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タピオカを煮るように。

「タピオカを煮る」、と父が言った。

40度近い高熱を出してモウロウとしていた私は、突然のワード"タピオカ"がすぐに理解できなくて「え?あの最近ブームの?」と聞き返した。すると横から母が、奈良名物のチョコ豆『御神鹿のふん』みたいな黒い球がたくさん入った袋を見せて

「うちは数年前からタピオカを煮てるよ」

と答えた。

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いつの間にか実家にもタピオカブームが来ていたらしい。毎年2〜3回は帰省していたのに、知らなかったな。まぁタピオカブームは、もともとそこにあったけれど見過ごしていたものにスポットライトが当たったようなものだから、そんなものか。

「タピオカどれくらい煮る?」と父。
「ぜんぶ煮ていいんじゃない?」と母。
「前はぜんぶ煮たけど多かったよ?」と父。
「ぜんぶ煮ていいよ、(娘も入れて)3人もいるんだし」と母。
「じゃあ半分にしようか」と父。

ぜんぜん話が噛み合ってないんですけど……

「別にいいのよ、ぜんぶでも、半分でも」と母が笑っているので、噛み合ってなくてもいいらしい。たしかに、この会話の目的は噛み合うことじゃないか。

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コトコトコト、とタピオカが煮られる。
これから1時間、タピオカが煮られる。

「1時間も!?」と驚くと、「まぁ、焦げ付かないように見てなきゃいけないけど、でも、煮るだけだから」と父が答えた。そうか。手間がかかるんだなぁ。

私はふだん、タピオカを食べない。
東京の住居の近くに『鹿角巷 THE ALLEY LUJIAOXIANG (ジ・アレイ ルージャオシャン)』ができて、閑古鳥が鳴いていたのに、ブームのとたんに行列ができた。仕事で一度食べた時には、「これはミルクティーが抜群に美味しくてタピオカに合ってて、人気になるはずだぁ!」と興奮した。
けれど、タピオカって太るし、しかも1杯が飲みきれないほどの量だし、太るわりには栄養もないし、値段もそこそこするので、生活と体重のコスパを考えるとなぁ〜……と飲むタイミングをなくしてるうちに、タピオカブームは大盛り上がりして、完全に乗りそびれちゃっていた。

今回も(タピオカって太るよね……しかも私いま寝たきりだから太りたい放題では……)と頭をよぎったけれど、(まぁ少しくらいいいか)とタピオカの誘惑に負けた。暑い八月の気温と40度の熱のなか、つるんとしたタピオカはとても魅力的に感じられた。


1時間後。

「アーモンド効果にいれよう」

と、煮られて膨らんでぷりぷりしたタピオカは、『アーモンド効果(グリコ飲料)』のプールに沈められた。しめて原価は1人前約150円。コスパの良いおやつができあがった。

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白い『アーモンド効果』の底に沈んだタピオカは、スプーンでかき混ぜるとやっと姿をあらわす。なにもしないと姿は見えないのに。

紅いスプーンでひとすくい、タピオカを口に運ぶ。つるんと舌を転がって、奥歯につかまってすりつぶされると、少しだけ芯が残っている。口のなかに広がるとろけた『アーモンド効果』の味。

うーん。タピオカだ。ふつうに美味しい。

いつからタピオカは我が家で煮られていたんだろう。何度も実家に帰っていたのにまったく知らなかった。
世間のブームとは違う時間の流れのなかで、静かに煮られて食べられていたタピオカ。私はやっと、その存在に気づいた。

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いつも実家に帰っても、慌ただしく過ごす。
けれども今回は3日間、高熱を出して寝込んでいた。おかげでほとんど家から出ていないけれど、衣食住そろった環境で、実家の匂いをかぎながら、実家にずっと籠っていた。

─ うちの電球、こんな形してたっけ?
─ 壁に貼られた絵はがき、見覚えあるぞ
─ こんな古いスクラップブックあったかな
─ クッションカバーに刺繍が増えてる!
─ あ、蝉の声。

いつもは見逃してたそんなことが目につく。

ブームの前から何年間も実家で煮られていたタピオカに気づかなかったように、ふだん見逃しているものがきっと、日々のそこかしこにあるんだろう。

タピオカを煮るように、なにげない日常。

1時間手間をかけられたタピオカは、特別美味しいわけじゃないし、原価はたったの1人150円だけれど、味はふつうに美味しくて、私は病気にかこつけてお代わりをいただいた。

たまには熱を出すのもいいもんだ。
このタピオカになら太らされても本望だよ。

2019年の夏の味。
自家製タピオカアーモンド効果。

ごちそうさまです。

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