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ホロコースト否定論の小ネタへの反論シリーズ:(1)ユダヤ人によるドイツ製品へのボイコット

前にもこんなのやろうとしたけど、あっという間に忘れてポシャったな😅


はじめに。

ホロコースト否定論の細かい一つ一つのネタを数え上げたわけではありませんが、膨大な数があります。私自身はこうした活動を続けて約三年、多分その7割くらいは知ってる感触はありますが、逆に言って三年も集中的に、単なる趣味とは言え取り組んできて、まだ3割も知らない否定論があるような感覚なのですから、私自身の能力が低いのがそう思わせる最大の原因ですが(そもそも歴史は大の苦手)、ともかくそのネタは恐ろしく多いんですね。例えば、Holocaust Controversiesブログサイトの人気記事であるTwitter否定論への反論集の記事は39項目に分けられていますが、細かく見ていくと、それらの項目ひとつひとつもさらに細かくネタが含まれています。

もちろん、これらはホロコースト否定論のほんの一部でしかありません。おそらく2000年代前半ごろに、どこかのホロコースト否定論者がまとめた否定ネタがたくさん詰まった以下のようなものもあります(以下はそれへの反論記事)

これらの細かい否定ネタについて、たとえどんなに完璧に論破されようとも否定派はその論破を無視して、何度も何度も同じネタを使い続けるのですが、中には同じネタなのに進化(劣化?)していくような場合もあります。アルマナック・デマなどはその一例でしょう。いい加減、アルマナック・デマは、誰かちゃんと10年分くらいのアルマナックにあるユダヤ人人口表を全てネット上に公開して欲しいものです。ハーウッド本にある1938年の世界ユダヤ人人口を調べたい(多分誤った数字になっているので)のですけど、ネット上にどうやらないんです。それがあるらしい大学の図書館にまで行く or 近所の図書館にその本だけ取り寄せるのはめんどくさいし…。何故否定論者はきっちり丁寧に調べないのか?(笑)

ともかく、このすぐに辞めてしまうかもしれないシリーズは、一記事あたり小ネタを一つずつ紹介して反論していく形になります。複数のネタを一度に記事にする場合もあるかもしれませんがその辺は気分次第です。また思いついた時にしか記事にしませんのであまり期待しないでください(笑)

(1)「ユダヤ人によるドイツ製品へのボイコット」とは。

さて、あるツイッタラー……って以前はそう呼んだけれど、今はマスクさんによってXと名前が変えられてしまったのでどう呼べばいいかよくわからないんですけれど、とまれそのXユーザーがこんな画像を投稿しました。

画像右下にURLが書いてありますが、そのリンクに飛べばわかりますが、この画像自体はそこから取得されたものではないことは画像の品質が違うのですぐわかります。画像の範囲すら異なっています。しかし、今時はGoogleレンズを使えば、この画像がネット上に拡散されていることはすぐわかります。そのうちのどっかから取得したのでしょう。何故ちゃんとした取得先を表示しないのかよくわかりませんが、ホロコースト否定派さんたちは、自身が使った資料をきちんと表示しない傾向があることは私は経験で知っています。

さて、一体この画像でホロコースト否定派は何を言いたいのでしょうか?

先ず、紙面に最も大きな活字で見出しが打たれていますがこう書かれています。

"JUDEA DECLARES WAR ON GERMANY"

日本語訳すると、「ユダヤがドイツに宣戦布告」とあります。このデイリー・エクスプレスの日付は、「FRIDAY, MARCH 24, 1933.」つまり「1933年3月24日」です。その画像を投稿したXユーザーは、そんなにも早くにユダヤ人はドイツに宣戦布告をしていたのだ!ユダヤ人が先にドイツに戦争を仕掛けてきたのだ!とでも言いたいようです。

しかし、ちょっと待ってください。宣戦布告って、国が国に対して行うものであって、それ以外では、たとえばこれを書いている時点で現在進行形のガザ地区を実行支配するハマスは宣戦布告せずにイスラエルに突然攻撃を仕掛けたりしたけれど(ややこしいがハマスはそれ以前からずっとイスラエルに攻撃し続けているが)、ガザ地区・ハマスくらいなら「宣戦布告」という言い方にも意味はあると思いますが、ユダヤ人がドイツに対し宣戦布告って、どういう意味になるのでしょう? 念の為「宣戦布告」をWikipediaで調べると冒頭にはこう書いてあります。

