【短編】都落ち

「みやこおちしようよ」と柚木が言った。ちょうどミュージックステーションが終わって、あのトゥルルルーというリフが流れて、目当てのバンドはトリではなくて初めに出てしまった後だったことが発覚した瞬間だ。

「いいよ、でも都落ちってなに?」
「そのままの意味だよ」
「だからそれどういう意味?だってここみやこじゃないでしょ」
「いいからいいから」

柚木が車を出した。二人してスウェットのまま。どこまで行くかはわからないけど、大体わかることの方が少ないし、柚木は説明不足な人だ。

「聴けなかったね、モーダースクリーンズ」
「だから、モーダースクリーニングスだってば」
「覚えづらい名前付けるやつが悪い」
「それは確かに。でもかっこいいよ」
「かっこいいやつに悪いやつはいない」
「ん、悪いの悪くないの。矛盾してる」
「確かに」

しばらく走ると高速に乗った。明日は休みだから、多少の遠出は大丈夫だろうし、柚木の機嫌を損ねると面倒だから何も言わない。言わない方がいいのか、言った方がよかったのか、後になって考えても答えはいつも出せない。

「昔バイト先に、ミヤコさん、って人がいたな」
「名前?」
「ミヤモトユカコさん、略してミヤコさん」
「ああ」
「柚木はそういうあだ名あった?」
「カボス、とか」
「え、それ本当?」
「いや、嘘」

追越車線には運送用の巨大なトラックが何台も通っていた。柚木は法定速度内なので、びゅんびゅん追い越される。トラックの合間に、時々セダンがいる。そのうち、見覚えのある車が通る。

「あ」
「どうした」
「なんでもない」

追越車線なのに妙にのんびり走るその車はスズキの軽で、クリーム色で、バックミラーのところに私が誰かにサイパン土産でもらったボージョボー人形が二体ぶらさがっていた。何かの硬い実とココナツの繊維でできた細長い人形。運転手は去年死んだはずの私のおばあちゃんで、見間違うはずがなかった。速すぎないスピードでその車はやがて我々の車を追い越して、ナンバーは母の誕生日(12-11)だった。

それから、注意深く眺めていたら、通る車を運転しているのは、小学校の3年生の時に心筋梗塞で倒れた校長先生だったり、自殺未遂で入院したきりだった高校のクラスメイトだったり、バイトしていたカフェにぱたりと来なくなってしまった常連さんだったりした。それで、知らなかった結末を知った。

「追越車線には行かないの?」
「嫌いだからね」

柚木は何か知っているようにも、ただドライブを楽しんでいるようにも見えた。

やがて我々の車はインターチェンジを降り、柚木はそこで車を止めた。

「来たね、みやこおち」
「え」
「見てごらんよ」

柚木は視線で後ろを見るように促した。
インターチェンジの名前を示す看板が出ていて宮河内、と書いてある。
「あれ、みやかわち、って読むんだよ」
「そうなの?ミヤコーチ、じゃないんだ」
柚木はすん、と鼻を鳴らし、つまらなそうにエンジンをかけて、ぐるりと回ってまた高速に戻った。

「読み間違いでも、面白かったよ」
「そう?本当に?ならいいけど」

柚木は笑っていた。本当に面白かったのかどうかは、自分でもわからなかった。急に、生きている柚木なのか不安になり、しばらくその高い鼻の横顔を眺めていて、帰り道に外は見なかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?