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【#10】父の愛。そしてトム・クルーズとお酒とリンゴ天ぷら。

 31歳、アラサーOL女子・萌花。萌花の父親は、昔ながらの本屋を営んでいた。ネット社会になるまでは、経営は順調で、父の代で、三代目。萌花は、商売人の家系で生まれ育った。父親は移り変わる時代の中で、本だけの商品ではなく、ゲームを置いたり、レンタルビデオも始めたりと商売に意欲的だった。父親が時代の風を読む鋭さのおかげで、榊家は順風満帆。何不自由なく萌花は裕福な少女時代を送った。
 父は働き者だった。毎日休みなく店を開店させ、店番をしていた。「店を開ければ、売り上げになる」というのが口癖で、ほぼ年中無休、休みは元旦だけだった。そんな仕事に勤しむ父ではあったが、子煩悩で、萌花との時間をできる限り作った。

UnsplashのBrittani Burnsが撮影した写真

 幼い頃から萌花はインドアな子供だった。お城と、ドレスを着たお姫様のお人形がお気に入りで、自分で物語を作っては夢の世界へ逃避しているような女の子だった。父は、そんな萌花も好きだったが、子供らしくお日様を浴びて元気に体を動かしてほしいとも願った。そのきっかけとなるように遊び道具を色々選び、与えた。それは縄跳びのようなシンプルなものもあれば、一輪車やローラースケートなど複雑で激しい運動量のものもあった。父は、お昼ご飯を食べるためパートさんと店番を交代するが、わざわざ萌花が学校から帰ってくる時間に合わせた。そして新しい遊び道具を買ったときには必ず「お帰り、萌ちゃん。今日はパパと公園行こうか」と、穏やかに笑って誘った。遊具を使って、一緒に遊んでくれたのだ。
 父の商売が最も盛んな時期には、商品の仕入れと称して、ときどき県外への出張の予定を立てた。
「萌ちゃんも一緒に行こうか」
父は、そういって萌花をよく家から連れ出した。もちろん、取引先へ出向き商品を仕入れるのだが、その仕事を早々に終えると、萌花と遊ぶ時間を作った。出張で父と一緒に出歩くのは、萌花にとっても開放的で、そして何より大好きなパパと過ごす時間がたっぷり取れる、大好きな時間だった。出張先で、父はよく映画館へ足を運んだ。父は、萌花も楽しめる映画を選んだ。大画面から繰り広げられる感動や迫力と、体全体を包み込むような音響に、二人は別世界へ引き込まれていく時間を共有した。
 父は、映画好きで、映画鑑賞をただするだけでなく、制作秘話や、俳優の人生、監督についても詳しくなるほど、映画本を読みこんでいた。父はレンタルビデオショップを数店舗展開させたが、人気のある作品はもちろんだが、”この映画が好きな方へ”と店主がおすすめする作品の棚や、”この作品を手掛けた〇〇監督の作品はコレ”という棚、”〇〇(俳優)作品コーナー”と特定の俳優が出ている作品を固めた棚など、独自の感性で作品を紹介していた。ポップを貼り、次もレンタルしたくなるような工夫が施され、これがなかなかお客様の心を掴んで、常連客は父のファンでもあった。
 そんな父の影響もあって、萌花もすっかり映画鑑賞が趣味の一つだった。大好きなスパークリングワインとおつまみを準備して、好きな映画を観る。大人になって「晩酌×映画」は萌花にとって至福な時間であると同時に、陽だまりのような愛をくれた優しい父との思い出が浮かんでくる瞬間でもあった。

映画タイムと合う、よく冷やしていただくスパークリングワイン

「映画にはコレでしょ」
萌花は、スパークリングワインのコルクを抜いた。手軽にすぐ食べられる、ベジタブルミックススナックをポリポリと口に運びながら、キンキンに冷えたスパークリングワインを一口喉に流し込む。そして、ボトルが温くならない様に、ル・クルーゼのナイロン製アイスクーラーをボトルに着せた。
「これで良しと」
スパークリングワインを楽しむ必需品である、水や氷を使わないアイスクーラー。萌花はこの鮮やかなターコイズブルーも気に入っていた。
 ベジタブルミックススナックが終わるころ、本日のサラダも冷えているはずだ。今日はカマンベールチーズと生ハムサラダで、ヘルシーな1品を準備していた。

