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【連載小説】リセット 5

 芳樹の回想はそこで立ち止まった。

 突然、通路を挟んで向かいの座席の老人男性が、芳樹に声を掛けてきた。

「あんつぁ、ミカンいらねか」と言ってミカンを二つ芳樹に差し出した。
「ありがとうございます」
 芳樹はミカンを受け取った。その男性の横に座っている奥様らしき人が、ニコッとしてクビを縦に振った。

「ところでお客さん、どこさいくのかね」
「はい、故郷にいこうと思いまして」
「あんつぁのふるさとはどこだべ」
「酒田の手前の余目あまるめというところです」
「んだってがすか? さっきから、沈んだ表情だったもんで心配さしてさ」
 その年配の男性が話した。連れの女性も頷いた。
「そのミカン甘くて旨いから、食べて元気さ出してね」と女性が微笑んだ。
「ありがとうございます」
 芳樹はその夫婦らしき方々の親切が身に染みた。また、飾り気のない暖かい振る舞いに憧れた。その老夫婦らしき二人は、新庄で列車から降りて行った。
 芳樹はこれだ!これなんだと気付いた。自分は大きな失敗をしてしまった。どうして結論を急がず、冷静になって美代と話し合う余裕が持てなかったのか、と自問自答した。
 どうしてもっと、美代に寄り添えなかったのか。浅はかな自分を呪った。だが、もう戻れない。
 列車は、ただ、北に向かって進んでいった。
 
 その日の朝、上野を八時前に出立し、宇都宮、黒磯、郡山、福島、米沢、山形、新庄と普通列車に揺られ、故郷の余目駅に着いたころは、すでに夕方になろうとしていた。東北本線、奥羽本線、陸羽西線を乗り継いできたのだった。
 遠かった。彼の故郷は、底冷えのする寒さだった。
 芳樹はクビを竦め、外套の襟に手をやり、身を屈めた。雪はやんだようだ。
 駅前は昔とちっとも変っていなかった。ただ、年の瀬がもうすぐそこまで来ている気配のポスターが、店々の軒先に貼られているばかりだった。

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