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2023年1月1日元旦。新年をリシケーシュのアシュラムで迎えました。Brahma Sutraというヴェーダーンタの教えをきちんと理解するために考察をしていく教えのクラスがSwami Sakshatkrtananda jiによって始まるので、はじめの部分だけでもクラスに参加したく、寒いリシケーシュでお正月を迎えることにしました。

Brahma Sutraは、Bhagavad Gitaを書いた聖人ヴャーサがスートラとして教えているのですが、シャンカラーチャーリヤがここぞとばかりに、わたしたちが生まれ持っているAdhyasa (取り間違え)をとてもわかり易い方法で、事細かにभाष्य(解説書)で教えてくれている事でも有名です。

その教え方は、もう、無知が故に真実として見ていたことが「間違えでしかありえない」という納得感に導いてくれる素晴らしい教えです。

Swami Sakshatkrtananda jiのようなプージャスワミジの近くで生活をしながら沢山学ばれた先生のヴェーダーンタのクラスは言うまでもなく最高なのですが、今回のアシュラム生活(10日という短い、短すぎる。。。)ではその他にも沢山の学びがある濃ゆすぎる滞在でした。

Swami Sakshatkrtananda ji(右)

1月1日はインドのカレンダーでは新年ではないのですが、世の中が新年を祈るので、アシュラムでもHappy New Year ムードでした。そんな元旦の朝のプージャーでも、先生方のHappy New Yearというブレッシングを受けながら始まりました。そんな最中、プージャスワミジがシヴァリンガとして祀られているお寺でプージャーをしていたスワミニがプージャーの最後の部分で突然倒れ、病院に運ばれました。アシュラムのみんなは大丈夫かな?どうしたんだろう?と心配していたのですが、次に届いたのは急逝の知らせでした。本当に急で、みんなショックを隠せませんでした。ちょうど朝食の後でした。

ヴェーダーンタはこの身体で体験をすることに真実を見ないで、全ての本質であるアートマーのみが真実である、という教えです。なので、この体に起こること、死をも含めて全て乗り越えられる素晴らしい教えです。

でも、だからと言って人の死を軽く扱ったりは絶対にしません。

この世で体験することは真実ではないので、すべて否定することができます。しかし、真実ではないこの体やマインドを持っていると、真実ではない諸々の出来事をこの体やマインドで経験しなくてはいけません。そこには痛み、苦しみ、悲しみは必ずあり、それは人として産まれてきた限り体験しなくてはいけない経験だったり感情だったりします。知識のある人はそこに真実を見ないだけで、感情が無くなるわけではありません。感情を経験していたとしても、そこから自由なのがMuktiです。

そこらへんがあいまいになると、「ヴェーダーンタを勉強しているのに何で人に死を悲しむんだ」、などとギーターの教えを直訳したおかしなことを言う人になってしまいます。

今回でアシュラムにて近しい方の急逝を体験するのは2回目ですが、死の悔やみ方の背後にもヴェーダの文化があることは素晴らしいな、と感慨しております。

人が亡くなったときの過ごし方(あくまでも私がアシュラムで経験した過ごし方、そして心が落ち着く過ごし方):
この生で特定の体験をするために特定の時期や場所で、特定の身体を得たこと、その身体によって貢献したこと、関係を持った人や物事も含めて全て思い出し、どんなインパクトがあったのかをシェアしたり語り合ったり、残された人同士でもきちんとプロセスしていきます。きちんと、丁寧に。

Shraddhanjali故人を追悼するために、思い出を語り合い偲ぶ会 (photo by Purnaさん)

そして、ひっきりなしにチャンティングをします。スワミ二の遺体が病院から戻ってきてから次の日の火葬される時間まで、必ず誰かが遺体の傍にいて、ヴィシュヌサハッスラナーマやカタ・ウパニシャッド、カイヴァルヤ・ウパニシャッド、そしてギーター全18章、シャーンティマントラなどなどをチャンティングし続けます。夜も途切れることなく、二人一組でチャンティングしていました。私は夜の8時ぐらいから12時までヴィシュヌサハッスラナーマ、カイヴァルヤ・ウパニシャッド、ギーター全18章をチャンティングしましたが、教えが詰め込まれているチャンティングなので、必然的に心が落ち着いてきます。

チャンティングは亡くなられた方のためにすると良い、と言われていますが、残されてチャンティングをしている人のためでもあるのだと実感しました。

遺体のすぐ横に居ても、昨日まで話していた人が動かなくなってしまった、という悲しみから、この体を手放し自由になり大きいものと一緒になれたんだな、という安心感に変っていきます。特にスワミ二はプージャスワミジの元でヴェーダーンタをきちんと学ばれていた方なので。

