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古本の落書きについて言いたくなったこと

 今回はハンス・ヘニー・ヤーンの『十三の不気味な物語』に書かれていた落書きについて紹介したい。
 この本は4、5年ほど前に福岡の野間にある幻邑堂で購入した本だ(この件で幻邑堂さんに文句があるわけではないことを先にことわっておく。むしろわりとこの落書きで楽しめた)。
 この文を読んでいるみなさまがそうであるように僕も著者のハンス・ヘニー・ヤーンは誰か知らないし、誰か知らないという冒険心と作品名からホラーを期待してこの本を購入した。そして家に帰り、読もうとしたら落書きに気づいたというわけだ。
 

 短編のタイトルの隣に思い切り落きされている。
 「二つの死の一方は明らかに帰郷である」
 
なんか格好いいコメントだ。
 この本はタイトル通り、13の短編から成る作品集なのだが、短編が始まるページに毎回落書きされている。
 どうせ誰もこれから『十三の不気味な物語』を読まないと思うから正直に書くが、この落書きコメントは『ラグナとニルス』の完全なネタバレをしている。ちなみに落書きの犯人もわかっている。

 ご丁寧にも裏表紙に名前を書いてくれている。
 吉田さんと安武さんだ(吉田さんについてはなぜか姓名ともに書かれていたので一応、下の名前だけ消しておいた)。
 何で名前が書かれているのかは謎だが、この本が1967年12月20日発行の初版であること、幻邑堂は薬院という学生街にあったことから、新品で当時この本を購入したとすると、60年代から70年代に大学生だった二人が落書き犯であることが類推される。現在だと70歳から60歳後半あたりのお歳ということになる。
 お二人はドイツ文学を学ぶ学生だったのか、あるいは文学系サークルの部員だったのかもしれない。

 この本の落書きは映画のオーディオコメンタリー並みに熱心にされている。2ページに一度くらいの割合で気に入ったらしい文にペンで線が引かれているし、「階梯」みたいなわりと難しめの単語は丸で囲まれて辞書を引く準備がされている。もちろん、短編のタイトル前のコメントも毎回されているので下記に紹介する。

 私のお気に入りは「魂は肉と共に腐り 親密さは腐りを増して」である。なんか今でいう中ニ病感あふれていて好きだ。
ただ僕はこのコメントを書いた方と感性が合わないのか、僕の方が頭悪いからなのか、作品の要約や感想としてのコメントとしてはどれもいまいちピンとこなかった。
 それでも短編を読み終わるたびになんてコメントしてあったっけとタイトルに毎回戻り確認していた。僕がこの本を読み進める楽しみのひとつは確実に落書きコメントにあった。
 だが変化は突然やってくる。
 表からもわかる通り、9作品目の『マーマレードを食べる人たち』からタイトル横のコメントがない。それでも作品中に棒線は引いてあったので、この作品だけたまたま書くことなかったのかなと思ったが、次の『モーフ』以降は棒線すらない。

 どうしても言いたくなったので言いますが、吉田さんと安武さん、この本を読むの飽きて、途中で読むのやめてません?
そして最後まで読むのやめて、幻邑堂かどっかの古本屋に売り払ってません?

たしかに小難しい文でそこまでキャッチーな小説ではないけど、そんなに悪い小説ではないよ、この本。
何と言うか信じてたのに裏切られた気分になりました。

 落書きするなら最後までしてよ。
 半世紀経ったあとの読者からの言葉でした。

ちなみに何年か前にブックオフで買った佐藤春夫の『小説 智恵子抄』にされていた落書きも紹介します。

同感なのだけど、だったら売らなくてもいいんじゃないかな?とちょっと思いました。

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