カマンベールチーズと生ハムサラダ。キュウリの生ハム巻き。

生ハムとチーズの塩味で、キュウリやトマトはより美味しさを発揮する。
「さて、今日は、マーベリック観るぞー」
 半分、酔っぱらいながらでも何度でも楽しめるオンデマンド。レンタルビデオショップにいかなくても、会員になれば、配信される映画が楽しめる時代だ。父の商売が、ネット社会に飲み込まれてしまった悲劇に、萌花の心の傷は疼く一方で、映画作品を簡単にお家に居ながら選ぶことができるようになった便利さを今では手放すことができないことは、映画を愛した父を思うと萌花を複雑にさせることもあった。

トップガン マーベリック

映画を一人で観に行ったが、配信を待っていた。萌花の大好きなトム・クルーズ。年齢を重ねても、笑顔がとてもキュートで、甘い上、ヒット作品が多く、いつも胸をときめかせてくれる。
「あーーーーーー、トムと結婚したい!」
一人、酔っぱらたらなんでも言える。大学生の頃、父と一緒にトップガンを観た。ラブシーンに、二人凍り付いたことを今でも覚えている。今では笑い話だが。そんなトップガンの続編が制作され、ロードショーを心待ちにして、ついに日本上陸。足を運んで、期待以上のストーリーに、大満足・大興奮で帰ってきた。そして、感動はずっと胸に生き続け、何度も何度も繰り返し見たいと、無料配信を首を長くしてまっていた。戦闘機の大迫力と、天才パイロットとしてのマーベリックの苦悩と葛藤の表情に胸が締め付けられ、笑顔からは幸せを分けてもらい、涙を流せば、その涙の美しさに胸が熱くなり、そして少しどんくさい人間像が憎めず、笑ってしまう。なんとも心がざわめき立つ感動の作品だ。
”パパもトップガンの続編があるなんて知ったら・・・見たかっただろうな・・・”
トム・クルーズの存在を教えてくれた父に思いを馳せながら、一度、映画を停止した。スパークリングワインのおつまみが無くなったからだ。キッチンに向かい、2品目を作る。アルバイト先のスナックのお客様から、リンゴを頂いた。これで、リンゴの天ぷらを作る。フルーツの中でもそんなに好んでリンゴを選ばない萌花だが、お酒のおつまみになるレシピを、聖子ママから聞いたのだ。スーパーで売っている、”失敗しないてんぷら粉”を水で溶き、冷蔵庫に冷やしておいた。短冊切りにして、衣に混ぜ、油で揚げる。

シナモンシュガー振って出来上がり♡

揚げ終わったら、仕上げにシナモンシュガーを振りかけて、出来上がり。
萌花は、ソファーの定位置に戻り、再び、マーベリックを再生させた。戦闘シーンだ。いいシーン。テレビ画面に釘付けなりながらも、スパークリングワインを注ぎ足しながら、ポテトのようにも見えそうなリンゴ天ぷらを口に運んだ。
「うん!いける!」
酸味と仄かな甘みが温かく口に広がる。不思議とジューシーさも感じられるデザート天ぷら。シナモンシュガーたっぷりがいい感じ。スパークリングワインとの相性は抜群だった。
トムと、スパークリングワインとリンゴ天ぷら、最高の晩酌。マーベリックのエンディングが流れる。夜はこれから。萌花は、リモコンを手に取った。
”なんだかトップガン、観たくなってきた”
父との思い出のトップガン。
”パパもよく、映画と晩酌がセットだったな”
親子よく似ていると、スパークリングワインをまた一口味わった。
トップガンが始まった。はちきれんばかりのトム・クルーズの笑顔。萌花はほろ酔いながら、懐かしさに目を細めた。

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