とは言っても、今まで話をする事が出来ていた人が居なくなってしまうことは残された人にとってはつらく悲しい事です。親しかった人はもちろん、忌み嫌っていた人も、もっと仲良くしとけばよかった、とか、仲直りをしておけばよかった、などと思うでしょう。今回亡くなったのは沢山の生徒さんを持つ先生だったので、生徒の方はもっと学んでおけばよかった、と思われたようです。

というのも、私はスワミ二が無くなられた後、スワミジからスワミ二の携帯を預かり、送られてくるメッセージに返信をするセーヴァ―をしていたのですが、沢山の生徒さんが悔やんでも悔やみきれない、という心情を共有していました。だって、悲しみや死を乗り越える前に、その教えを教えてくれる先生が亡くなってしまったら、どうしていいか分からないですよね。

ヴェーダーンタの教えでは、それらの人の死や自分の死、そしてそれにまつわる苦しみや悲しみさえも乗り越えることが出来ます。しかし、その教えをきちんと理解できていなければ、乗り越えることが出来ないのです。そして、その理解のためには持ち備えている体とマインド、そして与えられている時間と機会をフル活用して教えを与えてもらわないといけません。当たり前のことを書いていますが、そこがきちんと理解されていないと、教えに対する態度もおかしなものになってきてしまいます。

ヴェーダーンタのクラスに参加していたとしても、クラスで座って話を聞いていればよい、のではなくて、先生が紐解いてくれている聖典の一言一言が自分を無知から解放してくれる言葉として、その態度と集中力で、きちんと理解していかなくてはいけません。単なる情報収集になってしまっては、いつまで経っても自由になれないのです。

今回のスワミ二の急逝で、改めて人の死がいつ訪れるのか分からない、という事を痛感しました。一瞬一瞬を教えと共にありたいと思いました。そして、こういういざという時こそ教えが役に立つのです。

ガンガー沿いでの散骨の儀は厳か且つ華やかに行われました。(photo by Purnaさん)
お骨は小さいポットに納められ、ガンガーにミルクやお花と共に流されます。(photo by Purnaさん)

最後に。。。
人に与えられている時間には限りがあり、その与えられている時間と持ち備えている資産(体やマインド、環境やお金)を終わりの時に備えてきちんと活用して生きていかなくてはいけない、という教えを諭すお話(Swami Paramarthananda jiのレクチャーより)があるので、記しておきます。

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あるところにとても豊かな王国がありました。豊かな土地や気候に恵まれて、穀物や野菜は常に豊作で、平和に満ちた王国でした。その国の王様は、誰でもなることが出来ました。しかし、だれもその王様に成りたいとは思いませんでした。なぜなら、その王様には任期があってその任期が終わると、否応無しに恐ろしい猛獣や毒蛇のいる、未開拓の荒れた孤島で一人で生活をしなくてはいけなかったからです。

今までに何人もの王様がこの条件に合意をして、王の地位を謳歌していました。任期が終わり、いざ孤島に流されるとなると、今までの権力でどうにかしようとしたり、反乱を起こしたりしましたが約束は約束なので、否応無しに王様の地位を奪われて、孤島に流されるのでした。

ある時、一人の男がこの条件をすべて受け入れ王の地位に就きました。その男は王の役割をこなし、国民にも愛され、王の地位を謳歌して過ごしていました。

そんな日々も永遠に続くわけではなく、ついに任期の終わりが来ました。男は孤島へ連れ去られるのですが、何も言わずに、それも笑顔で王国を立ち去るのでした。

他の人はギャーギャーわめいて、王の地を離れるのを嫌がり抵抗するのですが、この男は違いました。

なぜでしょう?

なぜなら、この男は準備が出来ていたからです。

王の権力があるうちに、自分の手の内にある財や人材、資源を使って孤島を猛獣の居ない、整備された住みやすい場所に変えていたのです!

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私たちも生きているうちは自分の体やマインド、行動器官を自由に操れる王です。それを駆使して、誰にでも訪れる王の任期の終わり=死や突然のアクシデント、に備えておくのが賢い生き方です。ヴェーダーンタの教えは死に備えるだけではなく、生きている一瞬一秒が輝く生き方を教えてくれる素晴らしい教えです。

そのヴェーダーンタの教えを学びたいと思う人が、任期が終わらない内に(急なアクシデントが起こる前に)思う存分学ぶ機会があることを、心よりお祈り申し上げます。

शुभा भूयात्

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みなさんから頂いたダクシナーでアンナダーナンも出来ました。
ハヌマーンプージャーも。


Samadhiを得られたSwamini Vidyananda Sarasvati 

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