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新感覚!解決しないミステリー小説 ロンドの旅Part2ソナタの旅 全編

Chap1ルンビニの事件

1.悲願


朝起きるとすぐ異変に気付いた。自慢の黒髪ロングストレートがベリーショートになっている。縮毛矯正も期限切れでクシャクシャだ。だが、程なくしてそれは自身の決断だったことを思い出す。昨日、長年伸ばし続けた髪と訣別したのだ。それは決して後戻りをしないという、彼女の決意表明であった。一見穏やかにも感じ取れる日常は、少しずつ蝕まれていて、音を立てて崩れ落ちるのは時間の問題だ。いかなる分野においても絶対的に優れている自信はあるのだが、幸せを掴むセンスが欠如しているのか?まあ、それを感じる理由はまさに三者三様、十人十色、百人百葉なので一概には言えない。

こんな思いを巡らせながら、家族の元へと急ぐ。今日も自分が最後だ。いつものようにトイレと歯磨きを済ませたら、団欒の時間が待っている。夫と義理の娘たちは着替えるのだが、自分は寝巻きのまま朝食を摂る。生まれ育った環境で馴染んだ習慣は中々変わらない。そもそもどちらが良いとか悪いとか、誰にも分からないことだ。ドアを開けたとき目に入った光景は想像と寸分違わない。みな定位置に腰をかけ、各々の時間を過ごしている。

いつもと少し違うこともあった。今日からしばらくこの暮らしから離れるということだ。とはいえ、そんなに大袈裟なことではない。捜査のため長期出張に出るだけのこと。早く解決すれば、その分早く帰ることもできる。今回は久しぶりに娘たちを連れて行かず一人きりの旅。それにしても、実子ではないものの、本当に誇れる子供たちだ。自身も神の子などと持て囃されたが、その自分と同等、いやそれ以上の素質を持ち合わせている。これも"上"による特別な教育の賜物なのだろうか。なにしろ、家族に会えないことは純粋に寂しい。だから、本当の夫と、愛する息子を取り戻し、あの頃のように笑顔が絶えない5人の生活を再び手に入れる。そう決めたのだ。

2.諂諛


 おお、ソナタ。おはよう。

 おはよう。

娘たちはいつもどおり特に反応がない。黙々と食事を続けている。どこかで聞いたことがある言い回しだが、夫は七分袖のジャケットにTシャツとハーフパンツ、娘たちはシンプルなワンピース、3人は全身をまっさらな白色で揃えている。さらに、肩まであるストレートの金髪と金色の瞳も共通だ。これもいつもどおりの光景なのだが、我が家族ながら非常に美しい。

 その髪型もキュートだね。

朝から爽やかすぎる笑顔を惜しみなく撒き散らす。娘たちの塩対応とは真逆である。塩対応の対義語は神対応なのか。それはよく分からないし、夫から妻への神対応という表現も、使い方があってるのかは不明である。正しい言葉遣いの話はさておき、夫婦間の愛情は問題なさそうだ。ただし、親子間の愛情は、これからもっと育んでいく必要がある。子連れ再婚の家庭はどこも悩むのかも知れない。できる限りコミュニケーションを取ることを心がけてはいるし、愛も誠意も思いやりも心配りも目一杯注いでるはずなのだが…。ぼんやりと毎日似たような思考を巡らせながら日課のバナナと小松菜のスムージーを作り、同じテーブルを囲みながらゆっくりと飲み干す。まだ会話が覚束ないバルカはさておき、メライとは最低でも朝一言は交わすことを決めている。

 今日からしばらく私は仕事でネパールに行ってくるわ。メライはこないだネパール語をマスターしたみたいだから、困ったら電話してもいいかしら。

ムスっとした表情がさらに強張る。口の中に入っていたパンをしっかり咀嚼して飲み込むと、目を合わせず、だが力強く声を発した。

 嫌味?貴女は何十ヶ国語も話せるくせに。

このままでは、いつもどおり朝の団欒の空気が淀んでしまう。かねてより状況の改善方法を考えていたので、透かさず割って入った。

 ははは。メライだってソナタに追いつく勢いでどんどんいろんな言葉を習得してるじゃないか。このままのペースなら、ソナタも僕もすぐに追い越されるよ。

 そうね!さすがメライ。しかも言葉だけじゃなくて、理系も得意なのね。だって、世界最年少で数学オリンピック代表に選ばれたんだから♫

 …ふん。

おそらく人類史上トップクラスの天才なのだが、このなんとも言えないはにかんだ顔は子供らしさがあっていじらしい。それにしても、両親が幼い我が子をここまでヨイショする光景はなかなか見られない。だか、長女の機嫌が家全体の空気そのものなのだから、少しでもみんなが仲良く過ごしやすい環境を作りたい。そんな一心なのだろう。ただでさえ、仕事柄ずっと緊迫した状況下置かれているので、せめて我が家には安寧を求めたいはずだ。

3.試練


 さて、そろそろ出発の準備を始めようかしら。

 今回は難解な事件みたいだね。

 ええ。移動時間も長いし、メライたちを連れて行けないけど、よろしくね。

 うん。こっちのことは気にせず、捜査に集中して大丈夫だよ。

 ありがとう。

夫の変化は一見わからない。子供の時から心優しく勇敢で頭脳明晰なのは、ほとんど変わらないのだが…。最初は"上"に洗脳されていると思っていた。独自に"上"のことを調べていけばいくほど、とんでもない事実が発覚する。一個人が挑むにはあまりにも高く分厚い壁。当然、最も頼りになる夫へ真っ先に相談したのだが、これまで見たことのない顔をしたまるで別人の男に豹変してしまった。しかし、その話題が終わればいつもの最愛の夫にすぐに戻る。だから、"上"のことを否定する者に反応するよう催眠がかけられているのかと推測したのだが、そうでもないようだ。洗脳でも催眠でもなく、ロンドは"上"を信じて疑わず、このままでは、いつ家族や周りの大切な人たちを傷つけることになるか分からない。この長期出張が終わったら、しばらく会社を休業にして夫と家族とだけ向き合う時間を作り、この最優先の問題を解決させると心に決めていた。

 慣れない土地だし気をつけて行ってきてほしい。あ、そういえば、資料にはまだ目を通せてないんだけど、どんな事件なんだい?

口角と目尻がくっついていると錯覚するくらい潔い笑顔だ。ほとんどの歯が見せ、眼球が一切見えないほどの垂れ目はいつも妻の心を和ませる。朝食後のコーヒーを楽しみながら、事件の話をすることは少なくない。妻が社長、夫が副社長を務める事件コンサルティング企業"エピソード"はオフィスを持たない。持つ必要がないのだ。全世界のクライアントとは直接出向くこともあればオンラインで面談もできる。それに、社員の"ほとんど"は家族で構成されていて、このように日々コミュニケーションを取ることは容易い。"上"からの100%出資で設立してから数年間、会計上どう処理するのかは不明だが、経費もすべて負担してくれている。さらには衣食住も保障されていて、社員は事件解決だけに集中できるのだ。ただ、エピソードと同じような子会社がいくつあるのか、"上"とは一体どのような組織なのか、ほとんどが闇に包まれている。

 そうね…もしかしたら、今回はみんなに助けを求めることがあるかも知れない。

 君がそんなことを言うなんて珍しいね。

 ええ…。

こうしてソナタの口から事件の概要が語られた。

4.怪訝


妻は牛乳を買いに夜道を急いだ。風呂上がりに牛乳を飲むのがルーティンで、これがないと何をしでかすか分からない夫のためだ。これまで切らせたことはないのだが、最近かなり疲れが溜まっているせいだろう。朝から晩まで働き、クタクタになって帰宅すると膨大な家事が出迎える。この繰り返しだ。元俳優の夫は夢を諦めたあと、定職に就かず燻っている。就かないのか就けないのかも、もはやよく分からない。とにかくこの時間、周辺で唯一空いてる店で牛乳を買って急いで戻り、早く眠りにつきたい。こんなことを考えながら、見慣れた風景の中、乗り慣れた車を走らせていた。

しかし、いつもと違うことが起きた。木の影から人が飛び出してきたのだ。ほんの少し距離がありブレーキを踏むことはできたが、間に合わなかった。人は吹き飛び、ぶつかった衝撃で車の前方は破損した。急いでいたので気づかぬうちにかなりスピードが出ていたらしい。すぐに車を止め、路上に投げ出された被害者の元へ駆け寄ると共に、救急車と警察を呼んだ。妻の行動は冷静沈着そのものであり、正しかったのだが、被害者は救護の甲斐なく息を引き取った。警察は本件を事故として処理しようとしたが、強く不服を申し立てる者がいた。

被害者は世界的な舞台演出家であった。彼が有する劇団もまた、グローバルで知名度が高い。その劇団員の一人が今回のクライアントだ。事件の顛末には腑に落ちない点が多く、警察に何度も再捜査を要請するも取り入ってもらえなかったと言う。

5.仲間


 ロンド、メライ、バルカ、行ってくるわね。

 うん、気をつけて。お土産期待してるよ♪

 はーい!

他愛もない夫婦の会話、家族の団欒。これから待ち受ける過酷で長い長い旅のことなど、ここにいる4人には知る由もない。事件の概要を話し終えるといつもどおりサッと支度を済ませ出発した。娘たちは相変わらずの塩対応だが、新しい母親をすぐに受け入れられないことなど、理解に容易い。彼女たちとは、じっくり時間をかけて向き合うことにしている。今日は珍しい。"台風も逃げる最強の晴れ女"と、家族や友人たちの間では有名なのだが、出かけて程なくして土砂降りの雨となった。"上"が所有する飛行場までは車で移動するので特に問題はないのだが…。いつもと違うことが起きるのは、人によって多寡はあれど、気になるものである。最近頭の中では、事件のことよりも家族のことが大半を占めている。まずは家族のことを解決しなければ、仕事にも支障が出ると考えたのも、休業を決意した理由の一つだ。大粒の雨が車に当たる音と日常のモヤモヤが重なり、何とも居心地が悪い。こんな時は、何とかして事件のことだけを考えられるよう、意識を集中することにしている。少し前までは、捜査だけに熱中することが自然とできた。しかし、ここ最近は…。ずっと同じようなことがループして頭の中を駆け巡る。これを断ち切るため、バッグからタブレットを取り出した。無心で資料を読み返す。どうやら彼女はどんな迷宮入りの事件よりも、家族の問題を解決することの方が何倍も難しいと、痛感しているようだ。

 ソナタさん、到着です。

 ええ。

そう言いながらドライバーは車を降り、後部座席のドアを開け、トランクの荷物を取り出した。ソナタはタブレットを仕舞い、車を降りる。そこには見慣れた顔があった。

 やあ、ソナタ。

 あら、久しぶりね!なぜここに?

 たまたま仕事でね。君が来ると聞いたから顔を見ようと思って。

夫婦共通の旧友は、周りを見ながら監視カメラに映らない角度を改めて確認した。後で読めと小声で呟き、徐に小さなメモ用紙を手渡した。実は彼もまたロンドの異変に気づいており、唯一のソナタの協力者である。"上"にこちらの動きを悟られないよう、電話や電子メールのやり取りは避け、直接の会話や紙のメモを使うことにしている。今回も偶然を装っているが、彼の捜査状況を共有することになっていたので、事前に示し合わせていたのだ。目的を果たしたので必要以上の接触をしないよう、お互いすぐにその場を後にした。

6.本物


そのあとすぐにジェット機へ乗り込んだ。いつもなら即座にタブレットで事件資料を見ながら仕事に没頭するのだが、今回は旧友の調査結果を最優先で確認する。機内に監視カメラがないことは分かっているのだが、念には念を入れトイレでメモを開く。脳に刻み込むと細かく千切って水で流す…かと思いきや口に放り込んだ。"上"のことを見くびってはならない。"本物"だけが所属することができる組織。学歴、知識、経験、能力、国家資格、頭脳指数など、"上"の前ではなんら意味をもたない。"本物"かどうか。その一点のみであり世界共通の真理である。…と、"上"が定義付けているのだ。そしてソナタ自身も"上"が認める"本物"なのである。

それにしても、今回の調査結果はこれまでにも増してセンセーショナルだった。内容は、夫の元妻、つまり義理の娘たちの実母の素性と死因について。ソナタはここにロンドの"闇"の根源があると考えており、右上隅に"a"と書かれた細長い付箋に視認できるギリギリの文字で端的に報告が記されていて、今しがたそのほんどが明らかになった。もし事実であればすぐさま帰国し、夫と膝を突き合わせて話さなければならい。なぜなら、元妻を殺したのはロンドであり、すべてを"上"に処理させ自分は悲劇の寡夫かつ父親を演じ、世界中を騙し幼馴染を騙し、再婚したとあるのだ。だが、あまりにもスペースが小さいためか、その証拠や動機、殺害方法などは示されていない。信頼する旧友の調査結果を疑うわけではないが、最後まで夫を信じたい。これはこれとして受け止め、本人からもきちんと話を聞いてから判断をしよう。

…さて、ひとまず家族のことはここまでにして、仕事に取り掛かることにする。

7.俯瞰


事件のおさらいと解決の糸口を考察する。被害者は世界的な舞台演出家であり、知名度は圧倒的に高い。彼が主催する劇団のメンバーの1人は、事件の顛末には腑に落ちない点が多く、警察に何度も再捜査を要請するも取り入ってもらえなかったと言う。演出家がルンビニを訪れたのは、演劇をもっと世界中に広めるという野望ゆえであった。日常の舞台演出の仕事と並行し、芝居がもたらす人への影響の可能性を常に模索していた。至るところに劇場を作り、演劇鑑賞の文化を浸透させたい一心でとにかく行動を起こしていたのだ。

メンバーによれば、車を運転していた女の夫は演出家が以前主宰していた劇団の元メンバーだった。その妻がルンビニの地でたまたま彼を車ではねるという偶然が起きるわけがない。これが1つ目の主張。そしてもう1つは、何のために宿泊しているホテルから離れた田舎道を歩いていたのか。その理由がまったく分からないということである。つまり、元メンバーが限りなく怪しいということなのだが、何一つ主張を裏付ける証拠がなく、事故として処理された。

不審な点があるのはたしかだが、情報が足りないというのがソナタの見解だ。"上"からは、近頃連続している世界的な著名人の殺人事件という観点も含め調査せよという指示が出ている。家族の問題はこれが終わったあとに考えると決めた。これからの時間は、事件解決だけに集中しよう。

8.複眼


ジェット機が到着すると、すぐに事件現場へ向かった。そこでクライアントと合流する手筈になっている。初めて訪れた国だが迷うことはない。"上"の手配した車に乗り込むだけだ。事件の資料から移動手段に至るまで、捜査に必要なものはすべて用意されている。社員は事件を解決することだけに集中できる環境が整っているのだ。

道中は牛車や馬車とすれ違った。周りには広大な野原が広がっている。外灯がないため、夜道の運転はヘッドライトだけが頼りになりそうだ。当時の状況をできるだけ明確に想像し、目に見えている実際の景色と照らし合わせながら矛盾点を見出す。それがソナタのやり方である。

 こちらでございます。

ドライバーがそう呟き、車を止めた。ソナタはすぐに降りて辺りを調査し始める。クライアントが言うとおり、夜中にこんな何もないところで何をしていたのか?どのように行き着き何のためにここにいたのか?その理由が分からない限り、解決の糸口を掴むのは難しそうだ。現場には献花代が置かれ、たくさんの花が手向けられていた。世界的な演出家である彼を弔うため、世界各国からこの地を訪れる人が後を絶たないという。つまり、この事件の注目度は高い。ましてや、一度事故として処理されたものが覆るとなれば、メディアの格好の餌食となり、さまざまな憶測や誇張、フェイク報道が飛び交うことは容易に予測できる。もちろん事件の解決が最優先なのだが、それだけではなく、社会的な影響度合いも含め、よく考えて行動することが事件関係者には求められることになる。

9.檀那


周辺の調査を進めている最中、1台の車が近づいてきた。目の前に止まりドライバーが後部座席のドアを開けると、紺色のスーツを着た初老の男性の姿が現れ、ソナタの元へ歩み寄る。キレイなシルバーの髪はきっちり7:3に分けられ、同じくシルバーの口髭がよく似合う人物だ。背筋がピンとして堂々としている様からは、まさに"紳士"という印象を受ける。簡単に挨拶を済ますと早速事件の話を始めた。

 この事件、ソナタさんの見解は?

 …まだなんとも言えませんが、おっしゃるとおり偶然にしてはでき過ぎていますね。

 ええ。必ず真犯人を見つけて、先生の無念を晴らしてください。

 捜査に全力を尽くします。ここの調査は終わりました。次の目的地へ向かいましょう。

お互いの車に乗り込んだ。現場には特に不審な点は見当たらない。発生から時間が経っているし、警察では事故として処理されているため、血痕や破片なども片付けられていた。まだまだ情報が足りない。次はクライアントが疑っている張本人である、事故を起こした妻の夫と直接会う手筈だ。本来、本人と直接対面することは難しいのだが、"上"のネットワークが働けば、いまのところ不可能はない。程なくして、本人の自宅前に到着する。"家"というよりは"屋敷"という表現が相応しい。2台の車が入口の前で停まると、屋敷の扉が開き使用人の老人が姿を見せた。

10.栄光


老人は2人を案内した。壁や床などの内装には濃い茶色の木材が使われていて、時計やカーテン、生けられた花や花瓶など、どれをとっても主人のこだわりが感じられる。応接室まではいくつかの部屋を通り過ぎ、何人もの使用人とすれ違った。

 こちらでございます。

老人は扉を開け2人を中に誘導すると、座って待つよう促し会釈をして立ち去ろうとしたが、ソナタが呼び止める。

 すみません!お聞きしたいことがあります。

 はい。なんなりと。

 使用人の方がたくさんおられるようですが、事故の夜、奥さまはなぜ自ら買い物に出られたのでしょう?

 はい。旦那様はご自身が口にするものは、食材の調達から調理までをすべて奥さまに対応させたいというこだわりがあるのです。何でも、2人で助け合って生活していた若い頃の貧乏時代の気持ちを忘れないためとか。ですので、その日も使用人ではなく奥さまがお出かけになられたのです。

 なるほど…。あともう一点だけ教えてください。ご主人は毎晩牛乳を?

 ええ。夜はそのままお飲みになりますが、朝はシリアルにかけて召し上がります。これも何年続けている旦那様の日課です。

 そうでしたか。よく分かりました!ありがとうございました。

老人は話が終わると部屋を後にした。室内の真ん中には立派なレザーのソファとガラスのテーブル。壁際にはいくつもの表彰楯などが入った戸棚が置かれている。主人が俳優時代に受賞したものだろうか。ほかには、被害者である演出家のものと思われるサインが書かれた台本が何冊かあった。

 ふん…こんなものを飾ってるとはな。

クライアントの男性は、明らかに不満そうに呟いた。その表情からは、怒りと共に焦燥感のようなものが感じ取れる気がしたが、気のせいなのだろうか。室内を観察していると、扉をノックする音が聞こえてくる。老人がコーヒーを3つ持ち中に入ってテーブルへ並べながら、間もなく主人がやってくると告げた。ソファに戻り少しすると再び扉をノックする音が聞こえたので、入室を促すとともに2人は立ち上がる。いよいよ主人のお出ましだ。

11.同僚


ノックの後、ドアが開くと男性が部屋に入ってきた。

 こんにちは。この家の主人です。遠くからよくぞお越しで。

 こんにちは。エピソードのソナタです。よろしくお願いします!

笑顔で名刺を差し出すと、主人は表情を変えず無言で受け取った。

 先輩、お久しぶりですね。お元気そうでなによりです。

 ふん。お前も相変わらずだな。

 さあ、お二人ともどうぞお掛けになってください。

主人は、白髪混じりの黒髪で目鼻の彫りが深い。少し屈まなければ部屋を出入りできないほどの高身長の持ち主だ。クライアントもそうだが、やはり俳優出身というだけあり、端正な顔立ちである。

 この度はお時間をいただきありがとうございます。

 …普通は断るんですがね。御社からのオファーであればそうもいかないでしょう。

 それは身に余る光栄なお言葉です!

ソナタはロンドのようにわざわざ自分が子会社の人間だという説明はしない。相手にとっては取るにたらないことと判断しているからだ。反面、ロンドは細かいことでもきっちりと説明し、どこまでも正確さにこだわる。ソナタが大雑把なわけではないのだが、ここから彼らのキャラクターの違いが垣間見える。

 それでは早速ですが、事故が起きた日のことについて教えてください。

事件当日のことで資料との矛盾がないか本人によく確認したが特に不審な点はなかったので、その前後について話を聞くことにした。

 被害者とは以前同じ劇団でお仕事をされていたようですが、最後に連絡を取られたのはいつですか?

 んー…あ、そうだ。そこの戸棚に彼のサインが入った台本がいくつかあるでしょう。まだ未発表の作品のものもあってね。それが送られてきたときにお礼の電話をしたよ。

 それはいつごろですか?

 ちょうど、彼がこっちでしばらく活動することが決まったころ…。2,3ヶ月前かなぁ。その台本の作品について意見を求められたんで、こっちに来たら直接会おうって話してたんだけど、まさかこんなことになるとはね。

12.不審


 そうでしたか。それはお辛いですね…。もし可能ならその台本のコピーをとらせていただきたいのですが。

 …御社の上の方から、できるだけ協力するよう言われているからね。仕方ない。

 ありがとうございます。車で待たせている者に作業させますので、こちらへ呼んでも差し支えないでしょうか。

 ああ。どうぞ。

台本をタブレットでスキャンしている間、事件にまつわることを雑談や世間話をしながら一通り確認したが、特に気になる情報はなかった。

 本日はありがとうございました。最後に…私も朝食のシリアルが大好きなんです。毎朝欠かさずに食べられているんですね。

 ははは。うちの執事から聞いたんだね。うん、ここ何年も欠かしたことはないよ。出先にも持っていくくらいさ。

 ルーティンは心を落ち着かせますもんね。じゃあ事故の翌日も?

 さっき言ったかも知れないが、その日は一晩中妻と警察にいてね。まだ薄暗い早朝に着替えとかを取りに私だけ一旦帰宅して、腹が減ってたからすぐに食べたよ。

 いいですね。私も帰ったら食べようと思います!

ここまで話を聞いた所感としては、おかしな点が多いということ。まず、自分の妻が昔の同僚を車で轢いた事故がつい最近起きて、その内容について問われているにも関わらず、受け答えはまるで他人事のようだ。本人としては、あくまでも事故として完結しており、割り切っているのだろうか。次に、その渦中の台本については、"上"から送られた資料に記載はなかった。これまで重要な事実は漏れなく情報共有されていたのだが明らかに違和感がある。そして何より…。

13.脅威


ソナタとクライアントは夫の自宅を後にして、あらかじめ落ち合うこととなっていたカフェへそれぞれの車で向かった。これまでの捜査でソナタの中では"ある仮説"ができていて、車中ではその検証をするためタブレットを取り出し、撮影した"台本"を読み始める。中盤まで読み進めていくと、やはり彼女が予想していたシーンが見つかった。ここからは、証拠を提示して事故ではなく事件であることを証明しなくてはならない。"上"にはこれまでの捜査報告をすると共に、新たな協力を要請することにした。と、ここまでは順調に進んでいるように見えるのだが、ソナタの中には常に"違和感"があった。その正体を彼女も正確には掴めていないのだが、"極めて重大"であることを、直感的に気付いている。そして、この車が目的地に到着するまでには明確にし、対策を講じなければならないことも。まずは落ち着いてここまでの経緯を振り返り、"違和感"を解明していく-分かっている事実、今回の調査結果や関係者の発言…ソナタはこれらをパズルのように繋ぎ合わせ、真相に迫る。この推察がすべて的中しているのなら…ソナタをもってしても鳥肌が止まらないほど相手は巨大で、悪の根はとんでもなく深い。そして何より、愛する息子を一刻も早く救出しなくてはならないことを改めて心に誓った。

14.演出


2人は席についてすぐにホットコーヒーを注文した。クライアントの堂々とした態度や表情に変わりはなく、ソナタの推理にどこまで気付いているのかは推量れない。

 お疲れ様でした!これまでの調査結果と、私の見解をお話しますね。

 ええ。お聞かせ願いましょう。

 まず私が気になったのは牛乳です。

 牛乳?奥さんが買いに行ったという?

