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「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第5話

タイ・バンコク

今、ベトナムで何してるんだろう・・。

10月30日。
俺は、明日の午後に、余裕をもって空港に向かえるように、滅茶苦茶仕事を詰め込んでいたのに、頭では彼女の事をずっと考えていた。
しかも、メッセンジャーのやり取りで、彼女にエビが大好きなんだと言われた俺は、到着した翌日の午後は、エビの釣り堀に連れて行くことを約束してしまっていた。

31日の午後と、翌日の午後も、アイさんとの予定にしてしまった事の罪悪感たるや、もう。
あっちは観光だとしても、俺は仕事じゃないと付き合えない。

初日はゆっくり話がしたい、とメッセンジャーで言われていた俺は、日本から来る顧客を連れて行くのに便利な店をチョイスした。
出張サラリーマンが来るのと同じだ、うん。たとえ女性でも、それがアイさんだったとしても・・・。

いやぁ?!こんな可愛いサラリーマンの接待したことねー!

昼食を済ませた俺がスマホを開くと、アイさんからメッセージが来ていた。

SNSメッセンジャー

何の話なのか、サッパリ分からないが、まぁ、色気のある話ではなさそうな事にちょっとホッとしたようなガッカリしたような俺。

とにかく、明日は、ゆっくりと楽しく良い酒が飲みたい。
でも、何かあったらどうしよう!?

浮かれた気持ちは、ある。残念ながらある。
ずっと会いたかった人が、わざわざタイまで来るんだって、俺の彼女に何て説明したらいいのか分からない。
かと言って、彼女を紹介するのは、うーん・・。

家に戻った俺は、同居している彼女に伝えた。

「พรุ่งนี้และวันรุ่งขึ้นฉันจะให้ความบันเทิงแก่แขกจากญี่ปุ่นดังนั้นฉันจะกลับบ้านสาย」
(明日と明後日は日本からのゲストの接待で遅くなるよ)
「ก็ได้ ฉันวางแผนที่จะออกไปข้างนอกกับเพื่อน ๆ」
(分かった。私も女友達と出かけるから)
「วันรุ่งขึ้นเป็นวันหยุดใช่ไหม?」
(明後日、休みだよね?)
「ใช่ฉันจะไปซื้อของตอนเที่ยงและปาร์ตี้ตอนกลางคืน」
(うん、昼は買い物、夜はガールズパーティーよ)
「เข้าใจแล้ว」
(なるほど)

なんとなくホッとした俺は、平静を装いつつ、明後日の釣り堀に着ていく服をさりげなくチェックしてから、明日着ていくスーツを壁のフックに掛けた。

そして、運命の10月31日。

アイさんが来る当日、俺が朝からソワソワして落ち着かなかったのは事実だ。
仕事はとっとと終わらせて、14時40分までに空港に向かう。
それまでに、俺のスタンスを決めておかないと。

まず、冷静に。そして普通に。何か考えてるとか、期待しているとか、そういうのは全部排除してだな。
そう、これは仕事。仕事として認識していこう。
とにかく、彼女と普通に友人として会うんだから、それ以上でもそれ以下でも無い。二日目もあるんだから、まずは初日は落ち着いて昔話に花を咲かせる方向でいこう。
よーし、俺、理性的。クールでカッコいい男。そんでちょっと面白い男。
明るく、楽しく、良いお酒を飲もう。まずはそっからだ。
彼女がどう出るか分からんけど、まぁ会ってみないと分かんねーよ。
とにかく落ち着け落ち着け、俺。・・・よし。


そうやって、自分に言い聞かせながら、俺はタクシーで空港へ向かった。

10月末の月曜日のスワナプーム空港は、表のほうは、年末に比べると人が少なかった。 ちょうど乾期に入るところだから、気候は良いが、観光はこれから少し先がベストシーズンだ。
タクシーを降りた俺は、2階の出口3番へ向かう。 有名な待ち合わせ場所だから、日本人がたくさんいる。

俺、気付いてもらえるんだろうか。 いや、俺が見つけるほうが早いな。
平日だから、スーツのサラリーマンばっかりだ。 彼女が来たら目立つだろうから、すぐに分かると思った。

