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映画「きみはいい子」 〜ぎゅっと抱きしめたい

映画「きみはいい子」を観た。
観ている間中、胸がヒリヒリ痛くて、感情が大きく揺さぶられた作品だった。
呉美保監督の作品は初めてだけど、観る者の心にダイレクトに語りかけてくるような、ドキュメンタリーを見ているようだった。

観終わったあと、息子を思わずぎゅーっと抱きしめた。
何~お母さんどうしたの~?と笑う息子。

小学校教師の岡野(高良健吾さん)は、まだ教師1年目という事もありどこか頼りない。担任するクラスも上手くまとめられず何とかやり過ごす日々だったが、いじめ、モンスターペアレンツ、ネグレトや虐待の疑いがある子など、新米教師には荷が重い問題に翻弄され、やがて学級崩壊寸前までゆく。
放課後や雨の休日でも家に帰らず校庭に一人でいるクラスの児童・神田くんが、どうしたらいい子になれますか?と岡野に聞く場面で、すでに胸の奥がズキズキ痛みだす。
神田くんを家に送り届けた際に義父からの暴力が疑われても、それ以上踏み込んでいいのか躊躇し、そのまま帰ってしまう岡野が歯がゆい。
後日保健室で、お義父さんに叩かれたりしてない?と聞くも、首を横に振る神田くん。思い切って神田くんの服をたくし上げ虐待の痕跡を確認しようとする岡野を、ダメダメ親が怒鳴り込んでくるから!見たらここだけの問題じゃなくなるから!と止めに入る校長や教師たち。苛立つ岡野。

問題山積みで疲れ切った岡野の膝に乗ってきた甥っ子に、抱きしめられ励まされ、気を取り直した岡野はクラスの子供たちへ「家族に抱きしめられる」という宿題を出す。
俯いて教室を後にする神田くんに、宿題やってこれる?と聞く岡野。
“絶対やってきます!” 泣きそうになりながら答えて帰って行った神田くん。

次の日、家族に抱きしめられた感想を言い合う子供達。
どんな気持ちになった?と聞く岡野。
安心した、赤ちゃんの時みたいになった、あったかい、懐かしい、落ち着いた、いつも反抗的な子も照れながら、ママに抱っこしてもらった…という場面が微笑ましい。
なんでそんな宿題出したの?と質問する子供たち。
みんな言葉にしてくれたけど、きっとそれ以上の不思議な気持ちを感じてくれたと思う…そういう気持ちを味わって、人に分けてあげられる人になってほしいと思ったんだ…しどろもどろで答える岡野。
この場面はすごく良い。悩みながらも岡野の教師としての成長を少しだけ感じた。

夫が単身赴任中の雅美(尾野真千子さん)は、いつも周りの目を気にし少しの失敗でも娘を罰し手を上げてしまう。いったん怒り出すと娘を叩くことが止められず、娘がごめんなさい、ごめんなさい、といくら謝っても怒りをコントロール出来ない場面は観ていてとても辛かった。
自分の子供はもちろん可愛いけれど、現実の子育てはそれだけでは済まされない部分もある。憎たらしい事も沢山あるし、一人にして!どっか行ってほしい…と本気で思う時もある。一つ間違えば自分もあちら側の親になってしまうかもしれない…。他人事ではない危うさを感じた。
娘は怒られないようにいつも母親の顔色を伺っているが、ママ友の陽子(池脇千鶴さん)は大らかで雅美の娘にも優しく、うちの子になる?と聞く。そう言われるとイヤだ!と母親にしがみつく娘がいじらしい。どんなに虐待を受けていても子供は親に愛されたいのだ。

陽子の家でお茶している時に娘がティーカップを割ってしまい、雅美がきつい口調で叱ろうとすると、反射的に恐怖で身を縮め泣き叫ぶ娘。大げさな…やめて!もう帰ろう!と慌てる雅美を陽子が突然抱きしめる。
”親から酷いことされたよね?わかる。私もそうだったから。”
手首の跡タバコでしょ?雅美は外出する時はいつも腕時計を嵌めて隠していた。
あたしはここ、と言っておでこのタバコ跡を見せる陽子。
彼女も親に虐待されていたのだ。
いつも抱いて庇ってくれた近所のおばあさんがいたから自分は耐えてこれた。だから雅美の娘にも”いい子だね” “べっぴんさん” と褒めて励ましてあげたかった。雅美が虐待していることに気づいていた陽子は、雅美と娘の力になりたかったのだ。
“辛かったね。自分のこと嫌いでしょ。”
泣き出す雅美を再びぎゅっと抱きしめる陽子。

胸が掻きむしられるようで…嗚咽を堪えることが出来ず号泣してしまった。
いい子と言われたかったのは雅美だ。
娘を叩く度に自分の心の傷もさらに深くえぐられ、それでも虐待を止められず苦しんでいた。
痛みを共有し、救われてゆくであろう二人に安堵した。

夢と現の間に生きているような、老女あきこ(喜多道枝さん)と自閉症の弘也(加部亜門くん)とのふれあいのエピソードもよい。
同じ言葉や行動を反芻する習慣、いつもと違うことが起きるとパニックになってしう…息子が生後数ヶ月の頃からの付き合いのママ友の息子も自閉症なので、この描写はすごくリアルだった。加部亜門くんの再現能力の高すぎる演技に驚いた。
私はそのママ友の息子が好きだ。発達障害が分かる前から息子と共に育ってきたという事もあるかもしれないが、私の中ではその子はありのままでその子だ。
私に会うと ”〇〇子、可愛い” と言ってくれたり、嬉しいとぴょんぴょんジャンプして、私が面白いことをすると喜んで抱きついてくる。すごくピュアで感情のまま自由で、彼は生まれた時から何も失っていないと思う。
話す相手もいない独り暮らしのあきこも、下校の際に毎日弘也と交わす短い挨拶に孤独が癒されているのがわかる。
やがてシングルマザーの弘也の母(富田靖子さん)も含めて交流するようになる過程も心温まる。

「家族に抱きしめられる」という宿題を出した日、“絶対やってきます!”と言ったのに、次の日から学校へ来なくなった神田くん。
気になるものの行動を起こせない岡野。
支援学級の子供たちのありのままの生き生きした姿と、それを受け止める教師達を目の当たりにして、神田くんが好きだと言っていた給食の揚げパンをカバンに詰め、神田くんの家に走り出す岡野。

息を切らせ神田くんの家にたどり着き、何度もドアを叩く岡野。
そこで画面は暗転し、話は終わる。

ーーどうか、どうか間に合って!
祈るような気持ちになった。

誰かぼくを助けて!
神田くんの声なき声が聞こえた気がした。





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