 はい。だって、旦那さんは翌朝牛乳をかけてシリアルを食べたって言ってたじゃないですか。なら、牛乳はあったってことですよね?使用人の方には買いに行かせないと言っていましたし、夜中に空いてる店はあの辺りにはないでしょうから、元から自宅にあったと考えるのが自然です。

 ほう。牛乳があったのに奥さんに買いに行かせた、と。その理由は?

 もちろん、事故に見せかけ奥さんの運転する車で被害者を殺害するためです。

 やはり私の考えは合っていたということですね。しかしどうやって?タイミングよく彼を奥さんの運転する車の前に立たせるなんて、できないでしょう。

 それが、これを使えばできてしまうんです!

ソナタはタブレットを取り出し台本の1ページをクライアントに見せた。そこには、今回の事故の経緯と類似したシーンが書かれている。閉店前にどうしても買わなければならないものがあり急いで車を走らせ事故を起こしてしまうという場面だ。注文したコーヒーが来たので2人は口をつけ一息つき、会話を続けた。

 たしかに今回の状況とよく似ているが、それが何か?

 被害者である演出家は、旦那さんからお礼の電話をした際、後日会う時にこの作品の意見がほしいと言っていたと聞きました。そこで、私はこの電話の会話内容に答えがあるではないかと思ったんです。

 うーん…まだ見えないが、2人の会話の内容なんてどうやって知るのでしょう?電話会社が提供してくれるものなんですか?

 はい。親会社からさっき通話データを受け取りました。いまここで聞きましょう。

15.油断


ソナタが被害者と主人の電話の録音データを再生すると、こんなやり取りが確認できた。

 あ、もしもし。先輩、いま電話大丈夫ですか?

 おう。台本は届いたか?

 ええ。ありがとうございます。よく読んでからまた連絡しますね。

 ああ、頼む。あと例の事故のシーンはよろしくな。

 はい、もちろん。準備万端です。本当に轢き殺さないように気をつけますね〜笑

 …思いっきりやってくれ。この作品の重要なシーンだ。生きるか死ぬか。こんなことはお前にしか頼めん。

 わかりました。○日○時、○○通りですね。ちゃんとブレーキを踏むから安心してください。

 ああ…じゃあよろしくな。

 ええ…。

クライアントは手を震わせながら耳を傾けた。再生が終わっても目を瞑り無言のままだ。さすがのソナタもクライアントの気持ちに寄り添い声をかけるのを躊躇うのかと思いきや、意外な言葉を投げかけた。

 あなたも…知っていたんですよね?

クライアントの表情はピクリとも動かない。ソナタの言葉に応じることもなく、黙り続けている。ソナタは畳み掛けるようにすぐに次の話を始めた。

 あなたは、主人の自宅で戸棚にある台本を見かけた時、こう言いました。"こんなものを飾っているとはな"と。つまり台本の存在を知り、この作品には今回の事故と類似したシーンがあることに気付いていながら、警察に話さなかったことになります。

ソナタはもう一度コーヒーに口をつけた時、自身の異変を感じた。抗えないほどの強烈なな眠気に襲われたのだ。意識を失う直前、クライアントが僅かにほくそ笑んでいるように見えたが、そのままテーブルに突っ伏してしまった。クライアントが無言のままその場を立ち去ると、入れ替わりに1人の黒いスーツの男がやってきてソナタを肩に乗せて運び出し、外に停めていた車に放り込んだ。

16.憎悪


主人と同じ劇団で出会った元女優の妻は、結婚後も演出家と逢瀬を繰り返していて、いわゆる不倫関係にあった。これに気付いた主人は怒りや悲しみや様々な感情が込み上げ、やがて怨恨へと変わり、妻を利用して演出家を殺害することにした。どうにかして自身は疑われることなく2人だけを陥れる方法を日々考えていたのだ。そんな最中、ソナタのクライアントから演出家が主催する劇団の新作発表を知らされる。主人は演出家へ脚本へのアドバイスと称して事前に"台本"を手に入れることができた。自身の作品に対する演出家の強い情熱をよく知っていた主人は、作中のシーンを利用すれば指示どおりに演出家を動かすことができると確信し、交通事故に見せかけた殺人計画を実行する。ソナタの指摘にもあったが牛乳は妻を買い物に行かせる口実で、主人が家の中に隠していた。

だが、これはコトの真相のほんの一部でしかない。同じく元劇団員のソナタのクライアントは、愛を誓い合った女性を主人と演出家に奪われた。そのときから自身を裏切った3人に復讐することだけを考えて生きてきたのである。つまりクライアントは、主人に気付かれぬよう彼を嗾け、今回の事件を起こした張本人なのだ。自身に疑いがかからぬよう緻密に計画を立てたのだが、予想外の出来事が起きた。主人が堂々と"台本"を戸棚に飾っていたこと。クライアントは焦った。元々、主人だけが犯人として捕まる証拠を準備しており、良いタイミングでそれとなく提示しようとしていたのだが、ソナタに"台本"の存在を知られてしまったため、主人だけでなく自身の関与にすぐに気付かれてしまう。

こんな経緯でクライアントはコーヒーに薬を盛ったのだが…。しかし、ソナタが感じている"違和感"はこれだけではない。それはこれからの旅で明らかになることだろう。

Chap2アントワープの事件

1.逆境


どのくらい眠っていたのだろう。頭がぼんやりしてまだ状況が理解できていない。右手に何か握っていることと、ベタベタしたものが付着していることに気付く。気怠さが激しく、このままもっと微睡んでいたいのだが、自身に降り掛かっている異変を看過するわけにはいかないようだ。床に横たわっていた体をゆっくりと起こし辺りを見渡すと、おそらく人間がソファの上で胸から大量の血と見られるものを流してぐったりしているのが目に入る。そして、自身が手に持っているおよそ凶器と見られる物体は刃渡り30cmほどの牛刀で、夥しい量の血が付着している。

何が起きているのかすぐには飲み込めなかったが、やがて彼女の中に1つの仮説が立てられた。ルンビニの事件での"違和感"は当たっていて、彼らの核心をついたのだ。だから自身を犯罪者に仕立て上げることで口を塞ごうとしているのだろう。しかし、殺さずにこんな回りくどいやり方をする理由はまだ分からない。とにかく生きている限り、愛する息子を何としてでも救出しなければならないし、ソナタ自身がこの世に生み出した職業"事件コンサルタント"を生業として生きることを決めた以上、これを全うせずに死ぬことはあり得ない。そして、いまや家族はロンド、メライ、バルカ…息子だけではなく、すべてを捧げるべきかけがいのない存在が増えた。

ソナタの気概は灼熱の太陽よりも迸り、ソナタの意志はダイヤモンドよりも硬く、ソナタの博愛は人間の真理を体現する。壊滅的な状況からすべてを取り戻す物語がいまここから始まるのだ。

2.記憶


いつ誰がここに来てもおかしくはない。拘束されてしまえば家族の救出は疎か、二度と自由に行動することすらできなくなる可能性もある。だが事件コンサルタントとして、殺人事件の被害者を無視し、自身の利益だけを優先して行動することは彼女の信念に反することだ。事件の解決につながりそうな情報を何とか短時間で見つけ出しこの場を速やかに去りたい。やるべきことはほんの数秒間で明確になり、直後に周辺の調査を開始した。

まずはスイッチを探して電気をつけると、白人で髪は明るい茶色、鼻が高く身長は185cm前後、ライトグレーのスーツを身に纏う初老の男性と見られる人物が息絶えていた。ソナタが手に持つ、凶器と思われる刃物は刃渡り30cmほどの牛刀で、被害者の傷口と刃の形状は一致していそうだ。血飛沫はあたりに散らばっており犯人は相当な返り血を浴びていると推測される。ここは50㎡ほどの長方形の部屋で、鏡と化粧台が設置されていること、弦楽器や楽譜が確認できたことから、音楽家などの演者が本番前の控え室として使用する楽屋と考えられる。

5分ほど調査をしているとハイヒールと思われる足音が聞こえてきた。どうやらそろそろ時間切れのようだ。凶器の特長や現場の状況は記憶したため、可能な限りでソナタ自身の痕跡を消し、あとは犯人の特定につながりそうな遺留品の"内容"をそのまま持ち出すこととする。室内にあるバッグには、スマホや手帳、財布、鍵、ハンカチなどが入っていたがスマホは顔認証のためロック解除はできない。財布に入っている身分証からこのバッグはおそらく被害者の私物であり、氏名や住所などの個人情報を入手できた。さらには、謎のメモ書きがありそこにはこう書かれていた。

"pfpp fff ppff fppf fppf"

そして、手帳をパラパラと捲り記載されている"内容"を見たまま脳に記録していく。これは"上"の人材開発の一環により後天的に得られたソナタの能力である。

3.草臥


やれることをすべて終えソナタは部屋を後にし、監視カメラの位置や周囲の足音、声などを気にしながら見つからないようこの建物からの脱出を図る。幸いなことに早朝なのか深夜なのか、人の出入りは多くないが、自分を殺人現場に放置した人物に常に監視されている可能性は拭いきれない。自身の衣服にGPSの類が付けられてないことは確認済みであるが最新の注意を払い行動するべきであろう。

ソナタの中で今後やることは明確であった。この事件の真犯人を探すと同時に、ルンビニの事件を含めた黒幕の存在を明らかにすることだ。それにしてもまずは栄養補給をすることが最優先事項である。何日間眠らされていたのかは分からないが、常に目眩がするほどフラフラでいますぐにでも倒れそうだ。途中トイレで手に付着した血液を洗い流すと共に水分だけは口にすることができたが、どこも消灯されて真っ暗で巨大な施設を、人目を憚りながら彷徨い続けるのはたとえソナタであっても骨が折れる。

満身創痍の状態で何とか出口と見られる扉にたどり着き外に出た。辺りはネオンの光で明るく照らされている。時間は分からないが人通りは少なくなく、ヨーロッパでよく見られる建築物の飲食店が軒を連ねていて、看板にはオランダ語が目立つ。どこでもいいので今すぐにでも店に入って食事を注文したいのだが金銭を一切持ち合わせていない。コトの経緯を説明することができない以上、警察や病院へ行くこともできないので飲食を諦め、捜査で得られた被害者の自宅と思われる住所に向かうこととした。語学堪能なソナタは道ゆく人に現在地と目的地へのルートを確認する。どうやらここはベルギーのアントワープのようだ。

4.邂逅


ソナタの服装はルンビニから変わらず、青色のトレンチコートにヒールのない黒色のロングブーツ、インナーのセーターは白色でパンツは黒色を身につけていた。この時期のアントワープの気温からするとやや薄着だし、歩きづらい格好ではないが徒歩で目指すには被害者の自宅と思われる場所は途方もない距離である。しかも、さっきまでの歩きやすい舗装された道とは異なり、真っ暗な畦道をひたすら進まなければならない。そして、数日間食事をしていないことによる栄養不足がソナタを肉体的にも精神的にも追い詰めていった。電話を借りてロンドへ助けを求めようとも考えたが、彼らにも危険が及ぶ可能性があることと、旧友からの報告のこともあり軽率な行動は控えることにした。そんな時、後ろからやってきた1台の車がソナタの横で停まり運転席から人が降りてきた。

 あなた、こんなところを1人で歩いて大変でしょう。

ブロンドでグリーンアイを持つ鼻の高い白人女性がソナタに話しかけた。身長170㎝ほどのスレンダーで美しい外見で、スキニージーンズがよく似合っている。

 私は…

すべてを打ち明けて助けを求めたい気持ちでいっぱいであったが、また罠かも知れない。適当にあしらい、目的地を目指して歩き続けるしかないのだ。しかしそんな気持ちとは裏腹に、急に目の前が真っ暗になりソナタはその場に倒れ込んでしまった。女性はソナタを抱き抱え車に乗せて運転席に戻りその場から離れ、自宅に着くとソナタを後ろから脇の下に腕を通して引き摺りながらソファまで移動させた。

ソナタはキッチンから聞こえてくる音で目を覚ました。コートは着ておらず毛布がかけられていて、目の前には飲み物とパンとサラダ、スープがフードカバーの中に収まっているのが見える。重い体を何とか起こすとカラッカラの身体が水分を欲しているのに気付く。そうしてボーッとしていると1人の女性の声が聞こえてきた。

 あら、ごめんなさい。起こしちゃったかしら。これはさっき作ったばかりだから良かったら召し上がって。…それにしてもあなた、死にそうな顔してるわよ。

 …あなたは?

何とか声を振り絞った。

 ああ。私はこの家の者よ。うちは代々みな音楽家をやっているわ。それよりも早く何か口にして温かいお風呂に入ったら?沸かしておいたから。

 音楽家?もしかしてここの住所は…

 ええ、そうだけどなんで知っているの?

5.寛大


 アントワープのある施設内でこの家に住んでいると見られる男性が亡くなっていたんです。私はその犯人を探しています。

 この家に住む男性は父しかいないわ。…警察に連絡しないってことは、あなたワケアリって感じね。ちょっと待って、いま父の写真を持ってくるから。

女性がその場を立ち去るとソナタは何とか起こしていた体をソファに横たえ目を瞑った。自身の著しい衰弱を感じ少しでも休息を取る。やがて女性が一冊のアルバムを手にして戻り、それを開いて男性を指差しソナタに確認を促した。

 ----正直にお伝えします。亡くなっていた男性はこの方に背格好や顔立ちがよく似ています。

 そう、それが事実なら父はもう…。----分かったわ、これから父や周囲の人に連絡を取ってみる。それと…まだ警察には連絡しないから安心して。ゆっくり食事してお風呂に入るといいわ。

 なぜそんなに良くしてくださるんですか?何も聞かず、私のことを疑いもせずに…。

 "どんな時、どんな人でも助けなさい"…父の言葉よ。じゃあ、ごゆっくり。私ので良ければ着替えは洗面所に置いたから。洗濯物はカゴに入れておいて。

 ありがとうございます。素敵な…お父さんですね。1つ教えください。彼は楽屋のような場所にいて、その部屋には楽器や楽譜がありましたら。職業は音楽家でしょうか?

 ええ。私が言うのもなんだけど、ハンガリー人の父は世界有数のチェリストよ。亡くなった母の祖国のベルギーに移住したけど、いつもどこかを飛び回っていて、遊んでもらった記憶があんまりないわ。そんな私もいつのまにか音楽家の道に進むようになっちゃったんだけどね。

 そうでしたか。世界的な著名人…ってことですね。

会話を終えると女性はその場を去っていった。ソナタはフードカバーを外し、スプーンを持ってスープを掬って口に運んだ。数日ぶりの食事は身体中を駆け巡り、全身に染み渡る。生き返った。テーブルの上のものをすぐにすべて平らげると、アツアツのコーヒーが提供された。ルンビニの事件を思い出したが、女性を信用して口をつける。一服をしつつ、ソファに置かれたさっきのアルバムに目を向け徐に手に取り、他人の写真を勝手に見るのに後ろめたさを感じつつページを捲っていった。後半は比較的最近のものと思われる写真、前半には女性の学生時代と思われる写真が納まっている。何枚か取り出してよく観察すると裏面には"○○○○ 7 14 友人宅にて"、"○○○○ 10 9 イタリア家族旅行"など、年月日(○○○○は西暦)や状況が手書きで記されていた。文字は手帳の筆跡とよく似ている。

改めて自宅を出てからこれまでの出来事を振り返り考察を始めた。ルンビニの事件で分かった事実…真犯人は妻でも夫でもなくクライアントであった。夫は妻を利用して演出家を殺害したのは明白だが、クライアントはこの夫妻を利用して演出家を殺害したのだ…そして、ここから先が重要。まだ推測の域を出ないが、彼一人の計画でソナタの身柄をアントワープの殺人現場まで運び込んだとはとても思えないし動機もない。その上には"黒幕"の存在があると考えるのが自然だ。ソナタはルンビニの事件の構造を以下と仮定した。

 第1階層:ターゲット
 クライアントが殺害したい人物。
 事件の被害者。

  第2階層:マリオネット
 自身の意思でターゲットを殺害した(する)
  と思い込んでいるが、実際はプランナーの
 策略により殺人を実行するよう仕向けられ
 ている人物。事件の実行犯。
 ※ルンビニの事件の実行犯は妻ではなく夫

 第3階層:クライアント
 プランナーへ殺人計画を依頼する人物。
 事件の真犯人。

 第4階層:プランナー
 クライアントへ殺人計画を授ける人物又は
 組織。一連の"著名人殺し"の黒幕。

6.傀儡


そして、昨今頻発している"著名人殺し"が同一人物又は同じ組織の計画なのであれば、この構造は共通しているのではないだろうか。先入観は良くないが今後の捜査では一つの可能性として頭の中に置いておくことにする。そんな思考を張り巡らせながらソナタは浴室へと移動しシャワーを浴び始めた。仮に今回のターゲットが彼女の父親だとしたら、プランナーの策略ではマリオネットはソナタ自身であり、きっとどこかにクライアントがいるはずだ。まずはこの"クライアント"を探し"プランナー"への手がかりを得ることにした。そして、なぜ自分がこのような状況に追い込まれたのかを紐解いていく…。

入浴を終えて指定のカゴに着ていた衣服を入れ、用意されていた部屋着に着替え、髪を乾かしてから元のソファに戻ると彼女が座っていた。感謝の意を伝えると小さく頷いたがさっきまでの元気はまるでなく意気消沈している。やはりあれは彼女の父親だったのだろうかと思い、しばらくそっとしておくことにした。その間も、ソナタは事件解決のために頭をフル回転させ、現場の映像を呼び覚まし脳内で再検証を開始する。いま持っている情報はここにしかない。どんな些細なことでも見落とさぬようソナタは集中していた。こうして、2人の会話がないまま少し時間が経過したころ女性のほうから口を開く。

 私、行ってくるわね。

 どちらへ?

 父の…遺体の確認よ。

 ----わかりました。それでは私はそろそろ失礼します。

 いいえ。ゆっくりしてくれて構わないわ。

 ありがとうございます。でも私は事件コンサルタント。事件を解決することが仕事なんです。

 事件コンサルタント?そんな職業初めて聞いたわ。でも解決するって、どうやって?

 私は事件現場から立ち去る前に可能な限り捜査をしました。そこでいくつかの手がかりを見つけたのです。

 じゃあ道すがら話を聞こうかしら。外出用の服を用意するわね。

 え?でも…

 あなた、車もなくどうするつもりだったの?

 あ、たしかに、、、そうですね!

ソナタという人物は、優れた頭脳を持つ一方で少し天然なところもあるようだ。

7.予知


2人は父親と思われる男性遺体の確認のため車で病院へ向かっていた。ソナタは女性から借りた黒いセーターとジーンズに着替え、自身の青色のコートを羽織っている。女性との身長差からセーターのサイズはやや大きく、袖は少し余っている。出発してからしばらくはお互い心を落ち着かせるためか他愛のない話を交わしていたが、いよいよ本題に入る。

 …そろそろさっきの話の続きを聞かせてもらおうかな。

 そうですね…。

ソナタは含みを持たせながらも女性の提案に賛同し、自身の推理を披露し始めた。

 私は事件現場を隈なく調べそのすべてを脳内に保存しました。

 すべて保存?

 はい。私には幼少期の訓練により"カメラアイ"…瞬間記憶能力があります。

 ん〜聞いたことあるような、ないような。どんな能力なの?

 視覚に入ったものをそのまま映像として記憶して決して忘れることがないのです。便利な反面、思い出したくないことを忘れることができないという欠点もあります。

 す、すごい能力。でも忘れられないというのも酷な話ね。

 …ええ。話が逸れてしまいましたが、そこで気になったのはバッグに入っていたリングノート式の手帳です。

 手帳か。父は今も"未来"を書いているのかしら。

 はい。珍しい日記の書き方ですよね。手帳には1日1ページを使って今年の1月1日から、事件当日である昨日だけでなく今日のことまで記されていました。

 ふふふ。まだ続けてたんだ…そう、ね。きっといまだに、毎週その1週間に起こるであろうことを予想して書いてるんだと思う。私が子供のころ、ふざけて一緒に未来を予言しようとか言って遊んでてね。私が明日は?明後日は?ってしつこく聞くもんだから、一時期自分が出張でいない1週間のことを予想して書いてくれたの。父と遊んだ数少ない記憶だからよく覚えてるわ。"未来日記"ごっこね。

 そんな出来事があったんですね。それで手帳に先のことまで書かれていた理由が分かりました。私はその"未来日記"の内容に解決の糸口あると考えています。

8.暗雲


 ところで、父が書いた字はちゃんと読めた?楽譜に指揮者の指示を書き込むときのクセで、普段の文字も殴り書きなのよね。

 確かに走り書きではありますが、きちんと読みとれます。字をキレイに書ける方が早く書かために敢えて崩しているという印象です。

男性が殺害されたと思われる日、つまりソナタが凶器と見られる刃物を握らされ殺害現場に寝かされた当日、そしてその前日と翌日、翌々日の"未来日記"にはこのように書かれている。
(○○○○は西暦、(  )内の文字は日記には書かれていない)

○○○○/12/12(前日)
今日もよく練習して疲れた。
早めに休むことにする。

○○○○/12/13(当日)
娘と食事をしながら遺産相続のことなどを話した。

○○○○/12/14(翌日)
あいつは逝ってしまった。俺にもいつ何が起こるか分からない。保険や財産のことをよく見直そう。

○○○○/12/15(翌々日)
今日は久しぶりに友人と会った。たまには昔話も良いもんだ。

 待って!私は事件の日に父と会ってないし、遺産の話はしてないわ。確かに父は最近相続のことを気にしていてよく話には出ていたけど…。

 そうですか。私の中には一つの仮説があります。それを確かなものにするためいくつか教えてください。

 仮説…?もちろん、私の知っていることはすべて答えるわ。

朝はよく晴れていて、太陽の眩しい光と冬の透き通った心地の良い空気がとても清々しく、深呼吸をすれば体の悪いものがすべて吐き出され、新鮮なものに入れ替わるような気がした。しかし、アントワープの街へ近づくにつれ、辺りは暗くどんよりとした雰囲気に一変していく。まるでこれから起こる良くないことの始まりを演出しているようで不気味だ。2人は車中から見える外の様子の移ろいに負の感覚を覚えながら、休憩と気分転換のためにガソリンスタンドに寄った。売店でホットコーヒーとお菓子を購入して事件を早期に解決させるべく推理を続けた。その際、ソナタは脳内に保存した日記の記述内容を紙とペンを使い忠実に再現して女性に見せた。

 私はこの日記を見た時に未来のことが書かれている以外にも違和感を覚えたんです。まずは年月日の書き方。しかしこれはお父さんがハンガリー人という事実を知り、納得ができました。

 ええ。ハンガリーではアジアなどと同じで年、月、日の順番に書くわ。この国とは逆ね。

 はい。次に、欠かさず日記をつけるという律儀な性格である反面、敢えて字を崩した走り書きであったこと。ただそれも、職業柄のクセということで理解ができました。ですが、実は写真を見せたもらったとき…ごめんなさい!他の写真も勝手に見せていただきました。その時、新たな違和感を覚えたんです。そしてこれは有効な手がかりに繋がると考えられます。

9.対面


車に乗り込み旅を再開する2人。目的地まであと少しのところまで来ている。そして、ソナタの推理ももうすぐ一つの結論に辿り着こうとしていた。

 さっきの"新たな違和感"って?