3番出口の人込みの中で、分かりやすいように、通路の真ん中に立った俺は、正面のまっすぐに伸びている通路を見つめていた。
工事中の通路はいつもよりも少し狭かった。

すると、たくさんの人込みの中から、鮮やかな花柄のワンピースに黒のロングカーディガンを羽織って、黒いボストンバッグを持ったショートカットの女性が現れた。

俺を見つけて、5m程先で立ち止まった彼女は、何も言わずに俺の顔を見ていた。
俺は、思わず声が出た。

「おぉ!」
「あ・・お久しぶりです・・・」
「久しぶり。元気だった?」
「あ、・・うん。はい。」
「荷物持つよ」
「あ、ありがとう・・・。」
「あれ、荷物これだけ?」
「うん・・・」

って、荷物を受け取ろうとした時、彼女の足がよろけそうになった。
あれ?どうしたの? なんか、スゲー緊張してない?
いや、実は俺もそうだけど。隠してるけど。
俺は、緊張をほぐすように、笑顔で話しかけた。

「いやー、すげー久しぶりだね、元気だった?」
「あ、・・はい。」
「とりあえず、タクシー呼ぶから待ってて。」
「うん・・。」

カウンターで、リムジンタクシーの手配をしようとしたが、すぐ来るというのを聞いて、 俺は、たばこが吸いたかったのを思い出した。

「あ、タクシー乗る前に、俺、ちょっとたばこ吸ってっていい?」
「・・・うん。あれ?ニノたばこ吸うの?」
「うん、まぁね。」

もう、昔の俺じゃないんだよ、っていうのが伝わってちょっと嬉しかった俺。
彼女の荷物を持ったまま、喫煙所へ向かう。隣を歩く彼女が言った。

「あ、私もたばこ吸っていいですか。」
「うん、もちろん。ていうか、たばこ吸うんだね。」
「あ、うん・・・。はい・・・。」

そう言って、彼女が俯いた。

何、なんかスゲー大人しいけど、どうしちゃったの。
たぶん緊張してんだな。なんか敬語だし。

喫煙所に向かった俺は、ベンチに荷物を置いて、その隣に彼女に座って、と伝えると、座ってたばこを取り出す彼女をまじまじと見つめた。

わー、本物だ。本物のアイさんだ。髪も黒髪のショートだから、高校の時とあんまり変わんないな。しかし、なんかスゲー大人しいところが、昔と全然違うな。 って思ったら、彼女が振り向いて、突然明るく笑顔で言った。

「いやー、でもホント久しぶりだね!あれ?あたしの好きだった真面目なニノはどこ?? あれ??あ、ここねー、変わりすぎてて分かんなかったわ、ハハハハ。」

え・・・急に昔のテンションに戻ったと思ったら、好きだったって・・・。
突然言われて、固まったあげく、何も言えなかった俺。たぶん顔真っ赤だったと思う。

たばこに火をつけるために、彼女は俺から目をそらした。
俺は、恥ずかしさを取り繕うかのように、言った。

「てゆーか、たばこ吸うんだね。」
「うん、妊娠中とかは辞めてた時期もあったんだけど、結局辞められなくて。」

チラっと俺を見る目が、なんか申し訳なさそうな気まずそうな、そんな困り顔をしている。

俺は、たばこを手短に吸い終わると、彼女に言った。

「俺、ちょっとタクシー呼んでくるから。」
「あ、うん。はい。あ、ここで待ってればいい?」
「うん。待ってて。」

そう伝えると、俺は空港カウンターのほうに戻った。

***

せっかく用意していたセリフを言ったのに、棒読みすぎて、全然ウケなかった・・。
もっと、変わってしまっている彼を想像していたのに、眼鏡とスーツの似合う、昔のままの真面目そうな青年なんだもん・・・。

そして、たばこを吸いながら、なんか、カタカタ指が震えてる私。
なんだろう、これ緊張してるんだ、やっぱ。
全然、思ってる通りに話が出来る気がしない。いや、でもしなきゃ。

しばらくすると、タクシーを呼んだニノが私を呼びに来た。
荷物を持って、タクシーまで歩く私。トランクに荷物を入れて、私が右側、ニノが左側から車に乗った。

空港を出る車の運転手に、タイ語で行先を説明するニノ。
何言ってるか全然分かんないけど、外国語ペラペラな男の人ってなんでこんなにカッコイイの・・・。この顔なのに・・・。
それにしても、全然普通の態度だな、この人。絶対あたしの事好きじゃなかったでしょ、それ・・。

