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読書: #5 Inspektor Takeda und die Toten von Altona | Henrik Siebold

我流で訳せば 『捜査官タケダとアルトナの屍体』 でしょうか。
邦訳版はまだ出てなさそうです。

ミステリーの雰囲気に馴染むよう? 悪徳警官だか国策検察官だかに尋問されてしぶしぶ供述してる体で紹介してみます。




>> なぜこの小説 / 事件 に巻き込まれたのか? <<

はい、非常にマイナーな話なんですけど、年に一回だけ開催されるドイツ語の試験がありまして。
試験というより 会場のあちこちで受験者のため息が響いてくる 心霊現象体験会みたいな 不気味かつ陰険な催し って言ったほうが正確なんですけど。

その対策にと思って、所謂 ポピュラーサイエンスもののドイツ語のノンフィクションを 暫くの間コツコツ読み続けてたんですよ。延々。。。
そんな風に見えない? ですよね、、、ま、否定しませんけど。
 
この未だ良くわからんドイツ語ですが 自分にとっては若い頃からの腐れ縁なんですよね。
だけど 暫く読んでないと言葉の方から逃げていっちまうんで 手懐けておくには ちょこちょこ時間割いて 接し続ける以外 策がないんですよ。
金魚に餌あげる感じで。

で 勉強目的の本って幾ら洒落っ気が効いてて面白くても  -- 特に自分の場合は文法に注意しながら精読してたんで -- 娯楽にはならなくて。
そうこうしてたら試験期間が終わったんで 流石に次は肩が凝らず気楽に読み流せる アクション小説みたいなの探そうかな、って。
それで、たまたま東京駅近くのきれいなビルの丸善にふらっと入った時 洋書売り場の棚の黒い背表紙に日本語っぽいアルファベットが目に入ったんです。

Der Spiegelなどのお薦めステッカーは貼られてませんけど

手にするや否や あぁっ、これはやっちゃってるなぁ、って感じがね。。。
だって、『捜査官 タケダ』ですよ?
『検屍官 スカーペッタ』を借りてきて和風にしたような、
『ハリー・ナンチャラと栄者の赤石』 のような、 売らんかなの二番煎じっぽい響きが、なんか。。。

著者が当てたかった漢字が未詳ですが 風林火山とか子守唄を思わせる姓ですよね。 だけど もうちょい手つかずな 異国情緒がする選択肢は無かったん?と感じました。
現に、ドイツ語習ってる日本人達に 「これ読んでる」って 題名伝えただけで大笑いされましたもん(中身の話は何もしてないんで100%偏見。。。)

だけど私も偏見満ち満ちで 'きっとニンジャとかサムライ風味の 間違った日本情緒をドイツ語圏に撒き散らす キッチュなお話なんだろうなぁ' って予想してました。

ただ、お子様ランチなお話だったとしても 辞書をあまり引かず楽に読める内容ならそれでいいかなぁー なんて
ほんの出来心で お財布 遣い込んじゃったんです。 。 。 。
日本語でも遅読で困ってる癖に 400ページって長めのもんに手ぇ出すなんて、やっぱ 陰険な試験の後遺症で疲れてたんですかねぇ。 。 。

OAZOの洋書売り場は落ち着きがあって好みです

>> 著者 / ホシ はどういう輩か? <<

作家兼ジャーナリストって肩書のドイツ人の方らしいです。
シーボルト某ってお名前なんで 日本とは長崎を経由した不思議なご縁が、、、無さそうです、はい。

読み始めると 日本のこと随分詳しく書いてあるなと感じました。
例えば 富士の樹海だとか日本の警察の勤務体系とか、詳しく取材してるんだろうなぁって。
通しで読んだあと この一冊の中で日本の説明に違和感を感じた箇所は 地理的な記述がひとつ、その他がもう一つくらいで 殆ど日本の設定間違いなんて思い当たりませんでしたよ。
生半可な日本人よりずっとこの国のことお詳しそうです。

あとがきで 自ら語られてますが
言葉を憶える前の1969年に初来日して以来 長いこと日本住まいだったそうです。日本で新聞の仕事もされてたそうだから きっと流暢に日本語話されるんでしょう。

執筆分野に応じてペンネームを使い分けるそうで

>> どういう筋立て / 犯行計画 だったのか ? <<

ドイツの警察組織に派遣された主人公 タケダ ケンジロウ警部が ペアを組むよう任命されたクラウディア警部と一緒に ハンブルクで犯罪事件の捜査に着手する ってベタな設定です。

Altona地区の とある場所

主人公は 侍を御先祖に持つ伝統的で格式高そうな家に育っており、
その血筋もあるんでしょう、警察官としては成績が良かったようです。
逮捕術は勿論 武道の心得もあり 文武両道って感じで キャリアは前途洋々。

だけど、窮屈な家風が災いしたのか 女性関係で 色々と思いにすれ違いがあって、 同僚と色々あり 奥さんとは離別。
客観的状況からみると 彼の落ち度に見えますけど、そういう話って 細かいことは本人同士にしかわからないですからねぇ。。。