 それは…日付の"書き方"です。

 "書き方"?

 はい。先ほど見ていただいた日記の記述は細かい部分の書き方まで忠実に再現しました。私の記憶にも鮮明に残っているので間違いありません。しかし、日記にはあって自宅にあった写真の裏側の記述にはないものがあるのです。

 日付の数字の間に書く斜めの線…

 そうです!写真の裏側の日付にはスラッシュがありませんが、日記にはありました。一般的にこういう類は無意識に習慣化されているため、同一人物が書いたとすればその表記がバラつくことは少ないのです。このことから導き出される仮説は…

 別の人が書いたってこと?

 ええ…正確には日記に犯人がある細工をしたと私は考えています。理由は、自分に疑いの目を向けられることを避けるため。つまり、日記には犯人につながる手がかりが記述されていましたが、細工をすることで自分以外の人間に容疑がかかるように仕向けた可能性があります。

 …続きが気になるけど病院に着いたわ。まずは確認をしに行ってもいいかしら。

 もちろんです。私も同行していいでしょうか?

 あなたと知り合って間もないけどなぜだか信頼感や安心感があるわ。ぜひ一緒に来て。

 分かりました。

病院の駐車場で2人は車を降りた。どす黒く重厚感のある雨雲は、大地への光を遮り日中にも関わらず辺りを闇に包んでいる。さっきまで絶え間なく続いていた会話は完全に止まり、お互いに顔をやや強張らせながら中へ入った。女性が受付に名前を告げるとほどなくして白衣を着た男性がやってきて2人を案内する。廊下を少し進んだところで白衣の男性は立ち止まり、目の前の部屋に入るよう促された。女性が扉を開けると顔に布を掛けられた遺体が横たわっていて、白衣の男性がそれを退けると女性は静かに頷き頬に一筋の涙を流した。

10.返礼

遺体の確認後、女性は病院とのやり取りを済ませソナタが待機している車に戻った。ソナタが最初にやるべきことは決まっている。女性の父親の殺害を依頼した人物"クライアント"を探し出すのだ。病院の駐車場に車を停めたまま2人は殺害現場に残された"未来日記"の考察を再開した。

 これから先、犯人に近づけば近づくほどリスクは大きくなり、危険もより大きくなります。…それでも犯人を探しますか?

 ----あなたの職業は事件コンサルタントって言ったわよね。私でも仕事の発注はできるのかしら。

 はい。でもその前に教えてください。犯人を探す理由は何ですか?

 アハハ…復讐!----とでも言うと思った?私は真実を知りたいだけよ。

明るく振る舞ってはいるが、彼女から深い悲しみが伝わる。父親を失った直後だから当然なのだが、それとは違う…いやそれ以上の何かに彼女は気づいているからなのかも知れない。ソナタは、こんな状況でも窮地を救ってくれた彼女への恩を返したい思いが強く、何が彼女のためになるかをよくよく考えている。もちろんロンドたち家族の安全確保を第一に考えなければならないし、そのためには一連の"著名人殺し"の真相究明が重要であることも分かっている。

 もしかして…あなたにはこの事件の犯人として思い当たる人物がいるのではないでしょうか?

 …どうやら瞬間記憶だけじゃなくて人の心を見抜くことにも長けているようね。

 いえ、専門分野ではありませんよ。…それでは、私の推理の続きをお話しします。あなたの頭に浮かぶ人物と合っているのか、答え合わせしましょう。

 分かったわ。

 犯人は日記にある"細工"をした可能性があることまではお話ししました。その"細工"には、日付の間に書く線…スラッシュが大きく関係します。ヨーロッパでは"日/月/年"の順に書くのが主流ですが、ハンガリー出身のお父様の日記では、アジア圏で主流の"年/月/日"で書かれていました。そしてもう一つ…音楽家であるお父様は楽譜に指揮者の指示を書き込むときのクセで、普段から文字を走り書きすることが多かった。犯人はこの二つの条件を巧みに利用し、日記に書かれている自身につながる証拠を隠した…と、私は考えています。

 う〜ん…その答えはサッパリ分からないけど、私には1人、父や私のことをよく思っていない人物が思い当たる。でもあくまでも直感で、証拠はないの。だから父の日記が手がかりになるならとてもありがたいわ。

 そうですね。それでは私の中の"答え"をお話しします。

車を病院の駐車場に停めたまま話し込んだ。女性の自宅を朝早くに出発したが、もう時刻は夕方。天気は相変わらずどんよりとしている。まるでこれからの2人の行く末を暗示しているようだ。

11.高揚


 お父様が日付を書くとき、数字の間に線を入れないことが分かっています。たとえば、12月13日であれば"○○○○ 12 13"(○○○○は西暦)となるはずですが、日記では"○○○○/12/13となっていました。このことから、私は犯人がスラッシュを書き足した…そう考えたのです。

 スラッシュを足す?犯人の目的は何?

 足したのはスラッシュだけではありません。時には数字の"1"も足した…。

 ----ま、まさか?!2月と12月を入れ替えたってこと?!

 はい、そのとおりです♫犯人は、事件が起きた12月13日、そして前後の12月12日〜15日と2月12日〜15日を入れ替えたと私は考えています!

 たとえば…

 "○○○○ 2 13"
 にスラッシュと"1"を足して、
 "○○○○/12/13"
 に細工をした。

 そして、

 "○○○○ 12 13"
 は12の"1"は元々崩して書かれているため
 "○○○○/2/13"
 と、細工せずに読むこともできる。犯人はこのいくつかの条件を巧みに利用したんです。

 他の日付にも同じ細工をして、さらに日記に収めてある1月1日からすべてのページにスラッシュを足し、"2月12日〜15日"と"12月12日〜15日"のページを入れ替えた。日記はリングノートなので入れ替えは簡単。ちょうど12日の裏に13日、14日の裏に15日のことが書かれていたこと、そして1ページに1日の出来事が書かれていたこともこの細工を可能にした要因です♫

紙とペンで実際に書いて見せながら説明をした。自身の推理を披露する時のソナタは普段にも増して明るくポジティブな雰囲気になるのは彼女のクセだろうか。女性は最初半信半疑であったが極めて論理的なソナタの話を聞いていくに連れ少しずつ"信用"のほうに心が動く。

 たしかにそこまではあり得ない話でもなさそうね。じゃあ肝心の事件当日…2月13日のページには何と書かれていたのかしら?

 はい!いまからこの紙に書きますね♫

((  )内の数字は本当の日にち、日記には書かれていない)

○○○○/2/12(12月12日、事件前日)
ゲネプロは滞りなく終わった。
今日は早く休むことにする。

○○○○/2/13(12月13日、事件当日)
コンサートの後、久しぶりにあの子と楽屋で話した。いまだにあの時のことを引きずっているようだ…申し訳ない。

○○○○/2/14(12月14日、事件翌日)
あの子をいくつかの楽団に紹介する準備を始めた。うまくいけばいいのだが…

○○○○/2/15(12月15日、事件翌々日)
クリスマス休暇中に娘と今後のことをゆっくり話すため、たまには旅行を計画することにした。すぐに行き先を決めてホテルとレストランを予約しよう。

12.休息

 や、やっぱり?!たしかに"あの子"って書いてあったのね?

 はい。間違いありません。あなたの思い当たる人物と"あの子"は同じ人物なのでしょうか?

 ええ…父はいつもそう呼んでいたわ。彼女は私の幼馴染よ。そしてずっと一緒に音楽をやってきた親友でもある。だけどたった一回のボタンのかけ違いで、もう何年も疎遠になってしまったの。

 そうですか…良ければその"経緯"をお話しいただけませんか?

 ----分かったわ。事件に関する重要なことだからね。話しを聞くってことは、事件コンサルタントとして仕事を受けてくれるってことでいいかしら?

 はい。ただし約束してください。危険なことは決してしないと。

 もちろん…父を殺した犯人を早くこの手で捕まえたいけど、私だって命が惜しいわ。

 それでは、この事件たしかにお受けします。初めにお伝えしておきますが、あなたは命の恩人ですし、私個人としても今回の犯人を追う理由があります。ですのでお金は結構です。

ちょうどそのとき社内に"グ〜"と、大きめの音が鳴り響いた。どうやら音源はソナタのようだ。朝に少し食事をしたとはいえその前は数日間飲食をしていなかったし、今はすっかり夜で相当な時間が経過していたから無理もなかった。

 アハハ!あなたといると飽きないわね。たしかに私もお腹ぺこぺこだわ。続きはレストランで話しましょう。お金はいらないって言ってたけど、いまは無一文なのよね?食事代くらいは出させてね。

女性は豪快に笑いながらエンジンをかけて車を走らせた。ソナタは赤面しつつも暗い雰囲気が少しだけでも明るくなったことに一瞬安堵したが、すぐに頭と心を切り替えこれからの捜査方針を脳内で練り始めた。そんな雰囲気を察したのか女性は特にソナタへ話しかけることもなく黙々と運転し、やがて目的地に到着した。建物内に入り高層階行きのエレベーターに乗り込む2人…どうやら下層は美術館になっているようだ。エレベーターを降りて程なくしてレストランに着くとスタッフと女性は顔馴染みらしく少し話しをしたが、神妙な面持ちであったので父親の死を報告したのかも知れない。その後、一番奥のVIPルームへ案内された。来る途中に通った店内は白を貴重とした明るい雰囲気だったが、ここは壁や天井に茶色い木材があしらわれ、わずかな間接照明だけの薄暗くとても落ち着いた印象で、三辺の大きな窓からはライトアップされたノートルダム大聖堂、アントワープの街並みや運河を一望できる。

 このレストランは雰囲気も眺めもとても素敵ですね♫

 そうね。ここは私が一番気に入っているお店。アントワープの街並みを見ながら食事をして心を落ち着かせましょう。あ、落ち着かないといけないのは私だけ、か。

 …私にも考えるべきことがたくさんあります。このような場所に招待してくださって感謝します。ありがとう。

 昨日今日はいろいろあったわ。あなたとの出会いもその一つ。なんだか不思議な縁があるようね。さあ、お腹が空いてたらせっかくの優秀な頭脳も鈍ってしまうわ。暗くて堅っ苦しい話しはやめて、今日はたくさん食べてたっぷり寝てこれからに備えましょ。

 はい!そうですね♪今日はお言葉に甘えさせていただきます!

ソナタは女性の強さに尊敬の念を抱いた。

13.恐怖


2人はレストランを後にすると翌日のための衣服や飲食物を購入して近くのホテルに向かっていた。速やかに捜査を始められるよう女性の自宅には戻らず、この日はアントワープに留まることにしたのだ。到着してチェックインを済ませ、待ち合わせ場所と時刻だけを約束して、それぞれの部屋に向かった。ソナタは久しぶりに1人でゆっくり時間を過ごすことができたのだが、蓄積した疲労によってシャワーも浴びずそのままベッドに倒れ込み即座に意識を失う。

これまた久しぶりに夢を見た。家族の夢。ロンド、メライ、バルカ、そして愛息子の5人で幸せに暮らす日常である。これまで、おそらく人と比べて刺激の強い人生を過ごしてきたはずで、それにも耐えうる訓練も積んできたつもりだが、いくら鍛えとしても体は疲れるし心のストレスがなくなることはない。こんな時見た夢が安らぎを与えてくれたことはとても嬉しかった。明け方ふと目を覚ますとそのまま寝入ってしまったことと、一筋の涙が頬を伝っていることに気付き、同時にこんなことくらいで弱気になっている自分に意外性を感じた。かつて、家族がいなかった自分1人だけのときとは明らかに異なる心の動き----。

ソナタは約束の時刻ちょうどにホテルのロビーで待っていたが、20分ほど待ってもやって来ない。不安が過りフロントを尋ねると、2部屋分のチェックアウトが済んでいて女性はすでにホテルを後にしていることが分かった。

 それと…お客様から預かり物がございます。こちらをお渡しするようにと承っております。

その紙袋には現金と、"あなたには待っている家族がいる。このお金ですぐに会いに行って安心させてあげて。今までありがとう。"と書かれたメモが入っていた。彼女は初めからソナタに頼るつもりはなく1人で"あの子"に会いに行くつもりであったのだろう。その可能性は最初から予想できたはずだった…女性は幼馴染との関係がいまに至る"経緯"を昨晩の食事中には語らなかったのだ。今日の朝、目的地に向かう車中で話すと言って…だが悔いている時間はない。女性が幼馴染に1人で会いに行くことは明らかに危険な行為だ。ソナタはすぐさまロビーにあるパソコンで"あの子"について調べ始めた。

アントワープの著名なチェリストとその娘、そして幼馴染のことに関してはいくつかの記事があった。どうやら幼馴染は女性の父親の"楽団"に所属していたようだが、先に幼馴染が、その直後に女性が退団している。詳しい経緯は分からないのだが今回の事件に関係しているのかも知れない。退団後の幼馴染に関する記事はなく、居場所につながる情報は見つからない。ソナタは現在唯一の手がかりである"楽団"を訪ねることにした。

14.猛進


楽団を運営する会社の事務所はブリュッセルにある。ソナタは女性から預かったお金で電話をかけ、適当な理由をつけてアポイントを取った。電車移動の費用もそこから捻出する。目的地までの所要時間は1時間程度だ。

ホテルを出て真っ直ぐ駅へと向かう道中、朝の冷え冷えとした空気に全身が包みこまれ僅かに思考を鈍らせる。無意識にコートのポケットに手を入れると左手に何かを掴んだが、いまはそんなことを気にしている場合ではなく、一刻も早く女性を探し出さなければならない。彼女の命に関わる問題であり、もし最悪のケースになればソナタ自身が深い深い後悔の念に苛まれることも分かっているが、一方で、すべてが罠である可能性も忘れてはならない。女性のことを疑いたくはないが、自身が放置された殺害現場からああもあっさり脱出できて今に至るまで自由の身であること、事件の重要人物である女性と道端で遭遇したこと、その女性に助けられ"クライアント"に迫ろうとしていること…まるで何者かが描いたストーリーの登場人物のような気分であり、何もかもが仕組まれているのではないかと勘繰るのはごく自然のことであろう。だが、罠であろうが仕組まれていることであろうが、ソナタはやるしかないのだ。家族を守るため、一連の"著名者殺し"の真相に辿り着く…華奢な体にはとても収まらないほどの大きく、そして強い闘志燃やし、目をバチっと見開き一心不乱に前に突き進む。

クリスマス前のアントワープの駅は賑わっていた。人々は厚手のアウターを羽織っているが、ソナタはルンビニから予期せずこの地を訪れることになったのでやや薄着だ。当の本人はそんなことは何らお構いなく、自動券売機に並びチケットを手に入れるとブリュッセル行きの電車に乗り込んだ。座席に腰をかけると昨日女性と共に購入した軽食を口にしながら、これからのことを何パターンも想定してシミュレーションを繰り返す。安全な未来はとても想像できないが----。

15.関連


ブリュッセルに到着するとソナタは一目散に楽団の事務所へ向かった。アントワープと同じくクリスマスムードが漂い人々で溢れかえる街の中をポケットで手を温めながら早足ですり抜けていく。水辺に立ち並ぶ建物の中から目的の場所を見つけると躊躇せず門戸を開いた。受付の女性へアポイントの内容を伝えたあと程なくして男性と女性が1人ずつやってきて応接室へと通される。黒革の3人掛けのソファが向かい合わせに、間にはガラス製のローテーブルが置かれていた。部屋の奥には恐らく楽団が様々な賞を獲得した証であるトロフィーや表彰盾が格納された戸棚が設置されている。名刺交換をして腰をかけると、ソナタは事件コンサルタントの説明を簡単に済ませすぐに本題に入った。

 この度はお悔やみ申し上げます。大変な時にお時間をいただきありがとうございます。

 …だ、団長の娘からの依頼と仰いましたね。か、彼女は元気ですか?

男性は心配げに問いかけた。団長の娘であり、元は同じ楽団のメンバーだったのだからごく自然な反応である。

 とても…気丈に振る舞っていました。こんなときでも私に優しくしてくれて----。すごく感謝しています。だから恩返しがしたいのです。何とか彼女を助けたい。

 う〜ん。正直私はまだ半信半疑だわ。言葉にウソはなさそうだけど、あなたは警察でもないし、当の本人の姿はない。他意はないけどね。

女性は至ってシンプルに、そしてストレートに自身の気持ちを伝えた。言っていることは尤もであり当然の思いであろう。

 そう思われるのも無理はありません。ですが時間がないのです。団長の娘さんは容疑者の元へ1人で向かっている可能性が高い…。一刻も早く合流しなければ彼女に危険が及びます。

 ----信じられないけど話は聞くわ。"容疑者"ってのは誰なの?本当にその人が犯人なわけ?

 それは…彼女の幼馴染です。

 幼馴染?ま、まさか、ウチの楽団にいた"あの子"のこと?

 ええ。まだ証拠はありませんが、私たちの捜査線上に"あの子"が浮上したのです。

 "あの子"と団長の娘が退団したとき…楽団全体に大きな影響を及ぼした"事件"があった。そのことは今回ことと関係しているのかしら。

 まだ分かりません。でも…よろしければその"事件"について教えてくれませんか?

赤いピンヒールを履いているからではなく、ナチュラルに高身長で、パーマがかった短い黒髪、肌は黒く赤縁メガネがよく似合っている20代と見られる女性は冷静かつ正確に物事を整理している様子だ。一方、色白で金髪、少しよれたスーツに身を包み自信なさげな男性は40歳前後だろうか。とにかく今は情報がほしい。これから女性が口にする"事件"は"あの子"に辿り着くための鍵を握っているに違いない。こうして、女性は"事件"について語り始めた。

16.生立


10年以上前、団長の娘と幼馴染の家は隣同士であった。2人は同級生だったが、幼馴染は娘よりも1年早く団長の家でヴィオラのレッスンを受け始める。娘はどうも気乗りせず、両親の期待とは裏腹にほとんど楽器に触れることはなく、友人とのスポーツやテレビゲームなど音楽とは無縁の遊びに夢中だった。だが、練習のために毎日のように我が家に来る幼馴染との中は深まり、やがて親友と思い合える関係になる。最初は演奏ではなく一緒に歌を歌ったり、音楽記号を使った2人だけが分かる暗号遊びをしたりと…その影響で少しずつクラシックに興味を持ち始め、次第に幼馴染と同じヴィオラを父親から習い始めると、めきめきと頭角を現していく。

世界的なチェリストである団長の血を引く娘は、幼馴染から1年遅れて音楽の世界に飛び込んだにも関わらず、数々のジュニアコンクールで最優秀賞を獲得する。一方、音楽家庭の生まれではないが、幼馴染のセンスは目を見張るものがあり、さらには世間一般のそれとは桁違いの弛まぬ努力により中学生ながらも世界的な音楽団体から練習生としてオファーがかかるまでの実力を手にした。2人は親友として、時には良きライバルとして互いを高め合い、音楽家として少しずつ名を揚げていった。

音大生になったころ、娘と幼馴染は楽団の一員となった。大学でも楽団でも、1日中…1年中音楽漬けで、友達や異性と遊ぶこともなく青春をすべて音楽に捧げる毎日だったが、2人は2人だから頑張れたのだ。ハンガリーとベルギーのハーフで筋が通った鼻とブロンドのショートヘアがよく似合う娘は社交的で人見知りをしない。そのせいか、年頃になると男性に頻繁に声をかけられたが、団長である父親がそれを許さなかったし、当の本人も音楽に没頭していて見向きもしなかったのである。一方、腰まであるブラウンのストレートヘアの幼馴染はいつも俯き加減で団長と娘以外とはあまり積極的に会話はしなかった。対照的な部分もあるが、とにかく常に一緒にいて音楽について毎日語り合い音を奏でながら共に成長していったのだ。

その数年後…大人になった2人の信頼関係を大きく揺るがし、これまで築いてきたすべてを引き裂くきっかけとなる"事件"が起きた。

17.苦悩


ある日、世界最高峰とも言われるドイツの楽団から団長の元へ一通の手紙が届いた。内容は、1年間楽団の一員としてコンサートに出演したり他の団員から稽古をつけてもらったりと、音楽家にとっては願ってもない"練習生"の募集案内であった。楽団に認められれば正式な入団も夢ではなく、たとえ1年後に退団したとしても音楽家としての箔が付き、別の楽団からのオファーやその他の仕事につながるまたとない大チャンスである。今回声がかかったのは、団長が向こうの幹部と旧知の中であることと、娘と幼馴染の大きな功績でヨーロッパにおける楽団の知名度が大幅に高まってきたことが理由であろう。

だが、これが苦悩の日々の始まりとなった。練習生の枠は1名…候補者は娘と幼馴染の2名いる。どちらを選んでもどちらかが深く傷つくことは容易に想像できるし、2人で話し合って決めることをお願いしても関係に亀裂が入り、蟠りやシコリが残るだろう。しかも1名は実の娘であり、家族や親戚のこと、娘との今後の関係性などを考えれば考えるほど答えが出ない。回答の期限は3ヶ月後に設定されていて、途中向こうの楽団の幹部である旧友に枠を2名にしてもらえないかと懇願したが叶わなかった。このオファーを団員の誰にも伝えていない今なら、なかったことにもできるのではないかとも考えたが、2人の人生を左右する大きな決断をできないまま2ヶ月が過ぎた。

こうして悩んだ末に団長が出した結論は"オーディション"であった。課題曲を与え、演奏技術がより高いと評価されたほうをドイツの楽団へ練習生として送り出すのだ。期限が迫っていたので急いで2人に事情を説明して2週間後にオーディションをする旨を伝えると、そこから毎日共に練習を重ねてきた2人は一切話すことをやめた。大学や楽団での活動をすべて休止して毎日課題曲の演奏だけに没頭することとなる。この2週間、文字どおり寝る間も惜しんで2人は楽器を弾き続けた。

18.不穏


オーディション当日、この日のために団長が貸し切ったコンサートホールで 2人は2週間ぶりに顔を合わせることとなる。互いに両親に付き添われながら早めに会場へ入り、練習をして楽器の手入れや弦の張り具合もよく確認した。本番は夕方でまだかなり時間があったので、娘家族は気分を落ち着かせるために喫茶店へ行くことにした。本番まで対面することがないよう離れた場所に別々に用意されている楽屋を、会場スタッフに頼んで施錠してもらった。一方、幼馴染家族はずっと会場内に留まり、本番までの時間を過ごした。

娘は楽屋に戻るとすぐに最終確認のため楽器を手にして弾き始めた。まもなく時間となり、できる限りの準備はできたのであとは悔いが残らないようすべて力を出し切るだけと自分を奮い立たせ、両親と共にホールへと向かう。団長である父は審査員の1人であるため途中で別れ、母と共にステージへの通路を一歩ずつ進んで行く。娘を気遣い、あえて何も喋らずただ側で寄り添うだけであった。舞台袖に着くと遠く反対側には幼馴染家族の姿が見える。後からやってきたほかの楽団員に促され、娘は楽器を指定の位置に置いて母と一緒に舞台へ出た。同じタイミングで幼馴染は父と共に現れ4人は真っ直ぐ客席の方向へ体を向ける。

 2人とも、リラックスして聞いてほしい。これから演奏をしてもらうよ。理由はもう分かっているね。審査員の票が多い方が合格者となり、我が楽団からドイツの楽団へ"練習生"として送り出す。いいね。

 ----はい。

団長から改めてオーディションの目的が説明され、2人は声を揃えてこれに応じた。

 では、順番はコインで決めよう。裏と表を選んでくれ。

幼馴染は表、娘は裏を選択した。団長が委任した審査員のコイントスにより娘が先に演奏することになる。楽団員から舞台袖に置いてあった楽器を受け取ると、娘はステージ中央に移動して軽く音出しをした。手を止めると辺りが静まり返り空気が張り詰める。娘は弦を持つ右手と楽器を持つ左手を一度下ろし、深く息を吸って吐き出したあと、改めて両手を上げて演奏の態勢に入った。その瞬間、音を奏で始める。----娘はすぐに違和感に気付いたが途中で手を止めるわけにもいかず、最後まで弾き続け、終わったあと両手を下ろし項垂れた。

 じゃあ次…

審査員の1人がこう話し始めた時、これを遮る大きな声が聞こえる。

 バカにしないで!こんなのやり直しよ!

