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新卒から13年勤めたエン・ジャパンを退職します。

会社を、先日退職しました。

「あんなに会社のこと大好き!って感じだったのに」「定年まで働くのかと思ってた」

と退職を報告した友人や知人からよく言われます。

「辞めてやる!」とケンカ別れしたわけでも、子育てしながら働くイメージがわかない!と転職活動をしていたわけでもない。

アルバイトも部活もサークルも、始めたものは全部やり続けるタイプだったわたしが、何かを辞める判断をするなんて。と、自分の行動に驚いています。

育休中の決断だったので、復帰を待っていた職場のみんなには、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ほんとうに。心の底から。

最後まで悩みましたが、自分のワガママを通して会社を飛び出すことにしました。

退職エントリなので「なぜ辞めるのか?」を表現するのであれば「自分がどこまで通用するか挑戦したい」から。「現状維持は衰退」「迷ったら厳しい道を選べ」と散々後輩たちにハッパをかけてきました。自分の人生、自分で責任をとり…ます!

今までも「ずっとこの会社にいるぞ」と決めていたわけではありせんでした。いつでも辞めても良い気概で働いていたと思うし、しがみつきたくもなかった。

ただ純粋に、仕事が楽しかったし挑戦の機会もたくさんあった。他に同じような愛情をそそげそうな会社もないなと思っていました。

それに子育てしながら働く身には、エン・ジャパンは最高の環境。

今までのがんばりを「信頼貯金」として認めてくれているから、時間的な制約がある社員も「働きやすい環境」と「責任とやりがいのある仕事」の両立が実現できる。

※この辺りの制度話は、以下の社員インタビューにまとまっているので、ぜひ読んでほしい。

昔は「子育てしながらキャリアチェンジなんて無理」と決めつけていましたが、第1子を出産したあとに社内公募で営業から広報へ異動しました。

「(1000人規模の上場企業で広報担当は)1人」しかも「広報未経験」しかも「勤務時間に制約あり(時短勤務)」という、今思えば三重苦な状態でのスタート。上司も会社も、よく拾ってくれたなと感謝しています。

このnoteでは、13年間お世話になった会社への愛を。まだお世話になったみなさんにほとんど挨拶ができていません…。たくさんの感謝も込めて、この13年間を振り返ります。


|想いだけで顧客とつながっていた営業時代

小さい頃から「学校の先生」になろうと決めていたわたし。そんな進路イメージから、一変。「社会経験がない先生が、生徒に的確な進路相談ができるのか?」と疑問を抱いて、民間企業への就職を決めました。

とはいえ、「学校の先生」以外にイメージしていた夢もなく、社会にどんな仕事があるのかもよく分かっていないダメ学生。本当にやりたいことが見つかったときに挑戦できるような力をつけられる会社を新卒では選ぼう!と思っていました。

「成長できる」「変化が激しい」「社会のことが分かる」会社が良いと思って、エン・ジャパンに就職。

大学卒業後、配属されたのは「企業の新卒採用を支援する」事業部の営業部門でした。当時はガムシャラであまり気づいていませんでしたが、立ち上げたばかりのサービス。イコール知名度も商品力もない。Rのつく圧倒的強者がいる市場で、竹やりもって戦っている感じでした。

来る日も来る日も顧客候補になる企業へ電話をしては、断られる。電話口でガチャ切りされたり、「こんにちは」と呼びかけても無言でたたずまれたり、シンプルに怒られたり。社会人初期にいろんなパターンの応対を経験したことが、今の自分を形成してくれました。打たれ強さ!!

社内をみわたしてみると。人材業界が活況で、既存社員とほぼ同じ人数の新入社員(わたし)たち。1対1のOJTを受けられる子はまだ恵まれていて、わちゃわちゃとした動物園状態で社会人生活はスタートしました。

営業といえば、今までの実績や競合優位性を示す数値は必須アイテム。でも当時のわたしたちは、そんなの出したら競合に負けてしまう。だから、商売道具は「想い」だけでした。

自社のサービスを通じて、どんな未来を実現したいのか?
どんな社会にしていきたいのか?
ユーザーの学生にどんな情報を届けたいのか?

自問自答して、同僚たちとも毎日のようにディスカッションしながら、想いを深めていきました。

商談では数字の話なんてほとんどせず、想いに共感してくれる同志を探す日々。同じ部署の仲間はもちろん、顧客との間にも異常なまでの結束力が生まれました。育まれたのは、武器がなくても戦う力。


|情報を編集して伝える力

もう1つ、特徴的なのは「営業担当自身が取材して、コピーライターをディレクションしながら求人原稿を作成する」プロセス。

どんな会社にも魅力が詰まっていて、そこで働いている人がいる限り「働く理由」があるはず。就職を決める前に伝えるべき「ミスマッチを起こしやすい理由」もある。それらを見つけてきて、コピーライターに伝えて広告にしていくまでが営業の仕事でした。

1年目で「上場企業の経営者インタビュー」を単身おこなったり、工場の内部をくまなく見学させてもらったり、入れ替わり立ち替わりで5時間くらいぶっ通しの社員インタビューをしたり。業界や規模を問わず数百社にのぼる企業の取材をさせてもらいました。

実際に原稿を書くのはライターなので、中途半端な情報しか集められていないとめちゃくちゃ怒られます。いつもライターとの打ち合わせは冷や汗をだしながら臨んでいました。

逆にできあがった原稿が良くなければ、なんども修正をお願いする。良い緊張感のある環境でした。

自分がOKをしたものには、修正が入らないように顧客へきっちりプレゼンする!掲載が始まったら、採用が決まるまでサポートしつづける。あきらめない!

