あやのさんの呼びかけに応じた出張ヨガ教室には八人が参加した。
　かながわカナリオン広報担当の藤井さん夫婦に、エレナさんとユジャさん。それからあやのさん夫婦と同じく妊娠中のさと子さん夫婦だ。

　あやのさんとさと子さんが妊娠中なので、体を温めるメニューと呼吸法を中心にする事にした。
　あやのさんはまだ目につく見た目の変化は無いようだった。
　対してさと子さんは三月末にお産を控え、お腹も満月のように張り出している。

「ヨガで出産日を遅らせたり出来ます？」
　さと子さんがお腹をさすりながらたずねた。
「さすがにそれは何とも……。あくまで自然分娩しぜんぶんべんが楽に出来るようになるためのものですから」
「気にしすぎなんだよ。早生まれで差がつくのは最初の何年かぐらいだよ」
　さと子さんのご主人が苦笑いをした。

「僕も早生まれですが、幼稚園も小学校でも全く困りませんでした」
　広報の藤井さんも、さと子さんを安心させるようにあいづちを打った。
「男の人はそう言うけど気になるものなのよ」
　藤井さんの隣で奥様がうなずいている。
　怪訝けげんそうなエレナさんとユジャさんに話の内容を伝えると、ユジャさんとエレナさんは大丈夫よ、とさと子さんに微笑みかけた。

　エレナさんは物足りなさそうだから、思い切って負荷の高いポーズを紹介してみた。
「もしかして結構ヨガ歴長いですか？」
　難なく天地開脚てんちかいきゃくとトカゲのポーズをこなす彼女に聞くと、彼女はにやりと笑ってうなずいた。
 
　あやのさんは妊娠中とあってかメイクをしていないようだったが、それでも骨格からほれぼれする程に美しかった。
　即席モデルの真似事をしてみた私には太刀打ちできないほどの神々しさだ。
　そんな彼女が旦那さんの中高時代の同級生で理学療法士だったと言うのだから、真似事モデルのこちらとしては複雑な気分にもなる。
　ゆっくりと息を細く長く吐きながら花輪はなわのポーズを取る顔にもハリがあり、とても初産とは思えない。

「ちょっとでも違和感があったらすぐに止めてくださいね」
　張り出したお腹を抱えながら三角のポーズを取るさと子さんは、うっすらと汗を浮かべながらふうふうと息を吐きだしている。
　男性陣はさすがにプロスポーツ経験者だけあって、エレナさんと同じメニューを淡々とこなした。
　気が付けば予定していた時間があっという間に過ぎていた。

「ありがとうございました。久しぶりにしっかり体が動かせて良かった」
　ぽんぽんとタオルで汗をぬぐいながら、あやのさんが嬉しそうに笑った。
「こちらこそお元気そうで安心しました」
「出来ればこんな感じで定期的にお願いしたいのですけれど」
「そうですね、検討してみましょうか」
　にこにこと笑い返しながらヨガマットを片付けていると、藤井さんが思わぬ一言を発した。

「先生のGoGoカナリオン収録の時に、ヨガコーナーも設けると面白そうですね」
「え、若葉先生GoGoカナリオンに出るんですか？！」
　参加者一同がぎょっとした顔で私と藤井さんを交互に見た。
　藤井さんは自分が大失言をしたと気が付いたようで、がっくりとうなだれた。

 「本当に申し訳ありませんが、プレスリリースまではどうかオフレコでお願いします」
　何度もぺこぺこと頭を下げる藤井さんに一同そろって分かった分かったと宥めるも、藤井さんはしょげ返っていた。

「若葉先生が今年のカナリオンの顔ですか……。カナリオンクイーンって高確率でカナリオン戦士とゴールインするし、今独身でお似合いな子っているかしら」
「いやいや、そんな気は全くないので。行きがかり上急遽きゅうきょ決まった話でして。まさか自分がこんな事になるなんて思ってなくて」
「彼氏いるんでしょ、若葉先生。下手に合コンとか開かない方がいいやつだこれ」
　あやのさんの言葉に慌てふためく私を見てさと子さんが笑った。

「合コンは参加した事もないですしお酒の席は苦手でして……」
　彼氏の話を突っ込まれたくなかった私は、あいまいに言葉を濁した。
「若葉先生の彼氏って、長身イケメンさんじゃないと釣り合わないよねー」
　さと子さんが興味津々に身を乗り出した。
「プロフに彼氏ありって書いときます？　余計な誘いやストーカー除けをしたかったら公表して良いと思います」
　藤井さんが、思わず吹き出しそうになるほどの真顔で聞いてきた。
 
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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