巻き込まれて生きていく #羊4

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7月31日
高田馬場にある僕の事務所に、ビーサン履きの菊池さんがやってきた。

菊池一弘さん。
2017年8月に39歳を迎えた、見た目の迫力に比して思いのほか若いロン毛の男性。羊齧協会主席すなわち羊の人。あとなんか羊フェスタとか四川フェスとか、いろいろと仕掛ける企みマン。

そしてこれは初対面の時から今日に至るまで感じている事だが、本心を掴ませないというか、微妙な距離を感じさせるところがある。ご本人的には概ね本心で話をしているのだと、最近でこそ感じられるようになったが、実に不思議な距離を相手との間に保っている。これは、何度かの飲酒をしながらの会話(サシ飲み含む)を経た上で到達した僕なりの実感だ。このことが、単に僕との相性ということに由来するものでないとすれば、その距離感の謎を探るヒントは、廣瀬さんのインタビューにある。

「菊池さんは、なにか貿易みたいなことをやっていると言っていました。あと、しきりに自分は人見知りだと言っていたのをよく覚えています」

そうか。
菊池さんは人見知りなのだ。そう考えると腑に落ちる。人見知りでありながらも、自分の主張をズズズッと通してくる。その、あまり他で接したことの無いコミュニケーション手法に、違和感というか距離感を感じるのだ。少なくとも自分はそう考えている、今のところ。

そんな菊池さんはいかにして羊の人で企みマンになったのか。その点に切り込むべく、高田馬場で語ってくれた菊池さんの来し方についてなるべく簡潔にまとめてみようと思う。丁寧に掘り下げていたら終わらない気がするので。

中国に留学されていたんですよね?

「岩手県の釜石市で生まれ育ちまして、高校を出てすぐ北京外国語大学へ留学しました。でも実は、上海へ行くはずだったんです」

北京と上海ってだいぶ違いますね。

「その昔、父が仙台で飲んでいる時に、上海の高官と意気投合したらしいんです。で、『菊池、お前の息子を上海に留学させろ。俺が面倒見てやる』と。それでなぜか父も『わかった』と。もうその頃は平成になってたはずですが、いわゆる人身売買的なやりとりが成立したみたいなことで。さらにはなぜか私もそれを嫌だとは思わずに、そうか俺は上海へ行くんだなあと、そう思っていたんです」

それがなぜ北京に?

「18の時に父が亡くなるんですね。なので上海のコネは途絶えてしまいました。でも中国に行く使命感だけは強く残っていた私は、ある日進路相談室で見つけてしまうんですね。『北京外国語大学留学』って書かれたわら半紙を」

これが作り話だとすれば、相当デキの悪い作り話だ。なにせ奇想天外にすぎてリアリティが無い。文字にしてみて、改めてそう思う。しかしその時の僕は、全く違和感を感じることもなくふんふんと聞いていた。菊池さんは人を騙すのが上手いのかもしれない。人見知りの詐欺ってちょっと新しい。ちゃうか。ちゃうな。

「それで1997年に、北京へ留学しました。2001年に卒業するまで、勉強はちゃんとやりました。マンホールに落ちたりとかガス爆発に巻き込まれたりとか、いわゆる『中国あるある』はもちろんありましたけど」

中国あるある。
これはどの時代に中国に居たか、でだいぶ異なってくるのだろう。菊池さんも、中国での学生時代のエピソードを今の若い中国人に話すと「面白いですね!それどこの国の話ですか?」と聞かれると言う。この話もそうだし、マンホールとかガス爆発のくだりについても掘り下げていきたいところであるが、いつまで経っても羊にたどり着かなそうなので横へ置く。

卒業後は、日本に戻ったのですか?

「岩手に戻って、とりあえず自動車の運転免許を取りました。あとはアルバイトをしてお金を貯めて、留学中に行けなかった中国のあちらこちらへ旅する、というようなことをしていました。そんなことを繰り返すうち、中国で骨董市に顔を出すようになりまして、どこの街のどんなお店に行けば何が買えるか、なんてこともわかってきて。骨董市で仕入れたものをネットで売ってみたんです。ちょうどネットショップがハシリの頃です」

おぉ、00年代にECやってたって、ちょっとなんかカッコイイ。

「それなりに収入が得られるようになりました。そして2002年に東京へ出て来る機会があって、そのまま輸出入を生業にするようになり現在に至ります」

今から15年前か。羊はまだ出てこない。

「ちゃんと企業にお勤めしてみようかというようなことになって就職もしてみました。働き出して7ヶ月ほど経ったところで、名古屋に行けと。名古屋には行きたくなかったので辞める事になりました」

「会社を辞めた後もネットでなんか売ったりしつつ、ネットで商売やろうとしている人たちの相談に乗ったりするようになりました。コンサルって言えば格好いいのですが、まぁそうこうしているうちに30代を迎えていました」

コンサル!
人が怪しそうと思う職業ナンバーワンの職種ですよ!!

しかし、そういう肩書きで耳障りの良い事を言いそうな、怪しげな人たちのような浮わついた感じはない。
人見知りの詐欺師でコンサルだけど浮わついていない羊の人アンド企みマン。なんだそれ。

「そうしたビジネスとはまた別に、中国語学校の一角を早朝に借りて中国語教室をやっていたんです。そのメンバーと中華料理を食べたり、羊を食べたりしてたんですね。そんな時に、東日本大震災が起こりました」

ようやく羊の入り口にたどり着いたようだ。

「菊池さんの羊前夜」はひとまずここまで。
「菊池さん羊になる」は#5でお届けします。

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Naoya Mukai

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