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各国紹介:南アメリカ州01 アルゼンチン共和国

アルゼンチン共和国

 今回取り上げるのは「アルゼンチン共和国」

Wikipediaより

 南アメリカ大陸南東部に位置する「銀の国」。国土面積は279.6万㎢と、南アメリカ大陸では第2の面積を誇ります。
 「グランチャコ」「パンパ」「パタゴニア」など、多彩な気候の大平原を擁し、農牧業が盛ん。世界有数の農業国です。かつては農牧業で世界有数の富裕国となりました。

 また、白人、先住民、黒人の人々が交わる国々が多いラテンアメリカ諸国において異彩を放つ、国民の多くが白人(スペイン系とイタリア系が多い)という特徴もあります。

 「極西のヨーロッパ」と呼ばれるほどヨーロッパの色が濃い文化を今に伝え、首都ブエノスアイレスは「南米のパリ」の異名を持ちます。

アルゼンチン共和国の概観

アルゼンチン共和国は、南アメリカの南東部に位置します。東は大西洋に接し、南はマゼラン海峡を挟んでフエゴ島を領有。ドレーク海峡を挟んで南極大陸と向かい合っています。
大西洋の沖合には、イギリスとの係争地、フォークランド(マルビナス)諸島があります。陸上国境はチリ、ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ、ブラジルと接しています。

 国土面積はおよそ297.6万㎢。世界8位の面積で、西のチリやボリビア国境には南アメリカ大陸最高峰、アコンカグア(6,959m)を含むアンデス山脈がそびえています。
 おおむね西から東に向かって標高が下がる地形で、北のグランチャコ、ラプラタ川河口部のパンパ、さらに南のパタゴニアと平野や台地が続き、南端は寒冷な氷原地帯です。

国名の由来

 アルゼンチン共和国の国名は、ラテン語で「銀」を意味するArgentumに由来します。

これは、1516年、ラプラタ川河口に到達したスペイン人、フアン・ディアス・デ・ソリスが、先住民が銀の装身具を身に着けている様子を見たこと(贈り物として受け取ったという説もあり)、そして遭難した探検隊の一部が先住民に聞いた、内陸深くにある銀の山の話などが、伝説の「銀の山(Sierra del Plata)」として語られるようになったことから、この地は「銀の国」と呼ばれるようになりました。ちなみにこの山は、ボリビア、ポトシの銀山の可能性があります。

 また、同国を流れる大河川、ラプラタ川も「銀の川」という意味で、正確には「ラ・プラタ」であることがわかります。この地におけるヨーロッパ人による初期の探検が、銀の発見を大きな動機としていたことが伺えます。

国旗の意味

 独立戦争が始まった1810年5月25日、首都ブエノスアイレスの空にそれまでの長雨が上がり、突如現れたとされる太陽(5月の太陽)を中心に配した意匠とされ、独立戦争の指導者の一人、マヌエル・ベルグラーノ将軍による考案。

制定はスペインからの独立を達成した1816年。

青:海と空を表し、正義、真実、友情の象徴
白:ラプラタ川

を表し、配色は独立戦争当時の軍服の色を基にしているとされています。

※太陽の意匠については、インカの太陽神を表したものであるという異説があります。

国歌(和訳)「聴け、人の子よ、聖なる叫びを」

聞け、人の子よ、神聖なる叫びを、
「自由!自由!自由!」
壊れた鎖の音を聞け
尊き平等が玉座に就くのを見よ
最も栄誉ある玉座をいま打ち立てるのは
南アメリカ連合州である
世界の自由な人々は応じる!
「偉大なアルゼンチン人に対して、敬礼!」
「偉大なアルゼンチン人に対して、敬礼!」
世界の自由な人々は応じる!
「偉大なアルゼンチン人に対して、敬礼!」
世界の自由な人々は応じる!
「偉大なアルゼンチン人に対して、敬礼!」

(繰り返し)
栄冠を永遠のものとせよ
我らが勝ち得ることのできる栄冠を
我らが勝ち得ることのできる栄冠を
栄光の冠を戴いて生きよう!
さもなくば栄光のうちに死せんことを!
さもなくば栄光のうちに死せんことを!
さもなくば栄光のうちに死せんことを!