宣戦布告(せんせんふこく、英: declaration of war)とは、紛争当事者である国家が相手国に対して戦争行為(hostilities)[1]を開始する意思を表明する宣言である。

Wikipedia「宣戦布告」

このように、国家主体(国際法上の国家が何を指すのかについての議論はさておくとして)が宣戦布告の対象となるのであって、「ユダヤ」は少なくとも国家ではないので、国際法上の宣戦布告とは関係ないと思われます。あるいは、以下のような本のタイトルだってあったりしますが、

言葉を自由に使っているだけの話であり、別に石原慎太郎氏が東京都自治体として実際にどこかに国際法でいうところの戦争を仕掛けたことを意味するわけではないことは自明です。(そもそも論として、この記事を最後まで読めばわかりますが、「宣戦布告」と書いたのは記事の記者であって、ユダヤ人組織が言ったわけでも何でもないのです。この時点でもうアホかとしか言いようがないのですが……)

つまりは、上のデイリーエキスプレスに書かれたタイトルは、この本と同様のいわゆる修辞言葉を美しく巧みに用いて効果的に表現すること。また、その技術。レトリック)に過ぎないわけです。

従って、上の画像を投稿したXユーザーの主張はそもそも成り立たないわけですが、実は昔、同様の主張を見たことがあって、確かそこには「ユダヤ人は「ドイツ製品をボイコットする!」と、ナチスドイツによるドイツ国内のユダヤ人の店からのボイコットよりも先んじていたのだ!」のように書かれていたように記憶します。

ナチスが政権を得た1933年1月以降、4月1日になると突撃隊(SA)及び親衛隊(SS)が中心となって、一斉にナチス政権によるユダヤ系企業製品のボイコットが始まります。

ユダヤ人から買うな、ドイツの店で買え!」と書かれたプラカードを持つナチ党党員とナチ党突撃隊隊員たち。

上のデイリー・エキスプレスの記事の日付はこのナチスによるボイコットよりも早いので、このナチ党によるユダヤ系企業へのボイコットはユダヤ人によるボイコットに対抗したもの、であるかのように思えます。しかし実はそうではありませんでした。

この件、私が調べるまでもなく、非常に詳しい英語Wikipediaの記事がありましたので以下に翻訳紹介します。翻訳内の強調は私によるものです。

これを読んでどう思うかは読者に任せますが、詳しい内容はともかく、こんなの当時の歴史を少し学んでいたら基礎知識レベルの常識なので、こんな解説は実際のところ不要なのです。歴史をちゃんと学ぶ意思さえあれば、とてつもなく下らない否定派の嘘に惑わされることはないのです。

ていうか否定派さん、ちょっとくらい頭をちゃんと使おうかという気はないのでしょうかね? 

何故ユダヤ人がドイツ製品をボイコットしようと思い立ったのか?

について――。

1933年反ナチス・ボイコット

反ナチ・ボイコットとは、ヒトラーが1933年1月30日にドイツ首相に就任した後、ナチ党員によるユダヤ人に対する暴力や嫌がらせに対抗して行われた、ドイツ製品に対する国際的なボイコットのことである。ナチスによる暴力や嫌がらせの例としては、悪臭爆弾の設置や投擲、ピケッティング、買い物客への脅迫、屈辱、暴行などがあった。ボイコットは一部のユダヤ人団体によって先導されたが、他の団体は反対した

非セクト反ナチ同盟がボイコットを宣伝するために発行したマッチブックの表紙

歴史
ドイツでの出来事
1933年1月にアドルフ・ヒトラーがドイツの首相に任命された後、ヒトラーのナチ党によってユダヤ人企業に対する暴力とボイコットの組織的キャンペーンが行われた[1]。反ユダヤ人ボイコットは政権によって容認され、組織された可能性もあり、ヘルマン・ゲーリングは「ドイツ人が傷つけられるところには容赦なく警察を使うが、警察をユダヤ人商店の警備員にすることは拒否する」と述べた[1]。