幼馴染は怒りを露わにしながら舞台袖からステージの中央へと駆け進む。娘は首を下げたまま動かないでいた。

19.威圧


幼馴染は無気力状態の娘から楽器と弓を取り上げると自身で音を奏で始め、30秒ほど弾いて手を止めた。

 ほら!みんななら分かるでしょう?どんどん音程がズレていくわ。この2弦をよく見て。

幼馴染は熱が冷めやらぬまま声を荒らげ舞台を降りて観客席の前の方に座っている審査員たちに娘の楽器を差し出した。彼らが2弦をよく確認すると、何かで傷をつけられたような跡が複数箇所に見られる。同時に、場内は響めきさまざまな憶測が飛び交かった。

 静かに!

見兼ねた団長の一喝によりすべて人間が声を発するのをやめ、静まり返った。

 いまはオーディションの最中だ。全員集中してほしい。さあ、次は君の番だよ。ステージに戻りたまえ。

周りと同じく多少の動揺はあるものの決して平静を装っているわけではなかった。団長として、いま優先してやるべきことを考えたうえでの言動であり、これにより他の審査員も次第に冷静さを取り戻していく。だが当人である幼馴染は未だ昂りを抑えきれず、娘は放心状態のままで、その場から動くことができなかった。そんな膠着した状況を1人の女性が動かす。コツコツとハイヒールの足音が聞こえたかと思うとステージの中央で止まった。

 さあ、弾くのよ。

 …ママ。

幼馴染は楽器と弓を持ち無表情で仁王立ちする母親の言葉によって我に返ったかのように見え、再びステージへ上がると楽器を受け取った。娘は自身の母親に肩を抱かれながらゆっくりと舞台袖に戻って行く。それはほんの数分の出来事だったのだが、審査員やスタッフにとってはまるで何時間もの長い時に感じられる。幼馴染は何とか気を落ち着かせステージ中央に立つと弦を含めて楽器や弓の状態をよく確認して、問題ないことが分かると軽く音出しをした。審査員たちは幼馴染のタイミングで演奏が始まるのをただ待ち続けている。

 始めます。

幼馴染は自身を鼓舞するためあえて口に出してから楽器を構え、音を奏で始め、さっきのことがまるでなかったかのような、非の打ちどころがない演奏をやってのけた。本当は2人目が終わったあとに1人目の演奏者もステージに戻る段取りになっていたが娘は現れなかった。

 お疲れさま。これでオーディションは終わりだ。近いうちに結果を連絡するから待っていてくれ。

団長がそう告げるとスタッフたちは撤収作業、審査員たちは審議に入るため楽団事務所に戻る準備を開始した。団長はすぐさま幼馴染の元に駆け寄りフォローに入る。

 勇気を出してあの子の楽器のことをみんなに伝えてくれてありがとう。誰にでもできることじゃない、素晴らしいことだよ。

 私は…あの子と正々堂々と勝負して勝ちたいの。そうじゃないと、これまでやってきた意味がないわ。

 あぁ、そうだな。今日は早く帰ってゆっくり休むんだよ。

そうしてメンバーは会場を後にした。団長は楽団事務所に戻り、団長室で1人オーディションのことを考えているとドアをノックする音に気付く。中に入るよう促すとそこには会場の舞台袖で係員をしてた楽団スタッフが立っていた。

20.疑惑


 おお、今日はお疲れさま。何かあったかい?

団長は優しく声をかけるが係員はずっと下を向いたまま何も応答がない。両手の拳を強く握り体は少し震えているように見える。中で話を聞こうと誘導してもそこから動こうともしなかった。

 このドアは開けておくから準備ができたらいつでも話を聞くよ。

団長は係員の両肩に指先をそっと乗せ、少し屈んでにっこり笑顔でそう伝えると自席に戻った。それから数分…数十分が経過したところで再びノックの音が聞こえる。

 失礼します。

いつもは威勢が良く楽団の中ではムードメーカーの係員は肩を落とし、声は小さく、まるで別人のような表情を見せた。顔の血の気が引いて青白く、ただごとではない雰囲気を醸し出している。

 おっ、やっと話してくれる気になったか。どうぞ、そこに座って。いまコーヒーを淹れて来るよ。

もちろん彼の異変には気付いているが、あえて明るく普段どおりに接した。団長は自室をあとにしてパントリーへ向かう。来客用のソファに腰をかけた係員は足を広げ腿に肘をつきながら頭を抱えた。自分1人では抱えきれない情報を知ってしまい心がいまにも壊れそうなのである。やがて団長が戻りテーブルにコーヒーを置くと係員の向かい側に腰をかけた。

 今日は色々あって苦労をかけたね。

 いえ。団長もお疲れさまでした。今日のことで、どうしてもお話ししたいことがあります。

 どんな話だい?

 僕は…見てしまったんです。

 何を?

 あ、あの子の母親が…だ、団長の娘さんの楽器に…細工をして、、ました。

 君は確かに見たんだね?

 はい、間違いありせん。皆さんがコイントスで演奏順を決めているとき、僕は1人で娘さん側の舞台袖の係員をしていました。そこには確かに楽器も置いてあって僕は番をしていたんです。

 …ちょっと待ってほしい。間違いがないよう、君がこれから話そうとしてくれていることを文字にして記録させてもらってもいいかな?もちろん最後に君にチェックしてもらうし、君が話してくれたということは絶対に誰にも言わないよ。

 分かりました。ご配慮はありがたいですが、これを知っているのはあそこにいた僕だけです。きっと母親も気付くことでしょう。でも、それを分かったうえで団長に伝えなければいけないと思ったんです。このままオーディションの結果が出てしまうなんて、音楽家として、人間として、僕は納得ができませんでした。

係員の固い決意は、団長へ十分に伝わった。しかし、この決意がさらに事件を複雑にしていくことをまだ誰も知らない。

21.告白


歴代の団長が使用してきた重厚感のある木製のデスクの引き出しからノートパソコンを取り出し、ソファに戻った。係員は手を少し震わせながらカップを持ち上げコーヒーを一口に含み瞳を閉じる。気を落ち着かせるよう意識しながら、話を続けるようだ。団長はパソコンを起動させ文字を入力するソフトを開き、係員が先ほど話した内容を記した。

 待たせて悪かったね。続きを聞かせてくれるかい?

 はい、もちろん。僕の持ち場である舞台袖に待機していると、反対側にいるはずのあの子の母親が現れたんです。そして僕にこう言いました。"とても気分が悪いから水を持ってきて欲しい"と。僕はその場を離れるわけにはいかなかったので、別の係員に電話でお願いしようとしたのですが、母親はそれを静止しました。

 ふむ。どのように静止したのかな?

 …高額のチップを渡されて、"ぜひ君にお願いしたい"と言われました。それで本当は良くないことと思いつつ、その場を離れ飲み物を探しに行ってしまったのです。

 そうか。良く話してくれたね。

 …舞台袖には東側と北側に出入り口がありました。僕は今回の会場にはあまり慣れていなくて、最初東側から出たのですが、たまたま目の前にいた会場スタッフの方に尋ねると、北側から出ればすぐに販売機があると教えてもらい舞台袖に戻ったんです。そしたら----。

 そこで何かを見た…?

 そ、そうです!ナ、ナイフのようなもので娘さんの楽器の弦に傷を付けている母親の姿を見ました!た、たしかに見たんです、この目で!

係員は興奮して急に立ち上がり声を荒らげた。団長はソファに腰をかけ、コーヒーを飲んで落ち着くよう促す。自身も一口含みながらこれまでのメモを見返した。

 取り乱してしまい、すみません。

 そうなっても無理はない。君はそれほど衝撃的な事実を目の当たりにしてしまったんだ。

 …はい。その時、僕は慌てて母親に何をしているのかと尋ねると彼女は走ってその場を立ち去ったのです。

 そうか、ありがとう。これ以上この話を続けるのは君に取って大変なストレスになりそうだ。あとは僕に任せて、家へ帰ってゆっくりしてほしい。

 ありがとうございます。あの、こ、この先は一体どうなるのでしょうか?

 まずはあの子とうちの娘の精神面をケアすることを最優先にしたい。そのうえで、君の話を参考にしながら、あの子の家族とも話をしてみることにするよ。勇気を出して話をしてくれて本当にありがとう。君が話してくれなければ真実に辿り着くのは難しかったかも知れない。

 わかりました。もし何かあればまた話しますのでいつでも言ってください。

 ありがとう。あ、最後に。他にこの話を打ち明けた人は?

 家族にだけは話しました。誰にも言うなと言われましたが団長にだけは話さないといけないと思ったんです。

 そうか…よく話してくれた。本当にありがとう。

そうして係員は団長室をあとにしたが、それは団長が目にした彼の最後の姿となったのである。数日後、遺体となって発見され警察には自殺と断定された。団長は彼からの告白と死に因果関係があると思い、警察へ調書を提出すると共に、一部の楽団幹部にも事のあらましを共有した。しかし、母親が楽器に細工した物的証拠はなく、自殺との関係性を立証するには至らない。その間、幼馴染は楽団を辞め、後を追うように娘も退団して、ドイツの"練習生"の話は自然消滅となる。団長が苦悩の末に出した"オーディション"は何とも悲惨な結果で幕を閉じたのだった。

22.豹変


赤縁メガネの女性は"事件"の経緯を話を終えるとカップに口をつけた。

 すっかり冷めてしまったわね。淹れ直してくるわ。

女性は立ち上がりカップを下げトレイに乗せると、赤いピンヒールをコツコツならしながら部屋を出て行った。"犯人はきっとあの子ではない?いや、あの子かも知れないし、全く無関係の人間かも知れない"…様々な考察が生まれては消え消えては生まれるが、無論、真実に辿り着くには事実を積み上げるほかなく、想像、妄想、空想、予想、推測、勘、運、思い込みの類は一切を排除しなければならない。ただし、仮説を立ててそれを立証していくことはむしろ必要で、人類は"かも知れない"からこれまでの文化を築き上げてきたのだ。そして、ただ机に向かって考えるだけでなく、常に行動することも重要なのである。

コートも脱がずに話を聞いていたソナタは左ポケットに入っている紙の裏側に要点を書き留めていて、それを見ながら赤縁メガネの女性の話を思い返し次のアクションを考え、やがて一つの仮説に辿り着いた。自信なさげな男性は足を広げ両肘を太ももに置き、組んだ手を額に付けて目を瞑ったまま動かない。

 ところで変装名人さん、いつまでそうしているつもり?

男性は体勢はそのままで、口角を上げニヤッとした笑みをこぼした。

 あの子は見たことないけど新人さんなのかしら。

 とても優秀なんだが話が長くていけないな。ゆっくり話している時間がなくなったよ。続きは車の中で。

その男性は顔を上げてそう答えると入口のドアを開け部屋を出るよう促した。自信なさげな雰囲気は消え、別人のように堂々とした男性に先導され裏口から外へ出ると、2人は目の前に止まっている車へ乗り込んだ。助手席に座ったソナタが隣の男性を見ると見知った表情の旧友へと変わっていたが、変装が解かれることはなかった。

 それにしてもあなた、よく私の居場所が分かったわね。GPSも何もかも取り上げられたって言うのに。

 何もかもぉ?俺を見くびってもらったら困るなぁ。ちゃんと君の体内に入っているじゃないかぁ。

 あなた、まさか…

23.盤石


 おや?珍しく感が鈍いなぁ。

 あんな小さい紙にGPSが混入されているなんて気付くわけないわよ…。しかも何日前の話?いつまでも体内に残るなんて恐怖ね。

 紙を飲み込んだら証拠隠滅…なんて時代はもう終わったってわけさぁ。何でも飲み込むクセ、もうやめたらぁ?

 はいはい、あなたの発明が優れているのはもう分かったわ。さあ、事件解決をしましょう。

 …ソナタ、思っているよりも状況は相当悪いんだ。まもなく君に国際指名手配がかかる。

 な、何ですって?!一体…何が起こっているの?

筋骨隆々、目尻が下がったハの字眉毛でブロンドの短髪がよく似合う旧友はどうやら喋り方のクセが強いらしい。だがシリアスな話になるとキリッとした表情でハキハキと言葉を口にする。あえて使い分けているのか、それとも素なのか…それはもはや本人にしかわかるまい。

 ネパールからベルギーへ不法入国し、最も有名な音楽家の1人を殺害してその場から逃亡した…という容疑だ。遺体とともに殺害現場にいる場面から、室内を物色して施設から脱出するまでの一部始終がSNSにアップロードされたのさ。

 何者かが私を嵌めようとしている----それは間違いないようね。

 ああ、なかなか手強そうだねぇ。このまま2人でどこかの山奥で暮らそうかぁ?

 相変わらずユーモアのセンスがないわね。とにかくいまは自分のことより受けた仕事を最後までやりきらないと。

 ははは、君らしいねぇ。だが俺が"上"を黙らせておけるのにも限界があるなぁ。警察よりも早く君を探せとの指示だよぉ。

 とんだ人気者ね。私何か悪いことでもしたのかしら?

 さあねぇ?自分の胸に聞いてみるといいよぉ。まぁとにかく、捜査は終わりにしてこれからのプランの話をしようかぁ。あとはさっきの新人が何とかしてくれるはずだしねぇ。

 新人でも彼女が正式な"上"の人間なら、この事件だけの話で言えば私の出る幕はないわ。でもいまは状況が違う。ルンビニとアントワープ…この2つの事件を紐解いてそこから得られるヒントを基に私たちは次のアクションを考えるべきよ。

 ふ〜ん。まぁ推理力に関しては君の方が格段に上なのは認めているからねぇ。次の目的地に着くまでの暇つぶしにもなるし話だけは聞こうかぁ。

 相変わらず鼻につく言い方ね!…まあいつものことね。

ソナタは彼のペースに乗せらそうになっていることに気づき我に返った。アントワープの街を後にして2人を乗せた車は田舎道をひたすらに走り続ける。警察から、そして間もなく"上"からも追われる身となるソナタと、唯一の味方である旧友の間にはどうやら強固な信頼関係が築かれているようだ。

24.良計


 ルンビニとアントワープ。そしてそれよりも前に発生した数々の"著名人殺し"には共通点がある…恐らくはこんな感じね。

 第1階層:ターゲット
 クライアントが殺害したい人物。
 事件の被害者。

  第2階層:マリオネット
 自身の意思でターゲットを殺害した(する)
  と思い込んでいるが、実際はプランナーの
 策略により殺人を実行するよう仕向けられ
 ている人物。事件の実行犯。
 ※ルンビニの事件の実行犯は妻ではなく夫

 第3階層:クライアント
 プランナーへ殺人計画を依頼する人物。
 事件の真犯人。

 第4階層:プランナー
 クライアントへ殺人計画を授ける人物又は
 組織。一連の"著名人殺し"の黒幕。

 へぇ。面白いねぇ。じゃあ今回の事件もそれに当てはまるってことかぁ。詳しく知りたいねぇ。

 その前に、私と団長の娘を引き合わせた人物の話をするわ。それは…あなたね!

 おぉ。やっぱりバレてたかぁ。

 殺人現場から脱出した直後にたまたま団長の娘と遭遇することなんてあり得ない。ってことは、唯一私の正確な居場所を知っているあなたか、私を嵌めたプランナーのどちらかの策略ってことになるわ♪

 策略なんて人聞きが悪いなぁ。なんで俺だと分かるんだい?

 目的は2つ。1つ目は私のボディガードとして。2つ目は犯人の手がかりを見つけること。

 ん〜どういうことかなぁ?話が見えないよぉ。

 あなたの"お惚け"は久しぶりね!受けて立とうじゃない♫

自身の推理を披露する時のソナタは普段にも増して明るくポジティブな雰囲気になるのは彼女のクセだろう。そして旧友の"お惚け"もまたいつものことのようだ。

 私は常にプランナーに追跡されている身。その理由も、なぜ生かされたままなのかもまだ分からないけど、方針が変わり殺される可能性だってある。あなたのことだからそれを察して彼女をボディガードに付けた。

旧友は静かにソナタの推理を聞くモードに入ったようだ。いや、これは彼のクセなのだろうか。

 もう一つは私が現場から得た情報と彼女が持つ情報を掛け合わせて、私が事件解決に繋がる手がかりを見つけ出すことを狙ったのね!実際に私は彼女の身の上話などを知ることで、ターゲットの手帳を利用したトリックを解き明かすことができて捜査は進展し、"あの子"が何らかの関与しているのではないかと仮説を立てることができた♪

 …。

 さらに、"過去の事件"についてあなたたち2人がわざわざ楽団員に扮して私に長々と語ったのも理由は同じ。警察よりもいち早く事件を解決したかった。プランナーの手がかりを得るために。警察よりも先に真相に辿り着かなければ犯人への尋問もできないし、プランナーに逃げられてしまうリスクが高まるもんね♫

 …。

25.優先


ソナタの推理が冴え渡るほど旧友のテンションはみるみる落ちていくようだ。2人を乗せた車はただただ無言で道なき道を直走る。目的地も分からぬままに…。

 お惚けの次は無言…この感覚ほんとに久しぶりだわ♫

 …。

 そして、あなたは警察だけでなく、"上"より先にも真相に辿り着こうとしているわ…だから単独行動をしている。すべては私のために…国際指名手配がかかろうとしている私を逃すのと、その手配を解除するために…ね♫

 "自分のため"とそこまで自信をもって言えるのは君らしいねぇ。でも根拠がないなぁ。想像の域を出ないし、プランナーも殺害現場からの君の動きはすべて把握しているはずさぁ。

 …もうお惚けはいいわよ。ルンビニへ行く前にあなたが私へ渡したメモには3つの目的があった。1つ目はロンドに関する調査結果の報告、2つ目は私の体内へのGPSの投与、そして3つ目は…緊急時のメッセージ♫

 ははは!肉眼でほとんど読めないような文字によく気付いたねぇ。…なんてねぇ。

 あなたはカメラアイを持つ私であれば気が付く仕掛けをした。ルンビニの前のメモには"a"、アントワープのホテルでは"b"と、ほぼ視認できないようなサイズで書き記し、この2つは同一人物…つまり、あなたからのメッセージであることを私に伝えたかった。あの紙袋がプランナーの罠ではないことを証明するためにね♫

 …。

 万が一、初見でメモを見過ごして処分したあとでも、私なら何度でも脳内で正確に再現ができるからね。こうしてあなたはプランナーに悟られることなく楽団事務所に自分がいることも暗に示すことができた。私がアルファベットに気付くことも、アントワープのホテルから楽団へ行くことも100%ではないはずなのにね。一般的には不確定要素があっても、あなたはこのやり方は私のことを熟知しているからこそってところかしら♫

 はいはい、何でもお見通しですごいねぇ。お利口お利口ぉ!

旧友は昔から、何かもずば抜けた能力を持つソナタをよく茶化した。周りのほとんどの人間はこれを妬むか、神童として崇めるかの二極化だったのだが、ロンドとこの旧友だけは対等にソナタと接してよくイジって遊んでいたのだ。

 ところで、"長話"からなんかヒントは得られたのかい?

 ええ…"ママ"のところへ連れて行ってほしい。私の仮説が正しければ、きっとそこで答えに辿り着くのに必要な最後の情報が得られるはずだわ。

 残念だけどそれはできない。君はもう"逃亡者"だ。だがいま逮捕させるわけにはいかない。君には君のやるべきことがある。

 プランナーの正体を暴き出すこと…ね。でも一度関わった事件を投げ出すなんて私の性に合わないわ!ルンビニの事件だって中途半端なままなのに----。

旧友の口調が変わり、ソナタは事の重大さを改めて噛み締めたが事件コンサルタントの仕事を全うすることもまたソナタの中では重要なことなのだ。

26.核心


 俺らの会話はさっきの赤縁メガネが聞いている。アントワープの事件の捜査は彼女に任せるんだ。

 ----殺害現場には被害者の手帳のほかにメモがあったわ。そこにはこう書かれていた。

"pfpp fff ppff fppf fppf"

 …。

 2人が幼少期に遊んでいた暗号遊びの1つじゃないかしら。さっき聞いた過去の事件の中で言ってたわね。

 その言い方だともう解読ができているようだな。

 まあね。よくある簡単な暗号よ。あのとき、団長の娘と名乗る女性に手帳のことかメモのこと、どちらを話すか迷ったわ。とても良くしてくれたとはいえ、完全に信頼できるかどうかの判断を下すには時間が足りなかった。でも情報を出さないことには事態が前に進まない。一瞬のことではあったけどそんな葛藤の末、まずは情報量が多い手帳の話を持ち出した。

 …。

 きっとこれで良かった。団長の娘にメモのことを言っていたら、彼女はすぐその意味に気付いて1人でクライアントの元へ向かっていたかも知れない。

 う〜ん、もう少し順序良く話さないと赤縁メガネがついてけないよぉ。

旧友の口調が戻った。どうやら彼は極めてシリアスな会話の時だけ語尾が伸びるクセがなくなりハキハキと話すようになるようだ。

 私はあなたの部下の教育係じゃないわ。それはあなたの仕事。そんなことより、過去の事件を知ったうえでメモにあった暗号を解けば、捜査線上に新たな人物が浮かび上がる。つまり、私は最初から"答え"につながる情報を持っていたってことね。

 へぇ。

 しかも、あなたは私に隠してることが少なくてもまだ2つある。1つは極めて重要なことよ。

 …。

 1つ目。あなたは団長の娘をボディガードとして私に近づけた。ただ一般人の彼女にそれは務まらないし、彼女自身にも危険が及ぶ可能性もある。あなたのことだから、彼女のことも私のことも守ることができる策を考えたはずよ。

 …。

 お得意の変装。彼女に代わる誰か…赤縁メガネさんなのかほかの人なのかは分からないけど、"上"の人間を彼女に変装させ送り込んだ…いや、送り込もうとした。

 おやおや、気付いていたんだねぇ。

 私を騙そうなんてあなたも偉くなったわね。私が一般人と"上"の人間の違いを見抜けないとでも?

