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百年記念塔(北海道)

2023年7月5日(水)夏休み 7日目

久しぶりに会った父。2人で母の納骨堂へ行き、しっかりと手を合わせた。その後、蕎傅(そばでん)さんで更科蕎麦をすする。


私「お父さん、記念塔に行きたい」
父「あ!?もうないよ。壊しちまった」
私「知ってる。でも見たいの」
父「・・・・」
私「駄目??」
父「・・・じゃぁ、行くかぁ」

父の車で約15分。国道12号線を走り右折。懐かしい坂道をゆっくりと上って行く。日差しが強く暑いので、記念塔に一番近い駐車場に車を停めた。

父「先に降りなさい」
私「お父さんは?見ないの?」
父「後で行くから・・・」

私は車を降りて日傘を差し、
一歩ずつ歩いて行く。。。

百年記念塔(道立 野幌森林公園内)

2012年 夏 撮影


北海道博物館によると「今日の北海道を築いてきた人びとの苦労に感謝し、未来への限りない発展を象徴するものとして、1970(昭和45)年に北海道百年記念事業の一環として建てられました。高さは100年にちなんで100mあり、8階(高さ23.5m)には札幌市街など石狩平野を一望できる展望室が設置されています。」とある。

しかし、北海道に開拓使が置かれてから150年を迎えた2018年、道は老朽化を理由に百年記念塔の解体を決定。今年1月から本格的な作業が開始された。

2023年 4月23日 撮影

解体写真の撮影は弟によるもの。彼もまた酷く落胆している。

2023年4月28日 撮影


記念塔が完成した1970年(昭和45年)7月、私は4歳だった。今の実家に引っ越した年だ。「立派な塔が出来たね」と地元で注目されていた。

2012年 夏 撮影

小中学校の遠足は記念塔だった。高校の仲良しグループでお弁当を広げたのも記念塔だった。大学生になって北海道を離れた後は、車窓から記念塔を眺める度に「故郷に帰って来たなぁ」と実感した。記念塔は、いつもそこにあった。

窓ガラスは展望台


展望台から臨む石狩平野


何の山だろう(苦笑)


眼下に広がる原始林
(熊出没注意🐻)


あれから53年。私よりも寿命が短いってどう言うこと?「未来への限りない発展を象徴するもの」はどこへ・・・道民の中に、記念塔に愛着がある人は何人いるのだろう。

2023年7月5日 撮影


思い出が消えて行く。。。

2023年7月5日 撮影


それにしても父が来ない。
どうしたのかと戻ってみると、

「娘が今、別れを惜しんでるんだ!あと5分待ってくれ!わざわざ東京から来たんだ!ここで生まれ育ったんだぞ!頼むから待ってやってくれ!」

父が大声で訴えていた。何処からともなくガードマンが飛んで来て、工事中は駐車するなと注意されたらしい。だが、作業員の姿は1人もなく、重機は全く動く気配もない。駐車禁止の看板もない。一体どう言うこと?

私「お父さん、もう済んだから行こう」
父「頭に来た」
私「ありがとう。もう満足したから大丈夫」
父「本当にいいのか?」
私「うん。お父さんも見て来たら?」
父「・・・もう、いいよ」
私「なんで!?本当に無くなっちゃうよ!」
父「・・・わびしくなる」
私「はぁ!?」
父「淋しいんじゃない。侘しいんだ」
私「記念塔を解体するなら、ここにエスコン造れば良かったのにね・・・」
父「何もかも頭に来るべや!!」

私は苦笑。茹でタコのように煮上がった父だった。


近年、百年記念塔がある新札幌エリアは再開発が進んでいる。

空中廻廊「アクティブリンク」


新築タワーマンション


変わるもの

変わらないもの

ふるさとは変わりゆく

人も変わりゆく

家族も変わりゆく

私もまた変わりゆく

変わらないものは

何だろう・・・・


【2023年8月20日 追記】
現在、野幌森林公園区域・周辺に「ヒグマ注意報」が発令されています。期間は9月17日まで。周辺住民の方、観光客の方は警戒して下さい。

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