巻き込まれて生きていく #西早稲田カフェ計画1

このたび西早稲田で店舗物件を借りて、カフェを開くことになりました。

それに際し、個人のSNSに書いた宣言文がこちら。

【おみせ、はじめます】
わたくしが約45年の人生で培ってきた「コンテンツメイク(本業)」「パンダ(万年赤字部門)」「ローカルメディア(営業ツールの顔をしたほぼ趣味)」「地域活動(めんどくさいけど割と楽しい個人的活動)」「中華がらみのなにかしら(未知数)」を組み合わせて、西早稲田でおみせを始めることにしました。
表向きは中国茶のカフェとしてやりますが、飲食業経験のないわたくしが厳しい飲食の世界でどうにかできるわけもないしするつもりもないので、お茶を飲んでぼんやりできてイベントスペースとしてもギャラリーとしても使えて周りのいろんなひとをまぜまぜできるハブになる場所にしたいと考えています。
その場所ができるプロセスなんかは、高田馬場新聞でお伝えしていくつもりです。
いずれにせよ皆様の力をお借りすることになると思います。
よろしくお願いします。

だいたい思うところはこの宣言文に書けている気もするけど、なぜおみせをやろうと考えたのか、何をやろうとしているのか、もう少し詳しく書いておこうと思う。
パンダとか中華とかのことは過去に少し書いているのと本筋からは少し遠いので、今回は書いていません。過去のnoteをご覧ください。

1.高田馬場新聞
高田馬場新聞というローカルwebマガジンを2013年12月にはじめて5年目になる。高田馬場には住む、働く、学ぶ人たち、日本人もいれば外国人もいる。多彩な属性の人たちが暮らす街だ。しかしそのことは新宿や新大久保、池袋の影に隠れてあまり知られていない。さらに各属性(レイヤーと呼んでいる)相互の交流は希薄だ。ほとんど無いと言っても良い。住んでいる人は「ラーメン屋ばかり増えて、もうこれ以上ラーメン屋はいらない」とか「外国人はゴミの捨て方がなっていない」などと言い、働いている人は「学生がうるさくて落ち着いて飲めない」とか、少しずつ嫌い合っているような物言いをする。
この今のところ混ざり合うことのない各レイヤーに対して高田馬場新聞が縦串としてぷすっと刺さり、ぐちゃりと混ぜ合わせる役割を担いたいと思うようになった。それを実現するために、人々を混ぜ合わせる「場所」が欲しい。
これが、おみせをやろうと考えた理由の1つめ。

その2.場所を持つことの意義
2013年7月、「飲み会のできるオフィス」というコンセプトで今の事務所(ビッグボックスの裏のビル6F)を借り、数々の宴会を催して来た。2017年以降は忘年会以外ほぼ開催していないが、自分は宴席を催すのが好きらしいという新しい発見があった。この発見は自分にとっては大きく、ただ「酒を飲むのが好き」だと思っていたのが実は「酒席を催すのが好き」だったというこの気づき。子供のころ、父が夜な夜な後輩(20代のお兄さん)たちをぞろぞろと連れて帰って来るのを嫌がっていたというのに。遺伝て怖い。
酒席を催すメリットはいろいろあるが、僕にとって最大のものは「身近にいないタイプの人と会える」ことだ。友人が選りすぐりの友人・知人を連れて来るので、高い確度で面白い人と出会える。ビジネス系の集まりではない、ただの飲み会だから「仕事クレクレマン」が来ることもない。ウチの飲み会が何かの仕事に繋がってたりもするのかもしれないが、よく知らない。その辺は自己責任でお願いしています。
あと「気になっている人を誘いやすい」という利点もある。いきなり「今度飲みましょう!」というのはハードルが高くても「事務所で飲み会やってるんで来ませんか?」って、互いに無理がなくて良いでしょう。酒席は招かれて行くより招く方が得るものが大きいというこの気づきは、自宅で酒席を催している高校の同級生オケタニ君の実践から学んだことだ。
そうして、よりオープンな場所で人が集まることをしかけたくなった。ちなみにここで言う酒はあくまできっかけの1つであり、その場に酒がある必要は必ずしもない。

理由その3.ファミリービジネス
2017年4月から、家人が鍼灸あん摩マッサージ師の専門学校に通っている。そこで思うところがいろいろあったらしく、漢方・薬膳と中国茶の勉強まで始め、さらに登録販売者の資格も取った。専門学校は3年制なので卒業までは2年近くあるのだが、年齢も年齢だし卒業後どこかに就職して経験を積んで、などとのんびりしたことを言っていたら投資回収する前に死んでまうでと思ったので、卒業即開業くらいの勢いで行こうと提案した。ちなみに学費は3年で500万円ほどかかる。詳しくは知らないが、学習関連投資は700万円くらいになるのではないかと思う。
それをどう回収するかなぁと考えている時にふと思いついた。高田馬場新聞が作ろうとしている「場所」は、いつの日か治療院を開く時のお客さんと繋がる場所にもなるではないか。体にいいご飯やお茶を出しながら、健康に関するイベントを開催する。いつか開業した暁には、すでに健康のお悩みを共有している見込み客の確保済みというわけだ。なんだか腹黒くも読めるが、誰も損をしないではないか。近所に住むおばさまやママさんたちと仲良くなる。たまに取材もする。とても楽しそうだ。
ということで、営業形態はコミュニティカフェでいこう、ということになった。

理由その4.中国人留学生 張さんとの出会い
先の3つの思惑があって、コミュニティスペースを作りたいと2017年初くらいから機会があれば人に話していた。しかしこれという物件に巡りあえずに時間だけが経っていた。そして誰が店に立つのか問題。これが解決される見通しもなく、やりたいと口では言いつつ踏み込めずにいた。そうしてなんとなく物件を探し始めて1年近くが経とうというころ、中国人留学生のボランティア活動をサポートするNPO法人の主宰、馬さんが「向井さんと同じようなことを考えている留学生がいます」と連絡をくれた。馬さんが連れてきた張さんという女性は、東大大学院の後に早稲田の大学院に1年通った後で一旦大学院を辞め、中国人留学生と日本人の交流のための実践活動をやりたいと考えているという。その交流の場所としてカフェを開きたいのだと。「ここしかない」と思った。事実この出会いを機に、カフェ計画は大きく動き出した。

そんなタイミングを見透かしたかのように、希望に合う物件が目の前にあらわれる。それまではインターネットを中心に探していたのだが、ふと通りかかった不動産屋の店頭で、ネットに出る前の募集図面を見つけたのだ。
希望していたのは表通りでなくて良いので1階、10坪くらいのカフェ可物件。見つけたのは半地下で16坪と少し広いが、そのまま使おうと思えば使える内装だった。初期で支払う金額も少ないし、何より張さんと出会ったこのタイミングで出て来たこと自体、運命を感じさせるではないか。

とは言ってもそれなりの投資になるし、当初想定していた家賃よりはだいぶ高い(15万円くらいで考えていたが本物件は23万+消費税!)。本当に自分の手に負えるのだろうか、一週間ほど考えた。考えて考えて考えた。で、やっていけるという確信は全く得られなかった。やったことがないのだから、確信を得ようがないよね。
でも、ダメだったらやめれば良いじゃないかと開き直り、まずは踏み出すことにした。これまでだって何度も失敗をして来たが、死んではいない。とりあえずやってみる、という楽観主義でこれまでも来ていたなと、今更ながら自分のスタイルなのだと思った。

ということで、えいやっ!と進めて行くことにした。


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Naoya Mukai

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