ドイツ中央ユダヤ人協会は、政権を支持する声明を出さざるを得ないと感じ、「責任ある政府当局(すなわちヒトラー政権)は脅威的状況に気づいていない」とし、「われわれは、ドイツの同胞がユダヤ人に対する過剰な行為に流されることはないと信じている」と述べた[2]。著名なユダヤ人ビジネスリーダーは、パレスチナのユダヤ人コミュニティ関係者や海外のユダヤ人組織に対し、経済ボイコットを組織する努力をやめるよう呼びかける、ナチス政権を支持する書簡を書いた[3]。ドイツ民族ユダヤ人協会もまた、初期のヒトラーを支持していた少数派グループであったが、ユダヤ人によるドイツ製品のボイコットに反対を主張した[4][5][6]。

米国と英国: ボイコットの計画
英国では、ドイツ製品のボイコット運動に保守的な英国ユダヤ人代議員会が反対した。アメリカでは、アメリカ・ユダヤ人会議(AJC)によってボイコット委員会が設立されたが、B'nai B'rithと米国ユダヤ人委員会は棄権した[7]。その時点では、これ以上の公的抗議はドイツのユダヤ人に害を及ぼすかもしれないという点では一致していた[1]。

その後数週間、ドイツにおけるナチスのユダヤ人に対する容赦ない攻撃により、アメリカ・ユダヤ人議会は公的抗議活動への反対を再考することになった。1933年3月20日、ニューヨークのホテル・アスターで開かれた4時間にわたる論争的な会議では、さまざまなユダヤ人団体の代表1,500人が集まり、1933年3月27日にマディソン・スクエア・ガーデンで抗議集会を開くというアメリカ・ユダヤ人会議の提案を検討した。さらに1,000人が集会に入ろうとしたが、警察によって阻止された。

ニューヨーク最高裁判事ジョセフ・M・プロスカウアーとジェームズ・N・ローゼンバーグは、ユダヤ戦争退役軍人のJ・ジョージ・フリードマンが提案したドイツ製品のボイコット案に反対して演説した。プロスカウアーは、「非知性的な行動によってドイツのユダヤ人にさらなる問題を引き起こす」ことへの懸念を表明し、「この会議はドイツのユダヤ人の恐ろしい危険に拍車をかけるかもしれない」と警告するアーヴィング・レーマン判事からの手紙を読み上げ、その計画に抗議した。名誉会長のラビ、スティーブン・サミュエル・ワイズは、プロスカウアーとローゼンバーグに反論し、彼らが以前のAJCの会合に出席しなかったことを批判し、大規模な抗議が戦術として拒否されれば、「勅令に注意が払われることはない」と主張した。ワイズは、「慎重で用心深い時期は過ぎた。我々は男らしく声を上げなければならない。私たちが沈黙を守るなら、キリスト教徒の友人たちに、ユダヤ人が受けた過ちに対して抗議の声を上げるよう求めることができるだろうか?... 今日ドイツで起きていることは、それに異議を唱え、譴責しない限り、明日、地上の他のどの土地でも起きるかもしれない。攻撃されているのはドイツのユダヤ人ではない。ユダヤ人なのだ」。彼はボイコットを道徳的な要請と位置づけ、「私たちは声を上げなければならない」と述べ、「もしそれが失敗に終わっても、少なくとも私たちは声を上げたことになる」と述べた[1]。

元下院議員のウィリアム・W・コーエンは、3月21日にホテル・ニッカーボッカーで開かれたユダヤ人退役軍人の集会で、「ドイツ製の商品を1ペニーでも買うユダヤ人は同胞に対する裏切り者である」と述べ、ドイツ製品の厳しいボイコットを提唱した。ユダヤ人退役軍人はまた、マンハッタンでクーパー・スクエアからニューヨーク市庁舎までの抗議行進を計画し、制服姿のユダヤ人退役軍人を含む20,000人が参加し、アメリカ国旗とユダヤ国旗以外の横断幕やプラカードは禁止された[9]。

