パズルのようにカスタマイズするUI翻訳

翻訳をチェックして、プロダクトの日本語UIとして世に出す仕事をしています。プロセス上、自分がチェックした内容ついて、変更前と変更後の日本語、変更した場合はその理由を記録に残しています。月ごとにその評価が数値化されて、翻訳ベンダーから共有されます。ときどき、「この変更はトランスクリエーション」というフィードバックがあります。ああ、そうですか。。

翻訳 vs トランスクリエーション

私自身、トランスクリエーションについてはBuckeyeさんのブログに書かれているとおりだと思っています。少々長くなりますが、引用させていただきます。

上記記事によると、トランスクリエーションとは「ソース言語のコピーが喚起する感情や印象を把握し、それと同じものを喚起させるようなコピーをターゲット言語で書くこと」だそうです。
私の正直な感想は「なにそれ。それって単なる『翻訳』じゃん」です。
翻訳フォーラムの仲間4人による共著『翻訳のレッスン』にもくり返し書いていますが、少なくとも私の回りにおいて、翻訳とは「原文の読者が頭に思い浮かべる絵と訳文の読者が頭に思い浮かべる絵が同じになるような訳文を作ること」です。そして、この絵には感情や印象も含まれます。明るい絵と暗い絵では、喚起される感情も当然に異なるわけですから。
であるはずなのに、そこまで考えて訳文を作ることは「クリエーション」であるとなにかすごそうな表現がなされるとは……それって、世の中一般における翻訳とは「字面の変換」にすぎないと言っているに等しいですよね。そして、この言葉がだんだんとバズワードになりつつあるらしいということは、実際、世の中一般における翻訳とは「字面の変換」にすぎないケースが大半ということなのでしょう。

翻訳ではない理由

一点だけ、引用中にある「翻訳」の定義に当てはまらないことをしている自覚があります。私は英語版と日本語版では、読者の頭の中で別の絵を見せたいのです。

試しに、「トランスクリエーション認定」された一文について分析してみました。新サービスをお客様に使ってもらうためのキャッチコピー。英語版で意図したメッセージは理解できましたが、日本語にするとやや楽観的で抽象的すぎる印象を受けました。なので、「なぜそう言えるのか」を噛み砕いて、具体的な日本語にしていました。

ちょっと脱線しますが、昨年フリーランスとして映画のタイトルの翻訳をしていたとき、同じような経験をしました。英語のタイトルは非常に抽象的であっても(たとえば、"Life"とか、"One"とか)、日本語では映画の内容がわかるように、もっと説明的にしていました("人生の目的"とか、"ひとつだけのナントカ"とか)。日本語は曖昧だ、などと言われますが、マーケティング的な状況では具体的なテキストが期待されるんですね。

では何なのか?

伝えたいメッセージはわかっている。それは日本語では通用しないと思われる。何かぴったりハマるテキスト(コピー)を入れないといけない。

パズルです。

業界では「カスタマイズ」と呼ばれることもあります。この言葉もトランスクリエーションと同様に、立場によって意味合いが変わります。現場に近い人(いわゆるローカライズの「関係者」)はカスタマイズをリクエストすることが多いですが、進捗管理をするローカリゼーションプロジェクトマネージャー的な人はカスタマイズをばさっと切り捨てる傾向にあります。カスタマイズする際には注意すべきことも勿論ありますが、私はパズルのようなカスタマイズこそが、ローカリゼーションにおける醍醐味だと思うのです。