和訳歌詞引用 『世界の国歌・逐語訳Wiki』 https://anthem.wicurio.com/

※歌詞の解説やメロディーなど、非常に詳しい解説がありますので、国歌をさらに深く知りたい方にお勧め。
運営者はラテン語たん さん

地形

 地形は、平原の国というイメージを持たれがちですが、意外にかなり多様です。

 全体の概観としては、西にアンデス山脈、東に平野が広がっており、西から東に向かって標高が下がっていきます。北西部、チリ国境付近のアンデス山中に、南アメリカ大陸最高峰のアコンカグア山(6,960m)がそびえます。

アコンカグアはエヴェレスト等に比べて標高は低いですが、強い西風がもたらすフェーン現象の一種、ゾンダ(Zonda)により天候が急変することがあり、登頂難易度が高いと言われています。

 西端のアンデス山脈には他にも標高6,000m級の山々が連なり、その東に標高4,000m級の高原が広がります。さらにそこから東に向かって標高が低下していきます。また、国土の中央からやや北寄り、首都ブエノスアイレスの西方に孤立するように南北に延びているのが、コルドバ山脈です。

コルドバ山脈から北は「グランチャコ」と呼ばれる地域。熱帯の半乾燥地域で、雨季と乾季が明瞭です。東に行き、大西洋に近付くににしたがって湿潤になります。
 その南は、アルゼンチンを象徴すると言える大平原「パンパ」。国土の1/4を占めるこの大草原地帯は、さらに2つに分かれます。東の湿潤パンパ(Pampa humeda)と西の乾燥パンパ(Pamopa seca)で、その境界線はおおむね年降水量550㎜。

 湿潤パンパではトウモロコシなどの畑作や牧牛が行われています。牧牛の飼料として栽培されているのがアルファルファ(ムラサキウマゴヤシ)。

 中央アジア起源で古代のイランからヨーロッパへ伝播、その後アメリカ大陸へと持ち込まれ、アルゼンチンでは土着のパンパグラスから置き換えられました。マメ科の植物で高い栄養価があり、消化も良いという優れた飼料作物で、世界中で栽培されています。

 一方、乾燥パンパでは牧羊が中心。湿潤パンパから乾燥パンパへの移行地帯では、年降水量が500㎜程度と小麦栽培に適するため、大規模な小麦の栽培が行われています。

 北部の主要河川は、ブラジル高原から南流するパラナ(Parana)川ウルグアイ(Uruguay)川。2つの河川は合流し、ラプラタ(La Plata)川となります。河口部は沈水海岸の三角江(エスチュアリ―)の代表格です。パラナ川の支流、イグアス(Iguaz)川のブラジルとの国境付近には、世界最大級の滝の一つ、イグアスの滝があります。

 イグアスの滝は幅4kmに渡って大小300近い滝が連なり、最大落差80mを誇ります。

 そして、ラプラタ川の南を流れる梨やリンゴの大産地、ネグロ川を越えたさらに南には、半乾燥の大平原「パタゴニア」が広がっています。

 パタゴニアはアンデス山脈に吹き付ける偏西風の風下に位置しています。風が非常に強い地域で、場所によっては風速60mという台風並みの風が吹くことがあります。
 南部は極寒の砂漠地帯や氷原で、人間が生活することは困難です。そのため農業は主に北部で、牧羊を中心に行われています。

 最南端の南パタゴニア氷原は、南緯50度付近と極地にあるわけではありませんが、南極氷床、グリーンランド氷床の次に大きい氷塊が存在します。これは最終氷期にこの地域に存在した氷床の一部が残存しているもの。大小合わせて50近い氷河からなり、観光地として有名なものとしてはペリト・モレノ氷河などがあります。

気候

 アルゼンチンの気候は、国土が南北に長いこと、西にアンデス山脈がそびえること、南は南極海に接する地域であることなどから、地域によって気候は大きく異なります。

 北部地域はブラジル高原に連なる地域で気温も高く、内陸のグランチャコでは雨季と乾季が明瞭です。沿岸部に近付くと年間を通して雨量が多くなる傾向があり、「メソポタミア」と呼ばれる北東部沿岸は、年間を通して高温多雨です。