1933年3月27日 国民抗議の日
一連の抗議集会は1933年3月27日に開催され、ニューヨークの集会はマディソン・スクエア・ガーデンで開催され、アリーナの内外にあふれんばかりの55,000人の観衆を集めたほか、ボルチモア、ボストン、シカゴ、クリーブランド、フィラデルフィアなど70カ所で並行して開催され、ニューヨークの集会の模様は世界中に放送された。ガーデンでの演説者には、アメリカ労働総同盟のウィリアム・グリーン会長、ロバート・F・ワグナー上院議員、アル・スミス元ニューヨーク州知事、多くのキリスト教聖職者らが名を連ね、ドイツ系ユダヤ人に対する残虐な扱いの廃止を訴えた[1][10][11]。マンハッタンのケヒラート・ジェシュルン会衆の精神的指導者であるモーゼス・S・マーゴリーズ師は、病床から立ち上がって演説し、反ユダヤ主義的迫害がなくなり、イスラエルの敵の心が和らぐようにと祈り、2万人の聴衆を立ち上がらせた。 [12] アメリカ・ユダヤ人会議、ユダヤ人の権利擁護のためのアメリカン・リーグ、ブナイブリス、ユダヤ労働委員会、ユダヤ戦争退役軍人などのユダヤ人団体は、ドイツ製品のボイコットの呼びかけに参加した[1]。

ボイコット
ボイコットは1933年3月にヨーロッパとアメリカの両方で始まり、1941年12月7日にアメリカが参戦するまで続いた[13][14][15]。

1937年3月15日、マディソン・スクエア・ガーデンで開催された「ナチス・ドイツ・ボイコット」集会の報道写真。

1933年7月までに、ボイコットはハンブルグ・アメリカ・ラインの役員を辞任に追い込んだ。ドイツの対米輸入は前年比で4分の1近く減少し、その影響は政権に重くのしかかった。ヨーゼフ・ゲッペルスは同年8月の第1回ニュルンベルク党員集会で、「大きな懸念」の原因であると表明した。ボイコットはおそらく委任統治下のパレスチナで最も効果的であり、特にドイツの製薬会社に対しては、パレスチナで開業していた652人のユダヤ人医師の3分の2近くがドイツの医薬品の処方を止めた[16]。

1937年3月15日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで「ナチス・ドイツ・ボイコット」集会が開かれた。

ドイツの内外で、ボイコットはナチス政権の迫害に対するユダヤ人コミュニティによる「反応的(かつ攻撃的)」な反応と見なされた。イギリスの新聞『デイリー・エクスプレス』は1933年3月24日に「ユダヤはドイツに宣戦布告する」という見出しを掲げた[13]。

ナチスによるカウンター・ボイコット
ナチス当局は、この抗議行動を「ドイツ系ユダヤ人」によるナチスへの誹謗中傷として非難し、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスは、アメリカのユダヤ人の抗議行動に対して、ドイツのユダヤ人に対して一連の「鋭い対抗措置」を取ると宣言した。

1933年4月1日、ベルリンでボイコットの看板を掲げ、ユダヤ人経営の店の入り口を塞ぐSA準軍事組織。看板には「ドイツ人!自分の身は自分で守れ!ユダヤ人から買うな!」と書かれ、背景の別の看板には「ドイツ人はユダヤ人の残虐宣伝から身を守れ!ドイツ人の店でしか買うな!」と書かれている。

ゲッペルスは、1933年4月1日にドイツ国内のユダヤ系企業に対するボイコットを1日だけ実施し、反ナチスの抗議が中止されれば解除することを発表した[13]。これはドイツ政府初の公式に認められた反ユダヤボイコットであった。抗議活動が停止しない場合、ゲッベルスは「ボイコットは再開される...ドイツのユダヤ人が全滅するまで」と警告した[1][17][18]。

ゲッペルスに脅されていたナチスのユダヤ人企業ボイコットが起こった。ユダヤ人経営のデパート、小売店、専門職事務所の前にSAのブラウンシャツが置かれた。小売店の入り口や窓には黄色と黒でダビデの星が描かれ、「ユダヤ人から買うな!」と主張するポスターが貼られた。「ユダヤ人から買うな!」(Kauf nicht bei Juden!)、「ユダヤ人は我々の不幸だ!」(Die Juden sind unser unser misfortune! (Die Juden sind unser Unglück!")と主張するポスターが貼られまくった。ユダヤ人に対する物理的な暴力やユダヤ人の所有物に対する破壊行為が行われたが、警察が介入することはまれであった[19]。

