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「西暦2067年の人類保護計画」

透明なドームに覆われたホールに100名程度の学生がまばらに座っている。席は1割ほどしか埋まっていない。

「2067年に始まった人類保護計画。そして、その根幹となった2072年の『選抜式地球脱出プロジェクト』について今日はお話しします」


自動音声のような淡々とした調子の声が、突如ホールに響き、数名の視線が前方に集まる。視線のぶつかる交点には、グレーのスーツに身を包んだ初老の男性が立っていた。
環境行動学を研究するその教授は、透明なドーム天井越しに見える赤い空をちらりと見てから、再び教卓に視線を戻した。

彼の話の大半は、近代地球史を履修する学生にとってはすでに聞いたことのある話だった。


18世紀後半の産業革命以降、地球上のエネルギー消費量は右肩上がりに増えていった。21世紀に入ると化石燃料などの資源不足の懸念と同時に、エネルギー消費によって排出する二酸化炭素などによる気候変動への影響が明らかになった。
行き過ぎた工業化は、気候以外の多くの歪みを地球にもたらしていた。極地の氷の融解による海面上昇や地球全体で広がる砂漠化、生態系の破壊など数え上げればキリがない。現在の常識では信じられないが、電気を得るために途上国の森林を伐採して生産した木材チップを燃料に発電することも行われていた。
当時の地球では、循環型社会やサスティナブル社会などを標語に地球環境を保全しようとする動きもあったが、多くの国が根本的な解決を他国に押し付けるだけで、エネルギー消費の大きな流れを止めることはできなかった。

2067年、国連に提出された報告書「R567489」が国連首脳部を震撼させる。そこには、5年後に人類が地球上で生活できなくなる確率は27%、10年後には98%にまで上昇すると試算されていた。
報告書はすぐには公表されず、秘密裡に特命チームが作られ、人類保護計画が練られた。

大掛かりな計画になったため隠し切ることはできず、表向きには実験的な宇宙への移住を5年後に行うという説明がなされた。移住先の星として選ばれたのは、1.6光年先にある氷で覆われた惑星「アムダ」だった。
宇宙船の建造、水から酸素を取り出す装置の製造、宇宙空間で植物を育てる技術など、多くの開発や研究に巨額のお金が投じられ、計画は急ピッチに勧められた。

2072年1月31日、移住のための宇宙船約1万隻が完成した。これにより、当時の世界の総人口の約1%にあたる1億人がアムダに移住することが可能になった。
そして、半ば計画的に、R567489の内容がリークされた。それと共にこの移住計画は実験などではなく、「選抜式地球脱出プロジェクト」であることも周知された。

当然、誰が宇宙船に乗るべきかという議論もなされた。地域や年齢などの属性によって割り振るべきだとか、投票によってその1億人を決めるべきだとか、くじ引きで決めるべきだとか、さまざまな案が出た。

最終的には、金融資産が多い順に1億人が選ばれることになったのは誰しもが知る通りだ。

選ばれた1億人には大きな偏りがあった。99%は北半球に集中していたし、99%が60歳以上だった。そして、彼らが地球上の金融資産の99%を保有していた。

2072年6月9日、1万隻の船は1億人の富裕層を乗せて、宇宙の彼方へ飛び立った。このとき、地球上から多くのものが持ち去られた。

まずは、1億人が使うしばらくの生活物資。しかし、これは地球全体の規模からすれば大した量ではない。
それよりも、紙幣、有価証券から金や宝石に至るまで地球上の「富」の99%が持っていかれたことが、何よりも象徴的だった。

「だが、新天地の惑星に着いた彼らはどうやって紙幣を使ったのだろうか?
彼らの紙幣によって働く人は、あっちの星にはいないだろうに」

笑いながら、教授が視線をあげると、夕焼けに染まっていた空は、すでに濃紺に変わっていた。

綺麗な三日月も浮かんでいた。

教授の講義は、まだ続く。
「2072年以降、地球の自然環境は急速に回復し、『人類保護計画』は目論見通り成功した。そして、現在も地球に住む私たちは、」


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