見出し画像

「LGBTは嫌いだけど、お前は好き☺️」


「お前、靖国神社に参拝しに行ったことないのか⁉︎ それでも日本人かよ……仕方ない。連れてっちゃる」


 あたいのことを気に入ってくれている愛国おじさんがいる。よく行く店でしょっちゅう会う。夕方に行くと大体いる。なんの仕事をしているのか詳しくは知らないけれど、たまにスーツの上に作業着を羽織っているので仕事終わりにふらっと飲みに来ているようだった。


 彼はあたいのことを「おバカでどーしようもないフリーターの若者」として捉えていて、いつもいろいろな話を勉強として聞かせてくれる。たとえば政治や時事ネタ、アニメや昔の話、彼が接する業界のことについてもよく語ってくれる。

 あたいはそれを「ほーん」とした顔で聞きながら、でも蔑ろにはせず、キチンと耳を傾ける。年の功もあって彼はよく物事を知っていると思う。とりわけ三国志やガンダムのことを語るととどまることが無い。その熱量に当てられてあたいも三国志やガンダムを履修しようかと思ったくらいだ。

 ある時、流れは忘れたけれど、靖国神社の話が出た時にあたいはふと「行ったことねぇな〜」と口にした。するとおじさんはあからさまに呆れたような顔をしつつ、どこか楽しそうに「お前それでも日本人かよ〜。ほんっとバカだなぁ。絶対に行った方がいい。せめて遊就館は一度は行かないと日本人じゃない」だとかなんとか言った。遊就館とは靖国神社境内に併設された軍事資料館のことだ。

 彼は自分のことを愛国者だとは名乗らないけれど、「日本で生まれ育って生きてれば、この国を愛するのは当たり前。この感覚こそが一般的」と話していた。自身の感覚やアイデンティティを、いわゆる「普通の日本人」というものに置いて考えているのだと思う。


 あたいの愛国心は彼ほどの熱量は無く、ましてや彼のレイシズムに共鳴も賛同もしない。以前にも彼が店内でも大きな声で他国やアジア系外国人へのヘイトをかますもんだから、あたいはそれとなく諌めるために「いろんなお客が来るのだから、いろんなルーツの人が聞いていると思って話した方がいいんじゃないの」と伝えたことがあった。

 あたいが排外的な言説に乗っからないもんだから、彼から「お前パヨク(左翼の蔑称)か?」とあからさまに鼻白んだりされたこともあるし、あたいがゲイセクシャルであることを知っているので、セクシャルマイノリティに対する政治的な話で相入れないと「LGBT活動家みたいなこと言うな!」と叱責されたこともあった。

 だけれど、あたいの身の上を明かすよう促された時に、母方の家柄や関西の商家の血筋であることを知らせると、彼は感心したようにほほうと唸り、「由緒あるお家の血か……」といった具合で敵意や不信感の矛を収め、やや大人しくなった。それからはあたいに仲間意識というか内の感覚を持って接してくるようになったのだった。

 きっと彼の中で、あたいは「若輩でおバカ」だと認識されているものの、「敵ではなく内」に置かれたのだろう。思えばその話をしてから、こちらに対するある種の見下しが少なくなったような気もする。

 ちなみにあたいはそういった「日本人であること」「お家に歴史があること」という歓迎をあんまり光栄だとは思わない。だってそれは共通点で仲良くなるんじゃなくて、共通の敵で連帯することに繋がりがちだから。



 けれど結果的に今回は話しておいて良かったとは思った。

ここから先は

5,873字 / 1画像

天然温泉旅館「もちぎの湯」

¥560 / 月 初月無料

ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