余波と遺産
ボイコットは、ドイツにおけるユダヤ人への嫌がらせを終わらせることには成功せず、ホロコーストへと発展していった[3]。

ハーヴァラ協定は、ドイツの再軍備と西側諸国との貿易への依存度の低下とともに、1937年までにユダヤ人ボイコットのドイツへの影響をほぼ否定した[20][16]。それでもボイコット運動は1939年まで続いた[16]。

20世紀から21世紀初頭にかけてアメリカのユダヤ人の間で一様に尊重された社会的慣習は、フォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、BMWの製品や、ナチスの戦争努力から利益を得たその他の企業のボイコットであった[21]。

WIkipedia

読めばわかると思うので、このWikipedia記事の内容を私からさらに解説することはありませんが、ではXユーザーの投稿したディリーエキスプレスの記事内容は何と書かれていたのでしょうか? 画像では記事の内容はほとんど切れており、よくわからないのですが、この記事には別の版があり、その版だともう少し記事内容が読めますので、以下に示します。

Webアーカイブより

ユダヤがドイツに宣戦布告
全世界のユダヤ人が一致団結して行動する


ドイツ製品のボイコット
多くの地区で大規模なデモが発生 劇的な行動

「デイリー・エクスプレス」特別政治特派員
ドイツにおけるナチスのユダヤ人に対する猛攻撃に対し、イスラエル全体が怒りに燃えている。

アドルフ・ヒトラーは、本質的な愛国心に訴えて政権に就いたが、彼が最も予期していなかった種類の歴史を作っている。ドイツ民族だけを民族意識で団結させようと考えていた彼は、ユダヤ民族全体を民族ルネッサンスへと駆り立てたのだ。
新生ドイツのシンボルである鉤十字の出現は、ユダヤ人の反抗の象徴であるユダの獅子を呼び起こした。
世界中に散らばっていた1,400万人のユダヤ人が、同胞を迫害するドイツ人に対し宣戦布告するため、一丸となって手を取り合い、ヒトラー主義的反ユダヤ主義に脅かされている60万人のドイツ人ユダヤ人の側に立つという共通の目的のために、部門間の相違や反目は没却された、そして、ファシスト・ドイツに、その少数派ユダヤ人に対する暴力と圧制のキャンペーンをやめさせることである。
世界のユダヤ人は、この中世的なユダヤ人苛めの復活を前にして、静観するわけにはいかないと心に決めている。

<追記:もう少しネットを調べていたら、記事全文がテキスト化されている記事を見つけたので、翻訳の続きを以下に示します。ちなみにこのサイト、Radio Islamっていうスウェーデンにあるイスラム系極右組織でガチガチの反イスラエル・反ユダヤのサイトなんですけどね>
https://cdn.preterhuman.net/texts/unsorted/Judea%20declares%20war%20on%20Germany.htm

ドイツは、ヒトラーのユダヤ人に対する反感のために重い代償を払うよう求められるかもしれない。商業、金融、聖職において国際的なボイコットに直面する。精神的、文化的に孤立し、あらゆる国のユダヤ人が苦悩する同胞を擁護するために繰り出している燃え盛る十字軍の前に、反旗を翻すことになるかもしれない。

ユダヤ人商人の王子は自分の勘定屋を、銀行家は自分の役員室を、商店主は自分の店を、行商人は自分の質素な手押し車を捨てて、ユダヤ人の敵であるヒトラー主義者と戦うために聖戦に身を投じている。