わたしがエン・ジャパンで営業を8年間続けてこれたのは「サービスに嘘がない」から。サービスの作り手の想いを営業が代表して、誇りを持って、顧客へ提案できる商品だったからです。

それは今も変わらず、一貫しています。

あとは、熱い先輩、同僚、後輩たち。採用に困っている会社があれば、お互いにノウハウを惜しみなく伝え合って、みんなで支援するスタンス。わたしが社内の賞をとれなくて残念がっていたら、当人以上に大号泣して悔しがってくれた上司。

こんなに期待してくれているなら、高みを目指しつづけないとダメだなーともらい泣きする謎の構図。青春を感じる仕事が、たくさんできました。


|大好きな自社の広報になる

第1子の産休育休、復帰後も営業をつづけた後、2014年に社内公募で広報へ異動。

正直なところ「8年間も同じ商材の営業やるの…飽きた!!」状態に陥っていました。マネジメントの道に進んでいたら別ですが、「君はハイプレイヤータイプだ!(勝手にやってね)」で1人自由にやってきていた私。伸びしろの限界を感じていたところに、異動のチャンスがめぐってきたのです。

広報になった初年度は、前述のとおり「1人」「未経験」広報。尊敬してやまない上司(役員)が指針は示してくれたものの、細かなノウハウも社外ネットワークも社内にはない状態。

外の世界に出ないと仕事ができない環境に置かれたことは、自分にとって大きな転換点でした。

「こんなときのプレスリリースって、どう書いたら良いの?」という、今思うと「ググれカス」な質問に即レスしてくれた方をはじめ、他社広報のみなさんには頭が上がりません。

そして、なによりもエンのみんな。「社内からの広報理解が得られない」という広報あるあるな悩みとは無縁で、とっても広報に協力的な会社でした。「いますぐ情報が欲しい!」という問い合わせにも、みんな即レスで答えてくれていました。

社員みんな、会社のことが大好き。仲間のことが大好き。だから、自分たちのことをもっと外部にも発信していきたい!知ってもらいたい!という気持ちが強い人たち。

どのくらい強いかというと…”継続がなによりも難しい” とされる「オウンドメディア」。エンでは「en soku!(エンソク)」という社外報メディアで、毎日色々な記事が公開されています。

「毎日」ですよ「毎日」。

しかも、最近の更新状況をのぞいてみたら「1日平均2〜3本」、へたしたら5本更新されている日もあるんですけど…!

最近は「採用広報」がバズワードっぽくなって、どこもやりたいオウンドメディア。でも書く人いないんだけど。ネタないんだけど。が定番の悩み。

そんな悩みはどこ吹く風で、みんな伝えたいことが溢れている!!!おそろしい会社です。

広報になって関わりが増えて、私自身もたくさん影響を受けたのが「CAREER HACK」はじめエンのオウンドメディアを複数執筆・運用しまくっているチーム。

後ろの席にいたこともあり、記事の編集アドバイスやこの記事で読者にどんなメッセージを伝えたいのか?といった熱い議論が聞こえてきていました。

プレスリリースはもちろん、社員インタビューを書く機会も多かったわたしは、超ぜいたくな環境にいました。たくさんのアドバイスもありがとうございました…!

そして、一緒に広報として走ってきた大原さん松田さん。常に小走りで移動して、連携プレーで助け合いまくって、アイドルトークに花を咲かせて。他社の広報やメディアの方からも「エンの広報は、本当に仲が良い」と評されていました。

信じられないくらい仕事ができるディレクターの日野くんと、広報チームの末っ子清水くん。いつもぶれることなく、わたしたちを導きながらも、仕事を任せてくれた敬愛なる河合さん(なんと毎週女性社員とランチ会をしている…!)。

エン・ジャパンには社員が「キャリアを自分で選択できる力」を身につけられるよう、育てるし、自分でも努力しつづけなさいよ!という考え方があります。

この13年間、無茶ぶりに思えるミッションも与えてもらいながら、成長させてもらった実感があります。

退職の挨拶で、会長や社長と話したとき。育休中に退職を決めたことへの申し訳なさもありつつ、今までのことが走馬灯のように蘇って、顔を見た瞬間に涙が止まりませんでした。

職場で泣くのはプロじゃない。そう思って、この13年間、ほとんど泣いたことのない自分が泣くなんて。家族のようだったし、あつい恩義を感じています。

本当に本当にありがとうございました!!

※大好きな会社なので、採用リンクを貼っておきます。


次は、この「note」の運営会社。ピースオブケイクに、1人目広報として入社予定です。利用者からめちゃくちゃ愛されていて、わたしが大好きなクリエイターもたくさん使っている「note」。これまた誇りをもって働けそうな予感がしています。

昨年、日経と提携を発表したり、月間のアクティブユーザーが1000万人を突破したり、法人向けプランもリリースしたり。もっともっと仲間を増やすフェーズに自分が関わっていたい!と挑戦を決めました。この辺りは、また別エントリで。

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ありがとうございます!明日もきっといい日!
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もりもとあい

7歳👧と1歳👶を子育て中。お茶大 → 法人営業8年 → 広報。1人目出産後、2014年から未経験 × 時短勤務 × 1人の三重苦で広報のキャリアをスタート。2019年4月からピースオブケイクの広報。ホムパ、AKB、お皿集めが好き。

#仕事 記事まとめ

働き方から採用、転職、仕事の仕方など、noteに投稿された仕事に関する記事をまとめていきます。
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