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「臆病者のための億万長者入門」 ―たまには書評

臆病者のための億万長者入門
橘 玲
文春新書

本書は『週刊文春』2013年4月~2014年1月まで連載された「臆病者のための資産運用入門」と月刊『いきいきに』に2012年1月から2013年8月まで連載された「65歳からの投資家入門」をベースに加筆・再構成されたものです。

と、後書きにもあるように、さすが文春とでもいうようなテンポの良い読み口で、投資の素人にも分かりやすくかつ、興味を掻き立てるような書き方で、まず初めに内容よりも話題の推移とか構成とかに感心してしまうのは私の悪い癖だろうか?

本書は「臆病者のための」とあるように、まさしく素人のための投資の本ともいえる。と、ともに、ちょっとわかった気になって慢心しがちな中級者のための投資の本でもあり、金融をちょっと知りたい人にとっての読み物としても秀逸で、私もいろいろな経験を思い出したり、最近読んだ記事の意味が理解出来たりと、満足のいく一冊だったので、ちょっと長くなるが私なりに詳しくまとめてみた。

1・長く働くこと

まず、第一条件として日本のような国はなろうと思えば、誰でもお金持ちになれるということ。こつこつと長く働き、倹約を旨とすれば。(ただし、遊んで暮らせるという意味ではない)

誰でもお金持ちになれる(総資産)
  =①収入(勤労)-②支出(倹約)+③運用(資産×利回り)  
誰もが持っている総資本=人的資本(労働市場で働いてお金を得る)
             +金融資本(運用)

若いうちは人的資本がたくさんある(働ける年数×給料)、年を取っていく間にこの人的資本は無くなる代わりに、金融資本(年金・動産含む)が増えていく

リタイアすると労働市場から富を得ることが出来なくなるので、金融資本の運用から富を得るしかない。つまり、老後は誰もが投資をすることになる。
従って誰もが投資とは何かを学ばなくてはならない。(ただし、この本書で言う投資というのは通常の投資本とは意味が違う)

①収入=人的資本をUPするために=スキルを上げて収入を増やす+長く働く
長く働けば人的資本は大きくなるので、スキルを上げるより、まずは長く働くことを考えなくてはならない。働けば年金問題は存在しない。しかし、定年という強制解雇のために働けない。問題は平均寿命に比べて定年という強制解雇が早すぎるという点である。

2・金融商品に騙されないために絶対に心得ておくべきこと

私たちは誰でも心のどこかで自分が世界の中心だと思っている。
だから。
①宝くじを買う=宝くじは愚か者の税金・幸運の確率を高く見積もる 
②生命保険に入る=宝くじと同じく不幸の確率を高く見積もる
③(手数料が馬鹿高い)金融商品を買う=儲け話が自分に来ると思う

3・株式投資について知っておきたい基本常識

日本の会社は不採算部門から撤退できない(それをやると失業率が4%→9%になって自殺者が急増する社会問題になる)
→縮小市場から撤退できず価格のたたき合いになって赤字になる
→生産コストを下げたいが労働者解雇が出来ないので賃金を下げる
なので、物価は上がらないし労働収益性は下がる。

未来は誰にも予測できない。バカ高い給料をもらうファンドマネージャーのつくるアクティブファンドの方が運用利率が悪い。(インデックスファンドの方がまだまし)

株価は予想できないので①何もしない か②銘柄選択を止めて株式市場をまるまる購入する(インデックスファンド世界株式がおすすめ)

株式投資は誰にも予想できないがそれでも長期的には預金や債券よりも高い利回りを期待できる。

その理由は、企業はレバレッジ(借金)と福利の効果で資産を運用するから。
運用利回り10%の場合の例:
資本金500円を担保に レバレッジ(借金)500円をして運用すると1000円運用できるので利益は100円になる。つまり総資本600円になる。これは500円の資本に対して20%の利回りになる。
これを複利で運用すると、翌年には資本が600円になるので、レバレッジをまた600円かけて1200円運用すると、利益が120円で総資本720円になる。
・・・と繰り返していくと加速度的に増えていき、10年後には3096円、20年後には19169円になる。
複利とレバレッジの効果たるや恐ろしい。

