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BOOK REVIEW vol.033 働く男

今回のブックレビューは、 星野源さんの『働く男』です!

“恥ずかしさ”も“変”もひっくるめて、全部が魅力。

中学2年生の時、学校祭の出し物として学年で劇をすることになった。演者、大道具、小道具、衣装、音響、照明…と役割分担を決める時、演者はやりたい人が立候補をする形で決めることになった。「はい!」「はい!」と勢いよく挙手をするのは、普段から人前で目立つことが好きな、いわゆる“人気者たち”。挙手の波がひと段落し、あともう一人、誰かいない?という空気になったとき、恐るおそる手を挙げたのが私だった。普段からあまり目立つこともなく、もちろん演技の経験だってない。なぜ手を挙げたのかは自分でもよく分からない(汗)みんなの驚く顔と、挙げた手が、空中で小刻みに震えていたことだけは覚えている。

肝心の劇のタイトルは忘れてしまったけど(苦笑)、はるか昔のどこか遠い国のお話で、私がもらった役名は“シンのおかみさん”という、とても気性の荒いおばさんの役だった。お世辞にも良い人とは言えない、口の悪い役柄だったけど、それでも自分とはまったく異なる名前、年齢、性格の人物を演じられることがとにかく嬉しかった。“自分ではない誰か”になることを許された時間はとても貴く、「お前ら、いい加減帰れー」と先生に促されるほど、遅い時間まで夢中で練習をしていた毎日。普段は目立つことが苦手な私も、“シンのおかみさん”として生きている時間だけは不思議と堂々としていられた。自分では決して言わない台詞を自信を持って言い、“シンのおかみさん”を通して、不思議と自分自身を解放しているような気がした。そして、その時間が何よりの癒しでもあった。

数年前、星野源さんの『働く男』を読んだ時の衝撃は忘れられない。初版は2015年。音楽家、俳優、文筆家として活躍する源さんが、自身の仕事を解説した一冊で、雑誌の映画ページに連載していたコラムやエッセイ、自作曲の解説、ピースの又吉さんとの対談など、とても濃い内容の詰まった一冊だ。

その中にある「演じる男」という章を読んだ時、それまでまるっと忘れていた、“シンのおかみさん”を演じた中学2年生の時のことを思い出した。

初めて演技をしたのは中学1年生のとき。
ギターを始めたのと同じ時期です。
友達に誘われて、学校の中で台詞が一つだけある役をもらいました。
素で人前に出ることはできないのに、なぜか役だと出ることができました。
そして大声で台詞を言った瞬間、
自分の中に抱えていたモヤモヤが、一瞬で消えた気がしました。
思ってもいないことを、人前で言う。
それだけで、内気で自分の想いを伝えることができなかった自分が、
救われたような気持ちがしました。

『働く男』より引用

私は今まで、“シンのおかみさん”を演じた時の気持ちを、誰にも打ち明けることができなかった。それは心の中にある、“こんなこと言ったら変って思われるよねセンサー”が働き、人に話すことが恥ずかしくて仕方なかったから。でも源さんの文章を読んだ時、それは私の勝手な思い込みであることに気づいた。源さんが当時の気持ちを言語化し、さらりとエッセイの中に書いてくれたことで、今俳優として大活躍の源さんが、初めて演技に触れた時の想いを知ることができた。そして源さんの文章を読み、私もあの時の感情を“恥ずかしい”という枠の中から取り出して肯定してみようかな…と思えたので、今このnoteを書いている。(本音を言うと、源さんと感じていたことがほんのちょっと似ていることも嬉しかった)

周りは何とも思わないのに、自分だけが勝手に“恥ずかしい”と判断していることって意外に多いのかもしれない。それを表に出すと、意図せず誰かの心を動かすことだってあるかもしれない。

もしも私と同じような人がいたら、星野源さんの『働く男』をおすすめしたい。恥ずかしくて隠したくなるようなことも、ありのままを正直に赤裸々に綴られた文章を読んでいると、もう“恥ずかしい”とか“これを言うと変だと思われるかも”なんていう心配は薄れてくるから。恥ずかしさもひっくるめてその人自身の魅力なんだと思えてくる。『働く男』を読むと、飾らない星野源さんがますます好きになる。ただし一部、赤裸々すぎる部分もあるので、その点だけはご注意を(笑)

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