以前のように仕事には向かえなくなり悶々としてた彼は 所属する警視庁だったか警察組織だったかの指令でドイツに派遣されるんですよね。記憶に薄いんですけど 彼の追憶の中でしか登場しない父親が警察組織の有力者だったからかな?
だけど、 「あれっ? これ上級国民のお話だっけ?」 って ここはちょっと鼻白みました。警察組織でそんなのアリです?
まあ、世界や人生は平等じゃないですけど、ね。

で、私/俗物は 「ハンブルクに行けて新しい経験できそうでいいじゃん?」って思うんですけど、主人公は自分を 日本/故郷には後悔しかないボヘミアンのように感じてるようで。
視点次第で、その人の捉える、その人自身の境遇って変わりますから そういうのも判らなくはないですけど。

* * * * * *

お話の筋とは関係ないですが:
主人公の一番の趣味がサキソフォンでJazzを吹くことなのは良いとして
彼の風貌、 日本人にしてはちょっと個性的です。

長髪に高級ブランドのスーツ、タイ、靴で身を固めてるってのは、
なんか バブルの成金日本人みたく映ります。。。。
いまの世の中じゃ 日本は当然、ハンブルクの警察署でも悪目立ちするんじゃないでしょうか。
ところで公務員って そんな儲かります?  (職業間違えたかな。。。)

でも 気取った外見とは裏腹に この主人公は 当世流行の「ルッキズム」てんこ盛りの嫌味な奴じゃなく その反対で 穏やか且つ朴訥にドイツ社会と接するんです。
何かにつけてついお辞儀してしまう主人公の仕草は 現地の人には 丁寧さというより奇異に映るだけでしょうけど。。。。

因みに 彼のドイツ語、 どこで培ったのか忘れましたけど非常に流暢なんです。ドイツ語の良い回しを依然吸収中らしい設定には噛み合いませんけど。

例えば 少年マンガで 日本に初めて来た外国人ライバルが なんの迷いもなく日本語で意思疎通して 格闘なりスポーツ対戦なりのミッションに突き進むような感じで 彼の言葉は ほぼ現地人レベルです。
それくらい喋れないと 異国の魔境ハンブルクで犯罪者なんかと対峙できませんから、役柄ゆえの避けられない流暢さかもですね。

キャラクター達に言語バリアがあるとお話が展開しませんもんね


その不自然な流暢さを補うためなのか 発音のレベルだけはいまひとつと設定されているようで
彼が何か呟くとき 時々その言葉が切り取られ 子音の後に母音が付けられた形で併記されたりしてます。例えば "Nur eine Kratzer." と言った直後に ’Nuru einu Kuratza’ と添えられてたり。。。

虚構にところどころ現実味を与えたいのはわかりますが
彼の言語操作能力からするに ちょっと不釣り合いな不慣れさかな。
Amazonの書評には その辺を クドい と指摘してる読者もいました。

* * * * * *

供述、、、長くなりがちなんで 自分なりにギュッとまとめると こんなんです:

ハンブルクのアルトナ地域にある再開発予定地の 取り壊しが確定したコンドミニアムで 立ち退き拒否している老夫婦がベッドに並び絶命しているのを他殺と推定したタケダ警部が 関係者への聞き込みを通じ その地域のトルコ系住民への人種差別など ドイツ社会特有の現実に対峙し 試行錯誤を繰り返しながら事件の本質に接近する

要約を書いてて あの陰険な試験のことをふと思い出しました。。。

時には主人公の過去や日本でのエピソード、時には相棒クラウディアが抱く人生への不満や自暴自棄なども織り交ぜられます。

聞いててあまり目新しいものはないな、って感じ、するでしょ、、、?

パラリとしか登場しない派手な殺陣が 約400ページで希釈された日にゃ 読者にも相応の忍耐が必要と思われます。しかし主要な対象読者はドイツ語圏の皆さんでしょうから ミステリーへの期待値が日本でのそれと違ってて 受け入れられる、のかもしれません。
実際 Amazonの書評には 「捜査に比重があり派手さのない展開に好感を持てる」、といった感じのコメントもありました。

アルトナはハンブルク中央駅から近いんだそうです

>> 日本やドイツ / 犯行現場 はどのように描かれていたか? <<

主人公が深夜にサキソフォンの練習をするハンブルクの港湾地帯は当然として ハンブルクの有名な観光名所はパラパラ出てくる感じです。トルコ人経営のバーとかも。すみません わたし北部の、特にこの土地のこと あまり知らないんですけどね。
まあ 所々でドイツの異国情緒を味わえなくないですけど、多分、日本人読者向けのそんな興味を満たすようには編まれてなさそうです。

逆に日本関連のエピソードや小道具は そこここに登場します。異国情緒に触れるのが目的で日本に来る人が手に取りそうな本に読者サービスの仕掛けがないと怒られちゃいますもんね。

