『落研ファイブっ』第二ピリオド(7)「三回目の世界(上)」
〔仏〕「大山阿夫利神社と鶴巻中亭。そこにセットで行った前と後で世界が変わるって。そんな馬鹿な話があるかよ」
松尾が神妙に切り出した話を、仏像はぴしゃりとはねつける。
〔松〕「僕だってそう思いますよ。だけどシャモさんは、なぜか変わる前と変わった後の記憶が両方あるんです」
〔仏〕「奴は憑依体質みたいなところがあるからな。余り真に受けない方が」
〔松〕「そうかもしれませんが、正直僕も興味があるもので。シャモさんの話からするに、これで僕らの関係者が鶴巻中亭の二〇二号室に行ったのは、ゴーさんのお父さんを含めて計三回です」
〔仏〕「三回?」
仏像はいぶかし気な顔を隠そうともせず、松尾に向き直る。
〔松〕「最初は落研の春合宿で、餌さん三元さんシャモさんの三人が参加。その直後にサッカー部の暴動事件が発生して、サッカー部の活動が全自粛に」
〔仏〕「俺たちがビーチサッカーをやらざるを得なくなったターニングポイントだ」
〔松〕「この時には偶然鶴巻中亭に宿泊しています。そして二度目は明確に世界線に干渉する意図を持ったシャモさんが、餌さん三元さんと滝沢さんと共に鶴巻中亭二〇二号室に」
滝沢って誰よと仏像が問う。
〔松〕「三元さんの店のお客様で、藤崎家の来歴や土着の風習に詳しい郷土史家のご老人です。そしてここからが不思議な話」
松尾が息を潜めると、隣室の柱時計の秒針がいやに大きく聞こえた。
〔松〕「シャモさんが鶴巻中亭に宿泊した翌日、シャモさんが藤崎家の婿になるはずの話はあとかたもなくなり、結納金の五千万円はスポーツくじの当選金に置き換わり」
松尾はごくりと唾をのんだ。
〔松〕「そしてシャモさんの前から跡形もなく消えたはずの『藤崎しほり』と同姓同名の女性が僕の人生に現れた――」
〔仏〕「新百合ヶ丘のそば女な」
〔松〕「そば女って妖怪みたいな言いぐさを。僕の仕事仲間の藤崎しほりさん。所属するバレエ団の練習場が新百合ヶ丘にあるだけで、彼女は新百合ヶ丘の女と言う訳では」
正確に言えば、【松尾が新百合ヶ丘の『談話室(だんわしつ)マスター』でHDLの富士川Pからそばをもらった時に同席していた藤崎しほり】である。
〔仏〕「となると、シャモから松尾にパートナーが代わったって事か」
〔松〕「シャモさんが藤崎さんのお父さんから告げられた内容からすると、僕は藤崎さんのパートナーではないと思います」
〔仏〕「どんな」
仏像は短く問うた。
〔松〕「藤崎さんの『血』に選ばれた相手は記憶が飛んで、気が付いたらパートナーになっているそうなんです。それに、シャモさんが鶴巻中亭から戻って来た後に、『フジサキシホリ』なる女性が四人登場した」
〔仏〕「うち一名はあの女芸人の婆さんが芸名替えたんだっけ」
〔松〕「はい、元・竜田川千早さん」
七人の『フジサキシホリ』が揃ったら龍が出てくるかもと松尾は笑う。
〔仏〕「松尾は記憶が飛ばないでいられるの」
〔松〕「はい全く飛びません。藤崎さんの性格もシャモさんから聞いたのとは全く違います。僕が知る藤崎さんは芯が強くて自己主張がはっきりして、自分の世界観をしっかりと持った方です」
だから、シャモさんの言う『藤崎しほり』さんとは別の『藤崎しほり』さんなんだと思いますと松尾は付け加えた。
〔仏〕「なるほどな。他に違いは」
〔松〕「日曜日に鵠沼で行われるはずだった練習試合が土曜日に八景島に変更になったことと、ゴーさん狙いだったはずの加奈さんが天河さんとバカップルになっていた事」
〔仏〕「あのシーサー俺狙いだったの」
仏像はありえねえと苦笑した。
〔松〕「それから、柿生小OB会との練習試合の日に加奈さんの友達の『日光女子軍団』が来ていたはずが、地元の幼女軍団に置き換わっていた事。僕が把握しているのはそのぐらいです」
〔仏〕「仮にそれが本当の話だったとして、鶴巻中亭に行った当人が望む状態になるわけじゃなさそうだ」
〔松〕「そうですね。そして三回目がゴーさんのお父さん。もちろん偶然でしょうが」
〔仏〕「何も変わってねえぞ。あれがスーパーハイテンションになる事は今までだってあったし」
仏像の返答に、松尾は異を唱えた。
〔松〕「ゴーさんのお父さんが鶴巻中亭に泊まった翌朝、ゴーさんは僕に連絡をしましたよね。僕の記憶では連絡を頂いた前の晩にゴーさんに晩御飯をごちそうになって一人で帰宅したのですが。あの晩、ゴーさんの記憶の中の僕らは何をしていたのですか」
松尾の問いに、仏像の鼓動が不意に早くなった。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
この記事がちょっとでも気になった方はぜひ♡いいねボタンを押してください。noteアカウントをお持ちでなくても押せます。
いつも応援ありがとうございます!
よろしければサポートをお願いいたします。主に取材費用として大切に使わせていただきます!