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【読書感想】親しみを感じるエッセイーークォン・ナミ著『ひとりだから楽しい仕事』

クォン・ナミ著 藤田麗子訳 平凡社 2023年出版

地元の本屋さんで見かけて、面白そうと思って購入。その後、結構いろんな新聞や雑誌の書評で取り上げられていたのを見かけた。

 日本の現代小説を韓国語に翻訳している韓国人の翻訳家のエッセイ。ちょっと珍しい本だなと思ったんだが、どうも韓国でとても評判がよく、売れた本らしい。

 村上春樹や、小川糸さんの本を翻訳したときなどの話が書いてあった。現代日本文学を中心にいろいろな方を訳している翻訳家であるらしい。第二外国語の翻訳をやっているからこそ起こりうるストーリーなどもあった。例えば、「酒盗」という言葉に出会ったとき、まさかお酒のつまみのことをいうとは思わなくて「さけどろぼう」と翻訳してて、途中からやっと気がついた、という話があった。こういう話は、他言語を学習する身としては誰でもあることだよね、と思わせてくれて、励まされる。そういった翻訳者ならではの具体的な言語にまつわる話もあるし、自分がシングルマザーで子育てしてて、現在それなりに成長した娘とのやりとりの描写などもあって、単に、翻訳者の手記というよりも、女性が一人で稼いでいくことのエッセイでもあるようで、でも、教示的な構成になっていなくていいな、と思った。

 途中で、韓国のラジオ番組で自分のエッセイの本のことが紹介されたんだが、そこで、ナビゲーターが始終執筆した私のことを「おばさん」といっていて、腹が立った、といったことが書かれた章があるのだが、なんか、私も読んでいて、自然と頭の中で、おばさん、と呼んでた、と思ってしまった。訳し方もあるのかもしれないが、それよりも、このエッセイに書かれたことが、シングルマザーのある程度年のいった年配の人、というイメージを非常に読者に焼き付ける本だと思う。でも、それは悪い意味じゃなくて、むしろこういう女性のエッセイって珍しいから、すごく励まされるし、一人の女性の人生をよく描けているエッセイのように私には思えた。だから、「このおばさんが」という頭の中でイメージを読者に作り上げるこのエッセイはある意味、書き方がとても筆者の実生活から出た言葉で紡がれていて、好感が持てるってことじゃないか、と私は思う。私が頭の中で呼んでいた「おばさん」は、将来の自分のようなどこか親しみを込めて身近な人といったつもりになって読んでいたのであった。

 特に自分の娘が大学生で、娘も翻訳家なる?みたいな話のとこは、こういう大人に成長した子どもと母である自分の、願望みたいのを我が子に押し付けたいと思うか、みたいな話が書かれたものって、あんまりないと思うので、この本は、同じような、境遇にある女性が大人になった子どもとの関係の一例として、手にしても励まされるかもしれない。翻訳家というと、それまで大学院で勉強して、とか苦労した話が書かれているものが日本では多い気がするが、この本の場合は、日本に住んでて、結婚して、子供出来て離婚して、韓国に帰って、稼がなきゃいけなくて、といった経緯が書かれていて、どこか近所の人の話を聞いているような親しみが湧いてく不思議なエッセイだった。

 なんか、こういうタイプのエッセイって日本にはなくて、いいな、と率直に思った。


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