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26歳喪女ニートが5ヶ月ぶりにアルバイトを始めるまでの話


2018年が文字通り「あっ」という間に終わってしまった。
毎年恒例、我が家では親戚からもらう蕎麦を母親が茹でてくれる。それをすすりながら、ジャニーズカウントダウンってそういえばついこないだ見たな、と思いながらリビングでテレビを眺めていた。気が付いたらタッキー&翼が解散していた。

そうやって毎年のサイクルが年々早くなっていって毎年何をしていたかなんて振り返る暇もなく、新年の抱負を語る訳でもなく、一年が始まり終わっていく。2018年もそんな年だった。



2018年の秋頃、約一年弱働いていたアルバイト先を辞めた。1ヶ月くらい何も考えない時間が欲しいと思い、辞めてからはずっと家に引きこもっていた。前向きな意識を持っているつもりだったのだけれど、その前向き加減は私を困惑させ疲弊させるものだったのだろうと、今は思う。新しいバイト先を探そうと何度も面接へ足を運んだりしたものの、どうも調子がおかしい。面接してくれる人と喋ろうにも思うように口が動いてくれない。相槌のタイミングを意識するくらいコミュニケーションの取り方を忘れていたし、コミュニケーションを拒む自分がいた。
「前回の職場を辞めた理由を教えてもらえますか。」その質問が怖い。
「引っ越しをするための準備で一旦時間が欲しくて辞めました。」と、嘘をつく。引っ越しする予定は確実に決まっていないし、コミュニケーションが怖くて辞めただけなんだけど、と思いながら。


私はできるんだ、私にしかできないことをやってやるんだ、いや私にしかできないことなんてないんだよ無難に生きるのが1番だよ、何言ってるんだよだよあなたに無難な人生が送れるわけがないよね、みんなちゃんと社会人してるよ、もう夢なんか追うのは辞めた方がいいよ、まともに他人とコミュニケーションを取れない奴が無難な仕事なんてできるわけないじゃん…とかなんとかこんなことを頭の中で考えながらアルバイトをしていると、気がつくと自分の心を想像以上に蝕んでいたみたいで、自分でも実感がないほどに後戻りができない場所まで来てしまっていた。


そんな状況が約5ヶ月間続いた。いつの間にか少し蒸し暑さが残る季節からもう春になろうとしている季節になっていた。数少ない外出も、ぼーっと見るテレビ番組も、ショッピングモールでの買い物も全部色褪せて見えた。家のタンスの中には、夏服が並んだままだった。


そんな中でやっとここ一週間ほどの間で新しいアルバイトを始めることになる。


派遣会社から紹介してもらうアルバイト。誰かと一緒に話すことにいちいち緊張していたので、派遣会社へ面接に行くのも緊張していた。「また営業担当の者からご連絡させてもらいますね。今日のお昼は雨降ってましたけど、もう晴れてますね。帰りは大丈夫そうですね。気をつけて帰ってくださいね。」そんな常套句でも、言葉を私にかけてくれたことがいちいち嬉しく感じる。なぜかわくわくしながら帰路についた。


営業担当の方からの電話があり、車で派遣先の工場へ見学に行くことになった。
営業の方は、男性だった。
駅で待ち合わせて、彼の車を見つける。ドアを開けると、そこには同年代くらいの若い男性が乗っていた。てっきり電話口での話口調と対応が丁寧すぎて、40代くらいの男性なのかなと思い込んでいた。

「モコ子さんですね。よろしくお願いしますね。」
電話と同じで丁寧な口調。ほぼ家族以外の他人とコミュニケーションを取らない生活を送っていたことと、車という密室空間で異性と2人きりという状況だったため、世間話のひとつもできない。
「モコ子さんはこういったお仕事はされたことはあるんですか。」聴き心地のいい滑らかな口調で彼が言う。「いや、特に経験はないですね。」無音が痛い。そわそわして運転席とは逆の方向を向き、外の風景を見たりするも、失礼かもしれないと思い進行方向に向き直したり、意味のない気の張り方をしてしまう。言われた質問をただ返していくという、何のひねりもない会話をいくつかしているうちに派遣先の工場へ着いた。
それが彼との出会いだった。



派遣先の工場見学が無事終わり、2日後からそこで働くことになった。
初日は先日の営業の男性が、車で送迎してくれるらしい。異性と車で2人きりになる状況は、喪女ニートの私からすればとてもハードルの高い状況だったけれど、働くためには仕方がない。そんな低いハードルでも、喪女ニートともなると高く見えるから不思議である。


勤務初日、先日と同じように彼の車に乗り、工場へ向かう。
勤務が始まる前、少し待機時間があった。
不意にふぅと息を吐くと、「緊張してはりますか?」と彼が言った。なんて気遣いのできる人なんだ!といちいち感動して、次に顔が赤くなる。喪女ニートなんてこんなものである。営業の仕事だから気を遣っているだけなのに、優しくされるとバカみたいに嬉しくなるのだ。


1日の仕事を終え、また彼が車で駅まで送ってくれる。ここまで来るともう、送り迎えしてくれる彼、の気分である。そんな事実はまったくないのだけれど。

初日の仕事が終わり、脳がくるくる回り多少喋りやすくなった私の口からは、朝よりも言葉が出やすくなっていた。
帰りの車内で、彼が聞く。「お仕事どうでした?」
なんとか大丈夫です、みたいな返事をしたと思う。それから車の運転免許の話、教習所が一緒だった話、道が混んでますねみたいな、なんてことない話が彼からの会話で広がった。
教習所の話の流れで、彼の家が私の自宅から近いことがわかる話を聞いた。地元トークができる…!そう思ったものの、ただの営業と派遣社員の間柄なのにそんなプライベートな話をしてもいいのだろうか、めんどくさがられないだろうか、とかなんとか考えているうちに会話の熱は冷めていってしまった。なかなか口を切れない空気になり、車内は静まり返る。前方のディスプレイから流れるテレビの音声だけが、妙に響く。そうこうしてるうちに、駅に着いた。


「ではまた月曜日、お願いしますね。」
そう言われ、彼とは別れた。たった数十分の出来事だったけれど、それにとても高揚し楽しんでいる自分がいた。営業トークを楽しめるくらいには少し前進したのかもしれない、と思い帰路に着く。
その日から私のアルバイト生活は始まった。

#エッセイ #ニート #喪女 #バイト

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