 西部のアンデス山脈に近い地域は降水量が少なく、ステップ気候(BS)に近い気候。中西部の「クージョ」地方はブドウの栽培が盛んで、チリワインの一大産地です。

 首都ブエノスアイレス付近に広がるパンパは、西岸海洋性気候(Cfb)からステップ気候(BS)と移り変わる地域で、年降水量550㎜の先を境に湿潤パンパ、乾燥パンパに分かれています。湿潤パンパでは年降水量が1,000㎜近くに達しますが、乾燥パンパでは300㎜程度まで減少します。

 その南のパタゴニアは、乾燥が強く年降水量は500㎜を下回ります。主に乾燥気候(B)が分布し、南に行くにつれて寒冷になり、フエゴ島では暖流より寒流の影響が強くなるため、ツンドラ(ET)気候も見られます。
 ただ、東岸に暖流が流れているため、緯度の割には気温が下がりません。緯度52度より南になるとアンデス山脈の標高が下がるため雨雲が大量に流入し、氷河を形成する降雪をもたらしています。

 首都ブエノスアイレスは温暖湿潤気候(Cfa)に属しており、年降水量は1,300㎜ほどです。

産業

 アルゼンチンの産業は、特に農牧業で世界有数のシェアを誇る点が特徴です。19世紀の冷凍船の発明以降、ヨーロッパに対する畜産物輸出が急増。ヨーロッパの台所を支えるようになりました。

 この頃にヨーロッパから移民(労働力)が流入し、イギリス資本による鉄道敷設で内陸にも農地が拡大し、農牧業はさらに発展。世界屈指の農業大国として君臨するようになりました。

 また、南半球に位置し、北半球の主要農業地域とは収穫時期が異なることも、アルゼンチンの農業にとって有利な点であると言えます。近年では大豆生産も盛んになっており、生産量はトウモロコシ4位、大豆3位、ひまわり3位、他にも牛の飼育頭数6位、牛肉生産4位など、穀物や畜産物で存在感を発揮しています。

 一方で、農業の経営は大地主による大農場(エスタンシア)の経営に支えられており、産業構造のひずみをもたらしました。パンパの大農園では、農民の多くが季節限定の仕事しかなく、農閑期には農園を去り、都市に流入しました。

このような人口移動を繰り返していたため、多くの定住者が必要な工業が立ち遅れ、サービス業が伸びるという状況になったと言われています。その結果、第一次と第三次産業が突出するという変わった経済構造が生まれました。1970年代以降、積極的に工業化を進め、従来の食品加工業や皮革加工業、繊維など以外に、重化学工業や自動車産業が発達しています。現在は第二次産業の割合は高くなってきており、農業依存の産業構造ではなくなりつつあります。

 鉱産資源の開発も進んでおり、「銀の国」が実現されそうな気配があります。銀だけではなく、原油や天然ガス、マグネシウムやチタンなども産出します。他にはリチウムの産出が世界4位で、近年のEV(電気自動車)の普及などでリチウムの需要が急増していることから、新たな稼ぎ頭として期待されています。パタゴニアでは石油やシェールガスの開発が進んでいます。

 また、豊かな自然環境や文化遺産が多くの人々を惹きつけており、観光立国を目指して観光客の誘致に力を入れています。

 国民一人当たりGNIは9,000ドルほど。かつて世界トップクラスだった富裕国にしてはやや寂しい数字です。成長のアップダウンが非常に激しく、貧富差も大きいのも特徴的。

 農産物輸出で隆盛を極め、世界でも指折りの富裕国になった20世紀初頭。しかし世界恐慌で打撃を受け、1930年代以降の工業化で対外債務が急増するなど衰退が続きますが、1960年代までは富裕国の一角でした。しかし、その後その膨大な対外債務が原因でデフォルト(債務不履行)を連発。2020年現在で9回ものデフォルト(事実上のデフォルトを含む)を経験しています。


人口・民族・言語・宗教 

 人口はおよそ4,500万人。南アメリカ諸国としては珍しく、白人が9割近くを占めます(ラプラタ川河口部に位置する隣国ウルグアイも同じ傾向があります)。白人の出身地域はスペイン、そしてイタリアが圧倒的に多くなっています。メスチソ(白人と先住民の混血)7%、先住民とアラブ系がそれぞれ3%ほどです。熱帯性の商品作物を栽培するプランテーションが発達しなかったこともあり、黒人人口は0に近い数字です。

