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映画「ツユクサ」~ありふれた日常の小さな奇跡

小林聡美さん主演の映画「ツユクサ」を観た。

海辺の町でつつましく暮らす五十嵐芙美(小林聡美さん)はある日、運転中に落ちてきた隕石と衝突する。
冒頭からこんな事件が起きると、非日常を描いてゆくのかと思うけれど、物語は終始、田舎町の平凡な日常の中で進んでゆく。

芙美の年の離れた親友である航平(斎藤汰鷹たいようくん)の将来の夢は、天文学者になることで、「隕石が人間に当たる確率は1億分の1なんだよ!」と芙美に教えてくれる。
芙美と航平の関係性が序盤ではよく分からず、友達みたいな母と息子なのか?と思ったが、芙美の勤める工場の同僚・直子(平岩紙さん)と貞夫(渋川清彦さん)の子供だった。

芙美と航平は二人で落ちた隕石を探しにゆき、航平が見つけた隕石の半分をもらうと、それを芙美は大切にペンダントにして身につける。
二人の仲の良さを見ていると、父母とは微妙に距離のある航平、そんな彼をいつも見守っている芙美とは、実の親子以上に母と息子のように見えてしまう。
そして、芙美が "断酒の会" に通う理由でもある、哀しい過去がわかってくると尚更、航平との絆が尊く感じられ、泣けた。

芙美の同僚・妙子(江口のりこさん)も直子も、断酒の会の主催者のおじいさんも、芙美と出会う篠田(松重豊さん)も、大人はみんな、何かしら訳ありの事情や過去を抱えていて、
「俺の周りの大人、みんな嘘つきだし!」と言う、航平の言葉が胸に刺さる。

毎日を穏やかに明るく過ごしつつも、
"自分は今さら男の人を好きになったり、幸せになっちゃいけない"
何となくそんな風に自分をいましめているようにも見えた芙美だったが、篠田と出会い距離が少しづつ縮まってゆく。
二人ともいい年した大人だけど、純情な中学生みたいに一緒にツユクサの草笛を吹く姿や、抑えきれない気持ちがそっとこぼれ落ちてしまうような、二人の不器用な愛のシーンが、じわっと温かく胸に沁みた。

小林聡美さんは「かもめ食堂」から始まった一連の、凛としてマイペースに生きる女性役が多かったけれど、今作ではその女性像にささやかながら "恋愛" という要素が加わったところが、今までになく新鮮だった。
長年、ずっと変わらず大好きな女優さんだ。


相手役の松重豊さんも、寡黙ながらも胸に静かな想いを秘めた篠田という男性像を、うら寂しい感じの佇まいや苦味まで、そこはかとなく漂わせ演じていて、さすがの風格だった。

舞台となっている町の風景も素晴らしく、大海原を見渡せる岬からの眺めを見ていると、もしもまた日本で暮らすことになったら、芙美みたいに一人でこんな町に住む自分を想像してみたりした。

父親の転勤で、航平は新潟へ引っ越すことになり、
芙美は、新たな恋の予感がしていた篠田からも突然、線を引くように、
「帰ります、東京に」
「ツユクサは、どこにでもある、ありふれた花でした」
と告げられる。
それでも、篠田のいる東京の歯科医院を訪れた芙美が、
「痛みだけ取ってください。痛みだけ取れたら、また頑張れるんで」
と言うシーンは、切なかった。

50歳の誕生日を目前に、隕石に衝突した芙美に起きた、小さな奇跡。
それぞれが少しだけ新しい人生に踏み出すラストは、心がふわっと弾んだ。




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