また4年後に、 #シロクマ文芸部
閏年にしか開かない扉があるという噂を男が聞いたのは、偶然であり幸運だった。
都市伝説やオカルトを題材としたブログを細々と書いている男にとって、ちょうどいいネタだった。
調査を始めると、意外なことにその扉はいつも男が利用している図書館にあるという。真相を探るべく、図書館へと足を運んだ。
しかし図書館へ来たものの、いきなり噂のある扉について聞いたりして教えてくれるだろうか。図書館員は知っているのか。信じてもらえるのか。
本を探すフリをしながらブラブラと館内を歩いていると、年配の図書館員らしき人を見つけた。
古くからこの図書館に居る人物であれば、なにか知っているかもしれない。
多少しどろもどろになりながらも噂の扉について尋ねた。
すると彼は意味深な笑みを浮かべ、言葉は発さずにある場所を指差した。そちらを見ると薄暗い部屋がある。一般人である男が入ってもよい場所なのだろうか。
視線を戻すと、彼はすでに離れたところに居る。
躊躇いながらもその部屋へと入っていくと、書庫のようだった。その奥に、細い光が見えた。
扉がある。
薄暗い書庫のその奥に。
扉は薄く開き、細い光が漏れていた。
男は恐る恐る扉に手をかけた。
ひとつ、深く呼吸をしてからそっと扉を開く。
すると、目の前に広がるのは、絵本やおとぎ話に出てくるような世界だった。
色鮮やかな花が咲き乱れ、木々は青々と茂り、小鳥のさえずりが聞こえる。
意識せずとも、男の足は一歩、また一歩と扉の中の世界へと足を踏み入れていた。
男はメルヘンな世界には興味がなかったはずだったが、あっという間に夢中になり、探索した。
川は澄み、青い空はどこまでも続く。
いつの間にか男の周りでは動物たちが戯れている。
穏やかで、楽しく、心地の良い世界に、時間を忘れて没頭した。
野山に実った果実は見たこともないものだったが、好奇心に勝てず口にすると、どれも食べたことのないほどの美味しさだった。
花の香りもとても良く、誘われるようにひとつひとつ丁寧にその香りを堪能した。
動物たちがことばを話すことはなかったが、それでも男の話は通じているようで、たくさんの話を動物たちに聞かせた。
そうしてどのくらいの時間が経ったのか。
青かった空にはオレンジが混ざり、きれいなグラデーションを作り始めていた。
ふと思い出したようにポケットからスマートフォンを取り出して画面を点ける。
いつもなら時間が表示されているはずの場所は、ぽかりと消えてしまったように、何も表示されていなかった。
時間なんて、気にすることはない世界だ、
男はそう思い、スマートフォンをポケットに戻すと、再びその世界に没頭する。
グラデーションを作っていた空は次第に暗くなり始め、空には星が輝き出した。たくさんの星が漆黒に映える真珠の首飾りのように散っている。
男は、ただただぼんやりと見上げた。
そんな男の耳にほんのかすかに、ギィ、という音が届いた。
その音に我に返りあたりを見回すと、扉が遠ざかっていることに気付いた。
男は慌てて走り出した。
扉を見つけたときと同じように、細い光が扉から出ているのがかろうじてわかる。
扉が閉じてしまったら――、
息が上がり始め、足がもつれそうになるが、それでも走った。
しかし、なかなか扉には近づかない。
すがるように手を伸ばしたが、間に合わなかった。
扉はピタリと閉ざされて、細い光が消えた。
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2024.02.25 もげら
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