見出し画像

未練はあるが悔いはない

それは譲れない一線だった。

「学生が主体的に参加し、運営をする」

これが「学生が主役」の大隈塾だった。

大隈塾は今年度で終わることになります、
わたしも早稲田大学を辞めます、
とSA(Student Assistant)たちに告げたとき、
これまで一生懸命に授業をつくってきたし、
4月からの準備も進めてきた4人は、
「えー!」「なんでー!」「ひどい!」
と、ひとしきり、普通の反応があった。

わたしにとっても、大学から大隈塾の一年間休講を告げられたとき、
大ショック、
突然シャッターを降ろされたような感覚だった。

あるいは、手にしていたものを、さっと奪われてしまったようだった。

SAたちも同じ感覚だったのだろう。

だけど、SAみさとが、
「でもむらさん、『それはちょうどよかった』んじゃないですか?」
といった。

心理的安全性の中の「心理的柔軟性」を身につけるためには、
「変えられないものを受け入れる」
ということが必要になってくる。
たとえば、困難な状況にぶち当たったとき、
「それはちょうどよかった」
と声に出して唱えて、次の行動を起こす。
それが、心理的柔軟性。

石井遼介さんがゲスト講師として講義していただいたとき、
これを教えてくれた。
以来、大隈塾ではなにかトラブルが発生すると、
「それはちょうどよかった」
とトラブルを受け入れ、発想を切り替えるようにしていた。

それが、「大隈塾はおしまい」の場面でも活かされた。

「でもむらさん、『それはちょうどよかった』んじゃないですか?」
とみさとがいったとき、
オンラインでのことだが、あきらかにその場の空気が変わった。

「たしかに!」
ほかのSAまこ、ゆうな、うめたちは、
それじゃあ、ああしようこうしよう、これはどうするあれはどうなる?
わいわいわいわいしながら、次々とプランを練っていった。
楽しそうにおしゃべりしてた。

ああよかった。
もう充分。
「学生が主役」の学習効果は、確実にあった。
大隈塾でやってきたことは間違ってなかった。

今日ですべての幕を下ろす。
学生のみんな、卒業生のみんな。
続けられなくて、ごめんなさい。

だけど、
これはきっと、ちょうどよかったんだ。
また一気にライフスタイルを変えるチャンスなんじゃないか。
前に進むために、早稲田大学が背中を押してくれたんだろう。

未練はあるけれども悔いはない。


『心理的安全性のつくりかた』 石井遼介 日本能率協会マネジメントセンター 2021年