとか感動したとか強く印象に残ったもの(長期記憶)などは深く記憶に刻まれるから思い出や感情に併せて思い出しやすくなるらしい。
アルツハイマーは主に頭の中にアミロイドβタンパク質が増えて脳の記憶や行動を伴う神経に影響を与えて霧がかかった様に見えなくして動きを鈍らすらしい。
ストレスや運動不足他の病気から派生してこの病気に発展するらしく、母親も糖尿病から派生してアルツハイマーになったらしい。
だから、糖尿病が良くなれば、アルツハイマーの病状も改善する希望があるらしい。
これはあくまで、必ずしも治るという断定的なものではなく可能性の問題みたいだ。
とにかく、食事にも気をつけるに越した事ないので注意しよう。

元々保険のセールスや美容師、靴磨き、売店、と接客業ばかりやってきたし、人と接する事が大好きだった母親なので、デイケアでたにんと接する事が嫌いな訳ないのだ。
やはり他人と接する事は脳に刺激を与えるから通い始めたらみるみる昔の母親に戻っていくようだった。
一時、夢うつつで現実と夢がごっちゃにになってた頃は「ヤバイな、もうまともな話し出来なくなるかも」と半ば諦めてたのが嘘みたいだった。
病院での一件も笑い話として話せる様になっていた。
本当、デイケア様様である。

この病いのきっかけは、やはりストレス。だと思う。
仕事が趣味で生きがいだった人が、定年になり仕事がなくなり、アルバイトしていた所も不景気の煽りでなくなり、趣味の読書やドラマ鑑賞も父親の世話、家事でほとんど出来ない状態。
そして1番のストレスは紛れもなく定年で家でゴロゴロしてる父親であった。
母親と父親はけして仲睦まじい夫婦ではなかった。
お見合いで半ば家同士がくっつけた二人なので、まぁ価値観も何もかもが合わない。
寄れば触れば喧嘩の毎日。
それは晩年になっても変わらなくて、その2人が家で2人っきりで過ごさなければならない生活。凄まじいストレスだったと思う。
父親という人は、本当にクズ。
子供の俺から見てもクズ以外の何者でもない。
ギャンブル狂い、短気、ワガママ、そのくせ小心者で強い者には巻かれろタイプ。
人の神経を逆撫でする言葉を平気で投げかける事が出来る一種の天才。
人を怒らせる天才である。
子供の頃の楽しい思い出なんて思い返しても一切出てこない。
母親が泣いてる姿だけ思い出す。
俺がガキの頃滑り台から落ちて大怪我をした時も母親が俺を背負って病院まで走ってくれた。父親はその後を仕方なくついていっただけ。
医者に「お父さん!何やってるんですか!貴方が子供を背負って病院に来るもんでしょう!お母さんが小さい身体で背負ってくたなんて前代未聞だ!恥を知りなさい!」っとピシャっと言われてた。
それで反省すりゃあいいのに、家に帰って愚痴愚痴俺と母親を責め立てて臍曲げてた。
そんな父親である。そんな奴と四六時中一緒。
何故か家族中から嫌われているのに、母親が定年で家に居るとピッタリくっついて生活していたらしい。
らしいというのは、その頃実家に居なくて飲食店で朝から朝まで働き尽くめで居たからよくわからないのが正直な所。
でもその後実家のローンの実態が判り、自転車操業で借金こさえまくってた母親が泣きついてきて家族全員で暮らす様になった。
その頃から病いの傾向が現れていたのかもしれない。

買い物してる時、母親に任せていると、アレもコレもとカゴに入れて結果3万、4万円はザラで家に帰って確認すると重複するものが沢山出てきたり、前に書いたか忘れたけど、家に侵入者あり事件が勃発し、監視カメラ仕掛けたけど何も写ってなかったとか。
まぁ今考えるとその病いのサインは確実に出ていた。
でも「母親がアルツハイマーになる」
なんて想像の斜め上で考えすら浮かばなかった。
我ながら危機感なさすぎやろ?である。

そういえば何故「ママちゃん」と題に記したのか?
それは母親が晩年自分の事を「ママちゃん」と言っていたからで
キッカケは俺。
TV番組でお笑いタレントさんのT氏が旅ロケ番組でバーやスナックのママと会うと「ママちゃん、ママちゃん」言っていたのを憶えてて、ある時から「ママちゃん」と薬入れに書いて「ママちゃん」呼んだのか始まり。
それも病気になってから母親が覚えた言葉と記憶の一つであった。

続く。

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