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私が死んだ後で 1.



病室でベッドに横たわり、
ヒュ―ッ、と息を吸い込んだ時、

あ、終わった


と、咲は思った。


それまで、胸に渦巻いていた
お母さんごめんなさい

という気持ちが、流れていった。。


お母さんごめんなさい。
一人ここに残して
ごめんなさい


モニターの点滅が止まり
傍らに座っていた母親が

「咲ーーーーーーーーー!」と絶叫した。


働き者で心配性な母。
シングルマザーの彼女にとって
咲の存在は救いだった。



元気な高校生だった咲はある日重い病を発症し
僅か半年で帰らぬ人になった。

享年17歳。


最期のひと月は植物状態で、
ほぼ寝たきり。

意識を失ってからの咲は、
当然口を利くことも身体を動かすこともできなかったが、なぜか病室の様子は見えていた。

不思議なのだ。

自分は寝たきりなのに、
寝ている自分を部屋の隅から

眺めている。

肉体そっくりの半透明の身体には
鈍い感覚もあり、多少なら動くこともできた。
しかしどう頑張っても
病室から出ることは叶わず、
なのに肉体に戻ることもできない。

外に出ている咲の身体は誰にも見えず、
言葉も聞こえないようで

必死に話しかけても、誰も反応しない。

あたし、お化けになっちゃったのかな。

咲はここにいるのに、いないのだ。
それがひどく悲しかった。

17歳の彼女にとって現実はあまりにつらく
死の訪れはむしろ歓迎すべきものだった。

そんな中、前触れもなく

「こんにちは」

という声が頭上に響いて、咲は驚いた。


ぱちっと目を開け、

焦って自分の体を見回すと、


あら不思議。
今度こそ完全に死んだはずなのに
まだ身体があるではないか。


今度の肉体は先ほどまでのものとは、
一味違う。

手足の作りはもとのままだが
さらに透明度が増し、
ふんわり光ってるみたい。


自分がどうなっているか
客観的にはわからない。

が、怖くはなかった。

恐さの限界値を突破したらしい。

気が付くと母親のすすり泣きも消え、
あたりはほの白くかすんでいた。

どこかに光源があるらしく、
背後から柔らかい光がさしている。


「こんにちは!」

もう一度鈴のような声が響き、
そちらの方角に目をやると

そこいたのは虹色に光る、
まあるいかたまり。


ご丁寧に目、鼻、口と、
バランスの悪い細い手足がついている。



「わたしは死神マークスです」

と「それ」は朗らかに、自己紹介した。
全然死神らしくない。
彼は(マークスというからには彼なのだろうが)お約束の鎌も持っていなければ、
黒いマントも装着していなかった。


ただの丸っこい、ご当地ゆるキャラだ。

(マークスというより、、隣の斉藤さんみたい)

斉藤というのは咲の住むアパートの隣の部屋の住人だ。性別は男。年齢は28歳。

丸い体に細い手足がついて

廊下ですれ違うたびに、
ヒ◯タのシュークリームを食べている。

「これから49日間、中空でのあなたのお手伝いをします。よろしくお願いします」

マークス改め斉藤さんは、そんなことを言った。

「中空ってなんですか?」
(斉藤さん!)と心の中で付け足しながら、

咲は尋ねた。怪しい気なものには近づきたくないが、いかんせん話せる相手がいないので、選択の余地がない。


「中空とは、生と死の間の空間です。あなたはここで49日をすごして、天に帰ります。ところで僕の名前はマークスですよ。斉藤じゃありません」

「わあ、言ってないのに。心が読めるんですか」

「はい。死神ですから」

世間話に飢えていた先は
相手が死神でも絡みたい。
「横文字の名前には親しみがないので、
斉藤さんって呼びたいです」

「なんでですか」
斉藤は仏頂面だ。

交渉が始まり、二人で話し合った結果。
死神の名前は

「斉藤マークス」でまとまる。
こだわりがないって大事。

「さて、どうします?」
斉藤は聞く。


「どうって?」


「ボーナスタイムですよ。これから49日の間は、あなたは僕と一緒ならどこにでも行けるし、何でも見られるんです。天界に戻っちゃうと、チャンネルが会う時しか下界には降りられなくなるので、とってもお得ですよ」

咲は固まってしまった。
展開の全てが意味不明で
にわかに信じられない。

「で、どうします?」

と死神に重ねて言われた。
状況はよくわからないが
行きたい場所に連れて行ってくれるらしい。
せっかくのチャンスを逃す手はない。
咲は考え込みながらこういった。


「外に出てみたいです。学校にも行きたいし、みんながどうしてるかも知りたい」
それにこのパジャマ、着替えたい。
と小さな声で付け加えると、

出血大サービスですよと言いながら
死神は一瞬で
パジャマから制服に身なりを整えくれた。
ただ怪しいだけでなく、この死神
魔法も、使えるらしい。

二人が外に出ると、そこは10月の
良く晴れた気持ちの良い街の風景だった。

金木犀の香りが漂い、忙しげな人々が行き交う。
何の変哲もない日常が広がる中に、

たくさんの生きた人間と、
死んだ人間がいた。

死んだ人間は半透明なのですぐわかる。
いろんな時代の、
いろんな状態の人が、
あちこちに混ざっていた。
血を流している人もいる。
感覚が麻痺しているのか、咲自身同じ死人だからなのか、驚きはするものの恐怖は薄い。

自分と同じように虹色の玉状の「死神」連れの人もいれば、いない人もいる。


「斉藤さん、死神と一緒にいる人といない人はどこが違うの?」


「ひとりでいるのは、いわゆる<幽霊>ってやつですね。いろんな思いを残してしまった人が、そこから自分を解き放ち、天に帰るためのピースを集めているんです」


「ピース?」


「はい。ピースです。
咲さんの言葉でいうとまあ
<光のかけら>ですかね。
それは、本人が何かに気付いて手に入れることが多いけど、人からの<祈り>や<愛>が、
光になって届いたりもする。
それが十分溜まったら、
私たち死神が迎えに行くんです」


「必要なピースが貯まるまで
どのくらいかかるの?」


「死に方や、その人の思い残しの量によります。早ければ数年ですむし、長い人だと300年くらい?」


「そんなに?」


「結局、あの人たちがやってるのは生きてるひとと同じことなんですけど、死んじゃうとね、とかく時間がかかるんです。本当の意味で人に会うことができないから」


話しかけても誰も答えない、
植物状態の時の孤独を咲は思い出した。


「でも寂しそう。そんなに長い間一人で」


「ああ。だいじょうぶ。彼らに時間の感覚はありませんから。ぼんやり長い地獄を愉しむのも悪くないと思いますよ」


「愉しむって!」


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