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太陽と月とマンボウと躁鬱

 月を冠した名前を貰った。自ら光る太陽ではなく他に照らされる月のような子だろう、という予見と期待とを背負っているらしい。悔しいほどにその通り育った気がしている。それなら柚は?と聞いたら、何となく可愛らしいからとのことで、対照的なまでの適当さよ。そういうところも含め、嗚呼ほんとに、名は体を表すんだなとひとしきり感心した。
 それに柚も月も秋産まれって感じがするでしょう、と取ってつけたような理由が重ねられてゆく。確かに中秋の名月と言うし、柚子は秋の季語なんだけれど、季節の話をするのなら、寧ろ冬産まれと勘違いされることの方が多い。名前からまず冬至の柚子湯が想起されるのだと前に誰かが言っていた。
 柚子湯の由来は諸説あるらしく、湯治で融通がきくようにとかいう、伝統のものによくある特に巧くもない洒落だとか、湯船を海に、柚子を太陽に見立てた、日の出・日の入りのごっこ遊びだとか言われている。ふたつめの説はだいぶ好いな。それなら、わたしの名前には太陽と月が並んでることになる。

 小さい頃にマリンピア松島水族館で見たマンボウは、正直ちょっとおっかなかった。海のノンキ者、というキャプションの下で、ぬぼっとした顔のやたらと大きな魚が、ゆらゆら泳ぎながら、時々ぎょろりとした目をこちらへ向けてくる。マリンピア松島は中学に入って直ぐに閉館してしまったので、あれ以来本物のマンボウを間近で見られたことはない。
 仙台から神戸へ越して来たての春にどくとるマンボウシリーズを読んだ。わたしと反対に、医学部進学で仙台へ越して来た北杜夫の青春記は、仙台の街や医学生としての生活への親近感も相まりとにかく面白かった。その年、受けていた第二外国語の授業中にふと調べたことで、マンボウをドイツ語では Mondfisch (月の魚) と呼ぶのだと知った。ついでに英名が Sunfish (太陽の魚) であることも。何かもう、ここまで揃ってしまったのなら他人事じゃない。どうしたって、特別なものを感じてしまう。
 RINKAITEN で初めて自主企画をするとなったとき、イベントの名前を Mola mola にした。これはマンボウの学名で、スペイン語なら、いいね! いいね!みたいな意味になるらしくって、縁起がいいから。あと、語感とか字面とか、何となく可愛らしいから。

 最近買った北杜夫の本は、開いて直ぐ、マンボウの話が登場していた。
「してみるとマンボウは明らかに躁鬱病の魚と言ってよい。おそらくサンフィッシュがソウのときで、ムーンフィッシュがウツのときだと思う。そんな知識もなく、よく自分の正体を言い表したニック・ネームを付けたものだと、われながら感心している」
 太陽と月の魚、ソウとウツの魚、どくとるマンボウ、躁鬱病で物書きの精神科医、それってかなり、わたしの将来なんじゃないかと想う。

 

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