見出し画像

自分の人生を一番面白がる観客

幽体離脱的感覚ってみんなあるもんなんでしょうか?

おっと突然今回の記事はそっち系?と思われるかもしれませんが、
そっち系と言えば、そっち系。
そうじゃないといえばそうじゃない系の話です。(訳わからんwww)

私がフリーランスとして働き始めて早14年。

フリーランスとして働き始めてすぐの時
ふいに身についた感覚があります。
それが…
「自分の日々の暮らしを、自分が上から覗いて楽しんでいる」という感覚。

私はお勤め(英会話スクール営業職)を3年半した後、まったく別の業種(書家/アーティスト業)としてフリーランスになったわけですが、そのタイミングで「仕事上の名前」を持ちました。
ちなみに、そちらの名前は「蒼風(そうふう)」と言います。

何となく本名でやるより「書家」っぽい響きの方が貫録でそうだな~という安易な思いと(笑)、
もともと私に書の環境を与えてくれた祖母と父の書の名前(雅号)から一文字ずつ取って、責任感を持って今後の仕事に臨んでいくぞ~という、
ある種のゲン担ぎ?願掛けみたいな気持ちでした。

*自分の名前に関してのあれこれは別記事にも書いています。
https://note.com/mojikaramotoko/n/n1ec741df1f22?magazine_key=m8504a0b2dd0b

きっかけは正直よくわからないのですが、
フリーランスになってすぐは一本では生計を立てられず、
派遣社員として建築会社の事務職としても働いていて、
業務中に屋上でしばし休憩していたときのことです。
(えっと…サボってたのかな…少しだけ。(-_-;))

ダブルワークをして2か月ほど経ったくらいのタイミングでした。

「蒼風は色々これから頑張っていくんだろうな~」

とぼんやり思っている自分がいることに気が付きました。

えっ?!蒼風って自分じゃん。

そう、確かに自分だけど自分じゃない感覚が確かにそこにあったのです。

「蒼風」という人は、まだ駆け出しも駆け出し。
全然仕事もないくらいの状態でしたが、自分より頑張り屋で情熱的で楽しいことに積極的な人でした。
一方、本名の「素子」は、暇さえあれば寝ていたい、できれば人と会いたくないわ~というかなり消極的で内向的な人(だと自分では思っている)。

だから私は「蒼風」という自分とはまるで違う性格の人が日々頑張っているのを「偉いわ~凄いわ~。」とちょっと引いた位置で眺めているという不思議な感覚で暮らすようになりました。

蒼風はよく頑張ってました。
やったことないことでも「とりあえずやってみよ~」と度胸たっぷりで挑んでいって、大抵は失敗。
凹みまくってシャワーを頭からず~っと浴び続けて、まるで禊(みぞぎ)状態になっていることも多々ありました。

…が、そんな姿もまたちょっと離れてみている「私」からすれば
波乱万丈のストーリー展開の一つとして楽しかった。

「あ~あ、また凹んでるよ、蒼風は。」
「さあ、今回はどうやって起き上がるのかな?」
「おっと、これは初めての展開だ!どう乗り切るつもりだ?蒼風よ」
「このタイミングでのこの出逢い!完全に引き寄せとるわ~」

まるでどこかの他人の人生を描いた映画を鑑賞して楽しんでる感覚。

距離的には…そうだな…
「蒼風」の2m40㎝くらい斜め後ろ、高さ3mくらいのところから
常に「素子」が見ているって感覚でしょうか。

えっ、やっぱりこれって幽体離脱??(笑)

ことあるごとに、日々の暮らしの中でまるで幽体離脱的距離感で自分の活動を見ている「私」がいたのです。
そんな「私」と「蒼風」という2人の人生を生きているような感覚をもったまま活動を続けているうちに、また少し立場が変化してきました。

「次はこんなシーンを観てみたいから、蒼風に体験させてみるかな。」

それまでは引いた位置から蒼風の頑張りを見ていた私が、今度は自分が観たい「シーン」に蒼風を送り込もうという立ち位置を獲得し始めていたのです。

ぐいぐいきてますね、自分。(-_-;)

多分それまでは、すべてのことが初めてすぎて、「蒼風」もそれを見る「私」も、とりあえず目の前に来た波にいかに飲み込まれることなく乗り切るか…みたいな近視眼的視点で日々を暮らしていたのだけど、
ある程度経験が積み重なってくると、
少し「自分からも波を起こしてみる」ということもできるようになってきて、そのタイミングで少し後ろにいた「私」が意図して観たいシーンに蒼風を送り込もうと思うようになった…

と、まあそんなことなんだと思うのです。
(あ~書いていて混乱してきたwww)

意図して行動を選ぶようになってきた…ということですね、つまり。

この段階になってくると、自分でストーリーを作っていく感じですから、
「私」も傍観者から、「蒼風」を動かす共同制作者的な感じになっていきました。お互いよき理解者であり、相棒みたいな関係性。