レバレッジ(借金)があるので、経済成長率がプラスになればその分だけ投資収益率が高くなる。(ただし、経済成長率がマイナスになればリスクもその分高くなる)

・・・が。長期投資で確実に増えると言われていた株式投資だが、失われた20年でこの必勝法は消えた。黄金の時代は終わった。(日本だけではなくアメリカも)

ではグローバルな株式市場をどう考えるか?3つパターンとその対応は
①再び市場は上昇する=インデックスファンドを買って長期保有する
②上がったり下がったりを繰り返して長期的には変わらない=ドルコスト平均法(ナンピン買い)・・・下がったときに買う。株式投資では「投資の下策」だが、インデックスなら暴落こそチャンスになる
③グローバル資本主義は終焉して株価は下落する=投資など止めて今を楽しく生きろ

暴落を待って株価が回復するまでドルコスト平均法で分散投資というのが王道
手数料の最も安いネット証券で世界株式ファンドを買う

4・為替を理解する

外貨預金に為替リスクはない 何故なら インフレ率の低い通貨は必ず上昇するから
長期的に高金利の通貨は安くなる(金利平衡説)

5・不動産投資について

マイホームと賃貸どちらが得か?に決着をつけると、
利に聡い企業の多くが賃貸を選んでいるということは、今の日本では賃貸が得だということ。
リスク耐性の高い企業やファンドが不動産を保有し、リスク耐性の低い個人が賃貸を選ぶ方が合理的。

マイホーム(不動産投資)の方が得だと考える理由があるとすれば、借金が出来るから。つまり個人でも大きなレバレッジをかけた取引ができるということ。ただし失敗したときのリスクも大きくなる。
不動産市場は相対取引(グローバルマーケットではない)で、インサイダーマーケットなので素人には最低限の情報しかない。
手数料も割高。株式市場に比べて不利。

家賃保証という名の空約束
家賃保証=空室でも不動産会社が賃料を払うという保証のこと。しかし、家賃の減額請求がされ、リフォーム費用もかかる。

実際にそうやって大家が投げ出した物件を、もっとも割安に購入するのは不動産会社自身。

6・日本の未来

国民年金は有利な金融商品
現在の国民年金保険料年間約20万円 40年間の払い込みで約810万円
年金受給額は月額54000円 平均寿命で計算すると利回りは男性1.48%、女性は2.44%が帰ってくる。しかし、受給年齢が70歳以上になると、特に男性は払い損になる

正しい資産三分法とは
株式・債券・REIT(不動産投資信託) でポートフォリオを組む 円とドルを半分ずつ
(実物不動産は入らない。何故なら不動産価格3000万円だとすると9000万円の資産をもっていることになる。金持ちしか組めないポートフォリオ)

未来の三つのシナリオを検証した場合の投資戦法
①楽観論・経済成長が再び始まる
②悲観論・円高と低金利・デフレが続く
③破滅論・財政破綻(以下の三つのステージで進行する)
    第一ステージ・国債価格が下落して金利が上昇する
    第二ステージ・円安とインフレが進行し国家債務の膨張が止まらなくなる
    第三ステージ・政府が国債のデフォルトを宣告する

あなたが臆病者なら 普通預金で十分
①楽観論・高齢者の資産の中核は不動産と年金資産なので金融資産の一部を下部に預けたとしてもタカが知れている。
②悲観論・デフレなので金利はつかないがものが安いので生活は楽になる。国が1000万円まで元本と利息を保証してくれる普通預金が実質的には高金利
③破滅論・第一ステージから第二ステージに移行するまでには時間がかかるので、それまでは普通預金の運用で、急なペースで金利が上がっても対応できる。

