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卒業

今回も駄目だった…。

私達夫婦は数年前から不妊治療をしている。
夫の一樹は「夫婦だけの人生も良いんじゃない?」というスタンスだが、私はどうしても子供が欲しい。

深い溜息をついたその時、母から電話が来た。
「お母さん?
 どうしたの?」
「美和子、聞いてよ。
 お向かいの小宮さん家の芽衣ちゃん、3人目が産まれたらしいのよ。」

このタイミングでその話を聞くのは辛いぞ。

「そうなんだ。
 おめでたいね!」
「芽衣ちゃんは昔はやんちゃだったけれど、今は3人の子供のお母さんだなんて、美和子よりも年下なのに偉いわよね。
 小宮さんは「孫の世話を押し付けられて大変!」と愚痴っていたけれど、沢山のお孫さんに囲まれて、凄く幸せそうよ。」

話を逸らそう。

「お母さん、もうすぐお誕生日よね?
 今週末にお祝いを持って行くよ。」
「お祝いなんて、要らないわよ。
 もう誕生日が嬉しい年齢ではないし。
 体も家もガタガタで、この先、不安しか無いわ。」

小宮さんのお孫さんの話を聞いたからか、機嫌が悪そうだな。

「何か有ったら、遠慮せずに頼ってよ。
 いつでも手伝いに行くよ。」
「平気よ。
 子供なんか頼りにならないし、当てにならないから。
 はぁ。
 光一は実家に寄り付かないし、美和子は実家依存だし、どうしてうちの子供たちはバランスが悪いと言うか、極端なのかしら。
 ご近所で孫がいないのはうちだけで肩身が狭いし、惨めだわ。
 お父さんも寂しそうだし。
 何処で子育てを失敗したのかしら。

実家依存?
実家へ全く帰らない独身の兄に代わり、なるべく実家へ行く様にしていたのに、実家依存とは。
子育てを失敗したって、私達は失敗作って事?
胸が苦しくなって来た。

「ごめん、お母さん。
 誰か来たみたいだから、もう切るね。」
「あぁ、そう。
 一樹さんと仲良くね。
 一樹さんに離婚されたら、美和子は一生独身よ。
 嫌われない様にね。

それには答えず、電話を切った。

今日の母との電話は、とてもきつかった。
機嫌が悪いからで済まされる内容ではない。

兄がもう何年も実家へ帰らず、連絡もして来ない事を気にしていた両親。
兄の代わりにはなれないけれど、両親が寂しくない様にと、色々と気にかけて来たつもりだ。
見返りが欲しかった訳ではない。
でも、私の気持ちが少しは伝わっていると思っていた。
それなのに、実家依存と受け取られていたとは、とてもショックだ。

自由奔放な兄に悩んでいた両親。
両親が安心出来る様、模範的な人生を歩んで来たつもりだ。
それなのに、子供が出来なかったら、失敗作扱いか。

喜んで貰えると思い、私が両親にしていた様々な事は、ただの自己満足でしかなかったんだな。
私が実家へ顔を見せに行く事も、誕生日や記念日にお祝いする事も、両親にとっては有難迷惑だったのかもしれない。
私が模範的に生きる事も、両親は望んでいなかったのかもしれない。
両親が1番欲しい物=孫を、兄と私は与えられない。

虚しいな。
もう、疲れちゃったな。

今日の電話はきっかけに過ぎない。
私はずっと虚しさを感じていて、疲れていたんだ。

*****

「一樹。
 私、不妊治療を終わりにしようと思っているんだ。」
「え、あんなに頑張っていたのに?
 俺は良いけれど、美和ちゃんは本当にそれで良いの?」

「うん、もう良い。
 よく考えたんだけれどね、私は本当に子供が欲しい訳ではなかったの。
 両親に孫の顔を見せなくてはいけない、そう思っていたの。

 でも、もう良いんだ。
 これからは一樹と2人の人生を楽しみたい。」
「そっか、そっかそっか!
 2人で沢山楽しもう。」

「あとさ、今週末に温泉へ行かない?
 それからさ、年末年始に海外へ行かない?」
「俺は良いけれど、今週末も年末年始も、実家へ行かなくて良いの?」

「うん、もう良い。
 これからは私の為に生きるんだ。
「そっか、お母さんから卒業したんだね。

「え、何?」
「何でもない!
 年末年始の海外旅行、楽しみだな。
 美和ちゃんは何処へ行きたい?
 ヨーロッパ?
 南国?
 思いっ切り羽を伸ばそう。」


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