至る状況に対して

「どうする蒼風?これやってみる?」
「そうだね…うん面白いかもね、こんな展開があっても。」

そんなやり取りが自分の中で巻き起こっている状況。

辛い仕事だって、つまらない仕事だって、それをやって凹んでるシーンが「蒼風ストーリー」には必要だと判断したら、やってみようということになった。すべては面白いストーリー展開を期待する二人(私と蒼風)の気持ちがGO!と判断したから。

よく「社長業は孤独だ」といいますが、フリーランスも一人社長みたいなもんですから、この意味は凄く理解できます。
ただ、私の場合はこんな感じで「私」と「蒼風」という二人の視点みたいなものが結構早い段階であったので、相談者は近くにいる感じがあってそこまで「孤独」を感じなかったのです。

そうやって10年ほどやってきたとき、
私は(自分でも予想外に)結婚をして、子どもが1人生まれました。

蒼風と二人三脚で暮らしてきた私は、
ある時は蒼風であり、
家庭では妻であり、
子どもにとっての母であり…といった感じで一気に役柄が増えたのでした。

この激変は、私の中で色々な混乱と葛藤と、そして今までにない感覚を生みました。

今まで蒼風とがっちりタッグを組んで今後のストーリー展開を作っていこう!楽しい人生映画を作ろう!とやっていたなかに

自分以外の配役がちょいちょい現れるようになってきた。

意図して作っていけるストーリー展開部分が、以前ほど多くなくなり、
逆に「お~こういう展開ねΣ(・□・;)」と予想外の展開として目の前に現れるシーンが多数出てきたのです。

そんなある日、日々の疲れを癒しに私のパワースポット「銭湯」でゴシゴシと念入りに身体を洗っていたら、頭に何かしら映像が浮かんできました。

蒼風と何やら相談している私や、
家族と楽しく遊ぶ私や、
一人でぼんやりしている私

それらをすべて内包して
また少し上から覗いている「何かしらの視線」の存在を感じるようになったのです。

えっ、やっぱりあっち系の話の展開になる?(笑)
幽体離脱の幽体離脱?どういう状況?
…もう登場人物多すぎていらんわ。www

少々混乱しながらもじ~っと集中して、その視線をたどってみると
以前の「蒼風」と「私」の関係とは決定的に違っていることがありました。

それは、今感じた「何かしらの視線」は
以前からあった「私」が蒼風の人生を離れたところから覗いているだけでもなく、一緒に創造していく相棒という立場でもなく

全部の役柄を一手に担う私そのものじゃん!ってなったこと。

ついに来た!やっと来た!

凄く変な感覚でした。
分離していた色々な役柄が自分という一つの場所に吸収されていく…というか、統一されていく感覚。

ついに…自分が主役になっちゃったの?

それですぐに思い立って、このNoteを立ち上げようと思いました。

タイトルは「素の素(SU no MOTO)」です。

そのまんま。

とにかく自分が暮らしている日々そのまま全部が、様々なシーンになっていくという「The自分人生の記録」

自分の中に2つの視点を感じながら過ごして14年経って初めて、
やっとスタート地点に立てた…のかな?と感じています。

スタートラインまで長っ!!!(笑)

今こうして文章を書いてみて思うのは

私にとって「蒼風」と一緒に歩んできた時期は、
自分自身が「自分の独り立ち」を応援するための助走期間だったように感じています。

「大丈夫!あなたはそのままでも十分やっていける!頑張れっ!」

たとえ「映画*The 自分人生」の観客が自分一人だとしても、
その観客が日々繰り広げられる展開にハラハラして、ワクワクして、腹をかかえて笑って面白がってくれたら、それが最高の作品になるんですよね、きっと。

「自分」って文字を改めて見てみたら、「自(みずか)ら、分(わ)かつ」と「自(おの)ずと、分かる」のどっちの意味にも取れますね。
私がずーっと自分を自分で覗き込んでいる幽体離脱みたいな感覚(笑)だったのは、自分をより深く知るために「自分自身を自分から分ける=自ら分かつ」っていう一つの過程だったのかもしれないし、それが続いた後に、銭湯で突然「それって全部含めて自分じゃん!」ってピタンと腑に落ちた感覚があったのは「自ず(自然)と分かる」ってタイミングだったってことなのかも。

な~んだ、一番身近で一番難解な存在だな~って思っていた「自分」の意味が、もう文字になってるんじゃん…何千年前からwww

これからどんな展開が待っているのかな~
ワクワク、ドキドキ。

自分の人生展開を一番面白がれる一番の観客は「自分自身」!
さ~これからも自分人生という「一大仕事」を生涯かけて頑張っていきますよ!!

(Top画像_Title:自分 by MOTOKO)

サポートをしてくださろうとご検討中の貴方はもはや「神」。