 まぁ、そう簡単に見抜けるのは君とあと数名しかいないだろうけどねぇ。部下には厳しく教育しておくことにするよぉ。

 つまり、"上"の人間に団長の娘の変装をさせて、私のボディガード兼アントワープの事件を解決に導くパートナーとして送り込もうとした。だけど、結果的に私の元へ来たのは団長の娘本人だったということ。

 ご名答。相変わらずやるねぇ。

 2つ目。これからの私たちにとって極めて重要な事実であり、早急に明らかにすべき重大事項よ。

 …。

 いくらあなたがGPSで私の位置を特定できたとしても、団長が殺されてからその娘を私に近づけるまでの段取りをここまで素早くできるわけがない。----そう、この事件が発生することを事前に知っていない限りね!!

27.嘱託


 君はいつも話が早くて助かるねぇ。

 どういうこと?

 おや?やっぱり最近疲れてるのかなぁ?勘が鈍くなったねぇ。

 大きなお世話よ!ムダ口はいいから本題に入りなさい。

 おっとぉ…もうすぐ目的地だからねぇ。軌道修正感謝するよぉ。まずはダッシュボードを開けて、右上奥にあるスイッチを探してくれ。

旧友の言われたとおりダッシュボードの奥に手を伸ばすがすぐに突起物のようなものには触れられなかった。指先の感覚を頼りに少し時間をかて丁寧に感触を確かめると、やがて針先ほどの小さな窪みに気付く。しかしとても手指では届かないような穴のサイズである。

 スイッチか分からないけど何かの窪みがあるようね。

 その窪みの奥にあるスイッチをこれで押すんだぁ。

旧友は自分の髪の中からシャープペンシルの芯ほどの太さと長さの棒状のものを取り出した。強度は高く手で簡単に折ることはできないようだ。

 特殊な材質でできてるから、そのスイッチを起動させるにはこれでしかできないんだなぁ。

 あなたの"そういう技術"には私でも勝てないわ。

ソナタはそう呟きながら"棒"を受け取り、再びダッシュボードへ手を伸ばして窪みに突き刺す。するとダッシュボードのちょうど真上の天井の一部がパカっと開き、助手席に座るソナタの足に手のひらサイズのタブレット端末が落ちてきた。訝しむソナタを横目に旧友はタブレット端末を左手に取ると自身の指紋、虹彩、静脈を読み取らせたあと20桁の数字を声に出し、その直後に端末が起動して画面が点灯した。旧友はソナタの人体情報と新しいパスワードを端末に登録し終えると話を続けた。

 ソナタ、これがプランナーの正体に近づく鍵だ。俺はこのエリアで事件が起きる可能性があると分かっていた。"上"が開発したこのアプリによってね。

 こ、これは…予想を遥かに超えてきたわね。私もまだまだだわ。

 この端末を君に託す…何とかして著名人殺しの真相究明を進めてほしい。理屈は不明だがこのアプリの情報は正確だ。0.5刻みで表示される"星の数"を頼りに事件が発生するエリアを絞り込み捜査をする…俺らはこれまでそのやり方を繰り返してきた。星1や1.5のエリアでは一向に事件は起きないが2.5や3ではほぼ間違いなく"著名人殺し"は起きる。だが残念ながら事件を未然に防ぐまでには至っていない。いまの仲間の数でターゲットの候補者全員に24時間見張りをつけることはできないんだ。

 ま、まるで予言書ね。あなたですらも解明できないロジックを組み、"上"はこのアプリを開発した。ここについても調査が必要なようね。

 あぁ、そういうことだ。あと2つ注意をしてくれ。タブレットはその"棒"でしか操作ができないこと、そして…アプリの使用は"上"から許可されていない。それは俺が無断でコピーしたものだ。これから君と接触してくる者はすべて敵とみなし、アプリのことは決して口外しないように。今回のことで改めて感じたが、君は人を信じすぎる。

 はいはい、ご忠告ありがとうございまーす。

ブスッとした表情を見せたが自分のことを思って言ってくれることは分かっているので素直に聞き入れることにしたようだ。

 さぁお喋りは終わりだ。ソナタ…しばらく俺の支援は期待できないと思ってくれ。逃亡生活をしながら1人で捜査を続けることを託して本当にすまないが、これは君にしかお願いできないことだ。

 あなたの無茶振りはいまに始まったことではないからいまさら驚かないけど…あなたはこのあとどうするつもり?

28.媒鳥


 俺には俺のやるべきことがあるってことさ…。

辺りがすっかり暗くなるころ、2人を乗せた車は木々が生い茂る山奥へと入った。車体が見えなくなるほど密に、そして背が高く伸びた草木を掻き分け、旧友はある地点で停車した。

 時間がない。追手はすぐそこまで来ている。もう一回同じスイッチを押すんだ。

ソナタが旧友に言われたとおり実行すると後部座席の足元から音が聞こえた。足を置く部分が水平に開き、草木が生い茂る地面が露わになる。旧友は後部座席に移動してそれらを掻き分けると人間1人分がギリギリ通過できるほどの竪穴と縄梯子が見えた。

 梯子を降りた最終地点には金属の扉がある。いまから解錠するから扉の向こう側に入ったらすぐに鍵を閉めてくれ。最奥部まで進めば俺の部下が待っている。

 ----わかったわ。

 君の推理…マリオネットとクライアントが誰かを聞きたいところだったが時間切れだ。この通信機で最奥部に向かう道中、君から直接赤縁メガネに知っている限りの情報と君の仮説を話してほしい。これなら地中深くでも途切れることなく会話できる。

 …ねえ、1つ教えて。あなたはなぜそこまでして"著名人殺し"の真相にこだわるの?

 ふん。君と俺、そしてロンド…3人で交わした言葉…それを信じ続けているだけだ。さぁ!行け!この車は2分以内に爆発する!

すると団員の格好をしていた旧友は瞬時にソナタそっくりの姿へ変貌を遂げた。そのまま車を降りて鬱蒼とした森の奥へと走り出す。旧友の強い思いを胸に、ソナタは即座に縄梯子へ手足を掛け地中深くへと降りていく。50mほど下ったところで耳を劈くけたたましい砲声のような音がしたが気にせず手足を動かし続けた。縄梯子は壁面にしっかりと固定されているため影響はない。真っ暗な竪穴をさらにしばらく降るとようやく足が地面に付いた。タブレットの明かりで辺りを照らすことで辛うじて歩いて進める高さと幅の横穴を見つける。ソナタはゆっくり一歩ずつ前に足を進めた。しばらくすると爪先に何かがあたり横穴の中にガンッと音が響く。ソナタは"金属の扉"に辿り着いたのだった。

29.模糊


事件当日、幼馴染と団長は楽屋で話をした。

 本当に久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。

 団長、ご無沙汰しています。その節は母が大変なことをしてしまい、どうやってお詫びをしていいのか…申し訳ありません。

 …私にも大きな責任がある。だがいまの立場を退かないことにしたのは、その"責任"から逃げないためだ。ところでいまも音楽は続けているんだろう?

 ええ。でも今日はそのお話ではないんです。これをあの子に渡してほしくて来ました。

団長が受け取った手のひらサイズの白いメモ用紙には"pfpp fff ppff fppf fppf"と書かれていた。このあと、幼馴染はすぐに楽屋を退室し、程なくしてアントワープの事件が発生したのだ。これは、音楽記号のp(ピアノ/弱く弾く)とf(フォルテ/強く弾く)を使ったモールス信号である。モールス信号とは、短い点と長い点を掛け合わせ言葉を作ることができるもの。彼女たちはpを短点、 fを長点に置き換え幼少期に暗号遊びをしていた。

今回の暗号を読み解くと、"かれのまま"となる。つまり、"彼のママ"…誰のことだろうか。それは、幼馴染の母親ではなく、自殺したと見られる舞台袖にいた係員の母親であると考えられる。ソナタは過去の事件と暗号のメッセージを結びつけ、係員の母親が事件に関与している可能性を見出した。しかし、幼馴染がわざわざ団長宛に暗号化したメッセージを渡した理由、"彼のママ"の関与を知っている理由は、ソナタもまだ解き明かすことができていない。これ以上ソナタ自身による捜査は不可能であり、赤縁メガネの女性に託し自分のやるべきことに注力することにした。それが、息子やロンド、メライ、バルカ…大切な家族を守ることに繋がると、ソナタはもう確信している。しかし、旧友から託されたタブレットがあるとはいえ、相手の姿はボンヤリと…いや、いまの時点では見えていないと考えた方が良いだろう。そんな相手との対峙はソナタの頭脳をもってしても簡単なことではないのだ。

アントワープの事件のクライアントは"彼のママ"、マリオネットは幼馴染の母親、ターゲットは団長…仮説が正しいのであればこういうことになる。だが、この誰もが物語の登場人物に過ぎない…すべては"著名人殺し"の首謀者"プランナー"の筋書き通りにコトが進んでいるだけだ。憎悪の火種に薪を焚べ、その炎を大きく、そして黒く…深い闇の色に育てていく。こうしてクライアントやターゲットに恰も自分の意思で事件を引き起こしていると思い込ませる。これがプランナーの完全犯罪の手立てだ。ただ今回に至っては急遽ストーリーを書き直し、マリオネットの演者をソナタへ変更したようだ。なぜ彼女が狙われているのか、それもまだ謎なのである。

旧友は団長の娘の替え玉を用意しようとしたが、父親が殺害された事件の捜査に何とか協力したいという本人の達っての願いにより、自分自身でソナタと接触した。すなわち、彼女たちのやり取りにウソはなく、短い間ではあったが彼女たちの間に確かな信頼関係が芽生えたことだけは、紛れもない真実であった。

ロンドの旅Part2ソナタの旅 Chap3へ続く

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Chap3マスカットの事件

1. 手蔓


"タウン"…誰しもがそう呼んでいた。ほかにもあるのか、どこからどこまでがそうなのか、分からないことは多いのだが、確かにそこには彼らの暮らしがある。

タウンの住民は何らかの形で"上"と繋がっていることは、みんなが認識していた。ただし、"上"という組織は実体を伴わないから、組織でも個人でも誰がどう繋がっているかは世間一般の者には分からないし、"上"の存在自体を知らない。そして、何より住民であっても、詳しいことは何一つ把握できていないのだ。

タウンというくらいだから、人が生まれてから死ぬまでに必要なものは揃っている。衣食住はもちろん、病院や消防署、学校や図書館、娯楽施設や商業施設…一見普通の街となんら変わりはない。ただ、"上"との繋がりがなければタウンには住めない。それだけなのである。

先祖代々"上"と関わりをもつ一族の末裔であるソナタとロンドは、タウンで出会った。住まいが隣同士だったこともあり、同じ家族のように家を出入りして遊んだり食事をしたりして、気付けば常に時間を共にする仲になっていく。途中からは同じ学校へ通う旧友も含めて3人で一緒にいることが増えていった。

住民はみな幼少期に"上"の研究施設で適性を検査され、その結果を参考に"能力開発"が始まる。ロンドは身体能力、ソナタはカメラアイ、旧友は器用な手先…一般人とはあまりにもかけ離れた異能であるが、もちろん全員が使いこなせるわけではない。定かではないが、噂では住民の約2%がそれをもつとされている。

中でもソナタは群を抜いて全ての能力に秀でていた。小学生ながらに、同世代どころか大学生や大人までをも凌駕する知能と知性、身体能力に加えてカメラアイの異能はまさに鬼に金棒。"上"も一目を置く存在であった。クラスメイトや親たちは神童と持て囃す者が多かったが、これを羨むアンチもいた。だが、ロンドと旧友だけはソナタを特別視せず、至って普通の人として、友人として接してきたのであり、これが彼らの揺るぎない"絆"なのだ。

2.胡乱


 先生!ロンドがまた学校をサボってます。

ロンドが何か悪いことをしたら恩師に言い付けるのがソナタの役目だった。ロンドの両親は子供を自由に育てる主義らしく、何も言わない。何をしても、何をしなくても良いも悪いも言わないのだ。両親には考えがあってこんな教育方針をとっているのだろうが、幼いソナタにとってはそんなことはお構いなし。ど正論をど直球でぶつける学級委員タイプである。恩師は学校の教師ではなかったがソナタが信頼に値すると評した人物であった。世界各国で作家として名を馳せており、常に冷静沈着なだけでなく極めて博識で、知識量は見たものをすべて記憶できるソナタですらも到底敵わない。

ロンド、ソナタ、旧友の3人は恩師の家に入り浸ることも多かった。彼らにとって学校は退屈な場所であったが、ここでは見たことのない文献や映像、そして何より恩師から刺激的な体験談を直接いくつも聞くことができた。専ら"タウンの外"の話には興味津々である。早く大人になって自由に"外"を見て回りたい。そんな理想を抱きながら彼らは恩師の話に聞き入ることが多かった。

恩師の家は基本出入り自由なのだが地下室だけは違った。重厚な鍵がかけられていて、もちろん立ち入ることは固く禁じられている。その時は、作家の仕事場で誰にも触れられたくないという理由だと聞いていた。しかしこの年の子供にとってはその状況が冒険心を掻き立てる。何とかして解錠できないかと、手先が器用な旧友を中心に試行錯誤を繰り返す。だが彼らの知能と異能をもってしてもなかなか解くことができない謎であった。3人は、ここまで自宅の一室を堅牢にする理由が他にあるはずだと、一定の期間この謎解きに集中したが結局最後まで突破することは叶わなかったのだ。

 先生が考えた謎はそう簡単には解けないかぁ。

 ああ、そうだな。でも僕は小学校を卒業したら世界中の事件を解決する会社を作る。その頃までには解けない謎なんてなくなっているさ。

 ロンド…理想なら誰でも言えるわよ。きっと私たちが成長しても世の中には解けない謎はいくらでもあると思うわ。ちゃんと現実を見てね。

 ロンドがまたソナタに説教されてるねぇ。

 ははは。やるなソナタ、そういう見方があることも認めるよ。でも卒業まではあと6年もあるからね。僕ならやれるさ。

人間はのキャラクターや立ち位置は、何歳になっても変わらないものである。

3.逸品


タウンの中で人気の料理店がある。店内は小ぢんまりとしているが、提供される食事や酒は絶品で、子供から老人、様々な人種の舌に不思議と合う料理であった。3人は店主を"マスター"と呼び幼少期から慣れ親しんでいる。ランチからディナーの間は店を閉めているので、この時間帯は彼らの溜まり場と化していた。恩師宅と同じくらいの頻度でよく通っていたのである。

 マスター、僕はこの店を拡張して従業員も増やすことをお勧めする。そうすれば間違いなくもっと収益が出るよ。

 ロンド、前にも言ったがこの店のシェフは俺しかいないんだ。1人で提供できる料理の数には限界があるんだよ。

 それについては僕も前にも言ったけど、レシピを作って他の人間に技術伝承をすればいいだけさ。いずれは2号店、3号店も夢じゃない。

 分かった、分かった。コンサルタントのロンドさんの意見はちゃんと胸に留めておくよ。

 胸に留めておくだけじゃダメなんだ。アクションを起こさないと…。

 ロンド、いつも同じ話は聞き飽きたわ。マスターは私たち以上に考えていまのお店のスタイルになっていて十分に成功しているんだから、素人の…しかも小学1年生がそんな偉そうに言うもんじゃないわ。

 おっ、今日もお説教タイムが始まったねぇ。

手を後ろに組んで目を瞑りながら座っている椅子を傾けたり戻したりして暇そうにしていた旧友が興味をもつのは"ソナタはのお説教"くらいなのだろうか。

 それに俺はこの店以外にも色々やることがあってね。副業みたいなものだからこれ以上手を広げるつもりはないんだよ。

 へー…"やること"ねぇ。

タウンの住人は恩師や店主のように秘密を抱える者も多いようだ。その真相は分からないが、表の顔と裏の顔…そんなものが垣間見える場面がたまにある。それはタウンに限ったことではなくすべて人間に当てはまるのかも知れない。

4.突出


タウンの住民は生まれてから死ぬまで"上"の教育を受け続ける。小学校から能力による明確なクラス分けがあるが、最下位のクラスであっても卒業するころには全員が世界各国の最上位の大学にあっさり合格できる学力は持ち合わせている。ロンドたち3人はその中でもトップのクラスに入学したが、早々に博士課程までをクリアしたため、小学2年生で卒業した。さすがにこの前例はなかったのだが、偶々なのか、この学校は一挙に3人もの優秀な生徒を輩出したこととなる。

タウンでは、学生の身分でなくなれば"外"へ自由に出ることが可能だ。職業や居住地の制限もない。ただし、報告をしなくても"上"はすべての現住民と元住民の最新データを常に管理していて、"研修"の案内は突然やってくる。この"研修"だけは拒否することが許されていない。基本的にはオンライン講座であり、必ず"上"が提案するいくつかの項目から自身が選んで受講するというシステムだ。実はこの仕組みは非常に好評で、受講者のスキルアップや知識の習得に大いに役立っているようだ。世間一般の研修では彼らは満足できないのだから当然と言えば当然だろう。

3人は外の世界に出る選択肢もあったが、小学生が親元を離れて子供だけで生活していると分かれば、好奇の眼差しで見られることは目に見えているし、そもそも就職することはできない。だからしばらくはタウンに残り、"上"が運営する会社で働きながら今後の身の振り方を各々考えることにしたのだ。

ロンドは殺人事件専門の調査会社、ソナタはパティシエ、旧友は最新技術の研究機関でそれぞれ仕事を始めた。業務遂行のためには"外"へ出向くことも多くなり、これまでにないたくさんの経験に胸を躍らせ、充実した日々を送り数年が経過する。毎日のように暇を持て余していた3人は忙しくなり、次第に会う頻度が減っていた。

5.考察


ロンドたちが10歳になったころに開催された"上"の集合研修は、異例づくしのイベントであった。これまで個別にオンラインで行われてきたのに対し今回は複数名の対面型で、日程は長くても半日であったが10日間にも渡る長丁場だ。どうやら、直近3年間で大卒レベルの資格を得た者が対象のようで、小学2年生でそのレベルに達した彼ら3人にも声が掛かった。案内には集合場所と時間のみで、どこで行うどんな内容の研修なのかは書かれていなかった。

研修当日、家が近い3人は一緒に集合場所へ向かった。年齢により車の運転はまだ許可されていないため、片道2時間以上はかかるが、電車とバスを乗り継ぐことにした。10日分の衣類などをまとめるとかなりの量があり、一般的には小学生の幼い体にはいささか荷が勝っているように見える。こうして集まるのは久しぶりなので、仕事や"外"の世界、家族のことなど近況について話すことはたくさんあり、彼らにとってこの長距離移動は苦にはならなかった。

そして一通り話し終えると、話題は今回の集合研修へと変わる。

 これまでと違う集合研修について意見を交わすことは重要だけど、そもそも、タウンの住民は生涯"上"の研修を受け続けなければならないという仕組みの目的や理由を一緒に考える必要がある。

 ええ…。だけどそれだってどこかにルールが書いてあるわけじゃないわ。

 研修もそうだし、タウン自体が謎に包まれているねぇ。"外"のことを知れば知るほど不思議だとは思わないかい?

 うん、そうだね。宗教法人のような特定の団体に所属しているわけでもないし、世間一般からはただの街にしか見えない。でも住民はタウンと"外"を明確に分けているし、"上"という見えない何かで繋がっていることは認識している。

 まあそれしか認識できていないとも言えるかなぁ。住民は何人いるのか、ほかにもタウンはあるのか…"上"とは何なのか?何にも知らないし、分からないねぇ。

 そうね。しかも、大人の住民たちはいま私たちが話しているようなことを疑問にすら思っていない。すごい不可解なことだけど、何かここに大きなヒントがあるような気がするの。

 集団催眠や洗脳みたいなことかい?あり得ないとまでは言わないが、正確な人数は分からないにしても、これだけの大人数を広範囲かつ長期にわたってコントロールし続けるのは至難だよなぁ。

 ああ。でも先入観は捨て去らないとね。すべての可能性を前提に考えるんだ…この駅で降りてバスに乗り換えだね。さあ、行こうか。

 OK、リーダー。

 え?なんでロンドがリーダーなの?どう考えても私でしょう?

 僕ら3人はいつでも対等さ。もしこの先同じ企業や団体に所属することになれば別かも知れないけどね。そのときはソナタにリーダーを任せるよ。

 あなたに任されるんじゃなくて、私の意思でリーダーになるのよ!

 よーし、着いたぁ。荷物が重いから急ごぉ。

"上"の研修は断ることができないことは誰もが知っている。だが一方で、もし案内を無視して受講しない者はどうなるのか…それは誰も知らない。

6.境界


3人は電車を降りてバスに乗り換えた。くねくねとした山道を登って下っての繰り返しだ。タウンの敷地内なのかどうかも分からないが、訪れたことのないエリアであることは間違いなかった。集合場所まではバスを降りてから1時間ほど歩かなくてはならない。小さく華奢な体に似合わない大荷物を持った彼らには過酷な時間となることは分かっていた。

 次のバス停で降りてそこから徒歩になるね。

 もう…なんでこんなところでやるのかしら。研修なんてどこだってできるでしょう。

ソナタは明らかに不満そうな表情を浮かべた。旧友は特に表情には出ないものの、どちらかといえばこの時間を楽しんでいる様子である。

 ロンド、君の身体能力でソナタと俺の荷物も持ってくれないかなぁ?

 はは。悪いね、僕の能力はそんなことに使うために開発されたわけじゃないんだよ。

ロンドは満面の笑みを浮かべ、さわやかに旧友の申し出を断った。ソナタは元々期待していなかったようでバスが停車すると荷物を担いで一目散に降りて行く。とぼとぼと歩き始めるとすぐに雨が降ってきたので、各々持っていた折り畳み傘を差してまた足を進めた。そんな中、彼らの横に1台の車が止まる。運転席の窓が開くと10代後半から20代前半の女性が話しかけてきたので、すかさず3人は足を止めた。

 ねえ、君たち。子供だけでこんなところでどうしたの?親はいないの?

 はい。僕たちだけです。この先にある施設に向かっています。

 施設…この先に何かあるのかしら?

 ええ。この案内によればあと50分ほど歩けばあると思います。

 50分?!そんな大荷物でこの雨の中そんなに歩くの?大丈夫?

 仕方ないさぁ。それしか手段がないんだからねぇ。

 …乗って。こんな子供を見過ごしては行けないわ。

 それは助かりますが、お断りします。私たちはあなたを信用できるだけの情報を持っていません。

 思ったより君たちは大人なようね。じゃあこれでどうかしら?

女性は名刺を提示し自己紹介を始めた。その内容が本物であるかどうかまでは確かめられなかったが3人は車内をくまなく調べ他の人間も、武器や発信機の類も見当たらなかったため乗車することに決めた。

 ありがとうございます。雨も降ってきて、正直あの山道をこれ以上歩きたくなかったので助かりました。

 君たちは不思議ね。まるで大人と話しているみたい。

 …ところで、あなたはどこに行こうとしていたんですか?

 ああ、私は実家に帰る途中だったの。

 あなたは住民…ですか?

 住民?そりゃ実家の住民と言えば住民ではあるけど?