 公用語はスペイン語で、その他イタリア語や英語などヨーロッパ系の言語、グアラニー語など先住民の言語が用いられています。

 宗教はキリスト教カトリックが7割で多数派、プロテスタントが1割、その他イスラム教やユダヤ教が少数です。

アルゼンチン共和国基礎データ

首都:ブエノスアイレス
面積:279.6万㎢
人口:4,527.7万人  
人口密度16人/㎢
都市人口率:91.5%%   
最大都市:ブエノスアイレス

GNI:3,794億ドル   
一人当たりGNI:9,080ドル

土地利用:農地12.3%、牧草地27.3%、森林10.5%など
発電量:1,437億kWh 火力66.6%、水力16.9%、原子力7.5%、風力6.6%など。

通貨:ペソ   
輸出:594億ドル   
輸入:429億ドル
貿易依存度:輸出14.1%、輸入10.9%

観光客数:209万人
観光収入:17億ドル

識字率:99.0%  男性99.9%  女性99.1%
合計特殊出生率2.23  出生率16.6‰  死亡率7.6‰  乳児死亡率7.6‰平均寿命:76.8歳  男性73.4歳  女性80.1歳
年齢別人口構成:年少23.4%、生産64.8%、老年11.8%
産業別人口構成:1次7.7%、2次20.5%、3次71.9%

※データ出典 『データブック・オブ・ザ・ワールド2023』 二宮書店 

GNI(国民総所得)の変遷

※非常にアップダウンが激しく、デフォルト発生時などに大きく落ち込んでいる。

総人口の変遷

※一貫して増加傾向。

資料提供:地理教材のアカラ 様

歴史概説

 この地域の先住民の痕跡はかなり古く、12,000年ほど前と言われています。北西部の山岳地帯に住む人々が多く、平野部に住む人はそれほど多くなかったと考えられています。北西部の人々は、15世紀頃にインカ帝国の支配下となりましたが、平野部にその支配は及びませんでした。

 1516年、フアン・ディアス・デ・ソリスが率いるスペインの探検隊がラプラタ川に到達し、先住民と接触しました。この際に、この地には銀山があるという「伝説」が流布されるようになりました。そして、1536年には、現在のブエノスアイレスに拠点が作られました。

 しかし、平野部の先住民はスペイン人の入植に激しく抵抗し、この拠点も一度は破壊されてしまいます。
 その後間もなく、現在のボリビアで銀山が発見されると、再びこの地域への進出熱が高まり、スペインは軍事的手段で平野部に住む先住民をせん滅、その痕跡を破壊し、ブエノスアイレスを再建し、北西部を植民地化していきました。
 17世紀からはイエズス会が伝道活動を始め、今でもイエズス会の活動は盛ん。266代ローマ教皇フランシスコは、イエズス会に所属するアルゼンチン出身の教皇です。

 1776年、現在のアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビアの地域にラ・プラタ副王領が成立。1810年、スペインがナポレオン戦争で占領されたことを機に、クリオーリョ(現地生まれの白人)主体の革命軍が副王を廃位。ホセ・デ・サン・マルティン将軍率いる革命軍はスペイン軍を破り、1816年にラプラタ連合として独立宣言を行いました。

 その後はブエノスアイレス中心の中央集権派と、分権を主張する連邦派の間で内戦が続き、1853年になって憲法を制定。1862年に国名がアルゼンチン共和国となりました。

 この憲法では大々的にヨーロッパ移民の誘致がうたわれています。これは、パンパをはじめとする大平原を「放置」していることがアルゼンチン発展の足かせになっているとして、野生化した牛を追うガウチョや、少数のインディオが暮らすこの地域を「開拓」することを国策としたためです。
 そして、誘致に従って多くのスペインやイタリア系移民が流入。人口構成が一気に白人多数に偏りました。この際に開拓が進んだ農地が、現在のアルゼンチンの農業を支えていることは確かです。

