チャイと黒史郎著『川崎怪談』

 立冬も過ぎ、寒さの季節の足音も確かになってきました。
 この時期から春の声を聞くまで、朝の飲み物はチャイになります。カルダモン、クローブ、スターアニス、シナモン、そして黒胡椒を煮出して、スパイス効果で胃を温め、体を起こすという寸法です。
 ところで、クローブは丁字、スターアニスは八角、シナモンは肉桂とそれぞれ和名も知っているんだけど、カルダモンだけわからなかったのでちょっと調べてみました。そしたら、小荳蔲(しょうずく)というそうで。聞いたこともありません。勉強になりました。

 さて、本日は「実話」と分類される怪談の本です。

 タイトル通り、神奈川県川崎市の怪談を集めた一冊で、一見近頃流行りの「ご当地怪談」本であるようですが、黒史郎さんの手にかかるとそれだけでは終わりません。
 単に人から聞いた話を再話するに止めず、郷土史本や昔の新聞雑誌記事から怪談的な出来事を拾い集め、再構成した話を数多く含んでいるのです。
 
 工業地帯のイメージが強い川崎ですが、東海道沿いの地域であり、江戸期から農村漁村を多数抱えていただけあって、土俗的な怪も数多く、同時に明治維新以降の近代化の矛盾がそのまま化け物になったような話もあり、まるで川崎という土地の「闇の地誌」とでも呼びたくなる新しいタイプの怪談本になっていました。これは、昔から郷土史や地誌を数多く収集し、独自の視点で整理してきた黒史郎さんだからこその仕事だと思います。また、川崎に隣接する鶴見で生まれ育ち、川崎をずっと生活圏にしてきた著者だから書ける実体験怪談も。

 本書を読んで、そろそろ飽和状態のきらいもあるご当地怪談本も切り口次第ではまだまだ可能性を秘めている、そしてそれは社会学の領域に接近する営為にもなりうるのだと実感しました。大変お勧めの一冊です。

 なお、本作には川崎出身の作家・平山夢明さんが寄稿した三作も収録されています。明らかに他の話とは肌触りが違う、いわば異物的な作品で、血生臭いのに寓話的なのがいかにも平山怪談といったところ。これもまた、川崎の一側面なのでしょう。 


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