どうやら、彼女はタウンの住民ではない…もしくは、そう演じているだかなのかも知れない。

7.逐電


鬱蒼と生い茂る木々の間を抜けて4人を乗せた車は直走る。舗装されていない道を地図だけを頼りに進んでいた。なぜかカーナビで確認しても目的地である施設は出てこないのだ。とにかく3人は、とても歩きづらそうな道中を見ながら、車に乗せてもらえて幸運であったと思っていた。

 あ、もしかしたらあの建物かしら。

 そうですね。こんなところにいくつも施設はないでしょうから。

 それにしても、君たちラッキーだったわね〜。こんな道を歩かずに済んで。

 はい。ありがとうございます!乗せてもらえて良かったです。

 ヨシヨシ、素直でよろしい!

運転手の隣に座る旧友はすっかり寝入っていた。初対面の人間が運転する車で、しかもここまで来るのになかなかの激しい揺れだったはずだが、彼はそんな環境であっても眠れるタイプらしい。やがて建物の入り口らしきところに停車し3人は外に出て辺りを確認した。近くで見るとこのドーム上の施設はあまりに大きく全周が分からない。山奥には似つかわしくない巨大な人工物は誰が何のために建てたのだろうか。徒歩での移動を想定していたため集合時間まではまだ少し余裕がある。彼らは気持ちよさそうに寝息を立てている男を車に残し、辺りを探索することにした。

 で?君たちは子供だけでこんなところに何しに来たの?しかもこんな施設があるなんて私も初めて知ったわ。

 えー…勉強です!塾の合宿なんです。私も初めて来たので全く分からないですー。

ソナタのあからさまに怪しい態度にあえてツッコミは入れず、黙々と建物に沿って進んでいく。だがしばらく歩いても新しい発見はなく、戻ることを考えるとそろそろ引き返すのが良いとの判断に至った。森の中に佇む窓も扉もない鉄の塊はあまりにも不気味で、2人はこれからの"研修"にいささかの不安を覚えずにはいられなかった。

 ふう、やっと戻ってきたわね。じゃあ時間になるまで車の中で休んでいましょう。

 ありがとうございます!でもそこまでお付き合いいただくのも悪いのでお帰りになって大丈夫ですよ。

 いいわよ。大人の人に引き渡すまでが私の責任。しかも彼を起こすのはかわいそうよ。…あれ?

 いない…ですね。トイレにでも行ったかな。

車内でグッスリ眠っていたはずの旧友は忽然と姿を消したのだった。

 こ、これは…血?

8.慄然


旧友が座っていた助手席側のドア外面全体にベットリとした赤いものが大量に付着している。ロンドが鼻を近づけ確かめると血のニオイがした。ドアやその周辺をよく見ると地面も含めて飛び散ったようなあとがあるためここで人が刺されたのか殴られたのか…そんな憶測がされる状況である。

 もうすぐ時間になるね。ひとまず僕らだけでも集合場所に向かおう。そこで状況を説明して警察を呼んでもらおう。

 そうね。私たちだけで彼を探すよりそのほうが良いわ。…こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。

 そんなことより、まずは彼のことが心配だわ。私も一緒に行って探すのを手伝うわ。

 …すみません。助かります。

3人は現場を保存するため車を置いて歩いて目的地へ向かった。とは言っても案内に書かれている集合場所はすぐそばであり、そこに近づくと数名の人間が立っているのが見える。すると、明らかに子供のような小さい体格の人物が小走りで彼らの元に駆け寄ってきた。

 ロンドォ、ソナタァ、俺を置いてどこに行ってたんだぁ?

 …良かった!無事だったんだね。怪我は?

 無事ぃ?怪我ぁ?何かあったのかぁ?

 ええ、彼女の車のドアに夥しい量の血液のようなものが付着していてね。私たちはてっきりあなたの身に何かあったのかと思って心配していたの。

 おぉ、それはやばいねぇ。どっかの誰かさんが今ごろ大怪我してるのかもしれないってことかぁ。俺は見てのとおりどこも痛くないよぉ。

 まずは良かった。これからけんしゅ…合宿の事務局にお願いして警察を呼んで、現場をよく調べてもらおうと考えていたんだ。

 それならあそこの人にお願いするといいよぉ。

旧友は3人を先導して初老の女性の前で立ち止まる。ロンドとソナタが顔を見上げ目を合わせると、背筋がゾクっとなると同時にとんでもないオーラを感じ、思わず数歩後ろずさんだ。この気配は良いものではなく明らかに悪い何かだったのだが当然目に見えるものではなく、言葉で説明できるものでもなかった。だが2人が同じもの感じ取ったことだけは事実で、顔を見合わせてお互いにそれを確認しあったのだ。

 おい、2人ともどうしたぁ?この人が事務局の方だよぉ。

 …初めまして。ロンドさん、そしてソナタさん。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。噛み付くなんてことはしませんから。

若々しい透き通った声と口調で上品な言葉遣いが、より不気味さを増長させる。旧友は何も気付いていなさそうなところを見ると、必ずしも全員がこの"特別な何か"を感じ取っているわけではなさそうだ。

9.波動


 は、初めまして。あの…ここに来る時こちらの女性の車に乗せていただいたのですが、少し車から離れて戻ってくると、車体に大量の赤い液体が付いていました。人間の血液ではないかと思っています。

 それは大変ですね。すぐに見にいきましょう。

ロンドは珍しくたじろぎつつ状況を伝えた。初老の女性がほかの事務局員と見られる人間に一言告げたあと、5人は車を止めてある場所へ向かう。道中では、女性がいるため"上"に関する会話は控え、当たり障りない言葉を交わした。ロンドたちは青空の下、野鳥や虫の鳴き声が聞こえる自然豊かでのどかな風景と、気温も湿度も高くなく過ごしやすく居心地が良い環境の中で、さっきの一件がなければ平和に研修が始まっていたのではないかと思いを巡らす。

 …たしかにこれは人間の血液のようですね。この量が1人の人間から一気に噴出したのであれば致死量でしょう。

 はい。僕は殺人事件専門の調査会社に勤務していて、このような現場に遭遇することもあります。鋭利な刃物でかなり深く広範囲に斬られなければこんな風に大量の血は飛び散りません。

 ロンドさんの経歴は伺ってます。警察もすぐには来れない山奥ですし、頼りにしていますわ。

傍から見ればおばあちゃんと孫が会話しているように映るのだろうが、関係性は研修の事務局と受講者、内容は殺人事件と思われる事象の考察である。

 まずは警察と、大怪我をしている方がいるかも知れないので救急車を呼びます。あと、ここまでの経緯を話してもらいたいのであなた方には途中から研修へ参加してもらうことにしましょう…そちらの女性も飛んだことに巻き込まれてしまいましたが、止むを得ません。同行していただけますか?

 はい…分かりました。

女性は当初実感が湧いていなかったが、時が経つにつれことの重大さをヒシヒシと感じ始めた。あの時この子たちを乗せなければいまごろ…という後悔が先に立つことはない。初老の女性は事務局員へ電話をして5人のもとへ呼び寄せた。現場の見張りを彼らに任せ、警察が来るまでは建物内の居室で待機することにした。

 ねぇ、研修ってなに?塾の合宿じゃないの?

 ああ。この塾では合宿のことを研修って呼んでいる…ただそれだけのことよ。

ソナタは入口へと向かう道中に小声で話しかけてきた女性に対し至って冷静に、さも当たり前のように不可思議なことを言い切る。そんなテンションで言葉を返せば人間は案外違和感に気付かないこともある。建物の入口に着くと他の受講者と思われる人間が複数立っていた。全部で10名ほどだろうか。数名で話している者もいれば、1人の者もいる。ロンドたちは彼らを横目に初老の女性に先導されながら中へと進む。目に飛び込んだのは一般的なオフィスのエントランスだ。受付ではユニフォームに身を包んだ2人の女性が笑顔で迎えてくれた。そのまま5人は受付の隣りにある部屋へ入室する。5人ほどが座れそうな革製のソファが向かい合い、その間にはガラスのローテーブルが置かれた広めの応接室だ。

 警察の方が車で皆さんはここでお待ちください。いま飲み物を持ってきますね。どうぞお座りになって。

ロンドとソナタはここに来る間も不気味な黒いオーラを強く感じていたが、彼女も"上"による特別な訓練を受けているのだろうか。

10.反応


警察官がやってきてからは、鑑識などによる現場検証やロンドたちや事務局員からの聞き取り調査が行われた。血液が付着した車は証拠品として押収されるため、女性には代車が用意される。並行して周辺の捜索活動もされたが、凶器や不審な人物、怪我を負った者など事件に関係しそうな手掛かりは一切発見されず、一通りの確認を終えると彼らは速やかに去っていった。気付けば時は過ぎ、もうすぐ正午になろうとしている。

 じゃあ私はこれで失礼するわね。まだ事件が解決したわけじゃないし、あなたたちは呉々も気をつけて。

 はい。僕たちに関わったせいでご迷惑をかけてしまいすみませんでした。

 何度も謝らないで。私の意思であなたたちをここに送り届けただけよ。

事務局員たちは"報告"があるということでしばらく席を外していたため、3人で女性を見送ることにして共に車が停めてある場所向かう。女性は事件の顛末が気になるようで、何か進展があれば連絡することを約束してソナタと連絡先を交換した。

 送ってくれてありがとう。私の実家は近くよ。何かあったら駆けつけるから連絡してね!…って言ってもあなたたちなら私なんて足手纏いか。

 ありがとうございました。事件の進展があれば連絡します。もしかしたら犯人は近くに潜んでいるかも知れません。どうかお気をつけて。

 ええ。そうね。さっき実家に連絡して、誰か訪ねてきても絶対ドアを開けないように言っておいたわ。

 うん、それがいいねぇ。

女性は車に乗り込みシートベルトを締めるとニコッとしながら手を振り去っていった。ロンドたちも同じく、車が見えなくなるまで見送った。それにしても不可解な事件であり、車に付着した血液以外の情報は何もないため彼らも捜査を諦めた…かのように思われた。

 血痕は採取できてるね?

 あぁ、もちろぉん。

 お。ちょうど来たみたいだ。

一台の車がこちらに向かってやってきて3人の目の前で停まった。運転席の窓が数センチ開きロンドは旧友から受け取った血痕を隙間から入れるとすぐにエンジンがかかり車は去っていた。彼らはそのまま立ち話を続ける。

 挨拶もなく行っちゃったわね。

 そりゃそうさ。いつ誰に見られているか分からない。民間の、しかも殺人専門の調査会社の社員はそう簡単に素性は明かさない。自分を守るためにもね。

 違法なことも色々やってるでしょうしね。血痕の情報から誰の血液か特定するなんて民間企業じゃできないはずだわ、普通。

 …さて、あまり戻るのが遅くなると怪しまれる。監視カメラの数や位置も把握できていないから手短に状況を整理しよう。

 オーケェー。血液の状態や色から、車体に付着して間もないことが分かるねぇ。人血検査の結果は出ていないから人の血だと仮定すると、飛び散り具合や出血量からは生きている人間をお互い立った状態で鋭利な刃物で切り付けたことによるものと見られるねぇ。これだけの血が1人の人物から出たんだとしたら致死量…そして犯人もかなりの返り血を浴びているはずだぁ。

 でも警察の調べでは、凶器も人も何も出てこなかった。この事実から推測されることは…。

 よほど手際の良い者の犯行。僕らが車から離れ、そのあと君が起床して車から出て、僕らが戻るまでの数分間に被害者を現場で切りつけ、足跡などの証拠を隠滅して速やかに車に乗せ立ち去り、警察の周辺調査が及ばない遠くへ逃げ果せた。

 もしくは…まだこの近くにいるってことかしら。

 うん。もちろんその可能性もある。犯行後、倒れた被害者を担ぎこの建物内に侵入して隠れることだってできるからね。

 それにぃ…事務局や受講者の中に犯人がいるかも知れないねぇ。

 ああ。いまできる情報整理はここまでだ。うちの会社の鑑定結果が出ればかなり多くの新しい事実が分かると思う。それまでは、この建物の中に犯人がいる前提で、不審がられないように目立った行動は避けよう。じゃあ戻ろうか。

 ロンド、一つ気になることがあるんだけど…。

 なんだい?

 何であなたが仕切ってるのよ!リーダーは私でしょ?!

旧友は自分が言われたわけではないが体がビクッとなり、珍しく先頭に立ってそそくさと建物の入口へと歩き始めた。どうやらソナタの強い言葉と態度に恐れをなしているようだ。当の本人であるロンドはいつもどおりニコニコして特に気にしていない。ソナタにとってはその態度も気に入らないといった様子である。

11. 銷失


3人が建物内に入ると初老の女性が出迎えた。ロンドとソナタが思わず顔を見合わせたのは、彼女から発せられる謎の黒いオーラが消えていたからだ。2人はすぐにでも議論を交わしたかったのだがそんなわけにはいかず、平静を装い普段どおりに振る舞った。

 あら、あなたたちそんな驚いた顔してどうしたの?

2人はまた動揺した。いつもなら表情や体の動きに気を配り、心中を簡単には表に出さないようにしている。訓練を積んで体得したスキルであり、気付く者はいないのだがこの女性には通用しないようだ。それでも2人は落ち着いて対応することを心がけた。

 そんな風に見えましたか?今日は朝早くから移動して、ここに着いてからも色んなことがあったので疲れているのかも知れませんね。

 …そうね。今日は大変だったわね。そんな中で悪いのだけれど、研修のスケジュールがだいぶ遅れてしまったの。すぐにでも始めたいんだけど大丈夫かしら?

 俺たちは若いからねぇ。全然平気さぁ。

 ふふ。私からしたらあなたたちは若いどころか孫みたいなものね。2人はどう?

 ええ。問題ありません。

 はい、大丈夫です。

 そう。じゃあ私に着いてきて。他の子たちはもう集まっているわ。

4人は応接室とは反対側の入口から建物の奥へと進んでいく。廊下は薄暗くヒンヤリとしていて先は真っ暗で何も見えないが、しばらく歩くと一点の光が見えた。

 さあ、もう着くわ。

女性がドアを開けると30,40人は優に収容できる会議室のような部屋が眼前に広がった。ステージに向かって椅子が2脚に対し机が1台、20セットほど並べられていたが、前の方には10人にも満たない受講者と見られる面々が座席についている。机の上にはスマホサイズの箱が一つ置いてある。部屋の隅には先ほど見かけた事務局員が数名立っていた。3人は空いてる席に詰めて座るよう促され、彼らが着席したことを確認すると女性はステージに上がり話し始める。

 みなさん、本日はようこそお集まりいただきました。私が今回の研修の責任者を務めてさせていただきます。10日間の長いプログラムになりますが、よろしくお願いします。少々トラブルがあり、開始が遅くなったことをお詫びします。…では、時間もありませんので早速始めさせてもらいますね。

案内が一段落すると事務局員が受講者の前に軽食と飲み物を置いていく。一通り配られたことを確認するの再び口を開いた。

 本来のスケジュールであれば、夕食の時間を過ぎているのですが、どうしても今日中にみなさんに本研修の説明を聞いてほしいと思っています。お疲れの中、すみません。このあとゆっくり食事をとっていただく準備はできているのですが、遅くなってしまいましたので、よろしければいまご用意した食べ物や飲み物を召し上がりながらお聞きください。

旧友は空腹だったのかすぐに食べ物に手をつけた。気付けば昼食抜きで日中の件の捜査や考察をしていたので、お腹が空き喉も乾いているはずである。ロンドとソナタも口をつけ、ペットボトルの蓋を開けた。他の受講者は食べる者もいれば飲み物だけの者もいた。

 いまのこの時間はオリエンテーションです。研修の本番は明日からになりますので、どうぞリラックスして聞いてください。まず目的ですが、それはもちろんスキルアップです。新社会人となったみなさんには、もっともっと力をつけ、グローバルで活躍していただきたい。主催者はそんな思いから今回の特別な研修を用意したのです。

12.達意


 それではまず概要を説明します。明日から9日間で3つの"競技"に参加していただきます。1つ目と3つ目はチーム戦、2つ目は個人戦です。チームはここにいる10名の皆さんに1名、2名、3名、4名の4チームに分かれていただきます。皆さんの目の前にある箱を開けてスマホを取り出してください。起動させるとご自身のチーム名がホーム画面に映し出されます。チーム名の表示はすぐに消えますので忘れないようにしましょう。寝る時以外はスマホを肩から掛け、研修が終わるまでなくさないようにお持ちください。競技でも使いますし、事務局からの連絡手段としても利用します。ただし、受信専用でインターネットにも繋がりませんのでご留意を。代わりに、皆さんが持つ通信機器をその中に入れていただければこちらでお預かりします。

研修の"責任者"と名乗る女性は早口で淡々と必要事項を受講者に伝える。彼らは要領が良いのか特に戸惑うこともなく言われたとおりに箱を開け、チーム名を確認すると個人の端末を箱にしまった。質問や反発もなく、言われたとおりにするのは従わないという選択肢がないことを全員が理解しているからだろう。

 皆さんは理解が早くて助かります。ごく稀に研修に来られない方や、研修の内容に不満を持つ方もおられますので。

受講者たちはその者たちがどうなったのかを気にしている様子だが、一切聞くことはできず、ただただ恐れ慄くだけであった。得体の知れない"上"は確かに存在することだけは分かっているが、分かっているのはそれだけ。何も分かっていないのである。ロンドたち3人も他の受講者に合わせ、いまは目立った行動を取らないように努めた。もしかしたら受講者の中には同じく賢く勇敢な者がいるかも知れない。いや、むしろ全員がそうであって欲しい。3人はいつか同じ意思を持つ数多の仲間を集め"上"の正体を突き止め、何世代も続くこの"支配"をやめさせることを固く誓い合った同志なのだ。しかし、いまはまだ子供で仲間も3人しかいない。従うフリをしながら着実に準備を進めているところである。この研修の最大の目的は優秀な仲間をスカウトすることだった。そのため、波風を立てず悪目立ちしないことを心掛けている。

 さあ、これで今日のカリキュラムは終了です。移動して皆さんで食卓を囲みましょう。

受講者たちは1人、2人と立ち上がりロンドたちを含め全員が会場を後にした。薄暗くヒンヤリとした廊下をゾロゾロと歩き食堂へと向かう。さっきの応接室を通り過ぎて、また同じような廊下を数分歩くと光が漏れているのが見える。先頭の受講者が手をかけようとした時、ドアが開いた。

 ようこそ、みなさん!どうぞこちらへ!

10人以上はいる同じユニフォームを着た人物が声を揃えて受講者たちを迎えた。

13.異様


背筋をピンと伸ばした従業員が四方の壁際に配置されている。まっすぐ前を向き、まるでロボットのように指一本動かさない。中央には長いテーブルにつく受講者たち。まるで監視されているような気分で食事をとっていた。

 未成年の方以外はお酒も用意してます。料理も飲み物もたくさんありますので心ゆくまで楽しんでください。

一見親切とも取れる責任者の気遣いはむしろ不気味であった。受講者の中にはほとんど手をつけず遠くを見つめている者もいる。一方、ロンドたち3人はムシャムシャと一心不乱に食べ物を口に運び、時には談笑しながら食事を楽しんでいるようだ。大きな声で話しているわけではないが、この静かな空間の中ではやや目立つ振る舞いであった。責任者はフォークとナイフを使い丁寧に食べつつ、赤ワインを嗜む。時に、ゆっくりとしたこの動作でさえ、恐怖感を煽る一因となるのだ。時間が経つにつれ目の前の料理を平らげた者もチラホラ出てきたが席を立とうとはしない。指示が出るまで余計な動きをしないのはもはや暗黙の了解なのだろうか。

 みなさん、食事は楽しんでいただけましたか?お済みの方もいらっしゃいますのでお好きなタイミングでお部屋にお戻りください。係員がご案内いたします。

一刻も早くこの場を立ち去りたいと思っているのが明らかな数名の受講者たちはアイコンタクトを送り合い共に席を立った。係員が彼らに近づき、部屋まで送り届けるため先導する。ロンドたち3人は食べて飲んで喋ってと、相変わらずの様子だ。そうして10人いた受講者は半分になった。

 まだまだ料理も飲み物もありますからゆっくり楽しんでくださいね。

ロンドたちを除く2人の受講者は各々無言で食事を続けている。1人は20歳前後と見られる中東系の背が高い女性だ。華奢な体にも関わらず、次から次へと平らげては追加の料理を要求している。もう1人は同じく女性だが中学生くらいだろうか。静かにゆっくりと咀嚼しながらキレイに目の前の皿を片付けていく。

 ごちそうさまでした。

中学生くらいの女性はナプキンで口を拭き、か細い声で呟く。席を立つと係員に案内され部屋を出た。程なくしてロンドたち3人も食事を終え自身の部屋へ向かったが、背の高い女性はまだ食事を続けている。彼らは薄暗い廊下を歩き応接室まで戻ると、係員はその入口の横のドアを開けた。すると地下へと続く階段が目の前に現れたが、その先は闇に包まれている。一歩ずつ下りていくとやがて視覚からの情報は得られなくなったが、特に動じることもなく確実に足を進めていった。食事中は談笑していた彼らだが部屋を出てからは一言も声を発していない。ただ誘導に従い前に進むだけであった。数分歩き続けたところで踊り場に着くと係員は脇にあるドアを開け、3人を中へと案内する。光が差し込み長い廊下と左右にはいくつものドアが見えた。

 ロンド様にお使いいただく部屋の名前は"DARK"です。右側3つ目にございます。ソナタ様は"LIGHT"です。左側3つ目に、…様のお部屋は"SHADOW"です。右側5つ目にございます。ドアノブに手をかけていただれば開錠されます。それぞれの部屋には名前が刻印されたプレートが貼ってありますのでご確認ください。

 俺の名前がよく聞こえなかったねぇ。まぁ消去法で分かるからいいけどぉ。

 失礼いたしました。明日は7時にお迎えに上がります。お部屋には一通りの物は揃っていますが何かあれば室内にある通信機からいつでもご連絡ください。それではごゆっくり。

14.鳥瞰


3人は各々の部屋に入る。ロンドがすぐに室内を確認したところ、盗聴器や監視カメラの類はなかった。まるでホテルのスイートルームのように広く、部屋は4つ付いている。壁紙や床材は豪華で贅沢な仕様で、置かれている家具や美術品はすべて世界的に有名なブランド品やアーティストのものだ。彼の見立てではレプリカではなく本物のようだ。ここまでのレア物をどのように集めたのか、もしこのレベルの物が受講者が宿泊費する各部屋にあるとしたら…それを一つの組織若しくは個人の所有物と考えると、"すごい"の一言では到底片付けられず、鳥肌が立つほどの恐怖を感じる。いつ誰がどのような手段を使って手に入れたのか?いまはそれを考えても答えは出ないだろう。そんな思いを巡らせていると、ドアを叩く音が聞こえた。ロンドが踏み台を持ってきて覗き穴から外を見るとソナタの顔が見えた。どうやら旧友がソナタを肩車しているようだ。ロンドは2人を中に迎え入れ、彼らにとってはあまりにも大きいソファに腰をかけ会話を始めた。

 …異様だねぇ。

 あぁ。

 異様ってもんじゃないわね。この会話は大丈夫かしら?

 2人も確認したと思うけど、目につくところには盗聴器などはないようだね。だが壁や床に埋め込まれていないとは言い切れない。聞かれているかも知れない前提で、最低限必要なことだけに絞って話そう。

 そうね。ところで2人はなぜ"異様"だと思ったの?

