おなかいり興行
寄席がなくなったら、おいらはどこで落語を披露すればいい。娘に相談したら、部屋の中でやるといいよと言われた。
円太は嘆きに嘆いた。いい年をして、娘は抜け雀のように外で遊びほうけている。親を籠かきにして見向きもしない。
このLINEというやつが、そもそも本物の娘とつながっているのかも怪しい。なにかどんでん返しが待ち受けているのではないかと疑う。でなければ、もっと返事が来てもいいはずだ。こんなに話しかけているのに、送られてくるのはせいぜいスタンプ。既読スルー未読スルーが多すぎる。
円太はバンカーリングでiPhoneをちゃぶ台に立てかけて置き、縁側に座った。庭ではなく、部屋のほうを向いて。インカメに映る自分の姿を眺めながら。
手元に残されたのは、座布団と扇子だけ。金屏風はダイソーでラックと結束バンドと金の折り紙を買ってきて自作した。おかげで小さく、正座した円太の肩ほどの高さしかない。扇子は持ってきたがセンスは置いてきちまったらしい。
開口一番、円太は見えぬ観客に挨拶をした。
「えー、まいどばかばかしいお笑いを――」
ライブ配信というものを娘に教えてもらった。なんでもいまこの瞬間に、円太の姿や話し声が、不特定多数の人間のスマホでテレビのように視聴できるらしい。にわかには信じがたい話だが、本当だ。暇があれば、というより腐るほどあるので、他の配信者のライブを見て勉強させてもらっている。
サラ口も二ツ目も中入りもトリも、色物まですべて一人でこなす。という寄席の再現は長すぎて不評だったし体力も持たないので、最近は前座、色物、トリの三幕構成だ。
しかし手応えがない。のれんに腕押し。コメントは流れているようだが、離れているのでよく見えない。寄席では浴びるように降り注いでいた笑い声も合いの手も拍手もない。
しんと静まりかえった部屋で、ひとり落語を演じ続ける。芸人人生の終わりがこれでいいのかと、円太はまたも嘆いた。扇子を箸にそばを啜っていると、泣いてるのかいと女房に声をかけられた。配信中だというのに。
なにより落胆させられたのは、落語本編よりも、見よう見まねの猿真似でこなす色物のほうが食いつきがいいことだ。パントマイムや紙切りや失敗ばかりのマジック。「www」が画面を埋め尽くす。
落語のほうには知ったかぶった批評が多い。最初は楽しみに振り返っていたコメントも、いまでは見なくなってしまった。
「おなーかーいーりー」
ネタの切れ間に言い放って席を立つ。トイレか、トイレか、とコメントが流れているはずだ。急いで戻らねば大きい方かとからかわれる。
妻に配信中は声をかけないように釘を刺しつつ、小用を済ませた。
いまとなってはこいつだけが客かと、ちゃぶ台に置かれたiPhoneを見るたびにつくづく思う。
雀の涙ほどだった収益は徐々にではあるが上がってきた。寄席で演じていたころの出演料と比べるとおこづかい程度だが、来月は本物の金屏風でも買おうかと思う。
寄席は恋しいが、体力も手間もこっちの方が負担が軽い。このままでいいのか、と、このままでもいいかもな、がせめぎ合う。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」
頭を下げながら四つん這いで前進し、配信停止ボタンに指を伸ばす。視聴者には”ありがとう貞子”という身に覚えのない演目として認識されている。
放送が終わってまもなく、娘から笑い顔のスタンプが送られてきた。円太はすぐに返事をしたが、待てど暮らせど既読はつかなかった。
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