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黒い目玉のこいのぼり #シロクマ文芸部

 子どもの日にこいのぼりを飾る家は、ずいぶんと少なくなった。

 そのことに少なからず安堵している。
 僕はこいのぼりが怖い。


 子どもの頃、僕はこいのぼりに、食べられた。



 僕の家には祖父母が買ってくれたこいのぼりがあった。
 当時の僕にはわかりもしないけれど、きっと高かっただろう立派なこいのぼり。

 5歳の子どもの日。
 いつもの子どもの日と同じようにその日を過ごした。変わったことはない。
 父母と並んで見上げたこいのぼり。
 きれいな青空を、飛ぶように泳ぐ姿がかっこいいと思った。

 その夜、夢を見た。
 僕はこいのぼりを見上げていた。かっこいいなぁと思いながら。
 すると、こいのぼりがスイスイっと泳いで、僕のところへ降りてくる。
 わぁ、と歓声を上げ、「おとうさん! おかあさん!」と呼ぶ。
 一緒に空を飛べると思った。

 こいのぼりは僕のところへくると、大きな目玉をぐるりと動かして、僕を見た。
 僕の顔よりも大きな目玉。
 そして、目玉よりももっと大きな口を開け、僕をバクリと包む。
 一瞬で僕の周りは真っ黒になる。

 どうして。きれいな青空を、一緒に飛べると思ったのに。
「おとうさん! おかあさん!」
 わんわんと泣いても、来てくれない。
 小さな僕は、黒い世界でひとり。


 そこで目が覚めた。
 母と父が心配そうに僕を見ている。
 眠りながら大きな声で泣いていたらしい。

 僕はこいのぼりにひどく怯えるようになった。
 小さな子どもだ。あれがただの夢だとはどうしても思えない。大きな目玉が動いて、僕を飲み込む。そう思えてならなかった。
 次の年にこいのぼりを出そうとする父母に、お願いだからやめてほしいと泣きついた。
 最初は渋った二人も、あまりにも僕が嫌がるものだから、そのうちに出そうとしなくなった。

 中学生くらいになってやっと、あれはただの夢だったと思えるようになった。
 こいのぼりを見ると背筋を伝う感覚はいつまでも拭えなかったけれど。
 その頃には子どもの日を特別に祝うことは家でもなくなっていて、こいのぼりは押し入れにしまわれたままだった。


 そのこいのぼりに、数十年ぶりに会いに行く。
 息子が生まれた。
 妻が「こいのぼり買いたいね」と言ったとき、「実家にあるよ」と、つい口にしてしまっていた。
 こいのぼりが怖いなどと言い出せずに、実家に取りに来ることになったのだ。

 あれは夢。
 こいのぼりの目玉が動くはずはない。
 大きな口を開けて、子どもを飲み込むはずがない。
 ただの夢。


 緊張が高まるのを感じながらも、あの日以来しまわれたままの箱を引っ張り出した。
 仰々しい箱に、怯んでいるのを自覚する。
 しかしいつまでも箱を睨んでいるわけにもいかない。息子のためだ。

 意を決して箱を開ける。



 ギロリ。

 真っ黒な大きな目玉が動く。

 目が合った。




#シロクマ文芸部 企画に参加しました。

余談。
Copilotさんにこいのぼりの画像を生成してもらおうとしたら、とてもホラーな鯉を連発してきた、のでシンプルにした結果。

『鯉』も『こいのぼり』も
どこかへ行ってしまったようだ……

Copilotさんは『こいのぼり』を認識していない疑惑。



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物言わぬ守護者 4/11 お題「風車」
花吹雪のいたずら 4/18 お題「花吹雪」
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2024.05.04 もげら

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