 この美術品の数々…すべて本物だったらとても正規のルートで手に入れたとは思えないね。しかもこれだけ集めるのにどれだけのお金がかかるのかな。

 私の部屋にもあったわ。

 俺の部屋にもたくさんあるねぇ。しかも普通の研修施設とは思えない豪華絢爛なこの装飾も異常だ。

 そうなると他の受講者の部屋もそうなっているのかも知れないね。

 明日からの研修、益々嫌な予感がするわね。来る前から何かあるとは思っていたけど。

 そうだね。今日はもう休んで明日に備えようか。

 今できることはそれくらいしかないからねぇ。メシは美味くて良かったよぉ。

 ベラベラ喋ってたのは私たちだけだったわね。

 無邪気な子供だと思わせておいたほうが何かと楽だからね。あれでいいんだよ。

 実際に子供だしねぇ…。

 そうだね。じゃあ、おやすみ。

ロンドは2人が部屋から出る際、旧友だけが気付くよう隙をついてウィンクを送った。旧友は両手を肩のあたりで天井に向け"ヤレヤレ"といったポーズをしつつ、顔をニヤリとさせ応えた。彼らを見送るとシャワーを浴び、長い一日の出来事に思考を巡らせた。だがすぐにそれだけに捉われてはいけないと、自分を戒める。"上"の目的は何か。自分と親友たちはなぜいまこの状況下に置かれているのか。自分は何をしにここに来たのか。もっとさらに広い視野で、もっとさらに高い視座で考えなくてはならない。それは彼の日課でもあった。

15.淡白


翌朝、7時ちょうどに3人の部屋のインターホンが鳴った。ロンドとソナタは時間に正確で、待ち構えていたかのように部屋の扉を開け係員と挨拶を交わした。一方、旧友はいささかルーズなところがあり、特に朝が苦手で、5分経っても一向に出てこない。係員は1人1人に付いているので、ロンドたちは先に会場へ向かうことにした。

 彼は相変わらずね。

 はは。そうだね。どんな状況でも自分のペースを乱さないのが良いところさ。

 …物は言いようね。ただ単にだらしないだけとも言えるわ。

 そういう見方もあることは、僕も認識しているさ。

他愛もない会話をしながら数時間前に通った道を一歩ずつ進む。昨日の事件やこれからの研修、そして何より異様な客室のことは脳内の容量の大半を占めるホットな話題だ。もちろん不安もあるが、"上"の正体に近づけるまたとない好機と捉え、2人の胸中はむしろワクワク感が圧倒的に優っていた。

 おはようございます!!

係員がドアを開けると昨夜同様、壁際に立つ者たちが威勢よく声を発し深々と頭を下げた。数名の受講者は教室形式に並べられた席についていて、各々の机の上には朝食と思われる料理が並んでいる。見たところ、パン、オムレツ、スープ、ヨーグルトといったオーソドックスなメニューだ。ロンドとソナタも案内された椅子に腰をかけた。到着した者から適宜食事を摂るよう促されたので彼らも手をつける。そうして1人また1人と受講者たちは集まり、やがて旧友を除く9名が揃った。ソナタは斜め前に座るロンドに囁く。

 まだ来てないわね。

 そのようだね。

すっかり食事を終えコーヒーを片手に寛いでいる2人。周囲を観察しつつ、脳内ではこれまでのことを整理し、これからの計画を立てていた。

 みなさん、おはようございます。

責任者の女性は受講者たちの前に立ち挨拶をした。パーマがかった短い髪に縁が厚めの丸い眼鏡、派手な赤いジャケットとスカート、そして黒いピンヒールでばっちり決まっているという感じだ。一方、肩まである金のストレートヘアと瞳によく合う黒いジャケットとスーツ、革靴はロンドのお気に入りのスタイルだ。ソナタの腰まであるサラサラの黒髪は彼女のトレードマーク。服装にはこれといった拘りはないほうである。

 お1人まだ来られていないようですが、みなさん食事を終えられ一息つかれている様子ですので、これからのスケジュールについて連絡します。研修は9時から開始となります。会場はこちらになりますので時間になりましたらお集まりください。それまでは各自のお部屋を含め建物内で自由に過ごしていただいて構いません。研修の内容やスケジュールは後ほどご説明します。それではごゆっくり。

責任者は受講者たちから質問を求めることもなく、淡々と連絡事項を伝え終えるとすぐに会場を後にした。受講者たちが使用するドアの反対側に別の出入り口があり、事務局はそこをよく利用している。時刻は8時を回っているが、旧友の姿はない。ここまで来るともはやルーズというレベルを超えていて、"大物"とでも揶揄すればよいのだろうか。ロンドとソナタは彼についた係員のことを思うと居た堪れない気持ちになった。

 さてソナタ、食後の散歩でもしようか。

 あら?デートのお誘いかしら?

 …僕で良ければ。

 ロンド、自分に自信がない男は魅力がないわよ。

 それは君の好みの話だろう。時にはナヨナヨした人が好まれることもあるさ。

 そう…まあどうでもいいわ。行きましょう。

16.悪癖


2人は会場を後にして、ロンドの部屋へ戻った。途中、旧友の部屋の前で佇む係員を横目に。

 外との通信手段がなくなったいま、昨日の事件の調査結果をどうやって入手するの?研修が終わるまでは諦めるしかないのかしら。

 いや、犯人はこの建物内にいるかも知れない。研修が終わってしまったら事件は迷宮入りしてしまう可能性もある。

 じゃあ何か策でも?…あなた、まさか?!

 ご名答。君にしては気付くのが遅かったね。

 …私にまで秘密にしておくことはないじゃない!!

 すまない。ただ、この室内も100%安全とは言い切れないからね。リスクを最小限にしたかったんだ。

 この会話も聞かれているかも知れないわね。

 ああ…そろそろ集合時間だ。彼は普段はルーズだが、仕事となればきっちりやるタイプ…

ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえる。ロンドが外を確認してドアを開け旧友を迎え入れるとすぐに閉めた。

 首尾はどうだい?

 お前のせいで寝てないし食べてないし、係員の人には平謝りだし散々だよぉ。

 はは。それは悪かった。その感じだとうまくいったみたいだね。

 何とかねぇ。必要な道具が何もなかったからすごい苦労したなぁ。

旧友は1枚のメモ書きをロンドに手渡した。そこには付着していた血液が誰のものか、車の所有者は誰か、など事件に関する調査結果が書かれていた。ロンドは盗聴されていることを考慮し、会話をやめ情報を記憶することに徹した。ソナタにメモを渡すと彼女は一瞬見たと同時に紙を飲み込んだ。

 ソナタァ。その癖は直すことをお勧めするよぉ。体内に入れるものは安全が保証されたものだけにしないとねぇ。

 そうね。でも確実に証拠を消すには良い方法じゃない?

 僕も彼に同意だね。いつか痛い目を見るよ。

 はいはい。検討しておくわ。

3人は研修会場へ向かう。旧友は係員を先に向かわせたようで、姿はなかった。

 あぁ…眠いぃ…腹減ったぁ。今日の研修はまともに受けられないなぁ。

 チームに分かれて行う研修…どんな内容なのかしら。

 "上"がわざわざこうして何人もの受講者を集めている。きっと何か目的があるに違いない。あまりいい予感はしないね。

17.特長


3人は研修会場に到着した。昨日の事件について議論しているうちに開始時刻の直前となったため、ほとんどの受講者が着席していたる。2つの空席は、夕食で彼らと一緒に残っていた20歳前後と中学生くらいの女性だろう。8:59になると2人はほぼ同じタイミングで現れた。群れて行動するタイプではなさそうだが、ギリギリに集合するという性格は似ているのかも知れない。

 みなさん、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?

責任者は、もはや物語の中でしか使われないような朝の挨拶の定型文を声高らかに言い放つ。

 さて、それでは研修についてご説明します。まず繰り返しになりますが、みなさんには9日間で3つの"競技"に参加していただきます。1つ目と3つ目はチーム戦、2つ目は個人戦です。チームは1名、2名、3名、4名の4チームで、どのチームの所属となるかは通知済みです。3戦目を終えた時点で各個人がもつ得点をチームごとに合計し、その値により順位が決まります。2つ目の競技は個人戦と言いましたが、今回の競技はあくまでもチーム戦となるので注意してください。次に、競技名とスケジュールです。1つ目は"押し合い"で本日1日間で終わります。2つ目の"王様ゲーム"は5日間、3つ目の"推理合戦"は2.5日間、残りの半日で研修全体のレビューをしてすべてのプログラムが終わります。ここまででご質問は?

太くて黒いフレームのメガネをかけた男性の体格はまるでラガーマンやレスラーのごとく筋肉隆々で、身長は優に2mを超えているようだ。受講者の1人である彼は最後まで説明を聞く前にどうしても確認しておきたいことがあり、その右手の指先を天井に向かって高らかに挙げた。

 一つ、よろしいでしょうか!

大きな声で威勢よく堂々と言葉を放つ。責任者が"もちろん、どうぞ"と答えると質問を投げかけた。

 最終的にはチームごとに順位が決まると思いますが、そのあとはどうなるのでしょう?褒賞や罰はありますか?

 そうですね。1位のチームへの褒賞はありますが、2〜4位のチームには何もありません。褒賞の内容は最終日にお伝えします。

男性が回答への感謝の意を述べると責任者は説明を続けた。

 それでは、1つ目の"押し合い"の説明に入ります。受講者全員同時に5m四方のマスの内側に入っていただき、最後までその中に残った方が所属するチームの勝利です。勝ったチームに所属する方一人一人にポイントが与えられます。これからのスケジュールですが、いまから12時まで自由時間、12時から13時に昼食、13時から14時は自由時間、14時から15時に1つ目の競技です。自由時間は建物から出なければ何をされても構いません。…それでは解散!

18.構想


 君たちのチームは?

 私はDね。

 俺もDだねぇ。

 僕はB。

彼らは早々に会場を後にし、ロンドの部屋に集まりこの研修期間をどう過ごすか話し合いを始めた。

 1位のチームには褒賞、2位以下のチームに には何もないのかぁ…何を目指すことが正解なんだろうねぇ。

 褒賞が何かは最終日に明かすと言っていたけど、研修がすべて終わったあとなのか、終わる前なのかも分からないわ。

 不明確なことが多いから難しいけど、なるべく1位を狙える位置をキープして、そのまま1位を目指すのかやめるのかを選べるのが良いだろう。褒賞といっても僕らにとって価値のあるものが得られるかは分からないしね。

 いまの時点でこれ以上議論しても意味がなさそうだねぇ。じゃあ1つ目の競技はどうだろうぉ?腕力が弱くても勝てる見込みはあるかねぇ。俺は思いつかないけどぉ。

 どんな場所でやるのか、道具は使えるのかとか、他の条件にもよるけど単純に腕力が強い方が有利ね。あと人数。

 そうだね。僕のチームは2人、君たちは4人。だけど僕らのこの小さい体では他の受講者には到底勝てないね。

 あら?あなたは"上"の能力開発で身体能力には自信があるんでしょ?

 ちょうど能力開発プログラムが始まったばかりでね。残念ながら、映画やアニメの登場人物のようにはいかないよ。

 ふ〜ん。じゃあいつかお前は超人的パワーを手にするのかねぇ?

 さあ。人体実験のようなものだからね。失敗するかも知れないし、あまり期待はしないでおく。

 あなたは普段"上"に対しての警戒心が強いのに、これに関しては従順なのね。

 もちろん警戒していないわけじゃないさ。でも"上"でも何でも、使えるものは最大限使うのが僕の考えだからね。

 ロンドらしいねぇ。ま、話し合ってもあまり意味がないことも分かったし、俺はちょっと寝るよぉ。昨日は寝てないし次の競技は体力勝負だからねぇ。

 ああ。昨日ありがとう。

旧友はそう言いつつ、ロンドの言葉に右手をあげて応じ、部屋を出ていった。

 ところで、他の受講者と交流を持つのも競技に勝つには必要かも知れないわよ?

 そういう選択肢もあるだろうね。建物内にいれば言動は自由だからチーム同士の同盟を組むことだってできる。僕らを除く7名がどんな動きをしてるかは分からない。

 随分余裕そうだけど、勝てる見込みはあるの?

 さあ?そのとき最善だと思った行動をとるだけさ。

2人は雑談を交わしながら決められた時刻が来るのを待った。

19.初見


2人は集合時間前になると旧友の部屋のチャイムを連打し何度もドアをノックした。ようやく彼が出て来たので、3人で会場へ向かう。途中他の受講者の姿も見えたが特に言葉は交わしていない。会場に到着すると座席がチームごとに分かれていたのでそれぞれの場所に着席した。どうやらチームごとに食事をとることになりそうである。これまで同様、とても食べきれないほどの料理が彼らを囲んでいた。さきほど質問をしていた巨漢は1人のAチームのようだ。4人のDチームは20歳前後と中学生くらいの女性とソナタ、旧友というメンバー構成。Bチームのロンドの相棒とCチームの3名は姿を現さなかったが、12時1分前になると後方からドアを開ける音が聞こえ、3名の女性と1人の男性が入室した。真紅のショートヘアの女性がロンドの隣に座り、残りの3名はCチームの席につく。間髪入れずにハイヒールの音が会場に響き渡ると、責任者は受講者の前に立ち口を開いた。

 みなさんお揃いのようですね。それでは競技の前にしっかり力をつけてください。ゆっくり食事をとって、休んで14時にまたここに集まってください。建物を出なければ、メンバー同士の仲を深めるのも、1人で考えごとをするのも自由です。ではのちほど。

いつものようにマイクが不要なほど大きくハキハキと言葉を発すると、彼女は食事をせず会場を出て行った。Cチームは彼女と同じく何も手をつけずにその場を去っていく。巨漢はすぐに皿一杯に料理を盛り付け食事にありついたが、BチームとDチームはメンバー同士で言葉を交わす時間となっているようだ。

 昨日から気になっていたけど、どうみてもまだ子供よね?あなたの友達2人も含めて。

 ええ。今年で9歳になります。彼女たちは幼馴染で同じ年齢です。

 この研修の受講者ってことは、その年で博士号まで?

 あ…は、はい。

 嫌になっちゃうわね。私なんて浪人も留年もしてもう30歳よ…。あなたは"上"の特別な開発プログラムでも受けたのかしら。

 いえ。僕らはそれぞれ開発プログラムには参加していますが、勉学とは異なるものです。

 そう。とりあえずよろしくね。最初の競技は私たちに勝ち目はなさそうだけど、頑張りましょう。ま、負けるが勝ちってこともこの研修ではありそうだけど。

 ええ。冷静な方で良かったです。見極めながら対応していきましょう。ところで、あなたはこの研修について何かご存知なんですか?

 …な、なんで?

 この研修の受講者は博士号の資格を持っているという趣旨の話をされたので。少なくとも僕はそんな条件があることを聞かされていません。"上"の指示どおりここまで来ただけです。

ロンドは常に笑顔を絶やさず、でも飄々と淡々と他者と交流する。きっと意識しているわけではなく、これが彼のスタンダードなのだろうが、良く知るソナタや旧友から見ればやや不気味に映る。多くの時間を共にするかれらであっても感情が揺さぶられるような姿は見たことがない。真紅の髪の女性はロンドから質問を受けたとき明らかな動揺を見せたが、適当に遇らい本質的な答えを示すことはなかった。ここに何かヒントがあるのかも知れないと思いつつ、ロンドは彼女との雑談を続ける。

20.策略


こうして各チームはそれぞれの時間を過ごし、やがて定刻を迎えた。早めに会場入りしていた責任者が満を持して再び登壇し口を開く。

 それでは1つ目の競技を始めさせていただきます。最初にお伝えしますが、Cチームの皆さんから体調が優れないため棄権されたいとの申し出がありました。原則棄権は認められないのですが、最初の競技は特に体力を使いますし、他の受講者の皆さんへの感染防止を優先するということで許可しました。お三方には部屋でお休みいただいています。しかしながら、体調不良が理由とはいえ不参加に対するペナルティがないのは不公平ですので、Cチームのみなさん1人1人にマイナス10ポイントずつを与えることにします。ここまでで皆さんから何かありますか?

これはどの程度のペナルティなのか、そもそも競技に勝利するのが本当の意味での勝利なのか、他にもこのような"原則"があるのか、Cチーム全員が体調不良なのか…疑問は絶えないだろうが、一つ一つを確認する時間はないと判断したのか、誰一人として質問するものはいなかった。

 ないようですので進めさせていただきます。これから行っていただく"押し合い"のルールは単純明快です。皆さんにはこれから隣の会場へ移動していただきます。そこには赤いテープで囲まれたエリアがあり、最後までそのエリア内にいた方が所属するチームに60ポイントを与えます。与えられたポイントはチームのメンバーへ平等に割り振られます。つまり、Aチームが勝てばお一人にそのまま60ポイントが、Dチームの場合はお一人15ポイントずつが加算されるということです。次に、時間制限についてです。結論から言うと時間制限はありません。お手洗いや食事もできませんのでご留意ください。最後に、ペナルティですが道具を使うことと、暴力は禁止事項です。押したり抱き抱えたりしてエリアの外へ相手を出すことは良いですが、殴る蹴るなどの行為はやめましょう。これを逸脱した方にはその度合いによってペナルティが与えらますのでお気をつけください。また、棄権や自身の意思でエリア外に出る行為にもペナルティが課せられます。説明は以上です。質問がなければ早速移動して競技を始めさせていただきます。

先ほど同様受講者からの質問はなかったため彼らは係員の誘導に従い移動した。手洗いや食事の制限、さらには棄権も禁止されているというルールには違和感や恐怖感を抱く者も多かったようだが"上"のことを知る受講者たちはそれを受け入れるしかなかったようだ。最初の説明のとおり5m四方の囲いが用意されていて、エリア内に入るよう促される。全体はいままでいた会場と同じような広さで、変わらず大勢の係員が壁を背に"休め"の姿勢で待機しており、非常に不気味である。

21.翻弄


 皆さんが枠内に入ったことを確認しました。それでは準備はよろしいですね?

責任者は枠内の受講者たちを一通り見渡し、特に異論を唱えるものがいないことを確認した。

 スタート!

それは突然のことであった。これまではゆったりとした時間が流れ、豪華な食事や宿泊施設、一人ひとりに割り当てられた係員…受講者にとってはとても充実したもてなしてあった。だが今回の目的である"研修"が始まると事務局の目の色や表情は一変した。表情が消えた彼らの素顔は不気味で、まるで同じ形のマスクを被っているようだ。

 行くよ!

真紅の髪の女性の声を合図に1人を除く全員が走りだす。ロンドはチームメイト、さらにはDチームの4名へ事前に打診をしていた。会場を移動する束の間を利用して、まずはAチームの巨漢の男を全員で狙おうと持ちかけたのだ。どう考えても巨漢の男を2,3人の力でどうにかできるものではなく、増してやBチームとDチームのメンバーには女性と子供しかいない。6人で力を合わせたとしても分が悪いのは明白である。巨漢の男はこの展開を予想していたのか、特に驚くこともなく6人と対峙することをすんなり受け入れた様子だ。彼らは全員で巨漢の左足にしがみつく。殴ったり蹴ったりすることは禁じられているため、男は彼らを手で引き剥がそうと必死に抵抗しつつまずは非力な子供たちを1人ずつ場外へつまみ出そうとしていた。3人は小さい体を利用して彼に捕まらないよう上手く身を翻し逃げ回る。その時、小学生に気を取られている隙をつき、大人2人と中学生は助走を付け全力疾走をして男の足にタックルした。さすがによろめいた男にトドメをさそうと、6人は力を合わせさらに体を押すと、大きな声と共に男は倒れ、体の一部が赤枠の外に出てしまった。

22.圧倒


巨漢が倒れた直後、次の戦いは始まっていて、2対4の構図となったソナタのチームは圧倒的に有利だ。だが、勝負は呆気なく幕を閉じたのである。ロンドは素早い身のこなしとその身体からは想像できないほどのパワーで4人を次々に場外へと突き出したのだ。ずっと表情を変えなかった責任者もこの出来事には度肝を抜かれたようで、驚きを隠せない様子であった。

 そこまで。1つ目の競技はBチームの勝利です。2人には30ポイントずつが付与されます。18時に隣の会場へ集まってください。皆さんで夕食をいただきましょう。それでは解散。

一方的にそう言い放つと責任者はコツコツと甲高い足音ともに数名の取り巻きを連れて去って行った。巨漢はショックを受けているようで寝転んだ状態からいまだに起き上がらないが、ロンドに突き飛ばされた4名はすぐに立ち上がり自室へと足を進めようとしていた。ロンドのチームメイトである真紅の髪の女性は頭が追いついていないようで呆然と立ち尽くしていた。

 僕らの勝利ですね。お疲れさまでした。

 あ、あなたのそれは…"上"の能力開発?

 ええ。身体能力を少々。

 …ロンド!!

チーム内で話をしていると別のところから苛立ちを含んだ声が聞こえた。

 あなたがこんなに卑怯な男とは知らなかったわ!なぜ最初に言わなかったの?

 はは。これは競技だよ?敵に手の内を明かす選手がどこにいるんだい?

 ロンドォ。やっぱお前性格悪いんだなぁ。

ロンドは左手の人差し指を立て、少しドヤっとしながら自信満々な笑みを見せている。どうやら彼にはまったく悪気はなく、たとえ親友であっても勝負の世界では相手の意表をつくことは重要で、ただそれを実行したに過ぎないといった感じだ。ただソナタと旧友は本気で怒っているわけではなく、ロンドらしい振る舞いをむしろ楽しんでいた。しかし3名の受講者はそうではなく、状況をすぐに飲み込めていないようだが、少なくとも真紅の髪の女性は"上"の能力開発の存在を知っているため徐々に理解が追いついてきたように見える。

 2人とも、部屋に戻るわよ!

とはいえ、敗北したことによりソナタはイライラしているので男友達の2人は素直に従って会場を後にした。他の3人の受講者を残して。

23.遊戯


 お前の身体能力は一体どうなってるんだぁ?

 多くの人と比べて少し早く動けるのと、力が少しあるって感じかな。"上"の人体実験に付き合ってあげてるんだよ。

 体に影響はないの?

 うん、いまのところは…ね。ただ僕は能力開発という名の人体実験だと捉えているよ。"上"が何を目的にこんなことをしているのかを突き止める必要はあるね。

 お前はその調査のために自ら実験台を名乗り出たっていうのかぁ?

 はは。単純に興味があったってのが一番の理由かな。

 それで?自分を犠牲にした結果、何か分かったことはあるの?

 まあまあかな。いずれ役に立つ時があると思うよ。

 へぇ。詳しいことは俺たちにも言わないんだねぇ。

 いまはね。きっと僕の経験が役に立つ時がくるさ。君たちは嫌でもそこで知ることになるよ。

 含みを持たせるわね!まあ別にそんなに知りたいわけでもないからいいけど!

そんな話をしつつ部屋へ戻る途中、3人が持つ携帯電話が鳴動した。次の競技の説明が書かれたメールを受信したようだ。どうやら数日にわたり、やや難解なゲームをすることになりそうである。彼らはその場ですぐにメッセージを確認した。

 …俺らにこんなゲームをやらせて何が狙いなのかねぇ。

 "上"のことだ。意味のないことはしないだろう。

 あら?ずいぶん評価が高いようね?

