香りの虜 #シロクマ文芸部
梅の花の香りは人を惑わせる――
夢を見た。
景色はどこまでも白だった。足に伝わってくる感触も、土なのか板なのか、それともコンクリートか、それさえもわからない。
ただ、どこからか甘い香りが漂っている。
方向もわからないままに、それでも甘い香りに導かれるように歩を進めていくと一本の木が見えた。淡いピンクの花に飾られている。梅の木だ。詳しくもないのに直感的に思う。
思わずうっとりとしてしまう香りを、目を閉じて深く吸い込む。
目を覚ましても、まだ夢の余韻に浸っていた。
鼻腔には芳醇な甘い香りが残っているような気がした。その香りの記憶はあまりにも鮮明で、すっかり魅了された。
それから、夢の中の香りを現実でも探し始めた。
ネットや図書館でも梅の花について調べる。公園や花屋、香水店を巡る。
しかし、どれもあの香りには及ばない。
最初は頻度が高くなかった香りの夢も、今では毎晩見るようになった。
夢の中で香りに酔いしれる。そして、目が覚めると香りを求めて街中を彷徨う。
有給休暇を使い、香りを探し、そしてまた眠る。
周囲にも当然心配されるようになったが、諦められない。
香りは完全に心を支配していた。
次第に日中も香りの幻影にとらわれるようになり、夢と現実の境界が曖昧になっていく。
目を覚ますと、あの香りが消えてしまうのではないかと恐れた。
夢の中、梅の花の香りに、いつまでも包まれていたい。
数日後、連絡が取れなくなった同僚が部屋を訪ねた。
そこで見たのは、梅の花の香りが充満する中で、眠り続ける主だった。
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