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【短編小説】貧乏神とおせん・下

あらすじ

 人を不幸にする貧乏神と、既に不幸になった女の子との交流を書いてみました。上・下の2話構成です。

本文

 それから二人の奇妙な生活が始まった。とにかく家が広すぎるので、隅にある一部屋だけで暮らすこととなった。話を聞くと、少女は名を『おせん』と言い、年は今年で数えの八つ。この大店を営んでいた両親の一人娘、つまりお嬢さんであった。そのせいであろう、出会った時のやり取りといい、一般とはどこかずれていた。
 
 貧乏神は暫く食べなくても平気だが、少女はそうもいかない。貧乏神は人に見えるように術を施し、食料や日用品を買いに出かけた。お金は当然、少女が見せた隠し金の一部である。買い物ついでに、少女が居る大店の情報を集めてみると、大方次のようなものだった。
 
 おせんの両親が一代で築き上げた店だったが、流行り病で両親がそろって死亡。その後、親戚類が多数押しかけての相続騒ぎとなり、あの少女と家以外は皆持って行かれたとの事だった。

その話を聞いて貧乏神は少女に同情したものの、人間界ではよく聞く話でもあったので、ふ~んという程度であった。それよりも少女が見せた隠し金が気になり、あれを使い切らせてこそ一流の貧乏神よ、と変な気合を入れていた。
 
ただ、困った事があった。
少女がお金というか、物欲というものがほとんど無いのだ。例えば・・・
 
「おせん、何か美味しいモノでも食おうか?」
「いえ、いいです。それよりも、びんぼさんの食べてるものと同じものがいいです。」

びんぼさんとは貧乏神の事で、少女は姓びんぼ、名うがみ、と思っているらしい。尚、貧乏神の食べてるものは雑穀入りご飯に小さな魚が乗ったものである。
 
「おせん、綺麗な服でも買ったらどうだ? ずっと同じ服だろ?」
「ううん。それよりもびんぼさんの着ている服と同じものがいい。動きやすそうだし。」

ツギハギだらけのボロ雑巾のような服のどこがいいのか、このお嬢さんはどこかずれている・・・。そして、何故か裁縫を教える事になる。貧乏神の服は驚くなかれ自前なのだ。
 
(このままではいかん! これでは貧乏になるまでに何百年もかかってしまう! 大神さまに怒られるではないか!)

あせった貧乏神は、おせんに丁半博打や米相場を教えようとするが、当然のごとく失敗。だが、計算や読み書きには興味を持ったようで、勉学を教えてやることとなった。
 
(わし、何してるんだろう・・・。 一応、貧乏神なんだけど)

己の任務を果たせないもどかしさを抱えていたが、奥底では心地よさのようなものも感じていた。こんな調子で二人の生活は過ぎて行った。
 
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そんなある日。いかにも強欲そうな男が家に押しかけて来た。

「おせん! 生きてるか? ・・・!」
 
その男はおせんを見て目を剥いた。それはそうだろう。可愛らしいお人形さんのような少女だったのが、風呂にあまり入っていないのか髪はゴワゴワ、服はツギハギだらけで、まるでミニチュアの貧乏神のような格好になっていたからだ。
 
「あ・・・おじさん。」

おせんは男を見て貧乏神の後ろに隠れるが、貧乏神はほとんどの人からは見えない。その為叔父と呼ばれた男にはおせんがただかしこまったように見えた。
 
「な・・・、なかなか逞しそうじゃねえか。まあいいや、兄者はどこかに隠し金を溜めてただろう? お前は知ってるんじゃねえのか?」

女の子を一人置き去りにし、久しぶりにやって来ての第一声がこれでは、この男の性根が伺い知れる。
 
「知りません、そんなの。」

「嘘つけ! この家の権利書だってお前が持ってるんだろう!」

「持ってません! 叔父さんが全部持っていったでしょう!?」

強情に言い張るおせんに、叔父は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 
「なにを~、全くお前は死んだ兄者と義姉にそっくりで、強情な奴だよ! だったら、勝手に探させてもらうぜ!」

そう言うや否や、表に待たせてあった人を呼び、大人数で家中をひっくり返して探すが何も見つからない。

「今日は引き下がるけどな、兄者がかなり溜め込んでたのは知ってるんだ! また、来るからな!」

まだ諦めきれないのか、叔父はそんな事を言って出て行こうとした。
だが、一部始終を見ていた貧乏神は怒り心頭だった。色々な悪人を見てはきたが、こういう男にはどうしても腹が立ってしまう。