 はは。ある意味では合っているかも知れないね。

 長丁場だねぇ。休める時に休んでおいた方がいいなぁ。

 うん。それがいいね。

まるでこの状況を楽しんでいるかのように、満面の笑みを浮かべ、ロンドはそう答えた。まさに掴みどころがない人間とはこういう人物のことを指すのだろう。2つ目の競技は"王様ゲーム"と名付けられた個人戦だ。その複雑なルールや費やす期間からも分かるようにこの研修のメインであろう。その先には一体何があるのか…まだ誰も知らない。

24. 大意


昔々のお話し。ある国の王は悩んでいました。王座を継がせようと思っている王子は若いころから悪事ばかり働く男で、国民からも家臣からもまったく信頼がないのです。

王の権力で無理やり国王にさせることもできますが、そうすれば反乱が起き、多くの命が落とされることは目に見えています。

そこで国王は考えました。9人の優秀な家臣と騎士、そして王子の計10人で相互に投票をして最も得票数が多い者を王にする、と。

しかも、何とかして王子にチャンスを与えたい国王は、投票を毎日行うことにして"日替わり国王制"という新しい法律を作ってしまったのです。

さらに国王には別の悩みがありました。家臣もしくは騎士の中に、他国のスパイSが1人潜んでいて国家転覆を狙っていることと、化け狐FOXが人間の姿に化けて棲みついてしまっていることです。

ですが、有能なSは巧みに家臣や騎士、国民の心を掌握していて、うまく国家に馴染んでおり誰がSかまではまだ特定できていませし、上手く人間に化けているFOXの正体も分かっていません。

そのため国王はさらに新しい法律を作りました。日替わり国王に、王子/家臣/騎士の誰かを毎日1人、国から追放することができる権利を与えたのです。

無事SやFOXを追放して平穏を取り戻せるのか、それとも王子やすべての家臣が追放されSやFOXに国を乗っ取られてしまうのか…国王は国の運命を彼らに託しました。

25.規矩


王様ゲーム

・投票は5日間、1日1回実施される

・毎日1時間、以下のように行動する
 国王決定会議 57分
 投票     01分
 アクション  01分
 結果発表   01分

・会議では何を話しても良いが必ずすべての会話を全員で共有しかければならない

・競技が始まったら終わるまでプレイヤー同士は一切接触することはできない

・投票で最も得票数が多い者がその日の国王となる

・誰にも投票しない場合、そのプレイヤーの票は無効票となる

・役割は王子、家臣、騎士、S、FOXの5種類で、配分は王子役が1名、家臣役が5名、騎士A役が1名、騎士B役が1名、FOX役が1名、S役が1名で、国王は毎日の投票により10名のうちの誰かに決定する

・国王を除くすべての役割がランダムで割り当てられ、競技直前にプレイヤー本人にのみ伝えらる

・競技中に役割が変わることはない

・王子役のみ競技冒頭に公表されるが、それ以外の役割は一切公表されない

・投票後、国王とSはアクションを選択する

・国王のアクションは、チェックorデリートorナッシング、Sのアクションは、デリートorナッシング

•チェックorデリートを選択した場合、続けて誰を対象とするかを選択する

・チェックは、選択した者の役割を知ることができる

・デリートは、選択した者を追放することができる

・ナッシングは、何も選択しないことを意味する

・1日で選択できるアクションは1種類のみ

・国王又は王子がデリートの対象となった場合、無条件でプロテクトが発動され、騎士A、騎士Aがすでに追放されている場合は騎士Bが身代わりとなり追放されるが、騎士が2人とも追放されている場合は選択された国王又は王子が追放される

・FOXがデリートの対象となった場合、デリートを実行した者は化け狐の力で反撃され、FOXと共に追放となる

・国王とSが同じ人物をデリートの対象に選択した場合は相殺となり、両者のアクションは強制的にナッシングへ変更となる

・Sが国王となった場合、Sは国王の権限であるチェックorデリートorナッシングも合わせて行使できる

・結果発表では、デリートされたプレイヤーは全員に公表されるが、チェックの結果はそれを実行した国王にしか公表されない

・デリートされたプレイヤーの役割は公表されない

・その日の国王は誰だったのか、またデリートは国王によるものか、Sによるものかは公表されない

・すべての投票が完了、またはSの追放のどちらか早い方で競技終了

・Sが追放された時点で国内に残っているプレイヤー全員に100ポイントが付与され、全日程を終えていなくても競技は終了となる

・Sが最後まで追放されなければ100ポイントが付与され、残っているプレイヤーには-100ポイント付与される

・追放されたプレイヤーには-100ポイントが付与される

・Sが国王を追放すればさらに100ポイントが付与される

・国王がSかFOX以外のプレイヤーを追放したら-100ポイントが付与される

・国王がSかFOXを追放したら100ポイントが付与される

・FOXの反撃により国王か騎士かSが追放された場合、FOXに100ポイント付与される

26.辯論


受講者10人は円の形に座っていて、それぞれの目の前にはタブレットが置かれたデスクが設置されていた。まもなく2つ目の競技が始まろうとしている。各々が配布されたスマホでルールを確認してから自由な時間は十分にあったため徒党を組むことは容易にできる状況だった。個人戦とは言え、最終的にはメンバーが持つポイントの合計点で勝敗が決まる以上、勝利を目指すなら協力してチームの誰かを勝たせるのが定石だろうか。

 それではスタート!

責任者の掛け声で唐突に2つ目の競技"王様ゲーム"が始まった。唐突と言っても決められた時間きっかりなのだが、特に説明もなく開始されたので突如として競技が始まった感覚に陥る者もいるだろう。プレイヤー本人にしか見えないタブレットには各々の役割が5秒間表示され消えた。まずは57分間誰を国王にするかを決める会議の時間だ。

 お約束のとおり"王子"を発表します。"王子"はAチームの方です。

責任者はそう言い放つと無言でその場を後にした。相変わらず壁際は休めの格好をした黒服でビッシリと埋め尽くされている。その数や彼らの体格から、ロンドの身体能力を持ってしても抗えないことは一目瞭然であった。

 事務局からは2つ目の競技だけは個人戦と説明を受けたけど、3つの競技が終わった時点で最もポイントを多く持つチームが勝利するのだから、この競技に至っても本質的にはチーム戦だね。

市販のヘアカラーを使っているような肩まであるパッサパサの金髪の男が議論の口火を切った。1つ目の競技を棄権したCチームの1人だ。

 そうね。投票をして国王を決めるというルールの性質上、同じチームの誰かに票を集めるのが得策でしょうね。

 ソナタは雄弁に、そして余裕綽々に語る。まるでこの場を支配しているかのように。それもそのはず、彼女は最も多いプレイヤーを擁するDチームの一員なのだ。

 そんなこと言わなくても分かっているわ。さっさと誰がSか特定して、誰を国王にするか決めてしまいましょう。時間がないわ。

これまたCチームのメンバーからの発言だ。1つ目の競技は棄権したが、どういうわけかこの競技はやる気に満ち溢れているように見える。どうやら彼女はソナタの態度が鼻についた様子でややトゲがある口調で返した。

 なあ、みんな、最初の国王は俺にしてくれないかな?

突然の提案に一同は一斉に巨漢のほうを向いた。

 何でかって言うと、俺は王子だからSではない。俺に投票すれば、最も愚策であるSに投票して国王にしてしまうなくなるってワケさ。

彼は1つ目の競技の敗北からすっかり立ち直った様子で爛々と目を輝かせて笑顔を浮かべている。自分の役割が"王子"だったことがそんなに嬉しかったのだろうか。

 Sでないことは明白だが、だからと言って君を選ぶ理由にはならないな。話は戻るがこれはチーム戦だ。チームで4票持ってるDチーム、次に3票の俺たちCチーム以外に勝ち目はないさ。

 う〜ん…そうとは限らないねぇ。"王子"と"国王"は"騎士"に守られているし、同じチームであってもお互いの役割は把握できていないからねぇ。たとえばうちのチームの誰かが"国王"になってAチームの彼をデリートしても、うちの別の誰かが"騎士A"ならうちのチームは3人になっちゃうからなぁ。ルール上、内緒話は禁止されてるしねぇ…。

旧友はこれまでの会話の本質を見抜き見事にまとめたが、この先何を基準に国王に決めるのが得策なのか?いや、この競技の目的は何か?多くのプレイヤーは悩んでいた。

27.妖狐


Bチームの赤髪の女性は自分の役割を公言した。

 …それをいま言うメリットは?

発言機会が多いチームのパサパサ金髪男が透かさず返す。

 ゲームを終わらせて早く帰りたいからよ。こんな茶番10日間もやってられないわ!

彼女の意見に同意したプレイヤーも少なくない。"上"が主催する研修だから無条件で受け入れるしかないという理由で参加している者が多いのだから当然である。

 とか言ってあなたがFOXだったりして?

 それもいいわね。Sが私をデリートしてくれればゲームは終わるから。

 いまあなたは自分がSって言ったじゃない。矛盾しているわよ。

 もしもの話よ。私は間違いなくSだわ。

 いや、Sは僕だよ。

 …あ、あんた!

 おいロンドォ。仲間割れかぁい?

 僕は事実を言ったまでさ。同じチームであっても嘘は見逃せないな。

 ロンド、この競技の本質は騙し合いよ。正直者はすぐに追放されてしまうわ。

 そうかな?彼女は早く帰りたくて自分をSだと公言したと言った。でも考えてみてほしい。もしソナタが国王になった場合、彼女をデリートするかな?

 うーん…しないわね。

 理由は?

 確証がないからね。

 じゃあ君は国王になりたいかい?

 それはもちろん。国王はチェックが使えるからね。初日に国王になったら私なら迷わずチェックを使うわ。

 分かったよ。ありがとう。

この会話に何か意味があったのかは分からないが幼馴染2人の会話は終わったようだ。だが結局何も決まらないまま時間だけが過ぎ、最初の投票を迎えた。責任者は姿を現さず壁際に立っている黒服の1人が壇上に立ちその場を仕切り始めた。

 初日の議論お疲れ様でした。それではいまから1分以内にデスクの上のタブレットで投票を行なってください。

タブレットには一番上に一つ自分の顔写真、その下に3×3で他プレイヤーの顔写真が表示された。ロンドは試しに自分の顔写真をタップすると、顔写真の下に"この方に投票してよろしいですか?"という確認ボタンが出てきた。その横には"前の画面に戻る"と書かれた一回り小さいボタンがある。周りを伺うとその表情からすでに投票を終えていそうな者、まだ迷っていそうな者がいた。

 残り10秒です。投票される方はお急ぎください。…では、そこまで。それでは続けて国王とSは同じくタブレットでアクションを選択してください。国王に選ばれた方本人にはすでにタブレットから通知がされています。同じく1分間です。

首から下はパーテーションによりお互いの動きは見えないようになっている。またそれぞれはかなり離れているのでマイク付きのヘッドフォンで会話をするシステムだ。

28.思議


 それでは結果発表です。ここではデリートの結果のみが公表されます。今回デリートされたのは…

 ま、そうなるよねぇ…。

初日はDチームの1人である中学生の女性が追放されるという結果となった。彼女はSではなかったらしく、競技は続行されるようだ。他に追放されたものはいなかった。

 それでは本日の競技は終了となります。本競技は他者との一切の接触が禁止となるため、明日から係員がみなさんのお部屋へお迎えに行きます。またこのあと係員が1人ずつみなさんを部屋までお連れしますので声がかかるまでその場でお待ちください。また、食事はお部屋までお持ちいたします。

ロンドは1人で自身の部屋にいた。まもなく夕食が運ばれてくる時間だ。出入り口には内側から鍵が掛けられており室外に出れないようになっている。これは監禁ではないか?と呟いたところで誰も助けにくることはない。勝敗にこだわらず1日でも早く競技を終わらせて帰りたいというチームメイトの希望は最もである。勝利のメリットも敗北のデメリットもない。正確には"分からない"のだ。分からないからこそ、敗北に全力を注ぐことができないのは事実であり、事務局は受講者がこの曖昧な状況でどんな行動を取るかを実験するため、あえて多くを語らないのではないかとも考えられる。分からない場合はどちらに転んでも臨機応変に対応できそうな道を選ぶしかないので、とりあえず勝利を目指すのがいまのロンドの意向であり、彼は"王様ゲーム"の勝ち方について考察を始めていた。

事実だけをまとめると、今日追放されたのはDチームメンバーである中学生の女性。Aチームの巨漢が王子であるため、彼女の役割は王子ではない。彼女以外に追放された者がいないということはFOXでもないということだ。さらに、1人だけが追放されたという事実から、王様かSのどちらか一方だけがデリートを選択したということが分かる。ここから考察に入るが、Sが巨漢をデリートの対象に選択し、結果として騎士Aであった中学生が追放された可能性があるだろう。理由は、まず王様の目線であれば、自身と巨漢の役割以外が全く分からない状態で無作為にデリートを選択するのはリスクが高い。SとFOX以外を選べばマイナスポイントを付与されるからだ。次にSの目線であれば、FOXをデリートの対象には選びたくはないが、王様のようにチェックの能力はなく、5回しかないチャンスの1回を捨てることになるナッシングを選択しないはずだ。自分なら騎士Aを追放するため王子である巨漢をデリートの対象にする。言い換えれば、今回王様に選出されたものはデリートではなく、チェックかナッシングを選択したかも知れないということだ。この場合、特にナッシングを選択する理由が見当たらないため、王様はチェックを選択したと考えられる。

こうしてロンドは"Sが巨漢をデリートの対象に選択し、結果として騎士Aであった中学生が追放された"という仮説に辿り着いた。あくまでも可能性の一つに過ぎないが、ソナタや旧友もきっと同じ思考ではないか…いやこのレベルの結論はプレイヤーの誰もが容易に行き着くだろうとロンドは考えていた。

29.御託


翌朝プレイヤーたちは前日と同じ会場にいた。遠目に確認できる限り、追放された中学生の姿はないようだ。進行役の合図とともに本日の"会議"が開始される。やはり口火を切ったのはパサパサ金髪男だ。

 みんなは昨日の結果をどう見た?俺はデリートされたやつが騎士Aだと思っている。なぜなら…。

おそらくプレイヤー全員が最初に考察したプロセスを、さも自分だけが発見した新しい可能性かのように雄弁に語る。ここまで澱みなく語れるのは才能ではあるが、あまりにも残念かつ浅はかで、将来が心配になるほどだ。ソナタは途中で遮って一蹴することも考えたが、反発されると余計に無駄な時間が増えることを危惧し黙って耐えることにした。彼は熱弁を振るって満足したのか、他のプレイヤーに意見を求めた。

 なぁ。それ誰でも分かってることだから、いちいち説明しなくてもいいいよぉ。

パサパサ金髪男の表情が一変し、旧友への批判的なコメントが続いた。ソナタが予測していたとおりで、旧友が空気を読まず思ったことをそのまま伝えてしまうことも想定の範囲内だ。すでに15分が過ぎここまで有意義な議論は皆無である。

 時間が限られてるので目的を決めてから議論するのはどうでしょうか。

昨日一言も発言しなかったDチームの20歳前後の女性が建設的な意見を述べる。黒髪のロングヘアでスリムな体型の彼女の身長は170cmほどだろうか。

 賛成!Sを追放すれば良いのだから、その特定と、特定したSを確実にデリートしてくれる信頼できる国王を選出するのが良いわ。

Cチームのツンケン女が賛同し、具体的な議論の方向性を示した。

 そうしよう!じゃあまず昨日の国王は誰だい?チェックを使ったんだろうから、その結果もみんなで共有してくれないかな?

 それなら全員が自分の役割を正直に答えた方が話しが早いねぇ。きっとSとFOXはウソを付くだろうけど、ある程度絞れるからねぇ。

巨漢の提案はあっけなく一蹴され、誰も旧友の意見に反論するものはいなかった。全員が本当のことを言うかは別としてまずは各々"自己申告"をすることにしたのだ。プレイヤーの議論を聞いていた事務局は、タブレットに付属のペンを使ってメモを取れることをアナウンスした。

 私はSよ。

 僕がSだ。

Bチームのロンドと赤髪の女は昨日の主張を変えるつもりはないようだ。すなわち、どちらかは嘘を付いていることは間違いない。

30.腹心


自己申告の結果は、Aチームの巨漢が王子(確定)、BチームのロンドがS、赤髪女もS、Cチームの金髪男が家臣、ツンケン女も家臣、もう一人の男は騎士B、Dチームのソナタが家臣、旧友も家臣、20歳女も家臣であった。FOXと騎士Aと申告したプレイヤーはいなかった。

 さて、次は誰を国王にするかを決めて、そいつがBチームのどっちかをデリートすればいいってことだな。

 あくまでも自己申告だけどね。特にこれ以上の情報がなければ、そうするしかないわね。

 う〜ん。ただどっちかがFOXで、FOXを選んじゃったらその国王もやられちゃうねぇ…。

 またお前か!そんなこと言ったら競技は動かないからやるしかないんだよ!

 じゃあ、君が国王になってどちらかをデリートしてくれるんだねぇ?

 な、なんで俺が!そ、それはこれから話し合って決めることだ!

 僕で良ければ国王になるよ。

 は?お前も俺の話を聞いていないようだな。お前もデリートの候補者なんだよ。

 僕が同じチームの彼女をデリートすれば良いんだろう?結果は同じさ。むしろFOXの可能性があるかつ、同じチームの彼女をデリートすると提案してるんだから褒めてもらいたいね。

 あんたはSなんでしょ?Sを国王に選出するなんてできないわ。

 僕も、みんなもあくまでも自己申告さ。Aチームの彼以外の役割は何も分かっていないのと同じだよ。強いて言うなら前回の国王が誰かの役割を把握した可能性はあるけどね。

Cチームの2人はロンドを国王にすることに反対のようだ。その後も議論は続くが平行線を辿る。

 時間がなくなってきたねぇ。誰を国王にするか決めないとなぁ。

 僕を国王にしてくれたらリスクを背負ってみんなのためになる行動をするよ。信じて投票して欲しい。

ロンドの最後の所信表明演説が終わったところで2回目の議論の時間が終了した。前回同様、投票、続いて国王とSがアクションを選択する。結果Cチームの"もう一人の男"がデリートされ、彼はSではなかったため翌日も競技は続行されることとなった。

31.迎合


王様ゲームは5日間の競技だ。今日はその真ん中の3日目であるが、競技自体は1時間で終わるため残りの23時間は自由に使える時間となる。ただし他プレイヤーや外界との接触はできず、時間を持て余すプレイヤーは少ない。部屋にある本を読むか、のんびり入浴するか、ひたすらに眠るか…これといった選択肢がないのだ。捉え方によっては競技に集中し、勝利する方法を模索する時間が十分にあると言えるが、人間はそうは単純ではない。決められた時間内であれば集中することができる者は多いが、制限のない時間を与えられれば、その使い方はまさに人それぞれだし、集中力はそう長くは続かない。

 みんな、僕から昨日の投票後のことについて共有するよ。まずは王様に選んでくれてありがとう。僕はチェックを選んで、僕と同じチームの彼女の役割を確認したんだ。

 ほう?で結果は?

 やっぱり彼女はSじゃなかったし、FOXでもなかった。家臣だったよ。

 …ふん。

Bチームの赤髪の女性は明らかに不満そうな雰囲気を醸したがロンドの発言を否定しなかった。

 そうか。じゃあ君が言うことを全面的に信じるなら、君がSってことでいいかな?

 うん。最初からそう言っているだろう?

 ってことはぁ、昨日お前はSとしてCチーム若しくはAチームのどちらかをデリートに選択した結果、Cチームの彼が追放されたってことだねぇ。

 僕はSとしてAチームの彼をデリートしたけど、Cチームの彼が追放された。だから彼は騎士だったということになるね。

 おいおい、もうそんなことはどうでも良いだろう?こいつがSで決まりなら、さっさと王様を決めてこいつをデリートしちまえば、今日で競技は終わり、俺たちの勝利だ。

 ロンドがFOXじゃなければいいわね。さっきの競技を思い出してみて。ロンドは協力してるように見せて結果全員を裏切ったわ。

 ソナタ、人聞きが悪いな。さっきと今では状況が違うじゃないか。

 ロンドのペースになってるのは確かだねぇ。昨日王様だったのは嘘じゃなさそうだしなぁ。でもこのままロンドが勝つのも癪だし、改めて考えてみようかぁ。

 君まで僕の邪魔をするのか?

 そういう競技だからねぇ。こう見えても俺は真面目に取り組んでいるんだよぉ。まず今日までの経緯についてみなの認識を合わせようかぁ。

 そうね。事実としては、役割で確定しているのはAチームの彼は王子で、1日目はDチームの中学生、2日目はCチームのもう一人の男が追放された。ここからは推測だけど、1日目の王様は誰か分からないけどデリートではなくチェック、Sも不明だけど王子をデリートした結果、騎士Aと思われる中学生が追放された。2日目の王様はロンドで同じくチェックをして、そこの赤髪さんが家臣だと分かった。Sは不明だけど同じく王子をデリートして騎士Bと思われるもう一人の男が追放された。こんなところかしら。

 お前ら3人で話してないで俺も入れろ!

金髪の話し方はますます横柄になる一方だが、ロンドたち3人の会話に隙はなく、彼は受け入れるしかなかった。最初の赤髪の威勢は見る影もなく、残りの4人もほとんど喋らず状況を伺っている様子だ。

33.口裏


 ん〜残念ながら俺は君には投票できないねぇ。どちらにせよ、今日Sは王子であることが確定している君をデリートするよねぇ。つまり君を国王にするってことはSに100ポイントを差し出すのと同義なんだよぉ。

 ははは!そりゃそうだ。よく言った!おい、そこのデカいの!お前が王になることはあり得ないぞ。

 う…たしかに…。

 ってことは、FOXを王様に選ぶのがいいですよね?

久しぶりに高身長の黒髪ロングヘアの女性が口を開いた。彼女はたまにしか発言しないが、的を射た言葉で議論を活性化させる。

 ほう、確かにな。だがどうやってFOXを炙り出す?今のところ自己申告もしてないし、誰がFOXであるか見当がついていない。

 これはあくまでもチーム戦。FOXを王様に選ぶのは私たちにとっても有益だけど、確実な情報がない限り、私たちはチームの誰かを王様に選ぶわ。

 3日目の議論を終了します。投票に移りますので速やかに対応ください。

この日の投票の結果、Aチームの巨漢が追放された。ロンドは途中で議論に入るのをやめ、このあとの動きについて考えていたようだ。勝利のため?最も有益な結果を残すため?残り2日間どのうような立ち回りをすべきなのだろうか…。そして、これまで同様、4日目がいま始まろうとしていた。

 それではスタート!

 しかし、これは本当に簡単な競技だったね。

ロンドは左手の甲を自分に、人差し指を天井へ向けて満面の笑みで今日の第一声を発した。

 な、なんだと?!どういうことだ?

 何って?そのままの意味さ。簡単すぎて退屈な競技だったってことだよ。

 まだ競技は終わってないし、そのすべてが分かったような言い方はなんだ?撹乱作戦か?

 うーん…じゃあ君は僕らのチームがこの競技でいま何ポイント獲得したか知っている?

 そんなの分かるわけないだろう!

 私は分かるわ。300ポイント、ね。

 は?なんで?…ま、まさかお前たち!

 おぉ。やっと気付いたねぇ。

 そう。僕たちBチームとDチームは最初から組んでいたんだよ。

金髪男にとっては寝耳に水かも知れないが、彼が所属するCチームとすでに追放されたAチームを除くプレイヤーで徒党を組んでいたのだから、もはや驚く者も多くはない。

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