直感的に正しそうな話こそ最も疑わしい・ゆっくり考えることのできる人だけが資産運用に成功する

ここから先は、私の意見も含めて。
最近まで、私は株式投資とかまったくやる気がなかった。興味がなかったのではない。昔、証券会社に近いところで仕事をしていたので、この本にも書いてあるが、証券会社が個人投資家を「ゴミ」とか「ドブ」とか呼んで馬鹿にしているのをよく知っていたからだ。
それに通常の値動きでは売買手数料を抜けないほど手数料が馬鹿高いのを知っていた。

それでも、投機ごとに興味の尽きなかった私は、期間を区切ってやってみることにした。
もっとも、営業マンに煩わされなかったので、当時始まったばかりのオンライン取引(専用の機械を購入して売買を行うもの)をしたのだ。
会社を退職したあと、職安に通いながら、就職活動をしながらでデイトレーダーを目指した。

半年間やって30万を倍くらいにはした(諸経費も差引いて)ので、かなりの運用成績だと思うが、もちろんそもそもの運用資産が少なすぎるので、食えない以上半年やったら止めるという公約通りさっさと引退した。
信用取引だったのでリスクも高すぎた。事務所経費もかかったし(親がうるさいのでバイトに行くと嘘をついてウィークリーオフィスに通っていた)しかし、何より売買手数料が高すぎた。デイトレードできるようなレベルじゃなかったのだ。

その当時に比べると今は格段に手数料が安い。インターネット証券様様ってやつだ。業界全体の在り方も変わって、今や個人投資家を馬鹿にする証券マンなど(多分)いないだろう。

私が投機に興味を持っていた頃には個人では購入出来なかったファンドも、今はインデックスファンドが1万円もしないで買える。
何より、営業マンに煩わされないネット証券の方が一般的だというのがいい。
投機的に儲けようと思ってやるなら、一日中張り付いて値動きを見なければならないという信念は変わらないので、株式投資はやっていないが。インデックスファンドなら買っている。

正直、本書に書いてあることはまったくその通りだと思う。少し古い本になるので本書ではIDECOやNISAについては触れていないが、結局臆病者は普通預金を中心に、IDECO、NISAといったもので、公的年金を手堅く補助するしかない。

因みに不動産取引の話は笑った。
私は証券会社に近いところでの会社を退職した後、不動産会社に就職している。この本に不動産会社のえぐい話がたくさん書いてあるが、普通のことです。不動産業界では常識。少なくとも私がいた当時は。

今も同じだと思いますよ。不動産取引のおいしいところは、一番最初に不動産会社自身が持っていきます。売主にもっと高い値段でも売れますよなんて教えてあげない。
まあ、しかし、その代わりに売主の方は煩わしさもない、しかももっともスピーディーな取引が出来るのだ。値段が何百万か(ことによっては何千万か)違うけど。

素人が不動産で儲けることなど考えない方がいい。土地バブルでも来るなら話は別だが。

本書でも最後に書いてあるが、証券にしろ、銀行にしろ、保険にしろ、不動産にしろ、あげればきりがないが、熱心に勧誘する営業マンとは付き合わない方がいい。
彼らが勧める商品は彼らの給料をつくる商品なのだ。その営業マンと付き合うということはその営業マンに給料を払っているのと同じことだ。
そういう営業をやっていた私が言うのだから間違いない。その当時はお客さんにたくさんお金を使っていただいたので、それなりの高給をいただいた。

そんなわけで、本書にはなかなかに厳しい現実が詰まっている。素人が投資で儲けるということはないという現実が。
もっとも、投資のプロも儲けることは出来ないということも書いてある。
たまに投資などで大儲けして有名になる人もいるが、そういうのは確率論的に表れるだけなのだ。
それでも、なけなしのお金を何とか増やしたい、と思うのが素人の現実。
ネットなどでも、そういう話が出てくると、ついつい記事を読んでしまう。

自分自身は特別で、特別な投資法を見つけることが出来るのだと、思ってしまうのだ。本書は私も含めて、そんな煩悩にまみれた人たちにも、是非一読してもらいたい良書である。

自分を世界の中心だと思ってはいけない。そして、一生働かなくてはいけない。


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