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三、ビルマ

弟は頑固な奴だ。程々ということを知らない。両親は心配しているが、俺はそんな弟が好きだ。

あいつには「若者」という言葉がよく似合う。血気盛んで、愚直で、天邪鬼。

俺は年増に見られることが多い。何事も「程々」にこなすから、大人びて見えるんだろう。中身はあいつと同じ、青二才だと言うのに。

ここに転戦してくる前、タイで束の間の休息があった。
「釣りをしてのんびりしています。」
そう手紙に書いた。両親と姉には安心してほしい。弟はきっと誤魔化せないだろう。

連合国に植民地支配されたビルマ国を解放する。銃後の日本国にいる、俺たちの家族を守る。命を惜しむな!

そんな高揚感が、霞んできてしまった。いや、霞んでしまわないように必死にしがみついている。

連合国から中華民国への補給路を断つ。これは大事な作戦だ。上手くいったら、この戦争を早く終わらせることができるかもしれない。

でも…。この作戦は大丈夫なのか。後で食糧にする筈だった山羊や水牛は、川を渡ったときにずいぶん流されてしまった。残ったのも空爆でやられて、物資を背負ったまま散り散りに逃げた。

急峻な山道に足がもつれる。もう何日歩いているかわからない。日が暮れても狂ったように進み続け、僅かの間、気絶するように眠る。

心底帰りたいが、帰って家族に顔を会わせた自分が上手く想像できなかった。恐怖と飢えを抑え込むのと引き換えに、心の中で何かが死んでしまった。それが何だったのか…わからない。ずっと頭の中が痺れているようで、歩くこと以外考えられない。

不意に道が開けた。陽の光が眩しい。ふと我に返る。仲間に声をかける。大丈夫か?
「あんたも酷い顔をしてるぞ。」
そう言われて、笑った。

俺は何とかやっているぞ。皆んな、元気か。

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