幾つか和モノを列挙すると:
煙草/マイルドセブン(いまはメビウスでしたっけ)、俳句(「春宵の猫の臀部や問答す」(???))、漢字、小金井公園の桜、箱根、茶の湯、日本料理屋の焼き鳥、サントリー山崎、カラオケ、過労死、地上げ屋、少女売春、などなど、、、、。

興を削がないよう この辺で止めときましょうか。そのうち邦訳版が書店に並ぶかもしれませんし。

私が教わってきたドイツ語の先生はハンブルク出身の方が何故か多いんですよね

>> 書評 / 調書 の参考人供述はどうだったか? <<

生憎 他人様のことはわかりません。
例えばわたし 芥川賞とか直木賞みたいな世間の風評を信用しないんですけど(=他人の選んだ選考委員達の私見に過ぎませんし)、本を買う前にAmazonの書評はきっちり確認します。
で 意外やこれ 母数1000件越えに対し 星4.3/5.0と かなり高評価でした。

これはどうしたことでしょう

その結果なのか 捜査官/警部は一冊限りで帰任せず 既に六巻もの間 ハンブルク(たぶん)に逗留してるようです。
そして最新エピソード / 第七巻は 今年師走に上梓と聞きました。

著者さんは「大成功」なんて自賛しちゃってますけど 日本に明るいドイツ語圏読者達からの厳しい評価も見かけました。
「エキゾチックな日本趣味に興味のある人向けだ」、のような。
良くも悪しくも これらの書評を沢山読み込めば ドイツ人が何を期待してこの小説を手に取ったのか 分析できる気がします。

第七巻の装丁

>> 結局どんな読後感 / ヤマ だったか? <<

繰り返しになりますが
日本の読者にはドイツの異国情緒が感じられず 主人公が開陳する日本のエピソードも特に珍しくはないので なんか気が抜けた感は否めないです。過剰に暴力的で露悪的な場面があまりないのは 私には好もしいのですが。

私が経験した ドイツ人によるスピーチの典型例のように 話の導入が長すぎてパンチラインに至る前に聴衆を飽きさせてしまう感じを小説にすれば このような着地ポーズに昇華するのかもしれません。

主人公の態度や振る舞いも ドイツ語圏の住人が日本文化に対峙する際に感じるであろうミステリアスな光彩を醸し出すには やや弱いように思えます。

ただ、この第一巻では 主人公の同僚達など 脇を固める登場人物達はまだキャスティング段階に留まっています。
即ち この巻は 次巻以降で徐々に役割分担と個性を与えられていく彼らとタケダやクラウディアの接点が更に増え 人間関係が築かれ始めるまでの導入編 と捉えれば良いのかもしれません。現時点の最終7巻まではまだ長いですから。
 * 次巻読んでないので無責任な希望的観測ですけど。

個人的にドイツ語圏の文化?系で引っ掛かったのは
同僚のクラウディアがストレス爆発したときの振る舞いでしょうか。
虚構とはいえ 彼我の価値観の相違が際立つ記述だったように思えます。
慎み深いドイツ人女性からたしなめられそうな、いや、たしなめて欲しい。。。。

男女の関係性についての日本とドイツの相違は 本書の別の中心人物と言っていい 老夫婦のあり方にも顕れてます。
互いの自由を許容し過ぎなのでは?と思える反面 知り合いの例なども鑑みると 典型的なドイツ流かもしれず 型に嵌めるのは難しい。。。。

こう振り返ると本書から得られる発見は 読者次第ですけど 少なくないかもしれません。再発見のために 後日また頭から読み直してみようと思います。

* * * * * *

ふぅー。洗いざらい白状しました。
なので 司法取引のおまけに、食べさせてもらえますよね? アレ。

昭和の有象無象警察モノTVドラマへのオマージュです

<おまけ>
ドイツ語の学習用には活用できそうで好印象 

ミステリーなので登場する語彙に偏りがある一方、総じて短文で構成されているため ドイツ語学習には好都合な文章が多い印象です。

英語でも日本語でも 長い文章は 私みたいな脳内レジスタ不足の輩には ほんと相性が悪いんですよ。。。。
特にドイツ語は 関係代名詞が分かり辛い(=どうして定冠詞と同じdieだのderだのという 既に役割過多な単語を重要な連結道具としても使うんだよ)、どうしてピリオドでなくコンマで文章を並列に繋ぐんだよ、等々
学習者の呪い言葉に事欠かない言語だと思うんで、ハードボイルドに簡潔な短文は非常に助かります。
未だに慣れない「定形中置」も沢山見かけましたし、自分としては例文の収集や精読用学習テキストにいいなと感じます。

そのため
今後 『学習』の記事カテゴリで 本文の気になった箇所を記事にして少しずつ投稿してみようかな、と妄想し始めたところです。
自分の備忘用途だけでなく、ドイツ語道で熟達されている皆さんに文法などの疑問点を解説いただけるのをほのかに期待しつつ。
#口先だけでなく 本当に投稿を続けられるのかが 先決か、、、、。

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