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【妄想お悩み相談室】第1回「これ以上、異世界転生したくない」

ご相談:
 40代男性、異世界転生漫画の主人公です。最近のブームにあやかって異世界転生漫画を手掛ける漫画家によって生み出されたばかりです。
 この後、私は異世界に転生するそうです。私を生み出した先生の話を盗み聞きした所、私は漫画の中で冴えない40代男性、金なし、デブ、ブス、彼女なしの4拍子揃った主人公。そんな私が異世界に転生した先で云々という展開になるそうです。転生した後の具体的な展開はまだ協議中みたいです。ですが、私はこれ以上転生をしたくないのです。
 異世界転生は、端から見ているだけの読者は楽しいかもしれませんが、当時者からしたら気が気じゃありません。転生先の世界がどのようなものかは、漫画家先生の一存で決まります。私は、いわば転生先ガチャを強制的に引かされるわけです。転生先での生活がどんなものか全く予想が付かないので、最近は不安でろくに眠れません。
 最初に「これ以上」転生したくないと書きましたが、そうです、私は既に一度転生を経験しているのです。この漫画の世界に来るまでは、私は現実世界にいた29歳の人間だったのです。手前味噌ですが、私の人生は順風満帆でした。東京の有名私立大学に進学し、文化祭のミスコンでは準グランプリを受賞した経験もあります。卒業後は大手証券会社に就職。プライベートでは美人で優しい自慢の妻と結婚し、2人の子宝にも恵まれました。でも、ある日横断歩道を渡っている時に車に突っ込まれ意識を失いました。そして、意識を取り戻し、目を覚ました時には、漫画の中にいたわけです。
 転生するにしても、もう少しマシなところがよかったです。今の自分が、こんな見た目も冴えない金もない脂ぎった40代のオジサンであることが堪えられません。
 僕はもう転生をしたくありません。もしできるなら、愛する家族と愛着のある自分の身体にもう一度戻りたいです。どうすればよいのでしょうか。


回答者:30代男性 漫画家アシスタント
 昨今の異世界転生ブームには、漫画業界に携わる我々も目を見張るものがございます。私がアシスタントとして付いている先生も、最近異世界転生漫画の制作を計画しており、私もそのお手伝いに日々追われています。その中で、あなたのように現実世界から漫画の世界に転生する方を無意識に生み出してしまっていたことを思うと、漫画業界の人間として胸が痛みます。
 さて、転生先の事情が分からないことへの不安についてですが、あなたは予想不可能な将来に対する不安への対処法を既に心得ているのではないでしょうか。かつて証券会社に勤めていたということですが、社内で人事異動を経験されたことはありませんか。もしくは入社当初、自分がどの部署に配属されるのかとドキドキしたことはありませんか。転勤や異動を除いたとしても、会社勤めはやはりそれだけで不確定要素が多いものだと思います。
 予想不可能な未来は、確かに私たちを不安に陥れるかもしれません。ですが、意外にも私たちはそうした予測不可能性に対処する術を意識下で学んでいるものです。今回の転生も、ある種の異動や転勤のようなものと思って、肩の力を抜いて、気楽にいきましょう。
 とはいえ、あなたが現実世界に家族を残して漫画の中に転生してきたことを考えると、やはり家族の元に帰りたいという気持ちの方が切実なように見受けられます。しかし、大変申し上げにくいのですが、現実世界であなたが既に死去している場合、仮に漫画の世界から解放されたとしても、あなたに帰る場所はありません。家族の元に帰るためにそこを抜け出すにしても、まずは現実世界にある自分の身体が生存している見込みがあるのか、慎重に見極めることが大切ですよ。
 突然の不運に見舞われることは少なくありません。私も先日、不運なことに階段から転落してしまいました。全身を強く打ったので、病院で精密検査を受けなければならなくなり、仕事も何日か休む羽目になりました。
 ですが、不運を乗り越えた先には幸運が待っているものです。その病院で大学時代の友達とばったり会ったのです。彼女は大学時代から容姿端麗でしたが、時を経て美しさに磨きがかかっていました。彼女は既に結婚しており、旦那さんは現実世界のあなたと同年齢の男性でした。
 その旦那さんが事故に遭い、現在も意識不明の状態が続いているそうです。気落ちする彼女を励ます内に、ひょんなことから大学時代の話になりました。話していくと、かつて私たちがお互いに気があったことが分かりました。そして私たちは、一度は失われたはずの青春を取り戻そうとしました。意識を失っている旦那さんを傍目に、彼女と密通したのです。
 旦那さんの意識は戻りませんが、その後も彼女との関係は続いています。彼女は、もし旦那さんの意識が戻らなければ二人の子どもを連れて私と暮らしたいと言います。今や独身貴族を謳歌していた私の一寸先に幸せがある。こんなこともあるのです。どうかあなたも不運に負けず、その先の幸運を掴み取って下さい。
 私は今から、旦那さんのいる病院に行ってきます。私の幸せな家庭のために、やらなければいけないことがあるので。


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