 20世紀前半まで、アルゼンチンが農畜産物の輸出で経済大国となった時代。しかし世界恐慌で失速し、その後はフアン・ペロン氏の軍事政権による社会主義路線が失敗に終わると、民政とクーデターによる軍政が入れ替わりながら成立し、政情が安定しませんでした。1974年に大統領に就任したペロン氏の妻、イザベル氏は、世界初の女性大統領です。

1982年にはイギリスとフォークランド紛争が発生、それに敗北したことで軍事政権が倒れ、民主化が進みました。2003年以降は経済はやや安定を取り戻しつつあり、南米南部共同市場(MERCOSUR)との経済関係と、対米、対中国両面を重視する外交を展開しています。

極西のヨーロッパ

 首都ブエノスアイレスは、ヨーロッパ的な街並みで、「南米のバリ」の異名を持ちます。また、スペインやイタリア系を中心に白人系の人口が多く、混血もそれほど進まなかったことから、ヨーロッパがそのまま南アメリカ大陸に移動したような国であるとして、「極西のヨーロッパ」とも称されます。
 長い年月を経て、白人文化だけではなく、様々な文化が融合し、今のアルゼンチンは独特な文化を作り上げています。

 とはいえ、その佇まいは移民たちの郷愁を示しているとも言われています。実際に、彼らは故郷に帰りたいと願っても、その多くは2度と祖国の地を踏むことはありませんでした。
 「メキシコ人の先祖はアステカ、ペルー人の祖先はインカ、アルゼンチン人の祖先は船」という言葉に、その望郷の思いと哀愁がこもっているとも言えそうです。

フォルクローレとタンゴ

 アルゼンチンの音楽には2つの面があります。まず1つ目が、アンデスの先住民の音楽とスペイン系の人々の音楽が融合して形作られた、アルゼンチンの「フォルクローレ」
 日本でも有名な「コンドルは飛んでいく」もフォルクローレの一曲で、「アンデス・フォルクローレ」と呼ばれるペルーやボリビアなどで見られるものです。
 一方で、アルゼンチンでも、ガウチョたちの音楽を基調としたフォルクローレが存在します。19世紀の間続いた内乱の中、地方出身の兵士たちが、戦場で寂しさを慰めるために歌い、広まっていったと言われています。

 一方で、「タンゴ」は、ブエノスアイレスに住むイタリア系の移民たちの間で愛されたヨーロッパ的な旋律を持つ音楽で、アルゼンチンのヨーロッパ的性格を象徴する音楽であると言えるでしょう。

このように、アルゼンチンの文化は地方のクリオーリョ的な文化と、その後のヨーロッパ移民の文化が併存する社会であると言えます。

アルゼンチンタンゴ

肉食の文化

 アルゼンチンでは、「牛肉が主食」と言われるほど牛肉をよく食べます。その料理の代表例は「アサード」で、大きな塊を炭火で焼き上げ、塩コショウでシンプルに味付けをします。それにマテ茶を合わせて飲むことが多く、休日にバーベキューを楽しむ光景が良く見られます。

 ちなみに、マテ茶はコーヒー、紅茶、緑茶に次ぐ第4の嗜好飲料で、南米が原産。元は先住民グアラニー人の飲料でしたが、ガウチョを中心に飲まれるようになり、その栄養価の高さから健康飲料として世界中で飲まれるようになりました。


主な参考文献、データ引用元、外部リンクなど

データブック・オブ・ザ・ワールド2023(二宮書店)

地図教材のアカラ https://akara-service.com/line
世界の国歌・逐語訳Wiki https://anthem.wicurio.com/

外務省(アルゼンチン共和国) https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/argentine/index.html
アルゼンチン政府公式サイト https://www.argentina.gob.ar/
駐日アルゼンチン共和国大使館 https://ejapo.cancilleria.gob.ar/ja
アルゼンチン政府観光局 https://www.argentina.gob.ar/turismoydeportes
在アルゼンチン共和国日本国大使館 https://www.ar.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html

終わりに

 各国の自然地理や人文地理、歴史を知ることは、より大きな地域、大陸、さらには地球規模の物事を見る際にも、それらをより解像度高く分析し考察するための材料となります。

 グローバル化が進み、物事が回るスピードが速くなり続けている昨今を生きていく上で、この本による知識がお役に立てば幸いです。

なお、SNSなどでも地理に関する情報発信を行っていますので、よろしければ是非ご覧下さい。
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