見出し画像

祖母といかなご

「いかなご、炊いたから取りにおいで〜」

毎年春が始まると同時に、祖母からこの電話がかかってくる。

神戸で春の訪れを知らせる役目を担っているのは、桜ではない。
いかなごのくぎ煮だ。

いかなごのくぎ煮
生のイカナゴの稚魚を醤油、砂糖、ショウガなどで甘辛く煮た佃煮で、瀬戸内海沿岸地域で古くから作られている郷土料理。煮上がった姿が錆びたくぎが曲がったように見えることから「くぎ煮」と呼ばれている。
農林水産省 うちの郷土料理

いかなご漁は、年々漁獲量が減っていることから、翌年に向けて少しでも多くのいかなご資源を残すため、解禁日と終漁日が決められている。最近ではその漁獲期間はたった2週間と短くなっている。

解禁日の知らせを聞くと、今年82歳になる祖母は、朝一番で原付バイクを走らせ近くの小さな海辺の町、塩屋の魚屋さんへすっ飛んでいく。この時期の魚屋さんはいかなごを求める人で長蛇の列ができていることも少なくない。

解禁日がいつ頃になりそうかという情報は、毎日通っているジムの仲間たち(平均年齢70歳)と連携し、常に最新の情報をキャッチしている。

売り切れてしまわないようにというのもあるが、シーズン最初の方に出る小さいいかなごの方が美味しいというのが祖母のセオリーなので、一刻も早く魚屋に行かなければならないのだ。

漁獲量の減量に伴い、年々値段もべらぼうに上がっている。

「今年は1キロ2000円もしたんやで!2000円!!」

もらった分の請求をされているのかと勘違いするくらいの勢いで、ここ数年はいくらしたのか値段を教えてくれる。

いかなごを炊くのはなかなかの大仕事だ。
アク取りに始まり、焦がさないようによ〜く見張っていないといけないからだ。
一度いかなごを炊き始めたら、家中に匂い(いや香りといった方がイメージが良いか。)が充満するので部屋の全面換気は必須だ。

常日頃からていねいに洗って乾かし、山のようにためているプラスチックの入れ物にこれは、孫の分、これは息子んとこの、これはお向かいの鶴谷さんの、これはジム仲間との味比べ用。と、一つ一つていねいに詰めていく。

そうして出来上がったいかなごは、とっても、とっっても美味しいのだ。

だから私も、祖母からいかなごの電話が来るなり、原付バイクに乗ってすっ飛んでいく。

「今年はな、ちょっと生姜多めに入れてみたんやけど、どない?」

事前の情報収集から、いかなごの確保、キッチンに張り付いて味の微調整。
そんな祖母の一連の姿が浮かんで2倍美味しい。

いかなごをもらった日は必ず炊き立てのご飯を用意して、アッツアツのうちにいかなごを乗っけて食べるのだ。

くぅ〜、ウマい!何杯でもいけるぜ!


この時期に、神戸の市場や下町を歩くのが大好きだ。
どこからとも無くふんわり漂ってくるいかなごの匂いに、”あぁ大切な誰かのことを思って炊いているのだろうなぁ”と心温まるからだ。

今年はあいにくスペインに居て、町のいかなごの匂い、祖母のいかなごの味を楽しむことができなかったので、国際電話をかけてみた。

「あんた。今年はなんぼしたと思う?1キロ2500円もしたんやで!2500円!!」

とのことで、今年も変わらずいかなごのくぎ煮を作っていることを知り、ほっこりしたのでした。

この記事が参加している募集

ご当地グルメ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?