「てめえみてえな奴にこそな、『地獄に落ちろ』ってのが似合うんだぜ。・・・これでも、食らいやがれ!」
 
怒りで逆立った髪の毛を何本か引き抜くや、叔父の懐や襟元に忍ばせた。
実はこれ、貧乏神の呪いなのだ。自分の分身(この場合は髪の毛)を身に付けさせ、貧乏の(け)(毛)をまとわせるのだ。
そんな事をされたとは露ほども気付かない叔父は、そのまま去って行った。
 
嵐のようなゴタゴタが過ぎた後、叔父たちが家探しをしている間ずっと黙り込んでいたおせんが貧乏神に尋ねてきた。

「びんぼさん、お金って何ですか?」
「は?」

唐突に聞かれ、答えに迷う貧乏神。
 
「それはその・・・、みんな欲しがる、ものだよなあ・・・。」
「なんで欲しいんですか?」

「そりゃあ、金があれば色々買えるし・・・、幸せに、なれるしなあ。」
「お金がなきゃ、幸せになれないの?」

「・・・俺は貧乏神だけど、大体俺が取りつくと『不幸だ~』って言ってたから、ねえ?」

だんだん禅問答のようになってくる。
 
「びんぼさんは不幸なの?」
「俺? べつに、不幸だと思った事はないけど・・・。むしろ、何も無いから気楽かなあ。」

「なら、お金要らないじゃない。」
 
(確かに・・・、俺、なんで金持ち探してたんだろう?)

おせんの言葉に自分の存在意義が揺らいでくる貧乏神。悩んでいると、おせんが目に涙を溜めていた。
 
「わたしは・・・わたしは、お金があって幸せだって思った事なんて一度も無い。おとうもおかあも、いっつもお金の話ばっかりで怖かった。死ぬときだって、お金の話ばっかりだった。私の事なんてちっとも!」

ずっと胸の内に溜めて来たのか、一度溢れた想いは止まらずにおせんの口からあふれ続ける。
 
「お金なんて・・・、こんなもの要らない! こんなものより、一緒に居てくれる人が欲しかった! 家族が欲しかった!」

おせんはわんわん泣きじゃくりながら、終いには叫ぶように言った。
 
「びんぼさんもお金があるがら、居るんでしょ? 無ぐなっだら、どっかいっぢゃうんでしょ!?」

鼻水まで垂れ流し、顔をくしゃくしゃにして泣き続けるおせん。
 
この子は子供だから、お金の意味なんてわからずに言っているんだろうと貧乏神は思う反面、おせんの姿を見ているといたたまれなくなってきた。
思わずおせんをそっと抱きしめ、ポツリと言う。

「わかったよ、泣くなよ、おせん。そしたら、あのお金、ずっと取っとけばいいだろう? 無くなるまでは一緒に居るよ。」

すると、おせんは先程迄泣いていたのが嘘のようにピタリと止まる。
 
「ホンド?」

さっきまでの大泣きはどこへやら、鼻水を垂らしたままにっこりとほほ笑む。
 
「あ、ああ・・・。無くなるまで、な。」

なんだか騙された気もするが、深く考えず貧乏神は頷くのだった。
 
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あれから数年。貧乏神は今もおせんと二人で暮らしている。さすがにあの大きな家でずっと暮らす訳にも行かず、手放して町外れの小さな家で暮らしている。ちなみに、おせんは家の権利書を服のツギハギ用に使っており、それを知った時は大笑いしたものだった。
 
さすがに貧乏神スタイルではまずかろうと、二人そろって小綺麗な格好にし、きちんと風呂にも入るようにしている。貧乏神も暮らすとなった以上はと、人にも見えるようにし、棒手振りの仕事も始め、端から見ればおせんとは仲の良い親子にしか見えない。
 
一方、あの押しかけた叔父は商売が急に上手くいかなくなり、ついには破産したとの事。貧乏神は気(毛)の効果だと、おせんに自慢気に語っていた。
 
一見、幸せな家庭を築いたように見えるが、貧乏神は己の本分を忘れた訳ではない。あの隠し金は、今の小さな家にも持って来て、地中に埋めてある。いつしかおせんが欲に目覚め、あの隠し金に手をつけ始めたら、その時こそ貧乏神の力を発揮してやろうと企んでいるのだが・・・。
 
「びんぼさん、お疲れ様。今日は畑で南瓜が取れたから、南瓜粥にしましょ。」
 
すっかり大きくなったおせんが、棒手振りから帰って来た貧乏神を出迎える。相変わらず欲が無く、それどころか貧乏を楽しんでいるようにも見える。お陰でお金は一向に減らず、溜まっていくばかりだ。
 
貧乏神に戻れる日はいつ来るのか、と考える。

(こりゃ、当分は戻れそうにないな。それまでは、貧乏神の仕事は休職だ。 いいよね? 大神さま?)
 
その問いに答えたのか、遠くで「カァーー」と鳴き声が響いていた。

おわり

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