見出し画像

【読書感想文】 薬指の標本

本日は、『薬指の標本』(小川洋子 著)をご紹介します。

この本は、表題作と『六角形の小部屋』の2編が収載されています。

『薬指の標本』

仕事中の事故で左手の薬指の先を失ったことをきっかけに、偶然たどり着いた標本室で働き始めた21歳の女性と標本技術士との特別な関係を描いた物語。

静謐せいひつで透明感のある美しい文体から紡ぎ出されているのは、濃密で官能的な非日常の世界。

標本室という謎めいた特別な密室で進行する歪んだ愛と究極の恋に、背筋がぞくりとしつつも惹き込まれてしまいました。

私だったら何を標本にしたいか、そして、この標本技術士に主人公と同じような感情を抱くかどうか思考を巡らせましたが、どちらも未だ答えは見つかりません。

でも、多くの人が抱えているだろうセンシティブなものを、恋慕う人に無条件で受け止められて永遠に愛でてもらえるなら至上の幸福でしょう。

しかしながら、何の狂いもない人ほど不完全なものに魅力を見出し、執着してしまうのなら、それこそ狂っているのではないかと考えると空恐ろしくもあります。

それにしても、晴れた冬の日の朝のようなこの標本室の空気感は心地良いです。


『六角形の小部屋』

主人公がスポーツクラブで出逢った気になる女性の後を追って行くと、「カタリコベヤ」という不思議な小部屋にたどり着く物語。

現実と夢が交錯していて、読んでいるこちらも不思議な気分になります。

主人公が女性を気になるという感情は、なんだか恋みたいと読み初めた時は呑気に思っていたのですが、終盤に近づくに連れ「カタリコベヤ」の引力に引き寄せられていたからだと理解しました。

人は誰でも自分語りをしたい欲求がありますが、大多数は共感や何らかのリアクションを求めています。

一方で、胸に秘めた想いをただただ吐き出せる空間を欲している人もいるかもしれません。

そんな人たちを迎えるために、「カタリコベヤ」が密やかに何処かで佇んでいたとしたら素敵です。

P.S.

この本は初めて読んだのはかれこれ20年くらい前になります。

感想文を書くにあたって再読したのですが、『六角形の小部屋』を読み始めてすぐに古傷の腰を痛めてしまい、それが妙に臨場感があって複雑な気分になりました。

この記事が参加している募集

読書感想文

わたしの本棚

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?