ガッカリしたようなホッとしたような気持ちの私にニノが言った。

「いやー、それにしても、ホントに久しぶりだね。」
「そうだね・・・。」

その時、私は、資料で作っていた、話をする時に気を付ける事を思い出して言った。

「あ、先に言っておくけどね。」
「ん?」
「私、言葉の裏とかが理解出来ません。」
「言葉の裏?」
「まぁ、空気読めないとか、嘘も見抜けないし、言われた事をそのまま信じちゃうので。」
「ほお。」
「なので、私に嘘をつかないで欲しいんです。あとごまかさないとか。」
「うん?」
「あ、あとね、なんか私、こっちに来るってなってからずっと頭おかしくなっちゃってて、 なんかフワフワしているので、おかしな事言っても怒らないでね。悪気は無いの。」
「ふーん、分かった。」

ミネラルウォーターが目の前に置かれたちょっと高級なタクシーの車内で、
私はフワフワしながら、彼はニコニコと話をしていた。

「まぁ、ホント久しぶりだよね、何年ぶり?懐かしいよね。」
「20年ぶりだよね。」(資料作ってるくらいだから分かってるよ)
「他のみんなとか、どうしてる?会ってる?」
「いやー、6年前に真理子の家で4人で集まったくらいでそれからは全然」

一通り、高校の時の友達の話や、卒業してからやっていた仕事の話などをして、SNSだけでは分からなかったお互いの事を話した。

窓の外の風景が、段々と街中に変わっていく。
高速道路のような大きな塀に囲まれた景色を抜けて、少しずつ立ち並ぶビルが増えてくると、外壁には黒い布と白い花が飾られている場所が度々目に入った。

その時、タイでは国王崩御の為、黒いリボンをつけるマナーがあるという話になり、ニノは自分の鞄から5cm四方程の安全ピンのついたリボンを差し出して言った。

「そうだ、これ付けといて。」
「あ、これね、メッセンジャーで言ってたやつね。ちょうど良かった、あたしここ少し破けちゃっててー。」

と、ワンピースの右肩の紐が破けたのがちょうど隠せるから良いと思って、ホラちょうど隠せるでしょ?って見せただけなんだけど、

「自分で付けて。」

って・・・。
グサっときた。付けて欲しいなんて言ってないのに。なんでそんなに冷たくされないといけないのよー。
普段から男性に冷たくされる事があまり無い私は、すっごい傷付いた。ましてや、なんで昔好きだった人にそんな冷たい仕打ちをうけなきゃいけないのよ・・・。泣きたい・・・。

***

肩が紐の服・・・。で、上目遣いで俺の事を見るもんだから、もう、恥ずかしすぎて、目が合わせられない。正面しか向けなかった。
我ながらちょっと冷たい言い方しちゃったかと、少し反省もした。

横目でチラっと彼女を見ると、なんか一生懸命、不器用そうにリボンのピンをいじってる。
肩のところにリボンを付け終わったところで、ちょうど、俺の家の角のところに差し掛かっていたので、黙っている彼女に言った。

「あ、俺の家、ここの先なんだよ。」
「そうなんだ、へー。家賃っていくらくらいなの?」
「10万円だね。」
「へー、広さは?」
「そんなに広くないよ。一人暮らし用だし。ちょっと大きめだけどね。」 「そうなんだー。何平米くらい?」
「44平米だね。」
「あー、確かに一人暮らしには少し大きめだねぇ・・・。」

自分の彼女と同棲してるんだ、って言おうと思った瞬間に、最後の曲がり角に差し掛かったので、運転手に行先の方向を説明し始めた俺。
言いそびれた・・・。
何か考え事をしているような、ボーっとしているような彼女の顔はずっと、窓の外を見ている。

「もうすぐ、あなたのホテルに着くよ。」

俺がそう言うと、思い出したように彼女が言った。

「あ、そうそう、私、大事な手紙を預かって参りましたので。」
「え?誰から?」
「まぁ、それは後ほどゆっくりお話しますね。」
「気になるなー。」

俺がそう言った時に、ちょうどタクシーがホテルに着いたので、俺は車のドアを開けて降りた。

(第6話へ続く)
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