協調行動
ヨーロッパとアメリカでは、ヒトラー主義のドイツに報復するため、ユダヤ人の協調的な行動が計画されている。

ロンドン、ニューヨーク、パリ、ワルシャワでは、ユダヤ人商人たちがドイツに対する商業十字軍のために団結している。

ドイツとの貿易関係を断絶する決議が、ユダヤ人経済界のいたるところでなされている。

ロンドンでは大勢の商人が、大損害を被ってでもドイツ製品の購入を止めることを決議した。

同様の行動はアメリカ全土で起こされている。ニューヨークをはじめとするアメリカの各都市で開かれた大規模な集会には、憤慨した何十万人ものユダヤ人が参加し、ドイツ製品の全面的なボイコットを呼びかけている。ポーランドではすでに対独禁輸措置が実施されている。フランスでは、ドイツ製品の輸入禁止案がユダヤ人社会で広く呼びかけられている。

ユダヤ人バイヤーによる世界的なボイコットは、ドイツの輸出貿易に深刻な打撃を与える可能性が高い。世界中のユダヤ人商人たちは、主に綿製品、絹織物、玩具、電気機器、家具など、ドイツ製品の大口買い手である。

この状況を検討し、ドイツに対してどのような措置をとるべきかを決定するため、月曜日にロンドンのユダヤ人繊維商の会合が招集された。

海運の脅威
ドイツは外国の金融市場で多額の借り入れを行っており、そこではユダヤ人の影響力が大きい。ドイツで反ユダヤ主義が続くと、ドイツは深刻な反感を抱くだろう。ユダヤ人金融業者の側では、これを阻止しようとする動きがある。

ドイツの大西洋横断航路も同様に脅かされている。ドイツのクラック・ライナーであるブレーメン号とエウロパ号は、ユダヤ人による反ドイツボイコットで大きな被害を受けるかもしれない。ユダヤ人の大洋横断旅行者は、国際貿易に広く関与していたため、これらの定期船のパトロンの重要な一部であった。彼らの庇護を失うことは、ドイツの大西洋貿易にとって大打撃となる。

ヒトラー派の手によるドイツ系ユダヤ人の苦しみに注意を喚起し、ドイツの反ユダヤ主義を阻止するための行動を要求するために、ユダヤ人による大規模な抗議デモを組織する準備が世界規模で進められている。

アメリカのユダヤ人全体が、ドイツに対するかつてない憤激の熱気に包まれている。ニューヨークのラビは、来週月曜日をヒトラー作戦に対する断食と祈りの日と定めた。

断食は日曜日の日没に始まり、月曜日の日没に終わる。月曜日はパレードのため、ニューヨークのユダヤ人商店はすべて休業となる。

マディソン・スクエア・ガーデンでの怪物集会とは別に、アメリカの300の都市で集会が開かれる。

マディソン・スクエア・ガーデンでは、マニング司教がユダヤ教の壇上からヒトラーの「テロ」の終結を訴えるという驚くべき光景が見られる。

ニューヨーク市のすべてのラビは、土曜日の説教をドイツにいるユダヤ人の窮状に捧げるよう、ラビ教令によって恐るべき義務を課せられている。

今朝の『ニューヨーク・タイムズ』紙によれば、近年米国に移住してきた1000人のドイツ人のリストが、海外のナチス組織によって作成されたとのことであり、 その目的は、アメリカにおけるナチスのプロパガンダにこの人々を利用することだった。

特別セッション
英国のユダヤ人青年組織は、週末にロンドンと地方でデモを組織している。

英国の全ユダヤ人社会を代表する英国ユダヤ人代議員会は、日曜日に特別会合を開き、ドイツの状況について討議し、ドイツの同胞ユダヤ人に対する攻撃に対抗するためにどのような行動をとるべきかを決定する。

アメリカの下院議員は、ドイツにおける反ユダヤ的表現に抗議する決議案を提出している。300万人の労働者を代表するアメリカの労働組合も抗議行動に参加することを決定した。

ヨーロッパの首都にある代表的なユダヤ人組織は、それぞれの政府に対して、ヒトラー内閣に影響力を行使して、ドイツ系ユダヤ人の弾圧を止めるよう誘導するよう表明していると理解されている。

古くからのイスラエルの人々が、迫害者たちとの古くからの戦いに挑むために、新しく近代的な武器を持って立ち上がる。

記事の中にすら、どっちが先に仕掛けたのかは書いてあったのです。もちろんこんなの歴史の基礎知識の問題でしかありません。

以上。

追記:このシリーズ、これのみで終わったら申し訳ないと先に謝っておきます😅

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