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村上春樹の「スプートニクの恋人」について

 村上春樹の「スプートニクの恋人」を読んだ。知らない人も結構多いのではないか。ノルウェイの森などの有名どころと比べるとマイナーな作品である。私は何回か既に読んでいるが、いつも内容を忘れてしまう。村上春樹の小説では結構よくある現象である。うまく内容を整理できないのか全く物語が頭に入ってこないのだ。単純に私の脳味噌の性能が悪いだけかもしれない。
 スプートニクの恋人の主要な登場人物はぼく、すみれ、ミュウの3人である。ぼくは小学校教師をしている本作品の語り手である。すみれというのが語り手の大学時代の女友達で、大学を中退して親の仕送りで生活しながら小説を書いている。そして、最後のミュウというのはすみれよりも年齢が17歳上の女性である。父親の貿易会社を引き継いでいる。
 小説はすみれが親戚の結婚式でミュウと出会い一目惚れすることから始まる。不思議なことにすみれはミュウと出会ってから小説を書くことが出来なくなる。そして、ミュウから誘われて彼女の会社で秘書として雇われ働くようになる。仕事に慣れてきた頃、ミュウが海外へ出張するのにすみれは同行する。仕事を終えた2人は旅先で出会った親切な男性から別荘で過ごすよう提案され快諾しギリシャで過ごす。そこで事件が起きる。すみれが行方不明になったのだ。ミュウから連絡を受けたぼくはギリシャへ向かいすみれを探すが見つからずやむなく帰国する。その後、小説の最後で、すみれから電話が来て小説は終わる。というのが、大まかな内容だ。
 小説の中では、あちら側とこちら側というのがキーワードになっている。こちらというのが現実世界で、あちら側というのが現実とは切り離された非現実的空間である。イメージとしては、神隠しにあった人が連れていかれる場所、ハーメルンの笛吹で子供たちが連れていかれた場所、というのが近いだろう。現実世界と繋がっているが、一度連れていかれたら早々戻れない。すみれが行方不明になったのは、あちら側に行ったからだと解釈できる。
 すみれが一目惚れしたミュウは、自身の一部があちら側の世界にいる。彼女は元々はプロピアニストを目指したが、不思議な体験をしてピアノが弾けなくなる。旅先で観覧車の中に閉じ込められた彼女は、望遠鏡で自分の部屋を見ると、その部屋で自分が嫌悪している男と性行為している光景を目にするのだ。そこから先の記憶はなく目が覚めると、彼女は観覧車から救助されて病室にいた。鏡を見ると、黒かった髪が雪のように白くなっていた。この出来事は、ミュウの一部があちら側に奪われてしまったことを表している。この体験をした後、彼女は誰ともセックスが出来なくなり、半ば脱け殻のように生きている。
 小説の最後で行方不明だったすみれがあちら側から帰ってきたので、ハッピーエンドと捉えることが出来る。しかし、どうもそうとは思えない不穏なものを私は感じた。読み落としている何かがこの小説にはあるのだろう。それを解き明かすために今後も定期的に読み返そうと思う。
 上記以外にも余白の多い小説である。例えば、なぜすみれはあちら側に行ったのか、戻ってきたすみれは語り手に電話した時点でミュウと連絡を取っていたのか、すみれはあちら側で何を引き換えにして何を持ち帰ってきたのかなどである。こうした余白は人によっては嫌に感じるかもしれないが、私にとっては色々と考えることが出来て楽しい。

 

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